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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十六章 六家相克編

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302 皇都に残った者たち

 結城家へと働きかけを行おうとする者たちが目を付けたのは、何も宵だけではない。

 女子学士院に通う浦部八重の元にも、まだ学院の生徒であるということから、在学生や卒業生を通して結城家、もっと言えば宵への取りなしを願おうとする者がやって来ていたのである。

 卒業後に葛葉姓へと変わることになる彼女は、結城家新当主側用人の弟の妻である。だからこそ、冬花も鉄之介も皇都を不在にしている今、八重を結城家新当主とその正室に最も近い者であると見做す者たちが多かったのである。

 結果、冬花の女子学士院時代の同級生を名乗る女性、鉄之介の先輩を名乗る男性、そして当然ながら八重自身の同級生や後輩たちからも、何とかして結城家に取り次いでくれないかと頼まれることになった。

 さらには、結城家家臣団出身の学院生たちからも、仲の良い同級生の実家が逆賊に与してしまったが何とか処分を軽く出来ないかと、相談を持ちかけられることもあった。


「まったく、やってらんないわよ!」


 憤懣やるかたなく、彼女は叫んだ。


「そなたもなかなか大変そうであるな」


 そんな八重に、若干の同情を込めた視線を向けているのは、皇国に留学中の陽鮮公主・李貞英であった。まだ秋津語に若干のたどたどしさが残るものの、彼女は相応に秋津語を使いこなしていた。

 八重は貞英に気を遣って、以前にも作成した異国語を理解するための呪符を自身と彼女との間に置いていたが、さほど必要ないようであった。


「まあ、公主様もあんなことに巻き込まれて大変だったでしょうけど」


「私は、貴国の皇宮警察の者たちに保護されていたからな。それに所詮、私は異国の者。皇都内乱では見向きもされなかった。お陰で、こうして無事でいるわけであるが」


「せっかく留学の夢が叶ったっていうのに、失望させちゃったかしら?」


「貴国の使節を斬り付け、倭館を取り囲んで斥邪討倭を叫んでいた国の公主が、何かを言える立場でもないだろうて」


「じゃあ、お互い様ってことね」


 このあたりの割り切りの良さは、八重の美点だろう。

 この日は、貞英の方から浦部邸へと尋ねてきていた。いささか散り過ぎた庭の紅葉を見つつ、貞英が持参した薬菓(ヤックァ)を互いに摘まんでいる。

 厳格なまでの身分制度が続いている陽鮮では、菓子は高貴な身分の者のみが食べることを許されたものであり、中でも薬菓は特に美味な菓子とされて両班(ヤンバン)や王族たちの間でも人気であった。


「それで、そなたに少し相談があるのだがな」少し躊躇いがちに、貞英は言った。「桜園理都子のことだ」


 伊丹直信の婚約者で桜園子爵家の令嬢である理都子は、学院では貞英と同じ学年に属している。貞英とは同学年であるというだけでなく、陽鮮への財政援助などを申出ていた伊丹家を介した繋がりもあった。


「本人は努めて明るく振る舞っているようではあるが、やはりいささか孤立気味ではあるようでな。私にとっては、そなたに続いて、この国で出来た二人目の友である。放っておくことも出来ぬ」


「まあ、確かにあの子は今ちょっと、曖昧な立場にあるものね」


 貞英の持ってきた薬菓を口に放り込みつつ、八重は言った。蜜に浸した揚げ菓子の上品な甘さが口の中に広がっていく。


「そなたからも、少し気にかけてやってくれぬか?」


 陽鮮公主である貞英にとって、異国人とはいえ対等な立場で付き合える同年代の少女ことは心配であった。


「私は別にあの子に隔意は抱いていないけど……」八重は渋面を作る。「……今の私の状況じゃあ、かえって面倒なことに巻き込んじゃうかもしれないわよ?」


 別に、八重は理都子と皇都内乱で敵対する陣営にいたとはいえ、彼女のことを敵視してはいない。むしろ、自ら武器をとって婚約者である直信の下に馳せ参じた心意気には、八重自身、共感するものがった。

 ただ、今の八重は宵姫に取り次いで欲しいと頼もうと目論む輩に辟易としている状態である。それに理都子を巻き込んでしまえば、彼女の立場はますます複雑なものになるだろう。


「それに、あの子自身も直信のために結城家に嘆願したいと思っているかもしれないし」


 現状、理都子は八重と学年が違うこともあり、学院内で接触を試みてはきていない。彼女なりに、逆賊の婚約者、そして蹶起将校を出してしまった家の娘として、弁えているのだろう。

 理都子は現在、そうした立場であると共に、一方では公家華族の令嬢でありながら婚約者と共に戦場に立とうとしたことで賞賛を受けてもいた。まだ十四ながら、将家に嫁ぐ女性としての覚悟が出来ていることを、結城家の側ですら讃える者が多かったのである。

 そして、逆にだからこそ学院内で孤立気味であったともいえる。

 皇都内乱を鎮定した結城家、そして有馬家、斯波家の者たちから理都子の行動には一定の賞賛が寄せられていようとも、彼女が逆賊の婚約者であることには変わりがない。やはり、これら三家の学院生たちからは距離を置かれている。

 そして一方の伊丹・一色家の学院生たちから見れば、理都子は一人だけ上手く逆賊の汚名を免れた裏切り者であった。やはり、伊丹・一色家に関係の深い学院生たちからも遠ざけられていた。

 そのため、桜園理都子は学院生同士の間で行われる華道や茶道、琴の稽古などに顔を出すこともほとんどなく、放課後は婚約者である直信の元に通う日々が続いているという。


「こちらに留学して半年と少しの私の目から見ても、理都子は直信殿のことを慕っておったようだからな」


「だからって、私に出来ることは限られてるし、安請け合いすることも出来ないわ」


 八重は政治の難しい話は苦手である。それでも、今の自分が逆賊に与した桜園子爵家の令嬢と親しくすることが、あまり望ましいことではないことくらいは理解している。

 自分は結城家当主側用人の弟の妻であると同時に、宮内省御霊部長の娘である。

 皇都内乱の勝者である結城家だけでなく、宮中にも繋がりを持っているため、父や兄からも慎重な言動を心掛けるように言い付けられていた。


「我が陽鮮も、先の軍乱で国内が分断された。だから、そなたらの抱える事情が判らぬわけではないのだが……。傍から見ているからこそ、何とも、やるせない」


「そうね」


 嘆息するような貞英の言葉に、八重は頷いた。

 敵ならば、叩けばいい。

 八重にとって、それが一番判りやすい理屈だ。だけれども、叩いた後の敗者にどう接していいのかは、判らない。内乱は、呪術や武術の試合ほどには単純ではない。勝っても負けても、互いの健闘を称え合って終わればいいということにはならないのだ。


「あの子が理不尽に虐められているなら、私は助けるわ。でも、私に出来るのはそこまでよ」


 そこから先は、八重がまだよく理解していない政治の世界になるだろう。それは、景紀や宵姫の仕事だ。


「それでも、よい」


 八重の言葉に、貞英も少しは安堵した表情を見せた。

 戦って勝つことよりも、勝ったことの後始末をする方がはるかに困難であるのかもしれない。それが、戦争や政治というものの難しさなのだろう。

 これでは、うじうじと悩んでいた鉄之介のことを嗤えない。

 そうだ、と八重は思った。あいつは今ごろ、どうしているだろうか。自分が書いてやった呪符は、上手く使えているだろうか。

 八重は景紀や冬花、貴通と共に戦っているだろう鉄之介ことを想って、らしくもなく抱いている悩みに代えようとするのだった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 現在、皇都に残っている唯一の六家は、皮肉なことに逆賊として追討の対象となっている伊丹家であった。

 しかし、すでに彼らに六家としての政治的実権はなかった。六家としての権威すら、皇都内乱を首謀し、追討の宣旨が出されたことによって失いかけている。

 皇都屋敷に勤めている者も、皇都で雇っている奉公人たちはほとんどが暇を乞うて屋敷を後にしていた。逆賊の屋敷で働いていたという経歴が、自分たちの将来にとって不利になると考えているからだ。

 家令長を中心に、伊丹家家臣団出身の者たちで、今は寂しくなった屋敷を維持していた。

 まさしく、没落していく将家を象徴しているかのような有り様であった。

 しかし、そのように自らの置かれた状況に納得出来ていない者は、当然に存在する。


「あの傀儡首相め。私のことを何だと思っているのだ」


 憤懣やるかたなくそう吐き捨てたのは、伊丹寛信であった。


「私は六家たる伊丹家の正統なる後継者だぞ。それを、一介の首相ごときが参内を妨害するなど、あってはならぬことだ」


「父上、我が伊丹家には皇主陛下より追討の宣旨が下っております。本来なら、俺たちは捕らえられて牢に放り込まれてもおかしくない立場ですよ」


 皇都屋敷の奥御殿で父から不平不満を聞かされている直信は、辟易とした気分であった。

 伊丹家本領にて政変が起こった結果、直信の祖父・正信の弟・時信と父・寛信の弟・村信が領内の実権を掌握し、寛信は妻とわずかな側近と共に海軍に保護されて皇都に護送されてきた。以来、嫡男の直信と共に屋敷に軟禁される日々が続いていたのである。

 寛信は皇都に到着した直後に皇主への拝謁を申し出たものの、それは結城・有馬・斯波の三家によって阻止されている。朝敵となった人物を、皇主に謁見させるわけにはいかなかったからである。

 しかし、寛信はそうした措置に納得せず、景紀ら三人が皇都を発ったことを見計らって、再び参内を画策していた。

 結果、そうした軽挙は厳に慎むよう、首相である小山朝綱子爵から申し渡される事態になっていたのである。内大臣からも、朝敵の参内を認めないとの通達が届いていた。

 もちろん、公爵家の出である寛信にとって、同じ六家に属するとはいえ所詮は分家で、子爵位でしかない人物からそのようなことを言われるのは屈辱でしかなかった。彼にとって、小山朝綱は結城家の傀儡でしかなかったのである。

 今まで父・正信と対立し、父から次期当主として蔑ろにされてきた寛信にとって、他家からも自らの存在を軽んじられることは耐え難いことであった。目障りだった父がいなくなった以上、自分が伊丹家の全権を掌握し、そして周囲から伊丹家当主として遇されて当然との思いがあった。

 しかし現実は、そうはならなかった。

 自身の与り知らぬところで父・正信が皇都内乱を引き起こし、本領では当主の地位を継ぐことなく追われ、皇都に到着すれば朝敵扱い。

 だからこそ、寛信は苛立ちを隠せなかったのである。

 内心では、一色公直が追討軍率いる結城景紀を破ってくれないかとすら思うこともあるほどだ。


「今は、父上も俺も、大人しくしているべきです。これ以上、皇主陛下の不興を買うべきではありません」


 一方、その嫡男である直信は、そのような父の態度を苦々しく思っていた。


「何を言うか!? 直信、そもそもお前が父上を諫めておれば、こんなことにはならなかったかもしれんのだぞ!」


 父は苛立ったまま、直信のことを怒鳴りつけた。


「……」


 直信自身、自分が祖父・正信を思い止まらせるよう諫めればよかったという後悔も、もちろんある。しかし、自分が大勢に流されて蹶起に加わってしまったことはもはや覆しようがない事実である。

 だから直信は、今の自分の置かれた立場を受け入れていた。

 女子学士院での授業を終えた理都子が尋ねてきて、二人で過ごす穏やかな時間に、ささやかな幸せを感じてもいたほどであった。

 それが、この父が来てからというもの、かえって直信は父が迂闊な言動を行わないかと気を揉む日々である。

 自分が逆賊として処断されるのは、仕方がない。でも、理都子まで連座させたくはなかった。

 だから父がこれ以上、皇主や結城家などから不興を買うような言動をとって欲しくなかったのである。


「そうだ、牧を景紀殿に差し出そう」


 苛々と室内をうろつき回っていた寛信は、唐突にそう言った。思わず、直信はぎょっとした。


「父上、何を言い出すのですか!?」


 牧は、理都子より一つ下の直信の同母妹である。現在も女子学士院に通っている、十三歳の姫君であった。

 そんな妹を、突然、父は景紀に差し出すと言い出したのである。父の意図が、直信には判らなかった。


「牧を、側室として景紀殿の元に送り込むのだ」


 だが、寛信は自分ではよい思い付きであると考えたのか、滔々として語り出した。


「牧は、紛れもない伊丹家の姫だ。景紀殿がこの内戦に勝利すれば、当然に結城家は西国を支配することになるだろう。しかし、伊丹家が長年支配してきた土地の者たちが、新たな領主をそう簡単に受け入れると思うか? 先日、嶺州で結城家に対する反乱があったばかりだと言うではないか? だからこそ、景紀殿は伊丹家の領地を支配する正統性を欲するはずだ。牧を室に迎え入れれば、その正統性は十分に手に入れられよう」


「……」


 あまりにも、父の考えは自分に都合良く考えたものではないか。直信はそう思わざるを得なかった。

 皇都や嶺州で何度も騒擾事件を引き起こした佐薙家の姫君を未だ正室としている景紀ならば、たとえ逆賊の姫君であっても受け入れてくれるものと思っているのだろうか。

 そもそも、あの兵学寮の先輩が、皇主から下された追討の宣旨ほどの正統性を妹の牧に求めるとは思えない。

 これじゃあ、理都子が来た時の愚痴が増えそうだな……

 直信は、せっかく会いに来てくれる彼女に愚痴ばかり零しそうな自分が情けなくて仕方なかった。

 でも、彼女なら優しく愚痴を聞いてくれそうな気がする。何だかんだ、自分は理都子に甘えているのだろう。

 そう思った。

 この度、本作は第5回一二三書房WEB小説大賞を受賞いたしました。

 いつも拙作をお読み下さり、また応援してくれました皆さまに、改めて感謝いたします。

 誠にありがとうございます。


 詳細は2025年3月7日の活動報告「第5回一二三書房Web小説大賞銀賞受賞!」をご覧いただきたいと思いますが、書籍化を成功させるために今後よりいっそう、皆さまからのお力添えが必要になります。

 何卒、SNSなどで拙作を広めていただけますと幸いです。


 詳細が決まりましたらば、またこちらの活動報告やSNSなどで告知させていただきます。


 それでは、引き続き拙作を何卒よろしくお願いいたします。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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