298 東西の挙兵
皇暦八三六年十一月十二日、景紀と貴通は西国鎮定のための出兵に備えた最後の確認を行っていた。
「小田野城内への物資の集積、輸送用の貨物列車や機関士の手配など、おおむね完了しています」
佐薙家皇都屋敷の当主執務室で、帳簿片手に貴通は報告した。
「このあたりは、兵部省を初めとする政府、そして結城家本領からの協力があったので、かなり円滑に行えたかと思います」
「官軍の役得、ってところだな。伊丹・一色陣営だとこうはいかないだろう」
景紀も河越などから届けられる書状に目を通しながら応じる。
結城家・有馬家・斯波家には、皇主より伊丹・一色両家追討の宣旨が下っている。そのため、中央政府や私鉄各社などの商人も三家には協力的であった(協力的にならざるを得ない、ともいえたが)。
もちろん、そうした物資の集積や鉄道ダイヤの調整には、貴通を初めとする兵站関係者の尽力があった。
特に貴通は五摂家という出自もあって、結城家・政府・商人たちの間の調整役を担う場面が多かった。
この三者の力関係は、実はそれほど単純ではない。もちろん、結城家御用商人は結城家に対して協力的ではあるが、結城家と中央政府の関係はかなり複雑な部分があった。
まず、兵部省を統べる兵部大臣・坂東友三郎は海軍出身であり、結城閥出身ではない。あくまで海軍閥出身である。
そして現政権は、結城家有力分家の当主である小山朝綱子爵が首相を務めている。結城家と繋がりの深い公家華族が首相を務めているのならばともかく、結城家分家の者が首相では本家家臣団にとっては対応しにくい相手であった。
そもそも将家における分家とは、本家の血筋が途絶えてしまった場合に備えて創設されるという意味合いもあるが、重臣諸家の権力が当主の権力を脅かすのを防ぐため、当主と重臣との間に一段階、別の権力構造を入れることで、当主権力の基盤を強化するという役割もある。
そのため小山朝綱内閣は景紀の影響下にはありつつも、結城家家臣団の影響下にはないという、中途半端な立ち位置にあったのである。特に内閣書記官長を景紀の叔父であり、前当主・景忠の異母弟でもある景恒が務めていることが、よりこの関係を複雑なものとしていた。
もし仮に景忠がまだ結城家当主を務めており、景紀が次期当主という立場のままであれば、景忠が当主としての政務や軍務を担当しつつ、景紀が当主の代理として内閣との折衝に当たるという形になっていただろう。
しかし、宵の主導した主君押込によって内乱後の結城家の政務・軍務は景紀が一手に担うことになり、彼に弟がいないことも相俟って、結城家内に内閣との連絡・折衝役を務められる地位にある者がいなくなってしまった。
そうした意味において、景紀の代理を務められる貴通の存在は、西国鎮定のための出兵準備を進める結城家にとって重宝する人材であったのである。
もちろん、景紀の正室である宵もまた、景紀の代理を務められる立場にあるが、彼女はすでに当主不在の本領での政務に当たっている。身重の体でもあるから、これ以上の無理はさせられなかった。
その意味では、貴通が性別を偽っていたという問題は、結城家家臣団にとって些細なことであったといえる。
「今回は皇都内乱のときと違って、正式な奉勅命令を受けた上での軍事行動だ。追討の宣旨もある。海軍の支援が期待出来るのも、ありがたいな」
「はい。景くんの率いる追討軍は東海道沿いに進軍するわけですから、海上からの援護も要請出来ます。また、東海道沿いの諸侯が恭順の意を示したのならば、それらの領地の港に海上輸送で物資を運び込めます」
「輸送船の手配については、俺の方で南海興発から協力を取り付けておいた」
「ええ、ありがとうございます」
南海興発は、結城家が利権を持つ南洋植民地の開発・移民など各種事業を行う国策会社であり、結城家の御用商人でもある。南海興発は泰平洋上に浮かぶ無数の島々を結ぶために多数の船舶を保有しており、それらの多くは結城家からの助成金などで建造されていた。
そのため、先の対斉戦役でも南海興発の所有船は何隻かが陸軍徴傭船とされ、特に結城家領軍の輸送などに従事していた。
今回の西国鎮定作戦でもまた、南海興発は結城家御用商人として、戦時の役割を果たそうとしているわけである。
「もっとも、出来れば最初から東海道の諸侯の港を使うことが出来れば、それが一番だったのですが」
帳簿や畳の上に広げた地図を見ながら、貴通は若干、残念そうであった。
実際問題、東海道には難所として有名な函嶺の山々が存在している。結城家領の飛び地となっている相柄国にある山であった。
東海道に鉄道が開通した今でも、この山々が難所であることに変わりはなかった。
隧道の掘削技術は鉄道の発達と共に進歩していたとはいえ、函嶺の山を貫くだけの技術力はまだ存在していなかったのである。
何度か隧道の掘削が試みられたものの、地下水が溢れ出すなどでいずれも失敗している。
そのため東海道本線は、函嶺の山々の北側の峠を迂回するような経路をとり、西国へと路線が続いている。しかし、このために東海道本線は急勾配を上ることになり、上り・下り列車ともに峠に入る前の駅で補助機関車を列車後部に連結させる必要が生じていた。
当然、補助機関車を連結させるため、列車は停止させなければならない。そして急勾配を上る際、速度の低下は避けられなかった。
そのため、東海道本線は複線化されているものの、函嶺北側の峠が兵員や物資の輸送に際しての隘路となってしまうことが懸念されていた(これは、平時における旅客・貨物輸送でも問題視されている)。
だから貴通は、最初から函嶺の山々の西側の港を確保しておきたかったのである。
「俺も東海道の諸侯には書状を出しているが、まだ態度を決めかねている連中が多すぎる」
景紀も嘆息気味に言った。
東海道に領地を持つ中小諸侯は、その多くが一色家領と領地の境を接している。一色家の側も挙兵の準備を進めているため、あからさまに結城家に恭順する態度を示せば、一色家領軍によって領地が占領されかねないのだ。
皇都内乱後、皇都の学院や兵学寮に通っていた諸侯の子女たちがそれぞれの本領に戻ろうとした際、一色家領で捕えられて人質とされているとなれば、なおさら一色家を刺激するような行動には出づらいだろう。
「東海道の諸侯の中には、一色家と姻戚関係にある者もいますからね。調略が難しいのはやむを得ません」
貴通の声には、自分自身と景紀を納得させようとする響きがあった。
「ここは、早めに恭順の意思を示さないでくれて、むしろ良かったと考えておくことにしましょう。早めに結城家に恭順されれば、それだけ優遇してやらなければなりませんから。伊丹・一色両家を討伐することで、かえって中小諸侯の地位が上がるのも面倒です。結城家・有馬家・斯波家の三家、特に皇都内乱の鎮定に貢献した景くんの結城家が頭一つ、抜きん出ている政治情勢になるのが僕としては一番ですので」
貴通としては、やはり景紀の主導の下で皇国が中央集権化していく過程を見てみたかったのである。
「まあ、そうだな。あとの問題は、一色公直が捕えたという人質のことか」
「彼らは僕らに対する人質ではなく、一色家領周辺の中小諸侯に対する人質ですから、僕らがあまりその点について気にする必要はないでしょう」
冷徹なようではあったが、すでに伊丹・一色両家を追討せよとの宣旨は下っている。人質の存在があるからといって、結城家が出兵を躊躇う理由にはならないのだ。
むしろ、朝敵とされた一色家の非違不道を喧伝する材料になるとすら、景紀も貴通も考えている。
「景紀、ちょっといいかしら?」
と、廊下から冬花がやってきた。
「どうした?」
「小山朝康様と、嘉弥姫様がお越しよ。通していいかしら?」
「ああ、頼む」
しばらくすると、冬花に導かれて軍服姿の朝康と袴に鉢金の嘉弥姫がやってきた。
「……おまえ、案外元気そうにやってるんだな」
執務室に入るなり、朝康は貴通の方を見てそう言った。彼なりに、貴通の暴露記事事件を心配していたらしい。
「ええ、僕は景くんの軍師ですからね」
貴通も、気にしたふうもなく応じる。
“穂積貴通”が女であるからといって、今まで彼女が領軍の中で担ってきた役割が変わるわけではない。
西国鎮定のための出兵が間近に迫っているという状況もあって、領軍内部で貴通が女であることをことさら問題視しようとする者はいなかった(単純に景紀の勘気をこうむりたくなかっただけかもしれないが)。
結城家家臣団としても、貴通が景紀の代理として政府との折衝役に利用出来るという点もあり、家臣団・領軍ともに現在は努めて彼女の性別を気にしないようにしていた。
もちろん、領軍の下士卒たちは景紀と貴通の関係を話の種にはしていたが、それはあくまで娯楽の範疇に留まるものであり、景紀や貴通への不満や誹謗に繋がるようなものではなかった。
「今日の午後の列車で俺の大隊は小田野に向けて移動することになったから、一応挨拶にと思ってな」
若干、面倒さと不服さが混ざった声で朝康は言った。つまり彼は、宗家当主に対して出立の挨拶に来たということである。
「そうか。挨拶、ご苦労」
朝康にしては殊勝な心掛けだと内心で思いつつ、景紀は鷹揚に頷いた。
「こいつ、朝綱のおじ様に言われたから来たんですよ。だからこんな感じなんです」
そこに、溜息をつきたそうな調子の声で嘉弥姫が割り込む。
「なるほどな」
景紀はくすりと笑った。だから面倒さと不服さが声に現れてしまっているわけだ。
「別にいいじゃねぇかよ。どうせまた小田野城で合流することになるんだしよ」
「景紀様は宗家当主になられたんだから、分家としての礼儀は尽くさないと駄目でしょうが」
嘉弥姫は景紀に対して相変わらずな態度の婚約者に半眼を向けた。朝康よりも二歳年下でありながら、その態度はやんちゃな弟を宥める姉のそれであった。
「嘉弥姫殿も、朝康と一緒に従軍すると保科農相から聞いている。武運を祈っている」
「はい。ありがとうございます」
景紀は嘉弥姫の父であり現農務大臣でもある保科容信から、娘が結城家領軍に従軍することを希望していると聞かされていた。皇都内乱に従軍した以上、内戦終結まで朝康の側で共に戦う決意であるらしい。
景紀としても、内戦後の将校不足に備えて将家女性の従軍の実績を作っておきたいという思惑もあり、拒む理由はなかった。
それに、景紀自身、軍人でも軍属でもない冬花を従軍させているのだ。嘉弥姫自身が婚約者である朝康と共に戦う決意であるのならば、その意志を尊重するつもりだった。
「俺と貴通も、明日十三日には小田野城入りする。十五日にはいよいよ小田野を進発して征西の途に就く。戦国時代の清算を、俺たちの手でつける。そう心しておけ」
「おう」
「はい」
朝綱と嘉弥は、それぞれの言葉で頷くのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一方、一色家領でも挙兵の準備は進みつつあった。
ただし、順調とは言い難い。
「石阪の商人どもが、我々からの物資の買い付けを拒んでいるだと?」
一色家居城である尾治国那古野城で、一色公直は不快の唸りを発していた。
「はい。やはり、追討の宣旨が出たことで御用商人以外の商人どもは我が一色家に対して極めて非協力的になっております」
報告した家臣も、悔しさを滲ませていた。
商都とも言われる石坂は、戦国時代より南蛮貿易の港町として栄えてきた。現在も横浦港などと共に皇都における主要な貿易港の一つとなっている。
また、戦国時代に鉄砲鍛冶師たちが集まって鉄砲の一大生産地の一つとなったこともあり、軍需産業を初めとする各種工業も発展している。陸軍の石阪砲兵工廠なども、その一つである。
しかし問題は、石阪府は中央政府直轄府県であったことだ。
もともと戦国時代には有力商人による自治が行われていたこともあり、石阪はかなり早い時期からどこの諸侯の領地にも属さない中央政府直轄府県となっていた。
そのため、今も府知事や府政に対する有力商人たちの影響力は強い。
石阪府には伊丹家の管轄である西部鎮台が置かれているが、その伊丹家も石阪府への影響力は限定的であった。
「やはり、湾内に海軍が控えていることが大きいか」
公直は、苛立たしげに呟いた。
現在も海軍の第二艦隊は石阪湾沖を遊弋しており、西部鎮台やその指揮下にある石阪台場に対して圧力を加え続けていた(もちろん、艦艇は補給や整備、乗員の休養のために交代を繰り返していたが)。
海軍の艦隊さえいなければ、最悪、商人たちから強制的に物資を徴発することも出来ただろう。
しかし、伊丹・一色両家に対する追討の宣旨が出ている現在の状況でそれを行えば、海軍は陸戦隊を台場や石阪の街に上陸させて商人を保護しようとするだろう。
公直にとって討ち果たすべき相手は君側の奸・結城景紀など皇都で実権を握っている者たちであり、海軍ではない。不用意に海軍との戦闘が発生してしまえば、それこそ君側の奸を討つという自分たちの大義名分を危うくさせてしまう。
檄文を発した諸侯たちからの支持が得られなくなるだけでなく、結城家・有馬家・斯波家の三将家以外に海軍という敵も抱えることにもなるのだ。皇都奪還後のことを考えれば、海軍との対立を激化させるような事態は避けたい。
皇都内乱の際と同じく、公直としては海軍には中立を保っていて欲しいというのが本音であった。
「やむを得ん。領内および周辺の諸侯に対し、主に糧食を差し出すように布告を出せ。今はちょうど秋の収穫期を終えた頃だ。商人に売りに出されるはずの米を、出来る限り我が一色家の方で買い上げろ。また、不当に米価を吊り上げようとする者は、厳重に取り締るように」
公直は、苦い表情でそう命令を下さざるを得なかった。
多少、農民や商人たちから恨みを買うのは承知の上であった。そうでなければ、兵を興せない。
それに、結城家も皇都内乱の際には同じことをやっていたと聞く。その結城家領内で農民や商人たちの反発が起きていないのであれば、問題はないだろう(もちろん、結城家は皇都内乱に勝利したから、という理由もあることは公直も理解していた)。
また、一部の商人たちは内戦を予感してか、皇都内乱の直後から食糧などの買占めに走っていたことを公直も知っていた。そうした者たちは、一色家が相応の金を出せば買占めた物資を喜んで売ろうとするだろう。
もちろん、不当に値を吊り上げようとする商人には容赦をするつもりはない。一色家には、皇都を不当に占拠して皇主の大権を私議する君側の奸を排除するという大義名分があるのだ。
領内の商人は、御用商人かそうでないかにかかわらず、領主である一色家に協力する義務がある。
そして周辺の諸侯も、一色家からの要請を断ることは困難だろう。
那古野城には彼らの子女たちが人質として滞在しており、また戦勝後の恩賞も約束している。
結城家とそれに与する家が滅べば、その領地を新たな封土として分け与えることが出来る。中小諸侯にとっては、その地位を向上させる絶好の機会であるのだ。
戦国時代以来、彼らにこのような機会が巡ってきたことはない。
「それと、騎兵第四旅団を先鋒として皇都に向け進発させよ」
公直は糧食の集積などがまだ十分ではないにもかかわらず、挙兵を決意した。
「東海道を東進させ、東海道の諸侯を我が方に恭順させると共に、東海道沿いの港を接収せよ。結城家に東海道の諸港を明け渡すことになれば、厄介なことになる」
つまりは、そういうことであった。
兵は拙速を尊ぶとも言う。こちらの補給線の確保しつつ、結城家がそれらを利用することを事前に阻止する。それが、公直の狙いであった。
「結城家の連中は我らを朝敵であるなどとうそぶいているだろうが、気にすることはない。君側の奸を討ち滅ぼし、真に皇室の藩屏たらんとする我らの忠義を、あまねく天下に示すのだ」




