表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十五章 戦野の皇国編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

327/372

297 誓いと決意の夜

 夜。

 貴通は屋敷の縁側から足を垂らして、ぼんやりと庭園を眺めていた。

 廊下の天井から吊された常夜灯の光が、彼女を淡く照らし出している。


「……あまりそこにいると、風邪引くぞ?」


 と、廊下の向こうからやってきた景紀がその姿を見咎めて声を掛ける。


「ああ、景くん」


 その声に、貴通はゆるりと顔を巡らした。

 互いにもう寝るだけとなって、二人とも白い寝巻に着替えている。ただ、流石に十一月も半ばを過ぎたということもあって、その上に一枚羽織っていた。


「まだちょっと緊張しているのか?」


 貴通の横に腰を下ろした景紀は、そう尋ねた。


「まあ……、はい」


 歯切れ悪く、貴通は答えた。


「“貴通”として生きる覚悟を決めたとはいえ、周囲は僕をこれまでと同じ“穂積貴通”としては見てくれないでしょうから」


 今まで彼女は、男として周囲に認識されていた。兵学寮などでは顔付きが女っぽいだのとからかわれたりしたこともあるし、景紀の念友と陰口を叩かれたこともある。

 しかしそれは、逆にいえば貴通が男であると思われていたからこそ生じたものであるともいえた。


「今日は一応、家臣団の皆さんへの布告だけで済ませましたが、明日からはまた家臣団の皆さんと直接関わらないといけない業務が待っていますし、何より景くんの軍師であろうとする以上は軍との関わりも断つわけにもいきませんからね」


 あの後、茶室を出た景紀と貴通は、主要な家臣団を接見の間に集めて改めて貴通の抱える事情や今後の結城家における彼女の取り扱いについて布告をすることになった。

 すでに宵の方から家臣団には一定程度、説明がなされていたとはいえ、新当主である景紀がその件について家臣団に何の説明もしないわけにはいかないからである。

 貴通が名前と性別を偽っていたことで家臣団の景紀への不信が生まれるとは考えにくいが、それでも今後の結城家内での貴通の扱いについて疑問に思っている家臣は多いはずである。

 その辺りの方針を明確にしなければ、家臣団としても貴通にどう接していいのか判らなくなってしまう。

 これまで通り景紀の幕僚として扱うのか、それとも五摂家の姫君として扱うのか、はたまた景紀の側室ないし愛妾として扱うのか。

 そのあたりを、景紀は家臣団に対して明確にする必要があったのだ。

 接見の間には冬花と鉄之介に水晶球も用意してもらい、河越の家臣団にも同時に布告が出来るようにした上で、景紀は貴通のことについて家臣団への説明を行ったのである。

 これでひとまず、結城家内において彼女は“穂積貴通”として遇されることとなった。


「何と言いますか、冬花さんって逞しいなと、つくづく実感しました」


 若干の苦笑を込めて、貴通は言う。

 景紀は貴通をこれまで通り自身の軍師として扱うと家臣団に布告したものの、やはり二人の関係を邪推する者は現れるだろう。

 景紀の愛妾と陰口を叩かれながらも、景紀への恋慕の情を抱いていようとも、彼のシキガミとしてあろうとしている白髪の少女。

 自分も景紀の念友などと陰口を叩かれていたが、それはあくまでも自分が男であると思われていたから。景紀と自分の関係を邪推することには腹が立ったし、兵学寮では舐められないようにと乱闘騒ぎを起こしもしたが、一方ではそうやって騙されている周囲を見下して溜飲を下げることも出来た。

 しかし、自分の性別が女であるとはっきりしてしまった以上、貴通は自分を景紀の愛妾などと言う者たちと正面から対峙しなければならない。


「結局は冬花さんと同じく、実力で周囲を黙らせるしかないのでしょうね」


 自分も、景紀の側にある者として相応の実力を示してきたつもりだ。性別を偽り続ける中で、能力だけが自分の本当だと感じられるものだったからだ。

 対斉戦役と皇都内乱で自分は軍師として景紀を支えてきた。自分の存在は、皇都内乱における結城家の勝利に貢献したと貴通は自負している。

 だが、今までは“男”として見られていた分、周囲は自分の軍師としての実力を今一度、見定めようとするだろう。

 その意味では、これから始まる伊丹・一色家との対決は、改めて結城家家臣団や領軍将兵に自分の軍師としての能力を示す機会になる。

 そう思えば、緊張も少しずつ解けてくる。


「お前なら大丈夫だろ?」


 そして、信頼のこもった景紀からの言葉。

 それがあるだけで自分は勇気付けられてしまうのだから、何とも現金な女だと貴通は思った。


「ふふっ、本当に景くんは僕をその気にさせるのが上手いんですから」


 そんな自分が何だかおかしくなって、貴通は冗談めかして景紀に笑いかけた。

 兵学寮の頃から、自分はこうやって彼に励まされながら前に進んできた。入学して間もなくの頃、自分に取り入りたいのなら能力でそうしろといわれた時、体が女として成長してきて不安に苛まれていた時、いつも彼の言葉に支えられてきた。

 今だって、なおも漠然とした不安を抱く自分の心を支えてくれている。


「いいでしょう。僕が、景くんを天下人に押し上げて見せますよ」


 だから貴通は、改めてその意思を景紀に示す。


「でもそれは、僕が自分自身の存在を確かめたいからそうするんじゃありません。景くんにそうなって欲しいから、僕はそうするんです」


 今まで自分が景紀の軍師であろうとしたことには、自分で自分自身の存在感を感じ、歴史に名を残すことで自分という存在が確かにあったのだということを証明したいという不純な動機があった。

 別に、今でもそうした心がないとはいえない。

 自分自身の能力を世に示したいという欲求は、相応に心の中にある。

 しかし、今はそれよりも自分の能力で景紀を支えたいという思いが強くなっていた。自分自身でも、歴史でもなく、彼に自分を認めてもらいたい。

 “穂積貴通”としても、“穂積満子”としても。


「だから、これからもよろしくお願いしますね。景くん」


「おう」


 貴通が笑みとともに拳を突き出せば、景紀もふっと笑って拳を突き出した。

 互いの拳を、こつんとぶつけ合う。

 それは貴通にとって、一つの誓いの儀式だった。自分が何者であろうとも、彼を支えてみせる。その決意を、男装の少女は改めて胸に刻み込んだ。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「冬花義姉(ねぇ)様、力を取り戻したみたいで良かったじゃない」


 その頃、鉄之介は皇都の浦部邸を訪れていた。


「貴通様のことも、何とかなったんでしょ?」


「まあ、そうだな」


 文机に向かっている八重を眺めながら、鉄之介は部屋の柱に背を預ける形で立っていた。

 八重は文机に並べた紙片に、熱心に梵字を書き込んでいる。呪符を作っているのだ。


「何よ、あんまり嬉しくなさそうじゃない?」


 鉄之介の言葉を怪訝に思ったらしく、八重は筆を止めて自らの夫となった少年の方を見上げる。


「いや、姉上が力を取り戻したのはいいことなんだがな、手放しに喜んでいいのか?」


 声には、懐疑的な響きが宿っていた。

 鉄之介も術者であり、また姉と景紀の霊的な契約のことも知っている。だから姉がどのような手段で術者としての力を取り戻したのか、何となく理解していた。

 姉が景紀へと向ける恋慕の情も判っていたから、ある意味でついに()()なってしまったかという思いがある。

 もちろん、これから伊丹・一色陣営との対決が始まる以上、姉が術者としての力を取り戻したことは結城家側の戦力向上にも繋がるだろう。実際、先日の嶺州での士族反乱において、再び術者としての力を取り戻した姉は、不平士族の鎮圧に貢献したという。

 姉の活躍によって、結城家が伊丹・一色陣営と戦を行う最中に背後を脅かされるという可能性はほぼ消滅した。

 それ自体は、姉の功績だろう。

 しかし、鉄之介は姉が景紀への想いを遂げたことについては、素直に喜べなかった。

 別に、これで完全に姉を景紀に取られてしまったと思っているわけではない。姉がますます、景紀への依存を強めてしまうのではないかと懸念しているのだ。

 そのことに、鉄之介は漠然とした不安を覚えずにはいられなかった。

 たとえば、八重は自分の子供を景紀と宵姫の間に生まれるだろう子供のシキガミにするのだと言っているが、景紀と男女の契りを結んだ姉がそうしたことを考えたりはしていないだろうか?

 結城家の次代を守るシキガミの役目を、姉が自分と景紀の子に託そうと考えることも否定出来ないだろう。

 いったい姉は、景紀とどこまでの関係を望んでいるのだろうか? そして結城家の次代のことを、どこまで考えているのだろうか?

 弟の鉄之介には、それが理解出来なかった。

 自分は宵姫が主導した景忠公押込に加担した一人だ。

 その所為で、今まで主家を呪術的に守護することを務めとしていた葛葉家は、政治の世界に自ら飛び込むこととなってしまった。何としても宵の産んだ子に結城家を継いでもらわねば、家自体の存続に関わってくる。

 主君押込を行ったことへの後味の悪さを鉄之介は覚えてはいたが、かといって宵姫を諫めなかったことを後悔しているかといえば、そうでもない。

 あそこで景紀の立場を守らなければ、結城家自体が危うかったのだ。それは自分だけでなく、八重の身も危険に晒すことになる。

 皇都内乱時にはまだ八重が子を宿していることを知らなかったが、知ってからは余計に宵姫に加担した自分の決断は間違っていなかったと確信するようになっていた。たとえ父・英市郎と対立することになってしまったとしても。

 そして、主家である結城家と自らが継ぐ葛葉家という“家”を守ろうとしている自分と、景紀という主君一人に尽くそうとしている姉。

 姉が景紀と男女としての契りを結んでしまったことで、より一層、自分と姉の立場が隔たってしまったように思えて仕方がない。

 確かに、姉はこれまで景紀の補佐官を務めていたが、あくまで事務処理を中心に行い、自らが政治的意見を発することはなかった(その意思もなかっただろう)。

 そうやって姉も無意識の内に守ってきただろう葛葉家の“主家を呪術的に守護する”という立場を変えてしまったのは、自分だ。

 その責任は、鉄之介自身で負うしかない。


「まぁた、うじうじ悩んでいる顔しているわよ」


 そうして思考を続けていた鉄之介は、八重の呆れたような、あるいは咎めるような声で現実に引き戻された。八重は呪符を書く手を止めて、鉄之介の方を見上げていた。


「確かに皇都内乱とか何やらで、私やあんたの立場もだいぶ変わっちゃったことは理解しているわよ。冬花義姉(ねぇ)様のことだって、何となく予想はついているわ。でもね、うじうじ悩んでいたって何も始まらないじゃない。私とあんたは若様……って言い方も今さら変かもしれないけど……、とにかく景紀様と宵姫様を支えていく立場にあるんだから、お二人に仇なす奴らは全員ぶっ飛ばすくらいの気持ちでいればいいじゃない」


 いっそ叱り付けるような調子で、八重は言った。


「……それが、姉上であってもか?」


 そんな言葉が出てしまったのは、それだけ悩みが深かったからか、あるいは単純に考えている八重への反発からか。

 だが、八重の反応は、鉄之介の言葉への反発でも、杞憂だと一笑に付すことでもなかった。


「ええ。たとえそれが、冬花義姉様であっても」


 ひどく真面目な調子で、彼女はそう言ったのだ。思わず、鉄之介は目を瞬かせてしまった。


「……何よ、その表情」


 そして、八重の方は鉄之介がそんな反応を返してきたのが不満だったのか、半眼になっていた。


「だいたい、私があんたに嫁入りすることになったのだって、冬花義姉様に妖狐の血が強く表れ過ぎたことが原因でしょ? 父様から聞かされているもの、いざとなったら冬花義姉様を討たないといけないことくらい」


「お前は、それで納得したのか?」


 八重のあまりの割り切りのよさに、かえって鉄之介の方が狼狽してしまう。


「納得はしてないわ。でも、いざとなったら討つしかないでしょ? 私たちは陰陽師なんだから」


 自らも龍王の血を引く少女は、鉄之介のことをまっすぐに見つめていた。


「冬花義姉様がどうやって力を取り戻せたのか、私も考えなかったわけじゃないわ。それでもしかしたらこの先、妖狐の伝承にあるように、景紀様を惑わせる存在になってしまうかもしれない。そういうことも考えたわ。ああ、別に冬花義姉様のことを悪く思うようになったわけじゃないわ。力を取り戻せて良かったと思っているのも本当よ。でももしこの先、冬花義姉様が自分で自分の存在を貶めるようなことになったら、あの人のシキガミとしての誇りが汚される前に、討ってあげないといけないと思っているわ」


 そこで八重はふっと笑った。


「まあでも、それは若様ご自身の役割かもしれないわね。そういう約束なんでしょ、あの二人? そういうところにも、私は憧れているのよ」


「らしいな」


 鉄之介は、それしか返すことが出来なかった。

 八重の方がよほど、姉である冬花との向き合い方に覚悟が決まっているようだった。それに何も、まだ自分と姉の関係が決定的に破綻することになると決まったわけではない。

 八重の言うように、自分と姉の置かれている立場が変わりすぎたことで、少し神経質になりすぎていたのかもしれない。


「まったく、本当に世話の焼ける弟弟子ね」


 少し懐かしい感じのする、姉弟子だからと年下のくせに年上ぶろうとする八重。彼女は文机の前から立ち上がると、紙の束を鉄之介に押し付けてきた。


「はいこれ。私の書いた呪符」


 それは、八重の書いた呪符の束であった。


「私は一緒に行けないから、私の分もこの呪符で朝敵をぶっとばしてきなさい」


 流石に身重の八重は、鉄之介と違って景紀とともに伊丹・一色両家の討伐軍に加わることは出来ない。だから八重は、自分の書いた呪符を鉄之介に託したのだ。


「お、おう。ありがとうな」


 狼狽気味に受け取りながら、鉄之介は今回も八重に励まされてしまったことに気付く。


「私の呪符を持って行く以上、一色家の術者なんかに負けたら許さないんだから」


 そんな彼女の激励に、鉄之介は先ほどまで重苦しく感じていた胸の内が軽くなったような気がしていた。


「ああ、ちゃんと勝ってくる。だから、安心して待ってろ」


 鉄之介がそう言って笑えば、八重もにっと笑みを返してくる。

 まずはこの戦いを勝たねば、何も始まらないのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『秋津皇国興亡記』第1巻
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ