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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十五章 戦野の皇国編

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294 男装少女に向けられる目

「何しに来た?」


 景紀は煩わしさと鬱陶しさが混ざり合った声で従兄に言う。刀を掴んで立ち上がった冬花は、未だ景保に対する警戒を解いていない。

 その景保の背後には、彼の取り巻きと思われる青年将校たちがいた。


「愚問だな、景紀」


 すでに結城家当主となった従弟に対して、景保の態度は尊大であった。


「皇都で起こったことに対して、私が何も知らないとでも思ったのか?」


 貴通の性別が暴露された事件をすでに知っていることを誇示する景保に、景紀が不愉快そうに顔をしかめた。従兄を見る視線に、剣呑さが増していく。


「そこにいる混じりものの娘も含めて、お前は軍務に際して愛妾を侍らせ過ぎだ。同じ結城家を担う人間として、景紀、お前には失望を禁じ得んな」


「俺もお前には失望しているよ」景紀は低い声で言い返す。「六家の人間に生まれながら、人を見る目が本当に無いようだな。冬花は帯城軍乱や対斉戦役で活躍を見せている。今朝方起こった嶺州での士族反乱の鎮圧にも貢献している。貴通は兵学寮を次席の成績で卒業して、我が領軍の兵站の重要な部分を担うに至っている。それを“愛妾”としてしか見ることの出来ないお前は、他者を正当に評価出来ない人間ってわけだな」


「ふん、お前は幼いころより、その娘を側に侍らせている自分がどのように周囲の者から見られているのか、まったく無自覚のようだな」


 景保は、景紀の言葉にますます嘲りの色を深くしていた。それは、彼を取り巻く青年将校たちも同様であった。


「景紀、お前の当主としての資質に疑念を抱いているのは、何も私だけではないのだぞ?」


 自身に付き従う青年将校たちを示すように、景保は一瞬、彼らの方を振り返った。景紀は、そんな従兄の背後にいる青年将校たちを見遣った。


「……少ないな」


 数を数える間を空けて、景紀は言った。


「何?」


「お前に付き従っている人間の数が少ないな、と言ったんだ」


 景紀はせせら嗤った。


「皇都内乱のとき、俺には三個旅団が従っていたぞ?」


「……それは御家の危機に馳せ参じただけで、決してお前に従っていたわけではなかろう」


 一瞬、景保は言葉に詰まりながらも、そう反論する。あくまでもこの従兄は、景紀の当主としての資質を問題にしたいようであった。


「私の元には、この者たちのようにお前を当主として相応しくないと考える者が少なからず集まっている」


「で、自分こそが結城家の当主に相応しい、と?」


「戦場に愛妾を二人も連れて行くお前に比べれば、よほど相応しい」


 景保の声には、景紀への対抗心と結城家宗家の血を引く人間としての自意識の高さが色濃く現れていた。


「景紀、私を追討軍の総大将にしろ」


 そして、この従兄は一歩、部屋の中へと踏み込んだ。彼に付き従う青年将校たちもまた、景紀を威圧するかのように部屋へと入り、横へと広がる。

 冬花が刀の柄に手を掛けて、腰を落とした。


「それが、結城家宗家の政治的求心力を取り戻す唯一の道だ」


 だが景保は、白髪の少女など目にも入らぬとばかりに景紀に自らの要求を突き付ける。


「皇主陛下から賜った追討の宣旨を、混じりものの小娘や性別を偽っていた愛妾の存在で穢すわけにはいかん。我ら六家は皇室第一の藩屏だ。その重みを理解せぬお前に、追討軍を指揮する資格などない」


「陛下がいつ、冬花や貴通を追討軍から外すよう仰せになった? お前の勝手な価値観に、陛下の存在を持ち出すことの方が不敬だろうが」


「ふん、所詮は己の女どもに功績を立てさせたいからだろうが。そのために戦功を挙げる機会を奪われた家臣がどれほどいると思っている? その不満に気付けぬお前は、やはり当主たるの資質に欠けていると言わざるを得んな」


 対斉戦役、皇都内乱、嶺州での士族反乱と、立て続けに功績を立てる機会を奪われたことへの恨みが、景保の声には滲んでいた。

 しかし景紀は、その恨みは当主の座への未練から来るものだと考えている。だから、その不満にとり合うつもりはなかった。

 小山朝綱子爵のように己の立場を弁えられないのであれば、景秀も景保もいずれ失脚してもらわねばならないだろう。二人の存在は、結城家の後継者問題において依然として火種となり得ているのだ。

 もちろん、そのような人間の取り巻き連中も同じである。


「だいたい、穂積貴通が本当に兵学寮次席の成績を修めていたのかも怪しいものだ」


 景保は依然として景紀に対して粘着質な批判を続ける。

 取り巻きの青年将校たちも、この従兄に同意するように頷いている。景保も含めて、幼少期に冬花を虐め、兵学寮では景紀と貴通の関係性を揶揄してきた者たちだ。


「女であったならば、教官たちを誑かすことも出来たであろうな。景紀、お前を籠絡したように」


 その刹那、景紀は畳を蹴るようにして立ち上がっていた。きつく握りしめた拳が、景保の顔面を直撃する。

 襖を壊して吹き飛んだ景保の体が、廊下に転がった。


「貴様っ……!」


 咄嗟に起き上がろうとした景保、反射的に景紀に向けて軍刀や拳銃を抜こうとした青年将校たち。彼らの動きが、冬花の不動金縛りの術によって止められる。


「景紀!」


 そして、さらに殴りかかろうとした景紀もまた、後ろから冬花に羽交い締めにされていた。


「冬花!」


「いいから! 落ち着いて!」


 息を荒くして抗議する主君に、冬花は諭すように言った。それが効いたのか、景紀は冬花の拘束を振り解こうとする力を緩めた。


「何事ですか!?」


 騒ぎを聞きつけた官舎の使用人たちが、わらわらとやって来る。その後ろから、東北鎮台司令官夫妻もまた現れた。


「景紀殿、これは?」


 鎮台司令官は、景紀の祖父の弟が務めている。階級としては景紀の大叔父に当たるこの司令官の方が上であったが、この場では景紀を結城家当主として扱っていた。

 冬花が、両腕で拘束していた景紀を離す。景紀は、一呼吸置いて自身を落ち着かせてから、口を開いた。


「……結城景秀とそちらの将校たちに、謀反を疑わせる発言があった。結城家当主として、見過ごすことは出来ん」


「景紀、貴様っ……!」


 自らを陥れようとする景紀の言葉に、景保が抗議の声を上げた。


「……承知しました。憲兵の方で、取り調べを行いましょう」


 若干、迷惑そうな口調で司令官が言う。

 この年老いた大叔父にしてみれば、結城家の次代を担うはずの若造二人が幼いころから反目し合っていることに辟易とした思いを抱いているのだろう。

 しかし景紀にしてみれば、そう思っているのならば何故、景保たちが官舎に押し掛けることを阻止しなかったのか疑問である。

 景保が第十四師団内部で明らかに青年将校を中心とした派閥を形成し、家中に混乱を招きかねない言動をしているのにそれを結城家年長者としての立場から諫めず野放しにしていたということは、最早、老齢のために結城家の人間としても鎮台司令官としても統率力を発揮出来なくなっているのだろう。

 父・景忠とその異母弟・景秀の仲が良好であったならば東北鎮台司令官は景秀が担っていたのだろうが、そうではなかったために先々代当主の時代から鎮台司令官の交代が行われていなかった。東北鎮台が当主の統制を離れて、別個の軍閥と化すのを恐れたからだ。

 ただしそれは、大叔父がまだ軍人として積極的に活動出来る年齢であった場合の話である。老齢となり軍務に対する熱意や積極性が失われ、ただ結城家というだけで司令官の座にあり続けていることの弊害が、顕在化していると言えよう。

 大叔父の領軍に対する統率力・求心力が希薄化した結果、景保と一部青年将校たちの間で小さいながらも軍閥が形成されつつあるのだ。

 やはり、景秀と景保をこのまま野放しにしておくことは危険であった。

 景紀は使用人や司令部従兵たちに促されて連れ出されていく景保たちの背を見ながら、そう考えていた。


「景紀……」


 景保たちが連れ出されていった後で、冬花が心配げに声を掛けてきた。


「すまん。迷惑をかけた」


 景紀が少しばつが悪そうに、自らのシキガミに謝罪する。貴通が兵学寮でどれだけ努力していたのかを知っている景紀にしてみれば、景保の発言は同室の同期として許せるものではなかった。

 それでも、結城家当主となった人間が自ら乱闘騒ぎを起こしかけるなど、いささか軽率な行動であった。


「いいわよ、別に」


 だがそんな居心地の悪さを感じている主君に、冬花は微笑ましげに言った。


「私も、子供の頃はあんなふうに守ってもらった一人だしね」


「そうか」


 冬花にそう言われたのが何となく気恥ずかしくて、景紀は素っ気なくそう応じるのだった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 十一月九日の昼前、翼龍を駆った景紀と冬花は皇都へと帰還した。

 景紀はすぐにでも貴通の元に駆け付けたかったが、帰還した彼が真っ先に向かったのは皇主の御所である宮城であった。

 まずは、図らずも貴通を当分の間男子として振る舞わせよという宸翰に背いてしまったことを謝罪し、皇主から改めて貴通(あるいは満子でもいいが)の存在を認める旨の宸翰を下してもらうことを目指したのである。

 少なくとも、この国の権威の象徴たる皇主の許しがあれば、貴通自身も自分の存在に肯定的になれるのではないかと思ったのだ。

 皇都内乱においても、皇主から唯一、五摂家の正統な権威を担う存在と認められた貴通は、父親への意趣返しもあったのだろうが、それを喜んでいた。

 性別を偽り、名前を偽っている貴通は、自分自身で自分を認めることがなかなか出来ないのを、景紀は知っている。景紀の軍師となることで歴史に名を刻みたいという執着を持っているように、他者から自分の存在を肯定されることへの渇望が、貴通にはあるのだ。

 だから景紀は、まず宮城に向かったのである。

 宮内省御霊部長・浦部伊任に取り次いでもらい、急ぎ拝謁のための手配を行ってもらう。その間、景紀は宮内省の官舎で体を清め、軍服を整えた。


「今回の件、貴殿にしては随分と迂闊だったな」


 厳めしい顔の御霊部長は、宮内省庁舎から宮殿に繋がる渡り廊下を歩きながらそう言った。


「宸翰に背いた貴殿と貴通殿に、私として思うところがないわけではないが、望んで背いたわけではないことは判っている」


 若干、浦部伊任の声には景紀を責めるような響きがあった。皇主と皇室に忠誠を誓う彼としては、意図的ではないにせよ、皇主の宸翰に背いてしまったことに苦々しい思いがあるのだろう。

 そしてこの陰陽師の言う通り、貴通の性別が暴露されてしまったのは景紀自身の迂闊さが原因である。だから景紀は、龍王の血を引く御霊部長に対して反論しなかった。


「陛下も今回の暴露事件、そしてその後の穂積通敏が記者連に語った内容についてはご存じである。陛下としては、未だ自らの正統性を主張する通敏公にご不満の言葉を漏らしておられると聞く。同時に、貴通殿を不憫にも感じておられるようだ」


 一応、浦部伊任は景紀が皇主から叱責を受けることを恐れているかもしれないと思ったのだろう、そう付け加えた。

 この御霊部長としては、景紀が真っ先に貴通の元に駆け付けようとせず、まず皇主への謝罪を優先したことを評価しているつもりなのだろう。この男が冬花に向ける態度に景紀自身、不愉快に思わないことはないのだが、こちらが皇主・皇室の存在を蔑ろにしない限り敵には回らないだろうという、一種の信用は置いていた。

 渡り廊下を渡り切ると、景紀の案内は侍従長に引き継がれた。耳と尻尾の封印を解いた冬花も景紀に付き従っているが、あくまで彼女は景紀の従者という立場で宮殿に足を踏み入れただけであった。

 皇主と拝謁するのは、景紀一人だけである。

 やがて侍従長に導かれた二人は、御学問所(表御座所とも。皇主の執務室)の扉の前に辿り着く。


「……」


 景紀は少しの緊張感を覚えながら、侍従長に従ってその扉を潜った。


  ◇◇◇


 実際のところ、景紀と貴通が結果として宸翰に背いてしまったことについて、皇主は景紀の責任を追及しようとはしなかった。

 むしろ、同様の宸翰を授かっておきながら、それを公にしてしまった穂積通敏公の行動にこそ、皇主は怒りを滲ませていた。

 景紀の拝察するところ、皇主は今回の暴露事件とその後の穂積通敏の行動によって五摂家の権威がさらに低下してしまうだろうことに頭を悩ませているようであった。五摂家が皇后を輩出する家系である以上、皇主として五摂家の権威低下は皇室の権威を維持する上で懸念せざるを得ないことなのだろう。

 ただし、皇主はこれまで性別を偽ってきた貴通には同情的であり(そこには五摂家の中で唯一明確に結城家陣営についた人間であるからという要因もあるのだろう)、彼女が今後、穂積貴通、あるいは満子として父親からの呪縛に囚われず好きなように生きていけるよう景紀の方で気を配るように、とのお言葉も頂戴した。

 その旨を記した宸翰も下す意向も示されて、景紀としてはただただ平伏するしかない。

 少なくとも、これで“穂積貴通”としても“穂積満子”としても、彼女はその存在を認められたことになる。

 景紀は皇主の示した叡慮に感謝を示しつつ、再び侍従長に導かれて御学問所を退出した。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
― 新着の感想 ―
今思ったのですが将家の中で一番纏まりがあるのってもしかして斯波家か!?あの当主(もしくはその側近)もしかして結構凄いのかな?
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