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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十五章 戦野の皇国編

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293 結城家内の対立勢力

「宵姫殿、これはどういうことですかな?」


 十一月八日の夕暮れ時、河越城の本丸執務室で宵に詰め寄っている男がいた。


「景紀殿の幕僚である穂積貴通殿が、本当は女であったとか? 事実であれば、皇都内乱で景紀殿と共に陛下に拝謁した貴通殿は陛下を(たばか)ったことになり、景紀殿も同罪となろう」


 どこか勝ち誇ったように言ったのは、結城景秀であった。自らや嫡男・景保(かげもり)を差し置いて当主の地位を得た景紀の失態を見つけ、その目に嗜虐的な光を宿している。


「景秀殿、あなたは屋敷で療養中とのことでしたが?」


 一方、家臣から届けられた資料に目を通していた宵は、ちらりと義理の叔父を見遣った後、また再び紙面に目を落としていた。


「……」


 先代当主・景忠の弟である自分を歯牙にも掛けぬ小娘の態度に、景秀の瞼がぴくりと動く。


「……病は、すでに癒えた」


 景紀から伊丹・一色両家に恭順を促すための使者としての任を与えられた景秀であったが、一色公直との会見の直後、病と偽って河越の屋敷に帰ってきていた(今まで務めていた結城家領相柄国知事は、使者としての任があるからと解任されている)。

 景秀としては、失敗が確実な使者の任を押し付けられ、それを口実に新当主となった景紀に粛清されることを恐れたのである。

 それに、一色公直から結城家内の反景紀勢力をまとめるよう言われたこともあり、彼は病と称して屋敷に籠りつつ、何かしらの好機が訪れるのを待っていた。そうしたところに、結城景紀の側に控えていた五摂家の穂積貴通が、実は女であったという情報が景秀の元にも舞い込んできたのである。


「そんなことよりも、宵姫殿はこの問題の重要さを判っておられるのかな? 景紀殿は陛下を……」


「陛下はすでにこのことをご存じであらせられます」


 景秀の言葉を遮って、宵はいつも以上に感情の感じられない平坦な声で言った。


「ですので、景秀殿のご懸念には及びません」


 出来の悪い生徒を諭すような態度をとっていた景秀は、それで一瞬、固まってしまった。

 宵はそんな義理の叔父の様子に、冷めた感情を向けていた。景秀は貴通が女であるという、河越の市井にも出回り始めた情報は察知出来ても、宵を中心とする河越城内での出来事については情報を得られていないようであった。

 それはつまり、景秀が結城家内部で孤立を始めているということである。

 少なくとも、宵と共に先代当主・景忠を廃立した主要な結城家家臣団は、景秀が権力を掌握することを望んでいない。仮に景秀が当主となれば、主君押込に加担した者たちはそれを口実に粛清を免れないからだ。

 だからこそ、益永忠胤を初めとする重臣、そして景忠の側用人であった里見善光は宵を全力で補佐しようとし、逆に景秀を結城家の意思決定過程から徹底的に排除しようとしているのである。

 とはいえ、油断は出来ない。

 少なくとも景秀は、一色公直とは会見しているわけである。その場でどのようなやり取りがあったのか、宵には判らない。しかし、景紀を敵視する一色公直と、未だ結城家当主の地位に未練を残す結城景秀の間で、何らかの取引があった可能性は否定出来ない。

 宵自身は会ったことはないが、一色家には八束いさなという呪術師がいるという。冬花を打ち負かし、捕えたという、油断出来ない術者である。

 その術者が、呪術通信用の呪具などを景秀に託し、密かに一色家と内通していることも考えられる。もちろん、不審な霊力通信がないか葛葉若菜などに警戒させてはいるが、相手も高位術者である以上、どこかで出し抜かれる可能性は考えておくべきであった。


「……しかし、陛下はご存じであらせられたのかもしれないが、我らは知らされていなかったわけだ。それによる家臣団や領軍の混乱は確実に起きよう。景紀殿がこのことを秘密にしていたことの問題は、確実に存在する」


 景秀は、そう言ってなおも食い下がった。この問題を、何としてでも新当主となった景紀の失態として喧伝したいのだろう。

 貴通の性別を景紀が秘匿していたことを利用し、彼と家臣団の信頼関係を突き崩せると考えているのかもしれない。


「景紀様が知らせる必要がないとご判断されたから、知らされていなかったのです」


 だが、宵はそうした景秀の指摘に取り合わなかった。


「もとより貴通様は、その能力を以て景紀様をお支えしていた方。女性であったことは、所詮、些事に過ぎません。それが明らかになったからといって殊更に騒ぎ立てようとするのは、低俗な新聞記者のやることです」


 暗に景秀のことを低俗呼ばわりした宵に、この前当主異母弟は口元をかすかにわななかせていた。


「……しかし、五摂家の女が景紀殿の側にずっといたという問題は、宵姫殿、あなたにも他人事ではありませんぞ?」


 貴通が女性であることを家臣団に秘密にしていた景紀の姿勢を糺弾しようとして宵が取り合わなかったからか、景秀は問題を別のところに見出そうとした。


「もし穂積貴通を名乗る女と景紀殿の間に子が、それも男児が生まれれば、我が結城家は確実に後継者問題で混乱しよう。宵姫殿は、そのあたりのことを判っておいでかな?」


 つまり景秀は、貴通と宵の家格の違いを指摘しているわけである。

 宵は景紀の正室であり、母方が六家の血を引くとはいえ、伯爵家の姫君である。一方の貴通は、愛妾の子であるとはいえ、五摂家(公爵家)の血を引く人間である。

 もし宵と貴通、二人にそれぞれ景紀の子が生まれ、それがどちらも男児であった場合、正室の子ながら家格の低い宵の子か、側室(ないし愛妾)の子ながら五摂家の血を引く貴通の子かで、後継者争いが起こるかもしれないと景秀は言っているのだ。

 つまり景秀は、宵と貴通、宵と景紀の間で隔意を生じさせることで、結城家内部に混乱を引き起こしたいのだろう。


「その点については、すべて景紀様がお決めになられることです。景秀殿には関係ないでしょう」


 宵は冷たく、そう答えた。

 もちろん、彼女としてもそうした懸念をまったく抱いていないわけではない。しかしそれは、景秀のような人間にとやかく言われる問題ではなく、あくまで自分や景紀、貴通との間で解決すべき問題であると思っていた。

 自分のように、幼少期から政治的な思惑に振り回されるような思いを、景紀の子にはさせたくない。


「景秀殿、あなたはいささか、病を得て気が弱くなっておられるのでしょう。だから、色々と心配事を思いつくことになるのです」


 いい加減、この男と話しているのも億劫になってきた宵は、さも案ずるような声を出す。そして、机の上の呼び鈴を鳴らした。

 執務室の扉が開き、風間菖蒲が入ってくる。


「菖蒲殿。景秀殿は未だ病が癒えておられぬようです。屋敷で引き続き静養に務めていただくのがよろしいでしょう」


「かしこまりました」忍の少女は、宵に軽く一例して景秀を促した。「景秀様、どうぞこちらへ」


「私はまだ、話が済んだわけでは……」


「あまり興奮されると、病み上がりのお体に差し障りがあるでしょう」


 若干の抵抗を見せた景秀を、宵が有無を言わせぬ口調で促した。そのまま、菖蒲の呼んだ警護の者たちに両脇を抱えられるようにして景秀は執務室から連れ出される。

 それを見届けてから、宵は小さいながらも疲労の感じられる息をついた。


「……菖蒲殿。景秀殿は景紀様の叔父君であるために家臣団としても登城を拒みがたい面があったのかもしれませんが、以後は私の名で登城を拒んでいただいて構いません」


「かしこまりました」


 風間菖蒲は、申し訳なさそうに頭を下げた。


「この度は姫様のお手を煩わせることになってしまい、大変申し訳ございませんでした」


「私が監視を強化するよう申し付けたその日にこれです」


 宵にしては珍しく、言葉には明確に叱責の響きが混じっていた。


「今後はよりいっそう、景秀・景保親子の動向には注意を払うよう、卯太郎殿にも伝えておくように」


「御意」


 菖蒲はもう一度、宵に対して頭を下げると退室していった。


「……」


 再び一人になった執務室で、宵はそっと腹部を撫でる。

 自分は、あのような人間から我が子と結城家を守っていかなければならないのだ。景紀が皇都内乱で、彼を逆賊呼ばわりする伊丹・一色両家から自分とお腹の子を守ろうとしてくれたように。

 だから宵は改めて、景紀の御台所としてこの家を守り抜く決意をするのだった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 景紀は嶺州での士族反乱の鎮定を見届けると、結城家当主として事後処理の方針を嶺州代官と柴田少将に示した後、冬花を連れて翼龍で鷹前を飛び立った。

 しかし、嶺州を出発する時刻がいささか遅くなってしまったため、一旦、岩背県千代で一夜を明かすことにした。夜間の強行飛行は危険であり、また翼龍の体力的な問題もあったからである。

 東北鎮台の龍舎に翼龍を預け、景紀と冬花は鎮台司令官官舎に泊まることとなった。

 翌朝一番で再び翼龍を駆り、皇都に向かうつもりである。

 もちろん、その一夜は明日の飛行に備えて休むつもりではあったが、景紀は再び貴通と呪術通信をとろうとした。

 しかし、冬花に鉄之介と通信を繋いでもらったはいいものの、貴通自身には通信に出たくないと言われてしまったとのことで、この夜は彼女と一言も喋ることが出来なかった。

 代わりに、景紀は嶺州政庁と河越城、そして皇都と連絡をとり合って状況の把握に努めていた。

 嶺州での士族反乱については、花岡県側の反乱も八日夕刻までにはほとんど鎮圧したとのことで、伊丹・一色両家を中心とする西国諸侯との対決を控えた結城家の後方が脅かされる危険性はほとんど取り除かれたと考えていい。

 一方、河越の宵からは貴通に関する暴露記事への対応策について報告を受けた。内容は、昼間、鉄之介から伝えられたものと同じである。


「―――宵が素早く対応してくれて、本当に助かった。ありがとうな」


『いえ、私が行ったのは、あくまで結城家としての対応です』


 景紀の労いに、宵は水晶球の向こうで首を振った。


『貴通様には、私が指示したような対策よりも、景紀様ご自身の存在が必要でしょう』


「……そうだな」


 昼間の貴通との通信を思い出して、景紀は苦い顔をした。


『それと景紀様、夕刻にこの件で景秀殿が尋ねてきました。貴通様の秘密を隠していたことで景紀様を糺弾しようとしたり、私の貴通様に対する悋気を煽ろうとするような言葉がありましたが、屋敷へと追い返しておきました』


「あの叔父上、俺が不在とみて早速動き出そうとしたってわけか」


 景紀は軽く舌打ちを響かせた。


『風間家の忍などに命じて、監視させてあります』


「ああ、そうしておいてくれ。一色公直との会見直後に病と称して河越に戻ってきたんだ。一色公直に焚き付けられて、結城家を内部から攪乱しようとしているのかもしれん」


『ええ、私もそうしたことを懸念しております。しかし現状、結城家内で景秀殿は孤立気味のようです。何せ主要な家臣団は私に従って景忠様を廃立したのですから』


 宵に従った重臣を中心とする家臣団にとって、ここで景秀が家中を掌握することになれば、自分たちは主君押込に加担したとして粛清されかねない。だからこそ、景紀や宵があえて策動せずとも、家臣団たちの方で景秀の孤立化を図っているともいえよう。


「だが、油断はするなよ」


 それでも、景紀としては宵の身が心配であった。

 貴通の秘密に対する暴露記事が出回ったばかりである。一色家の密偵がどこに潜んでいるか判らず、もし景秀がその手引きをしているならば宵の暗殺も危惧しなければならない。

 貴通の件は自分が迂闊だったとはいえ、一色家側には冬花を降した高位術者である八束いさなもいるのだ。用心に越したことはない。

 景紀はさらに宵と二言三言交して、今度は通信を皇都の島田富造少将の元に繋げた。

 島田少将からは兵站物資の集積・輸送状況についての報告を受け、結城家本領と領軍間の兵站業務の各種調整を行っていた貴通の不在によって一部に滞りが発生している件について苦言を呈された。


『―――まあ、穂積大佐が女であったことについては、驚きはあります』


 島田少将の声は、言葉とは裏腹に驚きの響きはなかった。むしろ、事務的ですらあった。


『しかし、今まで穂積大佐が兵站業務で活躍していたことは事実です。女だったからと侮るつもりはありませんし、それは他の将兵も同様です』


 このあたりの反応は、封建制の残る将家の領軍らしいものといえた。

 当主の不在を守るのはその正室の役割で、戦国時代などには女城主として籠城戦を侍女などと共に戦い抜いた女性も存在するのだ。また、後継者が幼い場合などには中継ぎとして女当主が領政を取り仕切ることがある。

 そうした戦国の気風が現在まで残っている皇国陸軍は、女性が軍務に就くことへの忌避感が少ない(もちろん、それで実際に女性を積極的に入隊させるかは別問題であるが)。

 皇都内乱でも結城家側では保科嘉弥がその婚約者・小山朝康と共に従軍し、伊丹家側では桜園理都子が未だ十四という年齢ながら従軍していた。特に桜園理都子に関しては、公家の姫君ながら婚約者である伊丹直信と共に従軍したことに、逆賊の側についていながら賞賛を受けているほどである。

 それが、未だ戦国と武家の遺風が色濃く残るこの時代の皇国の価値観であった。


『景紀様と穂積大佐の関係については、兵卒たちの間で話の種にされていますが、そのあたりについては、侮りに繋がらない程度ならば見過ごすべきでしょう』


「……」


 景紀は、不愉快げに顔を歪めた。

 冬花を景紀の愛妾と噂するのは何も彼女に悪意を持つ者たちだけでなく、兵卒たちもまた軍務の合間のちょっとした娯楽と鬱憤晴らしのためにそうした噂をしているのを、景紀は知っていた。そこに今度は、貴通が加わったということだろう。

 今まで貴通が男と思われていたときは念友と噂され、女であると判れば愛妾と噂される。

 冬花や貴通がどのような想いと覚悟で自分に仕えてくれているのかを知っているからこそ、景紀はそうした噂が腹立たしかった。

 しかし、不必要に兵卒たちの噂を抑圧すべきではないという島田少将の意見もまた、正しいものである。上官への侮りに繋がらない程度の鬱憤晴らしであれば、見逃しておくべきであった。

 それが、兵卒たちが過度に上官や軍務に対する不満を溜め込まないことにも繋がる。

 上官として、ある程度、鷹揚に構えることも必要であった。


「……判った。ひとまず、兵卒たちの件については島田少将に任せる。ただ、あまり無責任な噂が広がらないようには注意しておけ。俺も、明日には皇都に戻る」


『了解しました』


 そう言って、二人は通信を終わらせる。

 終わってから、景紀は悔やむように顔をしかめて前髪を掴んだ。


「……景紀?」


 今まで呪術通信を繋いでいた冬花が、案ずるように声をかける。


「……あいつは俺を立ち直らせてくれたのに、俺はあいつが苦しんでいる時に側にいてやれないんだな」


 それは独り言めいた、自分を呪うような言葉だった。


「……」


 そんな主君の言葉に、冬花は無言だった。彼女自身も術者としての力を失いかけ、景紀を苦しめた一人である。だから、安易な言葉をかけられなかった。

 それに、ここで景紀を慰めるような言葉をかけるのは、同じ女として貴通に対して不誠実であるような気がした。

 女であることを無遠慮に暴かれてしまった貴通の辛さも、そんな彼女の側にいてやれないことを悔やむ景紀の苦しみも、二人の間で完結させるべき感情だと思ったからだ。

 それに、景紀から想われている貴通に対する、若干の嫉妬もある。

 だから冬花は、自分は何も言うべきではないと思ったのだ。


「……」


「……」


 しばらく二人して無言でいると、官舎の廊下から複数の足音が聞こえてきた。その足音に不穏なものを感じて、冬花は脇に置いていた刀を掴んで立ち上がる。

 足音が二人のいる部屋の前まで到達すると、部屋の襖が無遠慮に開かれた。


「ふん、混じりものの愛妾を部屋に引き入れているとは。伊丹・一色両家との対決を前に、呑気なものだな」


 複数の人間を引き連れて現れたその人物は、開口一番、嘲るような言葉を口にした。


「景保か」


 舌打ちと共に景紀が剣呑な視線を上げた先にいるのは、彼の従兄にあたる青年・結城景保であった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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