290 嶺州平定
柴田平九郎少将の命令を受け、山砲中隊指揮官の号令一下、四門の山砲が轟音と共に火を噴いた。
仰角を付け、築地塀を飛び越えて寺の境内に着弾するように砲撃を行う。
かつての領主一族の菩提寺に砲撃を加えることを、砲兵たちは躊躇わなかった。
結城家領軍と共に対斉戦役を戦い、そして戦地から凱旋した将兵たちにとって、仕えるべき領主は佐薙成親の幼い嫡男ではなく宵姫であるという意識に変わっていたといえよう。
佐薙成親の悪行が露見し、嶺州への郷土愛が揺らいだところに現れた健気な姫君は、それだけ将兵たちの心に嶺州軍としての誇りを与えていたのかもしれない。
そして領主を失ったことによる、領国から国家への帰属意識の変化が、彼らの佐薙家への忠誠心を希薄化させていた。
佐薙家菩提寺を砲撃する嶺州軍という構図は、国民の封建的な意識の変革の一例であったといえよう。
繰り返される砲撃は寺に火災を発生させ、建物を崩壊させていった。
さらに砲撃と共に多銃身砲が前進し、築地塀から身を乗り出して小銃を構えようとする不平士族たちに掃射を加えていく。
刀剣と旧式の小銃で武装した佐薙家遺臣団と、山砲や多銃身砲を備える嶺州軍との火力差は歴然であった。
柴田平九郎少将は、このような馬鹿げた反乱で嶺州軍の将兵が失われることを厭っていた。だからこそ、嶺州軍の火力でまずは不平士族を圧倒することを選んだのである。
◇◇◇
「どうして、佐薙家の歴代当主たちが眠る寺を……」
一方、寺の中にいる佐薙時親は、幼いが故に事態を十分に飲み込めずにいた。中野流や大堀史高とともに降り注ぐ砲撃の中を逃げ惑いつつ、悔しげに呟いていた。
未だ時親は嶺州の人々の佐薙家への忠義を信じていたし、寺が包囲されつつも佐薙家歴代の当主たちが葬られている場所を砲撃で徹底的に破壊しようという暴挙に出ようなどとは、想像もしていなかったのである。
そもそも、佐薙家菩提寺を蜂起のための拠点に選んだのも、そうした嶺州の人々に対する心理的な効果を狙ってのことであった。
しかし、蜂起の具体的計画を策定した大堀史高ら佐薙家家臣団の思惑は、ことごとく外れていた。
御家再興を目指す佐薙時親の元に馳せ参じようとする者は現れず、むしろ激しい砲撃の中でその数を一人、また一人と減らしていた。
幼い将家の嫡男が抱いていた御家再興の幻想は、打ち砕かれつつあったのである。
「史高、何か、何か策はないのか?」
これまで自分に尽くしてくれた忠臣に、時親は縋るように尋ねた。
「時親様、今は耐える時です」
大堀史高はまだ幼い主君に自身の醜態を見せぬよう、内心の動揺を押し殺して答える。
「ここで我々が耐えれば、いずれ西国で一色公直公が挙兵します。そうなれば、結城家は我らに対するどころではなくなります」
しかし、そう強気な発言をしている合間にも、寺の境内に山砲の砲弾が次々と着弾する。
蜂起の日まで佐薙家再興を目指して集まった嶺州浪士たちが身を寄せていた僧房に砲弾が直撃し、建物を倒壊させる。講堂や鐘楼にもまた、砲撃を受けて破壊されていく。
境内では火災も発生し、時親たちを匿ってくれていた僧侶たちが必死の消火にあたろうとしている。
佐薙家菩提寺ということもあり、それなりに歴史ある寺院が、砲撃と火災によって灰燼に帰そうとしていた。
「何とも罰当たりな光景だな」
佐薙家菩提寺が砲撃によって破壊されていくのを砲陣地から眺めていた柴田平九郎少将は、複雑そうな表情でそう呟いた。
「あの寺に眠っているのは、別に佐薙家の歴代当主だけではないというのに」
そこに砲撃を命じたのは自分自身であるが故に、柴田少将の胸中には割り切れない思いがあった。もちろん、貴重な歴史的建造物などの文化財を破壊してしまうことへの躊躇もある。
しかし、ここで不平士族たちを鎮圧しなければ嶺州情勢は長く不安定なままだろう。
宵姫の献身によって進みつつある嶺州の振興も、佐薙家再興を諦め切れぬ者たちがこのような騒動を頻発させては十分に実行出来ない。
そう考えているからこそ、柴田平九郎少将は寺への砲撃を命じたのだ。
そこには、このような反乱で部下の命があたら有為に失われることへの抵抗もあった。
いかに罰当たりであろうとも、寺にいるのはすでに墓に入った者たちである。生者は、佐薙家再興を諦め切れぬ不平士族か、彼らを匿う僧侶たちでしかない。彼らも遠からず、墓に入ることになるだろう。
ならばまとめて砲撃で吹き飛ばし、こちらの損害を最小限に抑えようと、ある意味で柴田少将は開き直っていたといえよう。
「葛葉冬花殿」
「何でしょうか?」
それでも柴田少将は、念のために結城景紀が連れている陰陽師の少女に呼びかけた。
「不平士族どもの鎮定が終わったら、念のためお祓いでもしておいてくれ。あの寺に眠る者たちが、この砲撃で眠りを妨げられたからと、私や兵卒たちが祟られてはかなわんからな」
冗談とも本気ともつかぬ口調で、嶺州軍の指揮官はそう言った。
「……」
冬花は、若干困惑顔で主君たる景紀の方を見る。景紀が苦笑気味に頷くと、シキガミの少女は柴田少将に向き直った。
「承知いたしました」
「それと葛葉殿。探索用の式で寺の内部の様子は判らんか?」
「おい、冬花は俺のシキガミだぞ」
柴田少将が直接、冬花に鎮定作戦の支援を要請したことで、景紀が少し不機嫌そうな声を出す。
「ちょうどそこにいるのだから、別に問題なかろう」
だが、柴田少将は悪びれなかった。
「寺は包囲してあるが、かといってあの時親と名を変えた少年が少数のお供とともに脱出を図らんとも限らんだろう。これ以上、嶺州に反乱の火種を残すわけにはいくまい」
「だったら最初から俺に話を持ちかけろ」
やはりぶすりとした調子の声のまま、景紀は冬花に顔を向けた。
「というわけだ、冬花。頼めるか?」
「ええ、造作もないことです」
そんな稚気を見せる主君に、冬花は口元にかすかな笑みを浮かべて応じた。火鼠の衣の袖の中から鳥型の式を取り出し、放つ。
霊力を与えられたその紙片は空へと羽ばたくと、寺を覆いつつある煙の中へと消えていった。
「時親様、大堀殿。かくなる上は、我らが山門より突撃いたします。その隙に、お逃げ下さい」
一方、寺の中では佐薙家再興派の者たちが最後の時を覚悟してそのような進言を行っていた。
「我らが山門より突撃すれば、鎮定部隊は兵力を山門正面に集中させるでしょう。寺の包囲網に、隙が出来るはずです」
「また、僕に落ち延びろと言うのか?」
悔しさを堪えた固い声で、佐薙時親は言う。皇都に引き続き、またしても自分だけが家臣を見捨てて逃げなければならないことが、幼いながらに納得出来なかったのだ。
皇都から落ち延びた屈辱、家臣を置いてきてしまったことへの後悔、そして将家嫡男としての矜持。それらが、佐薙時親を名乗る少年にこの場所で最後まで戦うのだという気持ちを呼び起こさせていた。
「時親様が生き延びてこそ、佐薙家再興は果たせましょう」
だが、その家臣は諭すように時親に言う。
「我らは佐薙家再興の礎となれるのです。武人として、これほど名誉な散り様もありますまい」
そして、いっそ晴れやかとすらいえる表情でそう付け加えた。
「……」
ぎゅっと、時親は悔しげに唇を噛みしめた。
かつて東北随一の勢力を誇っていた佐薙伯爵家が、六家による圧迫によってここまで追い詰められているというのに、結局何も出来なかった自分自身の無力感を、少年は痛いほどに感じていた。
幼い少年の心の内に、家臣とともに最後まで戦いたいという思いは強くある。しかし、同時に佐薙家直系の男子が自分しかいないことも理解していた。
ここで佐薙家直系の血を絶やせば、それこそあの異母姉と結城家の思うままに自分の故郷とその民は蹂躙されるだろう。
今回の蹶起では、嶺州の軍民は誰も自分の元に馳せ参じようとしなかった。その事実は、時親の幼い心に大きな衝撃をもたらしている。
だが同時に、この少年はこうも思っていた。
嶺州は、この鷹前だけがすべてではない。まだ、領内には佐薙家への忠義の心を持った者がいるかもしれない。
あるいは、馳せ参じることが出来なかったのは、結城家が何かしらの妨害を行ったからだとも考えていた。
今、目の前で自分のために忠義を尽くそうとする者たちが斃れていくのを見ている少年にとって、自分の元に馳せ参じようとする者が領内に一人もいないとは信じられなかった。
「……判った。お前たちの示した忠義は、生涯、忘れない」
「はっ、有り難きお言葉」
その家臣は、恐懼したように幼い主君に向けて頭を垂れた。
「では、大堀殿、中野流殿。時親様をお頼み申します」
そう言って一礼すると、その家臣はすでに集合を始めていた他の家臣団たちのところへと駆けていった。
「……行くぞ」
その背中をずっと追っていた時親を現実に引き戻すように、中野流は言った。
「あんたが生き残らなきゃあ、どいつも浮かばれない。父上や兄上、そしてあいつらの死を無駄死ににするな」
忍の少女の言葉は、諭すというよりも叱り付けるような口調であった。
「北側の崖から脱出しましょう」
そして、大堀史高も幼い主君を促す。
「そこから川で船を奪取し、ひとまず海を目指します」
嶺州首府・鷹前の市街地の東から北に向かって一本の川が流れている。そこに出て、鷹前を脱出するつもりであった。
「行くよ」
中野流の先導とともに、砲撃の合間を縫うようにして幼き反逆者は捲土重来のための脱出を始めようとした。
山砲による砲撃は山門や築地塀越しに行われていたため、風格ある山門は多少の弾片を受けただけでまだ健在であった。
下手に山門や築地塀を破壊することで、寺の中にいる者たちの脱出経路を徒に増やすことを恐れたのである。不平士族たちが破壊された築地塀などから秩序なく寺から脱出を図ろうとすれば、かえって白兵戦が混戦となって彼らを取り逃がす危険性があった。
そうして取り逃がした不平士族たちが城下町で強盗や放火などの狼藉を働いたり、あるいは山間部で匪賊化する可能性は十分にあるのだ。
柴田少将は、不平士族たちを寺に閉じ込めたまま、一挙に鎮定してしまうつもりであった。
そうしたところに、冬花の放った式からの情報で、不平士族たちが山門を破って一気に突撃を図ろうとしているとの報告がもたらされた。
もともと、砲撃にまかれた不平士族たちが山門などからの一点突破を図ってくる可能性は考慮に入れており、脱出経路となりそうな箇所には多銃身砲を配置している。
「撃ち方用意!」
多銃身砲中隊の指揮官が号令を下し、束ねられた銃身が山門に向けられる。すでに弾倉が装着され、薬室には銃弾が送り込まれていた。
周囲にはすでに土嚢が積み上げられていて、多銃身砲の砲員だけでなく小銃を構えた歩兵たちも待機していた。
そこに、寺に立て籠っていた不平士族たちが山門を開いて一挙に出てきた。ある者は白刃を構え、ある者はスタイナー銃などの小銃を構えている。
「てっー!」
蛮声とともに突撃を始めた不平士族に対し、機械的なまでの動作で銃弾が放たれた。
多銃身砲の束ねられた銃身が回転し、小銃の撃針が雷管を打つ。放たれた弾は突撃をかけてきた佐薙家遺臣団の者たちをなぎ倒し、山門の扉や柱、壁に弾痕を残していく。
無慈悲なまでの銃弾の槍衾の前に、蛮声はいつしか止んでいた。
山門の前には、ただ無数の佐薙家遺臣団たちの死体が積み上がっているだけであった。
それを成したのが嶺州軍ということもあり、嶺州における佐薙家の支配体制がすでに終わりを迎えていたことを象徴する光景であったといえよう。
◇◇◇
はあ、はあ、と急いた息遣いが雑木林の中に響いていた。
寺の北側の崖を伝って脱出した佐薙時親と護衛の中野流、大堀史高の三人は、市街地北西側を流れる川に向かって走る。
寺の北西側には神社があり、その周囲には鎮守の森が存在していた。鎮圧部隊の目から逃れるため、三人は崖を下るとすぐにその鎮守の森の中に身を隠したのである。
最初は、鎮守の森の中に潜み、夕暮れを待って夜陰に乗じて脱出するつもりであった。
しかし、三人がこの森の中に隠れて程なくして、多数の兵士たちが神社周辺を取り囲み、神社の境内や鎮守の森の捜索を始めたのである。
そうなるともう、三人は隠れ潜むことは出来なかった。
「止まれ!」
背後からの叫びと同時に、銃声が響く。直後、木の幹に銃弾がめり込む音がした。
「拙い! あたしら、完全に誘導されてるぞ!」
忍として幼い頃から修行を続けてきた中野流は、兵士たちの動きからそう察知した。皇都脱出時にも使った痺れ薬を仕込んだ吹き矢や、苦無の数にも限りがある。
もちろん、大堀史高が持っている拳銃の銃弾についてもそうだ。
森の中を逃走する中で何人かの兵士に負傷を負わせることは出来たが、それが限界であった。
やがて、鎮守の森が開けたかと思うと、そこは市街地西側の畑であった。そこに、兵士たちが並んで銃を構えている。
「くっ……!」
中野流は、咄嗟に時親を庇うように前に出た。両手に苦無を構え、いつでも投擲出来るようにする。
だが、その程度の抵抗では逃げ切れないことも、彼女は理解していた。
「あっ……」
と、佐薙時親が小さく声を上げた。見れば、背後の鎮守の森からも銃を構えた兵士たちが出てきた。
大堀史高がすでに用をなさなくなった拳銃を捨て、刀を抜いた。
兵士たちの険しい顔に取り囲まれ、幼い佐薙家嫡男は表情を強ばらせる。だが、中野流や大堀史高にしがみつくようなことはしなかった。
少年の心にはまだ、将家嫡男としての矜持が残っていた。
彼は緊張に唾を飲み込むと、一歩、前に出た。
「おい、ボンボン……!」
忍の少女が止めるのも構わず、佐薙時親は銃口と銃剣の前に身を晒す。
「佐薙成親が嫡男、佐薙時親である」
そして幼い身で背筋を精一杯伸ばして、そう名乗った。
「あなたたちに忠義の心があるのならば、その銃口を今すぐ下ろして下さい。我ら嶺州の者たちが真に討つべきは、逆臣・結城景紀です」
自らの口で嶺州軍に呼びかけたいという思いを未だ失っていなかった時親は、そう言った。この少年はまだ、嶺州のどこかに忠義の者がいると信じていた。
だが、兵士たちは顔に戸惑いの感情を浮かべつつも、銃口を下ろそうとはしなかった。その戸惑いは、幼い子供に銃を向けることへの戸惑いであり、決して佐薙家への忠義から生まれたものでなかった。
そこに、時親は気付かなかった。
「……」
「……」
「……」
無言のまま、しばらく時が流れる。
「……反乱分子三人を、ただちに拘束せよ」
そして、その緊張の対峙を終わらせたのは、兵士たちの後ろから現れた中隊長らしき一人の将校であった。
「抵抗するならば、発砲して構わん。子供であろうと、この嶺州の地に騒乱を引き起こした反逆者だ」
「貴様……っ!」
大堀史高が憤りの叫びを上げ、背後への注意が逸れたところで、鎮守の森から出てきた兵士たちが一斉に動いた。
咄嗟に抵抗しようと刀を振おうとした大堀史高であったが、それは一人の兵士が構えていた銃剣との間に一瞬、甲高い音を発生させただけに終わった。
別の兵士たちが小銃の銃床で彼の肩や腹部を殴打し、素早く拘束していく。
「無礼者!」
同時に、佐薙時親や中野流に対しても兵士たちが複数人で押さえ込み、捕える。佐薙家嫡男の少年は抗議の声を上げたが、兵士たちは完全に無視した。
兵士たちがかつての領主の嫡男に示した慈悲は、なるべく痛がらせないように体を押さえ込み、縄を掛けていくことだけであった。
「何故、嶺州人同士でこのようなことをしなければならないのですか!?」
拘束されながらも、なおも佐薙時親は兵士たちに呼びかけた。
「僕は、あなた方に忠孝の心があると信じて立ち上がったんです! それなのにどうして―――!」
「―――私の弟が今年の三月、兵学寮を卒業しましてね」
中隊長は、少年の叫びを遮って続けた。
「弟の同期生は、宵姫様を襲撃した事件の責任をとって、卒業を目前にして自決しました。ただ、襲撃犯の弟であるという理由だけで」
中隊長の声に、佐薙時親を名乗る少年への憤りはない。ただ、かつての領主だった一族に対するどうしようもない失望があるだけであった。
「旅団長閣下に、反乱の首謀者を捕えたと伝令を出せ」
「はっ!」
そして、その中隊長はすでに佐薙時親への興味を失ったかのように、部下にそう命令した。兵士たちの誰も、捕えられた少年を救い出そうとする者はいない。
「―――っぁ……」
その現実に、大寿丸という幼名を捨て一人前の将家嫡男になったつもりであった少年は、声にならない叫びを上げるのだった。
こうして嶺州霜月騒動は、佐薙時親と名乗った少年を捕えたことで、事実上、終結したのである。
◇◇◇
「……鎮守の森に向かった部隊が、大寿丸を捕えました」
片目をつむっていた冬花が、景紀と柴田少将にそう報告した。飛ばした式からもたらされた光景を、つむった片目で確認しているのだ。
現場からの伝令は、まだ到着していない。
「鎮圧に、一日とかからなかったか」
さして興味なさげに懐中時計を確認して、景紀はそう呟いた。
「いや、宵の奴が佐薙成親に拐かされたあの事件から考えれば、二年か」
「これでようやく、嶺州の情勢も落ち着くか」
どこか祈るような口調で言ったのは、柴田平九郎少将であった。彼は、兵士たちが突入した佐薙家菩提寺を見ていた。山門の上には、すでに連隊旗が翻っている。
「そうであってくれなければ困る」懐中時計の蓋を閉じて、景紀は答える。「これで佐薙家に残った反六家勢力は壊滅だ。残党が多少の事件を起こす可能性はあるだろうが、乱を起こせるような勢力はもう残っていない」
「宵姫様も、これでご安心なさるでしょうね」
そっと景紀に近付いた冬花が、小声でそう言う。
「ああ」
シキガミの言葉に、景紀は頷いた。
「俺とお前が嶺州に滞在している最中に蜂起したことが、連中の運の尽きだったな。冬花、よくやってくれた」
「ええ。ようやく、あなたのシキガミとして役に立てたわ」
冬花の声には、安堵と誇らしさが等しく交じり合っていた。彼女にとって、景紀のシキガミとして力を振るえることこそが己の存在意義なのだから。
主従は互いに、相手への信頼のこもった笑みを浮かべ合う。
「それで、反乱を鎮定したこと、宵姫様にご連絡差し上げた方がいいかしら?」
鷹前の電信線は切断されてしまったため、現在は呪術によって花岡県や東北鎮台との通信を繋いでいた。そこから、千代の電信局などを通して河越や皇都に情報を伝達しているはずであった。
しかし、高位術者である冬花ならば、中継の術者や電信局などを介さずに河越や皇都と呪術通信で直接連絡を取り合うことが可能であった。
「じゃあ、頼めるか?」
「ええ、了解」
主従の密やかな会話を終え、冬花は火鼠の衣の袖から通信用の呪符を取り出した。
彼女が霊力波による通信を試みている間、景紀は柴田少将の方に近付いた。それを、柴田少将はちらりと見遣る。
「それで、景紀殿。これからどうするつもりだ?」
「捕えた連中については、裁判にかけることになるだろうな。今回の反乱で死傷した兵士や民間人に対しては、結城家が管理している佐薙家の財産から恩給や補償を出すことにするつもりだ」
「といっても、貴殿が嶺州に長く留まることは出来まい」反乱の事後処理の方針を示した景紀の言葉を聞いても、柴田少将の口調は険しかった。「この蜂起が、西国勢力と共謀したものでないという保証はないからな」
「ああ。事後処理の方針は代官の方に伝えて、俺と冬花は早々に河越に戻るつもりだ」
「その方が良いだろう」
柴田少将が頷いたところで、通信用の呪符を手にした冬花が近付いてきた。シキガミの少女は、少し気掛かりそうな表情を浮かべている。
「景紀様、少しよろしいでしょうか?」
彼女の表情と声音で、景紀はそれが不穏な報告であろうことを悟らざるを得なかった。
「……」
自然と、景紀の顔も険しくなる。
皇都内乱に始まった皇国の内戦は、これで収まったわけではないのである。




