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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十五章 戦野の皇国編

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288 治安出動

「工兵隊は電信線の復旧に向かわせろ。実包は各員に規定数持たせろ。それと、糧食の用意はどうなっている?」


 嶺州代官から治安出動の要請が発せられるや否や、柴田平九郎少将は歩兵第二十七旅団長として矢継ぎ早に命令を下していった。

 第二十七旅団司令部は、鷹前城内にある。一方、鷹前を衛戍地とする歩兵第五十七連隊の兵営は、城から南に約五キロほどの地域に存在していた。

 旅団司令部から連隊本部に対し、呪術通信兵を通して命令が届けられる。

 一方で、花岡県の歩兵第五十七連隊との通信も呪術通信兵たちが担っていた。

 嶺州と花岡県との電信線はすでに切断され、電信局も襲撃されていたために、電信による通信は不可能となっていた。しかし一方で、蜂起した不平士族たちは霊力妨害を行っていないため、呪術通信については問題なく使用出来ていたのである。

 少なくとも、不平士族側に呪術師は存在しないらしい。


「……それにしても、連中は佐薙家の菩提寺に陣取っているわけか。泉下の佐薙家歴代当主が見たら、この状況をどう思われることやら」


 柴田少将は、不愉快そうに呟いた。彼もまた佐薙家家臣団の出身である以上、嶺州での士族反乱の発生に何も思わないわけではないのだ。

 柴田少将は決して忠誠心篤い家臣というわけではなく、どちらかといえば主家である佐薙家に対して批判的な立場ではあったが、それでも歴代佐薙家当主の眠る場所には相応の敬意を払ってしかるべきだとは考えている。

 これもまた、嶺州の軍民に佐薙家への忠誠心を呼び起こさせようとする不平士族側の策略だろうか、と柴田少将は思う。

 城下にばら撒かれた檄文は、柴田少将の手元にも届いている。だが到底、彼は佐薙時親と名を改めた佐薙成親嫡男である少年の下に馳せ参じようとは思わなかった。

 部下からの報告を受けた限りでも、連隊から離反して不平士族側に合流しようとする者は出ていないという。


「―――さて、一通り命令は出し終わった。こんなところでいいかね、結城家新当主殿?」


 若干の皮肉を込めて、柴田少将は司令部の隅にいる人物に声をかけた。


「ああ、反乱鎮圧の軍事的な部分については、少将に任せる」


 そこにいたのは、景紀と冬花であった。

 しかし景紀は腰に刀を差してはいるものの、軍服はまとっていない。冬花の方は、短洋袴(ショートパンツ)に白いシャツという活動的な姿の上に赤い火鼠の衣をまとっていた。

 柴田少将よりも先任の少将である景紀が軍服をまとわず着物と袴姿であるのは、嶺州軍の指揮は柴田少将自身に任せるという意思表示の一つであった。


「佐薙家の家臣を嶺州軍が討伐する、か。皮肉にしては出来すぎているな」


 一応、柴田少将自身も景紀や宵の鎮圧方針には納得している。もはや嶺州の誰も大寿丸(佐薙時親)の復権を望んでいないのだと、彼自身と彼を担ぎ上げようとする遺臣団に納得させるには、柴田少将自身が指揮にとって反乱を鎮定する必要があるのだ。

 実際、佐薙時親の蜂起に際して連隊から離反者が出なかったということは、それだけかつての領主であった佐薙家が領民の支持を失っていることの証左であった。


「しかしまあ、そちらの陰陽師殿の協力があったとはいえ、いささか連中が哀れではある」


 今も探索用の式を城下に飛ばして情報収集を続けている冬花は、式の得た情報をそのまま旅団司令部の者たちに伝えていた。

 そのため、城下で不平士族たちが襲撃している箇所に素早く兵力を差し向け、彼らの鎮定・捕縛を行うことが可能となっていた。

 また、治安出動要請を受けてから歩兵第五十七連隊が出動するまでの時間が短かったことも、迅速な鎮定作戦の遂行に繋がっていた。

 連隊の将兵たちは非常呼集がかけられてから短時間で営庭に整列し、営門を出ていたのである。

 通常、下士卒と週番将校は営内にいる一方、その他の将校は兵営外の官舎や借家に妻子とともに住んでいる者が多い。当然、突発的な反乱が起こればそうした営外に居住する将校が兵営に駆け付けるのには時間がかかる。

 しかし嶺州霜月騒動の場合は、こうした兵営外に居住する将校たちの集合に遅れと混乱がほとんど見られなかった。

 これは、やはり事前に蜂起の情報を冬花が察知していたことが大きい。

 柴田平九郎少将は、結城景紀による部隊への査閲があるという名目で、営外に居住する将校たちにも即座に呼集に応じられるようにあらかじめ伝達していたのである。

 彼自身としては、前夜の段階でようやく判明した情報であったこともあり、本当に十一月八日に佐薙家再興派が蜂起するかどうかは半信半疑の部分があったし、何よりもどこに再興派と密かに繋がっている者がいるか判らないという防諜上の懸念から、表向き、そうした理由をとっていた。

 少なくとも、査閲を行うと言い出した結城家の新当主に振り回される嶺州軍、という体裁をとっておけば、御家再興派たちは嶺州軍の去就について楽観的な見方をする者も出てくるだろうと考えたのだ。

 そうした措置が功を奏し、八日未明、非常呼集がかけられると歩兵第五十八連隊は迅速に営庭に集結することが出来たのである。

 連隊から離反して佐薙家再興派に加わった者がいなかったことも、混乱なく営庭に連隊将兵が整列出来た要因であった。

 連隊将兵の中には軍の命令と佐薙家への忠義の狭間で揺れ動く者もいるのかもしれないが、少なくとも佐薙家再興派の反乱に大義を見出した者はいなかったといえよう。


「それで、景紀殿としては、ここからどうすべきと考える?」


 柴田少将は、この場ではあくまでも景紀を結城家当主として扱っていた。先任の少将として扱えば、指揮系統が混乱しかねないからだ。

 景紀自身も、先ほど言った通り鎮圧作戦の軍事的部分については柴田少将に委ねるつもりであった。


「主家云々ということを抜きにしても、流石に九歳児のいる寺に総攻撃をかけて討ち取ってしまうのも後味が悪かろう」


 とはいえ、柴田少将としても佐薙時親を名乗っている幼い少年を鎮定作戦の中で討ち取ることには躊躇いを覚えていた。だからこそ、指揮を委ねられながらも結城家新当主の意向を確認しようとしたのである。


「まあ、寺を包囲して完全に連中を孤立させたなら、降伏を待ってもいいんじゃないのか?」


 柴田少将の問いかけに、景紀が答えた。

 現在、佐薙時親らが拠点としている佐薙家菩提寺には、一個歩兵大隊と山砲中隊を差し向けていた。山砲中隊には寺を射程に収められる地点に砲陣地を築くように命じてある。

 冬花による索敵の結果、寺には野砲はおろか多銃身砲もないようなので、山砲といえど火力では不平士族たちを圧倒していた。


「降伏するなら、時親とか名乗り出したガキは仏門に入れる。もっとも、寺に籠っている連中が追い詰められて全員切腹、なんて事態にもなるかもしれないが」


 景紀は、時親や不平士族たちの結末にさして興味のなさそうな声でそう言った。

 降伏するならば、流石に九歳の佐薙時親は助命することになるだろうが、かといって景紀は積極的に彼を助けたいわけではなかった。宵の腹違いの弟とはいえ、このような乱を引き起こした以上は処断するのが当然であると考えている。

 何よりも、この二年間、宵が故郷のために尽くしてきたことをことごとく否定しようとする連中に容赦する必要を感じていなかった。それがたとえ九歳の子供であろうとも、である。


「切腹されても後味が悪いが……」


 だが、流石の柴田少将も景紀の冷徹さに顔をしかめていた。


「とはいえ、このまま連中を放置するわけにもいくまい」


 もっとも、柴田少将もこのような乱を起こした以上、佐薙時親の命を慮る余裕がないことを理解していた。


「まずは私の名で、寺に籠る連中に降伏を勧告してみるとするか。それに応ぜぬようであれば、もはや是非もなし、寺に総攻撃をかける他あるまい」


「そこは少将の判断に任せる」


「指揮する立場にない貴殿は、むしろ気楽だな」皮肉を込めて、柴田少将は言った。「もし大寿丸が死ねば、どれほどあの子供が領民の支持を得られていなかろうと、私は主君殺し・幼児殺しの汚名を免れないだろうというのに」


 そこでふと、この嶺州軍司令官は意地の悪い思い付きに捕らわれた。


「そういえば、城下でも花岡でも、貴殿が討ち取られたという噂が出回っているらしいな。噂を払拭するためにも、一緒に寺まで出向いて降伏を勧告してみんか?」


「少将も、なかなか人が悪いな」


 景紀は、柴田少将の誘いに苦笑で応じる。

 それは、士族反乱によってかつて主家であった佐薙家にも、六家である結城家にも振り回されている男の、ちょっとした意趣返しだったのかもしれない。


「まあ、城で反乱鎮定の報告を待っているのも暇だろうしな」


 そう言って、景紀は冬花に視線をやった。


「というわけで冬花。ちょっとばかし散歩に出るぞ」


「承知いたしました、景紀様」


 シキガミの少女は、苦笑を見せつつも従者然とした態度でそう応じるのだった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 佐薙時親らの拠る寺を包囲した歩兵第五十七連隊ではあったが、不用意に寺へ攻撃を仕掛けようとはしなかった。

 寺を射程に収められる位置に山砲を配置し、歩兵は敵小銃の射程範囲外に留めていたのである。

 これは包囲部隊の指揮官が、やはり九歳の子供の拠る場所へ総攻撃を仕掛けることを躊躇っていたからであった。

 佐薙時親(大寿丸)が佐薙家の嫡男であることよりも、その年齢によって鎮圧側が行動を抑制する結果を生んでいるのは、皮肉であった。

 もちろん、包囲部隊指揮官も、いざとなれば総攻撃を仕掛けることは覚悟している。

 まずは山砲を寺に撃ち込み、多銃身砲などの援護射撃の下に歩兵を突撃させる。寺の周囲には土嚢を積み上げて、すでに歩兵を待機させていた。

 山砲の砲陣地の構築も済み、あとは命令を下すだけの状態である。

 いくら寺が戦国期に出城的機能を有する目的で建立されたとはいえ、稜堡式要塞でも何でもない。砲陣地などの野戦陣地を構築していく間にも、寺からは妨害のための砲撃は行われなかった。

 不平士族どもは、明らかに小火器や刀槍しか所持していないようである。

 そのため、制圧にはさほど時間は掛からないであろうとは考えられた。


「……」


 だが指揮官は幼児殺しの汚名を着たくないために、総攻撃の是非について旅団司令部に照会し、正式な命令が下るのを待っていた。

 士族反乱を鎮圧するにしては消極的に過ぎる姿勢ではあったが、やはりこれも佐薙時親の年齢がもたらした皮肉な結果といえた。

 戦国期であれば十歳に満たない子供であっても反乱を主導した以上、容赦はされなかったであろうから、ある意味で佐薙時親の年齢というのは佐薙家嫡男であること以上の強みと言えた。






 しかし、そうした佐薙時親の持つ“強み”がいつまでも通用することはない。

 彼はあくまでも、反乱を主導して嶺州の治安を乱している賊徒でしかないのである。

 佐薙時親を佐薙家の正統な後継者と仰ぐ不平士族と、彼らが籠る寺を包囲する嶺州軍という膠着した状況は、景紀と冬花、そして柴田平九郎少将が現場に駆け付けたことで動き始めた。


「閣下、寺の包囲はすでに完了しております」


 包囲部隊を率いている大隊長は、柴田平九郎少将が現場に到着したことに安堵に近い表情を浮かべていた。


「ご命令あり次第、いつでも総攻撃に移れます」


 少なくともこの大隊長は、旅団長からの命令の下で総攻撃を行いたい考えたのである。


「……面白いな」


 一方、柴田少将と大隊長が会話をしている横で、景紀は寺に双眼鏡を向けていた。


「塀からこっちを覗いている連中の顔は、十人十色だな。明らかに敵意を向けていそうな奴もいれば、不安そうな奴もいる。この期に及んで、まだ嶺州軍が自分たちの下に馳せ参じるのを期待していそうな奴もいる」


「現実を見据えられず、妙な期待を抱く連中が、こんな反乱を起こしたのだろうな」


 至極迷惑そうな口調で、柴田少将が景紀の言葉に応じた。


「佐薙時親という子供も、そろそろ幼い夢から覚めるべきだろう」


 佐薙家家臣団出身の将官は、主家への敬意がまるで感じられない口調でそう言う。彼は完全に、佐薙家の残滓ともいえる少年と、その残滓に忠誠を誓っている者たちを見限ったようであった。


「じゃあ、その夢から覚める機会を与えてやるとしよう」


 皮肉な笑みを見せた景紀は、冬花に一つ頷くと寺の山門へ向けて歩き出した。


  ◇◇◇


「時親様、山門に向けて歩いてくる人物がおります!」


 景紀と冬花、そして柴田平九郎少将が山門に向けて歩き出したのは、当然ながら寺に籠る不平士族たちも気付いていた。


「一人は少将のようですから、柴田平九郎でしょう。残りの二人は、腰に刀を差した武士階級らしい青年と白髪の女です」


「白髪の女?」


 その報告を聞いて、大堀史高は気付くものがあった。


「結城景紀お付きの術者とかいう、葛葉冬花か。だとすればその青年は、結城景紀……」


 彼はこのときようやく、結城景紀の暗殺が失敗したことを認めざるを得なかったのである。


「では、城へ潜入した中野家の者たちは……」


 報告を聞いた時親も、かすかに怯んだような表情になる。だけれども、佐薙家の正統な後継者としての自負を思い出し、すぐにきっと表情を引き締めた。


「塀のところに控えている者たちに、結城景紀を撃たせましょう! 暗殺は失敗しましたが、これは好機です!」


 報告に来た者が、佐薙時親と大堀史高にそう迫る。


「しかし、三人だけで山門に向かっているということは、僕らとの交渉を望んでいるのかも……」


 一方の時親はまだ、佐薙家再興の望みを捨てていなかった。結城景紀があえて自分たちの前に現れたのも、自分たちが嶺州で蹶起したことで改めて佐薙家家臣団の忠義の強さを思い知らされ、恐れをなしたものと考えていたのだ。

 元々自らの説得によって嶺州軍に佐薙家への忠義を呼びかけたかった時親にとって、そうして交渉に訪れた相手を騙し討ちのように撃つのは気が引けた。

 だが、少年がそう考えていた刹那、寺の本堂にまで響く銃声が鳴り渡った。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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