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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十五章 戦野の皇国編

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286 嶺州霜月騒動

 皇暦八三六年十一月八日、嶺州において結城家による代官統治に不満を持つ佐薙家遺臣団ら不平士族による反乱が発生した。

 この反乱も後世、「嘉応の擾乱」の一部として捉えられるが、一方で三月の宵姫襲撃事件に続く佐薙家遺臣団による御家再興を目指す動きとの認識から「嶺州霜月騒動」とも呼ばれる。

 同時代的には「嶺州霜月騒動」という呼称の方が広く人口に膾炙しているこの事件は、本来であれば佐薙家次期当主となっていたはずの少年・佐薙大寿丸が乱を主導していたという点において、通常の不平士族の反乱とは性質を異にするものであった。


  ◇◇◇


 十一月八日の未明、まだ多くの者が寝静まっていた鷹前城の本丸を、素早く移動していく無数の影があった。

 庭園に面する廊下に下げられた常夜灯の火が、かすかに揺らめく。

 音もなく進んでいく影たちが目指していたのは、本丸御殿であった。だが、本来であれば佐薙家当主とその家族の生活空間である奥御殿には、ほとんど人の気配が存在していなかった。

 佐薙成親は追放され、側室・定子とその子・大寿丸、紅姫もおらず、最後に残っていた正室・聡もまた河越城へと移っていた。それに伴い、彼らの日常生活を支える家令や侍女の数も減り、今では奥御殿の建物を管理するための最小限の人数だけが残されてるのみであった。

 そんな佐薙家の没落を象徴するような奥御殿の中を、黒装束をまとった複数の人影は少しの迷いなく進んでいく。

 やがて彼らが辿り着いたのは、かつては当主の寝所として使われていた部屋であった。

 昨夜からこの部屋は、空室から寝所本来の役目を久々に担っている。

 その部屋に、影たちは廊下側の障子から、建物内部と繋がる襖から、そして天井裏から一斉に侵入した。

 影たちの手には、白刃が握られていた。

 寝所の静謐を保ったまま障子や襖が破られ、そして天井の板が外れ、無数の白刃が人の形に膨らんだ布団へと突き立てられた。

 肉を裂く、確かな手応えがあった。

 影たちがそう感じた、刹那のことだった。


「―――佐薙家に仕えていた忍なら、城内の構造は把握済みってことか」


 部屋が青白い光で照らされたかと思うと、年若い男の声が寝室の静寂を破ったのである。


「―――っ!?」


 寝所に侵入した黒装束たちの間から、驚嘆の呻きが上がる。声のした方に影たちが顔を向ければ、床の間の柱に寄りかかるようにして、結城景紀が立っていた。

 白い寝巻姿ではなく、すでに羽織と袴をまとって、腰には刀すら差している。

 明らかに、侵入者に気付いて急ぎ飛び起きたという出で立ちではなかった。


「馬鹿な……」


 黒装束の一人が、先ほど刀を突き立てた布団を見る。だが、肉を裂く確かな感触があったはずの布団の中には、誰もいなかった。


「何故……」


 では、先ほど確かに感じた手応えは何だったのか。影たちが、一瞬の混乱に陥る。だが、彼らの自失は本当に一瞬であった。

 佐薙家に仕えていた忍たちにとって、討ち取るべき相手はまだ目の前にいる。黒装束の影たちは再び得物を構え、斬りかかろうとした。


「―――お前ら、俺のシキガミを舐めすぎだな」


 馬鹿にするようにも、自慢するように聞こえる声で、景紀は言った。

 次の瞬間、結城家当主となった少年に斬りかかろうとした忍たちの動きが一斉に止まった。まるで空中に縫い付けられたかのように、標的へと襲いかかろうと動き出した瞬間の動作のまま、影たちは固まってしまったのである。


「よくやった、冬花」


 景紀の視線は、自らに得物を向けたまま固まった黒装束たちを飛び越えた。

 忍たちが辛うじて動く首を巡らせれば、そこには赤い羽織をまとった洋短袴(ショートパンツ)姿の少女がいた。

 白い髪からは狐耳が飛び出て、腰の付け根あたりからはやはり狐の尻尾がのぞいている。そしてその周囲には、青白い狐火が浮かんでいた。


「ぐっ……」


 その存在に初めて気付いた忍たちは、それでも不可思議な縛めを振り解こうと体に力を込めた。


「あんまり無理に動こうとすると、手足の肉が裂けるぞ」


 至極どうでもよさそうな声で、景紀は忍たちに警告する。

 よくよく目を凝らせば、忍たちは細く白い糸に絡め取られていたのである。冬花が自らの髪を引き抜き、霊力を込めて部屋の中に張り巡らせていたのだ。


「景紀。寝所に侵入した刺客は、これで全員みたいよ」


「案外、お粗末な結末だったな。第一陣がしくじったあとの後詰めとかいなかったのか?」


 純粋な疑問として景紀はそう口にしたが、もちろん、忍たちは答えない。


「たぶん、佐薙家遺臣団に参加している忍なんて、もうほんのわずかしかいなかったんでしょうね」


 くい、と冬花は両手を動かして指に絡めた髪を操り、黒装束の者たちを床に縫い付けた。さらに念を入れて、火鼠の衣の袖から取り出した不動金縛りの呪符を投げ、一人一人に貼り付ける。

 そうして刺客の忍たちが完全に体の動きを封じられたところで、景紀はようやく床の間の柱から背中を離した。


「こいつらの尋問は他の連中に任せよう。俺たちは急いで嶺州代官や柴田少将のところに行くぞ」


「ええ、そうね」


 二人は呪術的に拘束された忍たちを一瞥もくれることなく、本丸御殿の寝所を後にした。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 北溟道の農場に身を隠していた大寿丸は、佐薙家再興を目指す家臣たちと合流することを決意すると即座に嶺州へと戻り、大堀史高らとともに蜂起の機会を窺っていた。

 当初は一色公直の挙兵に呼応する形で蜂起し、結城家領軍に二正面作戦を強いる計画であったが、結城景紀が嶺州を訪れるという情報を入手したことで、蜂起の時機を景紀の嶺州滞在中と改めた。

 結城景紀が供を一人だけ連れて嶺州を訪れるという絶好の機会を逃さず、ここで彼を討ち取ることが出来れば、結城家そのものを瓦解させることが出来ると大堀ら同志は考えたのである。

 また、一色公直が政権の奪還に成功すれば、結城景紀を討ち取ったという大きな功績を大寿丸のものとすることが出来るという理由も大きい。そうなれば、佐薙家の再興が叶った後、失われた花岡県の領地も取り戻すことが可能であるかもしれないからだ。

 すでに大堀らは、以前から接触を持っていた一色家の隠密から武器と弾薬の提供を受けていた。

 この時期、対斉戦役によって皇国陸軍の装備更新が進み、旧式の前装式銃である二十二年式歩兵銃の余剰在庫が大量に存在していた。

 この内、相当量を実包と共にマフムート朝が買い取ってはいたものの、それでも余剰がすべてはけたわけではなかった。そしてその一部が、一色家の隠密を通して佐薙家遺臣団の手に渡っていたのである。

 他にも、ヴィンランド合衆国から輸入された七連発銃であるスタイナー銃が佐薙家遺臣団の手元には存在していた。この管状弾倉 (チューブマガジン)を採用した後装式連発銃は民間に大量に流れたことから、佐薙家家臣団の中にも個人的に所持していた者が多かったのである。

 また、三月の宵姫襲撃事件の際に佐薙家皇都屋敷から持ち出されたスタイナー銃も、その一部が嶺州に持ち込まれていた。

 問題は、大堀史高ら御家再興派の同志たちの人数が嶺州と花岡県を合せても二〇〇名弱の人数であったことだ。

 嶺州(現在は花岡県となっている地域も含む)の電信網を維持するために中央政府より支給されていた電信維持費を佐薙成親が横領していたことが露見し、その後の結城家による嶺州支配の中で結城家に対する不満や反感を募らせていた者たちは、その程度であった。

 しかもその大半は成親の横領とその隠蔽に加担した家臣、反六家感情の強い嶺州軍将校、その他女衒(ぜげん)から賄賂を受け取って少女たちの身売りに加担した悪徳役人などである。

 反六家感情の強い家臣団出身将校たちは、そのほとんどが予備役に編入されてしまっており、現在の嶺州軍に及ぼせる影響は限定的であった。

 一方、横領に関わったり女衒から賄賂を受け取るなどした家臣たちは、結城家から所領(知行地)などの財産を没収される刑罰に処せられていた(罪の程度が重い場合は、佐薙成親と同じように流罪になっている)。

 こうした者たちは結城家への反感を強めていたため、その多くが御家再興派に合流していた。ここで主家への忠誠を示すことで、結城家打倒後の恩賞を期待していたのである。

 大堀史高ら御家再興派が挙兵のために集めた兵力は、そうした者たちが中心だったのだ。

 嶺州や花岡県には、かつて同じ佐薙家家臣団だった者たちを取り締ることに及び腰な警察幹部や憲兵隊幹部がおり、そうした者たちの存在も御家再興派が一定程度の兵力を集めることに成功した要因であった。

 もちろん、御家再興派の中心的人物である大堀は、二〇〇名程度の士族だけでは反乱を成功させられる確率が低いことは理解していた。

 そのために、現在の嶺州軍(歩兵第二十八旅団)を率いる柴田平九郎少将を反六家感情の強い人間と見做して接触を続けていたのであるが、結局、柴田少将を同志に引き入れることは出来なかった。

 それでも、一色公直が挙兵するとの報がもたらされたこともあり、大堀らは二〇〇余名の旧佐薙家家臣団と共に蹶起することに決めたのである。

 大堀らは、蹶起の好機は今をおいて他にないと考えていた。

 結城閥を中心とする新政権の支配体制が確立してしまえば、佐薙家の再興はいよいよ絶望的となるからである。

 そして、こうした不穏な嶺州情勢を気にしてか、結城景紀が直接、嶺州に乗り込んでくるという情報がもたらされたことが、大堀らによる蹶起の決断を決定的なものにした。

 自分たちには佐薙家の正統な後継者・大寿丸がおり、その大寿丸が領軍や領民の前に姿を現わせば、必ず蹶起に賛同する者たちが嶺州中から集まり、結城家の支配から嶺州を解放することが可能であると、佐薙家遺臣団は考えていたのである。






 御家再興と結城家打倒を目指すための挙兵を前にして、大寿丸は正式な元服の儀を行わずに改名して“時親(ときちか)”と名乗ることにした。

 幼名のままでは、大堀史高ら不平士族が単に幼君を担ぎ上げているだけであると見做されかねなかったからである。そうなれば、領軍や領民からの支持は得られない。

 あくまでも正統な佐薙家の後継者たる“佐薙時親”が自らの意志で挙兵し、忠義の家臣たちを従えているのだと領内に印象付ける必要があった。


「お前は時親様を頼むぞ、流」


 佐薙家に仕える忍の一族・中野家に生まれた少女・流は兄・隼吉からそう言われた。

 御家再興派による反乱計画の第一段は、忍集団による結城景紀暗殺であった。かつて佐薙家の御庭番として主家の警護も担っていた中野家は鷹前城内の構造を熟知しており、忍の技も含めて城へと潜入し暗殺を成し遂げられるのは彼らしかいなかったのである。

 流や隼吉の父である中野隼作(じゅんさく)を頭領とする中野家忍集団も、結城家による嶺州支配の中で自然消滅的に人数を減らしていた。

 忍としての役割が求められなくなり、それまで諜報などのために潜入していた先でそのまま新たな生業(なりわい)を探そうとする者たちが多かったのである。彼らもまた、主家の没落に伴って自ら生活の糧を得なければならなくなっていたのだ。

 中野家忍集団の中で今も主家への忠誠を貫こうとしているのは、隼作を中心とする中野家宗家の者たちがほとんどであった。その規模は、隼作の兄弟たちやその子供を含めて、ようやく二十名に届く程度でしかなかった。

 ただし、この二十名の中には暗殺部隊ではなく、情報収集や電信・鉄道施設などの破壊工作に当たる者たちも含まれており、実際に城に潜入するのは十名に満たない。

 流の姉なども、皇都を脱出して以降は嶺州で再び芸妓として情報を収集するとともに活動資金を稼いでいた。


「……判りました」


 流は、若干の不満を呑み込んで兄にそう返す。

 ここで結城景紀を討てるかどうかが、蹶起の行く末を左右する。そうした重大な任務に同行するには、自分はまだ未熟だと判断されたのだろう。

 実際、暗殺部隊には流の父・隼作を筆頭に、忍の技量に特に優れ肉体的にも壮健な者が選ばれていた。それ以外の者たちが情報収集や破壊工作を担当し、その中で自分は大寿丸(時親という名前は、流にはまだどうもしっくりこなかった。むしろ大寿丸という名前すらしっくりこず、“隼平”のままで良かったのではとすら思っている)の護衛を任されたというだけの話だと、流は自分に言い聞かせた。

 彼女自身は未だ大寿丸や大堀史高らの決断に漠然とした不安を抱いてはいたが、最早ここまで状況が進んでしまっては、わずか十二歳の少女に出来ることはない。父や兄の言うことに従い、自分も自分で忍に生まれた者としての役目を果たすだけだと思った。


「それでは時親様、必ずや吉報をお持ちいたします」


 中野隼吉は“若”とは呼ばず“時親様”と呼ぶことで、幼い佐薙家後継者の決意を尊重していた。


「ああ、頼りにしている」


 そして九歳の少年は、幼いながらに精一杯、主君としての姿勢を示そうとしているようであった。


「では、ご免」


 そう言って中野隼吉は時親に一礼し、まだ明けない夜の闇の中に溶け込んでいくように彼の前から姿を消した。


「……よく見ておけ」


 忍の少女は、諭すようにも、脅すようにも聞こえる声で、年下の主君に言った。


「あんたのために、父上や兄上は死ににいく覚悟をしたんだ。他のみんなもだ」


「うん」


 時親の声は、流石に緊張で強ばっていた。少しきつい言い方だったかと、流は何となく後悔するような気分になる。


「まあ、あたしは兄上たちからあんたのことを頼まれたんだ。忍としての誇りに賭けて、あんたのことは守ってやるよ。だからまあ、安心していろ」


 流はつっけんどんに言ったが、それで“時親”となった大寿丸は少し肩の力を抜いたようだった。


「……頼もしい、家臣だね」


 そして、少し笑うように幼い少年はそう言った。


「ふん……」


 年下の癖してそんな態度をとってくることが何となく気に喰わず、流は鼻を鳴らした。殊勝に礼でも言えばいいものの、背伸びして主君気取りということだろうか?

 気に喰わないが、別に気分を害するような不快感は覚えない。

 ならば、主君と仰ぐには未熟な相手ではあるが、忍として彼のために死ぬのもまた一興かと、流は思うことにした。






 だが、流の兄がもたらすといった吉報が二人の元に届くことはなかった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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