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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十五章 戦野の皇国編

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284 反乱の予兆

 景紀と冬花が翼龍を駆って嶺州の地に降り立ったのは、十一月七日のことであった。

 六日の朝に河越を発して、その日の内に千代に到着。そこで景紀は領軍訓練統監・百武好古中将や東北鎮台司令部の者たちと嶺州で士族反乱が発生した際の対処方針について協議し、改めて嶺州軍に反乱鎮圧を担わせるという方針を徹底させるよう要請した。

 また、百武将軍については宵を軍事面で補佐してくれるようにも請うている。重臣たちは宵を政務の面で補佐してくれるだろうが、軍事面で彼女を十分に補佐出来る人物が河越にはいなかったからである。

 そして景紀と冬花は千代の地で一泊し、七日未明に飛び立ってその日の正午頃には嶺州首府・鷹前に到着していた。


「宵姫様が貴殿に嫁いでからというもの、こっちでも皇都でも碌なことが起こらんな」


 皮肉とも嫌味ともとれる言葉と共に、歩兵第二十八旅団長・柴田平九郎少将は旅団司令部で景紀と冬花を出迎えた。


「少なくとも、どの事件もあいつの所為じゃない」


「それは判っている」


 景紀の少しむっとした反論を、柴田少将は辟易とした調子で受け止めた。

 宵が景紀に嫁いだ直後に発生した宵姫誘拐事件、それによる佐薙家の不正の暴露、佐薙成親の追放、佐薙家の没落、今年三月の宵姫襲撃事件、そして皇都内乱と宵による結城景忠廃立。

 確かに宵とその実家の周辺で多数の事件が発生してはいたが、宵はすべて巻き込まれた側である。その中で彼女は、故郷の振興政策や景紀を守るための景忠公廃立など、己に出来ることを精一杯やっているだけなのだ。


「だが実際に姫様と佐薙家を巡る問題で迷惑をこうむっている一人なのだ、私は」


 とはいえ、柴田少将の立場からすれば嫌味の一つも言いたくなる状況なのだろう。


「まだ、例の大堀史高って奴は接触してくるらしいな?」


 景紀は皇都内乱後に受け取った柴田少将からの書状の内容を思い出しつつ、確認した。


「ああ。佐薙家再興を目指す連中にとってみれば、嶺州軍を指揮する立場にある私は是が非でも引き入れておきたい人間の一人だろうからな。その所為で、結城家の代官からは痛くもない腹を探られて不愉快な思いをしている」


「嶺州軍の方で、何か不穏な情報は掴んでいないのか?」


「佐薙家再興のために()て、というような檄文が兵舎や市内で出回っている。家臣団出身の将校の中には、私と同じように再興派から接触を受けた者もいるようだ。無警戒に、旧家臣団同士の親交だと考えて、のこのこ料亭や遊郭などに呼び出される者もいて、私としては頭の痛い限りだ。で、檄文の方は警察と憲兵が出所を調べているが、まあ、成果は上がっていない。理由は、恐らく貴殿が以前に言った通りだろうな」


「……」


 柴田少将の言葉に、景紀は険しい表情を見せる。思った以上に、嶺州の情勢は緊迫化しているようであった。

 皇都内乱の前、景紀は柴田少将に対し、佐薙家臣団出身者も多い嶺州の憲兵や警察が同じ家臣団出身者を積極的に取り締ることには抵抗を覚えるだろう、と語ったことがある。

 その意見には柴田少将も同意していたし、現実に今、檄文が出回りながらその捜査は進んでいないという。


「もしかしたら少将の方にも情報が入っているかもしれないが、一色家の密偵が佐薙家遺臣団に接触しているっていう情報も入っている。皇都内乱で伊丹正信は討ち取ったが、一色公直の方は取り逃がした。今、一色公直は西国諸侯に檄文を発して、兵を興す準備を進めている。恐らくだが、佐薙家再興派の動きは、一色公直の挙兵準備に呼応したものだろう」


「そういえば、貴殿は以前会ったとき、佐薙家遺臣団の動きが妙だと言っていたな。つまり連中は、その頃から一色家から接触を受けて、反乱の機会を探っていたというわけか」


「恐らく、そういうことになるんだろうな」


 父・景忠が大寿丸を落ち延びさせてしまったことで嶺州に反乱の火種を残してしまう結果となり、ひいては一色家の密偵に付け込まれる要因となっているわけだから、景紀としては恨めしい気分であった。

 嶺州情勢を安定化させるのならば、宵に対する襲撃事件が起こった際に佐薙家の責任を厳しく追及し、佐薙大寿丸は寺にでも入れてしまえよかったのだ。


「だとすれば、これは本気で御家再興派による士族反乱を警戒すべき事態だろうが、それにしても、いったい再興派の連中はどこに大義を求めているのだ?」


 景紀が内心で剣呑な思いを抱いていると、不可解そうに柴田少将は言った。

 確かに、一色家を中心に西国諸侯が挙兵し、嶺州でも反結城家を掲げる佐薙家遺臣団が反乱を起こせば、関東に領地を持つ結城家は西と北の二正面作戦を強いられることになる。恐らく、一色公直も佐薙家再興派も、それを期待しているのだろう。

 だが、すでに一色公直は朝敵として追討令が出ている人物である。

 佐薙家遺臣団がそのような人物と手を結び、内戦に与することに大義はあるのかと、柴田少将が不可解に思うのも無理はないだろう。景紀自身ですら、そう思える。


「結局、前に少将が言っていたように領内の事情も国内情勢も何も見えていない、ただ御家再興という目的だけにしがみついているだけなんだろうよ」


 景紀も、佐薙家再興派にうんざりした思いを抱かざるを得ない。

 故郷のためにと結城家に身を捧げる覚悟で嫁いできた宵を、連中はまるで理解していない。それどころか、宵を長尾家の血を引く人間として今も嫌悪しているのだろう。

 彼女の努力を近くで見てきた景紀だからこそ、佐薙家再興派への憤りは強かった。


「まあ、いい。連中の大義をここで云々したところで意味はなかろう」


 結局、柴田少将は辛辣にそう吐き捨てた。


「で、景紀殿。いや、今や結城公とお呼びした方がいいかな?」若干の嫌味をこめて、柴田少将は続ける。「伊丹・一色両家を中心とする西国諸侯と対峙しなければならないというのにわざわざ嶺州を訪れたのは、それだけ貴殿が背後を気にしているからだろう?」


「ああ、もし佐薙家遺臣団による士族反乱が起こった場合のことだ。そのときは柴田少将、貴官が嶺州軍を率いて鎮圧して欲しい。東北鎮台や百武将軍とは、話を付けてある」


「ほう、てっきり第十四師団の結城景保殿に武功を立てる機会を与えるのかと思っていたが?」


「あいつとその取り巻き連中は拙い。戦功挙げたさに、お前たち嶺州軍や城下の住民までまとめて反乱軍扱いしかねない。下手をすると虐殺が起こる。それだけ功に逸っている」


「だから我々、というわけか。しかし、結城家の貴殿がそこまで嶺州軍を信用していいのか?」


 どこか意地の悪い質問を、柴田少将は投げかけてくる。


「ああ、嶺州軍は対斉戦役で俺たちと轡を並べて戦った奴らだ。それに、領軍が反乱を起こすことはないと言ったのは、少将の方だろう?」


 皇都内乱前に景紀が嶺州を訪れた際、柴田少将は領軍全体が士族反乱に加わることはないと語っていた。


「ついでに、少将は俺には当たりが強いが、何だかんだで宵のことを認めてくれてるからな。まあ、大丈夫だろう」


 どこか自慢するような口調で、景紀は断言した。

 対斉戦役が終結した直後、宵は復員した第二十八旅団(嶺州軍)の凱旋式やその後の戦没者慰霊の大招魂祭にも出席している。

 宵は嶺州の民や領軍から“女当主”として仰がれているわけではなかったが、少なくとも故郷のために行動する健気な姫君として敬愛を受けてはいるようであった。


「変なところで惚気を見せるものだな、貴殿は」


 呆れたように、柴田少将は鼻を鳴らした。そんな彼に向かって、景紀は続ける。


「それに、嶺州軍に鎮圧を任せるのは、もう一つ理由がある。嶺州の者たちは最早誰も大寿丸の復権を望んでいないのだと、大寿丸やそれを担ぎ上げようとする連中に思い知らせることが出来る」


「なるほどな」


「一応、この方針には宵も納得してくれている」


 そう言って景紀は懐から一通の書状を取り出した。宵直筆の、柴田少将宛の書状であった。彼や領軍の説得が難航した場合に備えて、宵が一筆したためてくれたのだ。

 それを、柴田少将は一読する。


「……宵姫様も、お辛い立場であろうな」


 そして、むしろ景紀を責めるような口調でそう感想を述べた。


「姫様が貴殿に嫁いで、もう二年になるか。その間、この嶺州の地の振興に力を尽くそうとされてきたであろうに。景紀殿に聞くが、事前に危ない連中を一斉に捕縛してしまうことは出来んのか? 連中が士族反乱を引き起こす前に、その計画を潰してしまうのが一番だろうに。その方が、流血の量は最小限になると思うのだが?」


 柴田少将の疑問は、佐薙家遺臣団が蹶起する徴候が見られる以上、当然のものであろう。しかし、それに景紀は渋い顔を見せた。


「正直、連中がいつの段階で蜂起するのか、そもそも蜂起の決断をしたのかどうか、よく判らん」


「貴殿は六家だろう?」


「六家でも、全国津々浦々に忍による諜報網を張り巡らせられているわけじゃあない。俺たちにとっちゃあ、他の六家が何やろうとしているのかってのを探る方が重要だ。嶺州や北溟道にも情報源は持っているが、密偵を領内各所に深く忍び込ませるようなことまでは出来ていない」


「まあ要するに、嶺州は辺境だということだな」


 自虐とも嫌味ともとれぬ口調で、柴田少将は言う。そうして、鬱陶しそうに頭をがりがりとかいた。


「当たり前だが、反乱の計画も察知していないで危ない連中を捕縛することも出来ないからな?」念を押すように、景紀は続けた。「そんなことをすれば、かえって結城家から不当な圧迫・弾圧を受けていると受け止めた連中が、余計に急進化しかねん」


「判っている」


 かすかに苛立った声で、柴田少将は返した。


「まったく、我が主家ながらどこまで祟るな」


 佐薙家家臣団出身の軍人でありながら佐薙家への忠義がまるで感じられない口調で、彼は吐き捨てた。少なくとも、下級士族で家禄も十分ではなく、姉たちが身売りしなければならないような家に生まれている柴田平九郎という人物にとって、主家は無条件に忠誠を誓う対象になり得なかった。

 そうした彼の姿を見て、景紀は改めて家臣からの無条件の忠誠と服従を期待することの愚かしさを痛感する。佐薙大寿丸という少年は、それを判っているのだろうか?


「とりあえず、俺はこの後、うちの嶺州代官とも嶺州の不平士族どもへの対応について協議してくる。一色家や西国諸侯の件もあるからそう長くはこっちに居られないが、出来る限りの情報収集はやるつもりだ」


「そうしてくれ。出来れば結城家の嶺州代官が得ている情報はこちらに回してくれると有り難い。どうにも私は結城家の官吏たちに疑いを持たれているようで、治安関係の情報が回ってこんからな」


「ああ、判った」


 そうは言ったものの、そこまで嶺州代官と柴田少将との関係は悪化しているのかと景紀は軽い頭痛を覚えていた。

 嶺州代官としては嶺州軍が佐薙家遺臣団に合流する可能性を恐れているのだろうが、そうした猜疑心も過ぎればかえって現実に嶺州軍を佐薙家遺臣団側に付かせてしまう危険性がある。

 このあたりについても、嶺州代官とは協議しなければならないだろう。

 やはり、一色家との対峙に臨む前に嶺州を訪れておいて正解であった。

 そうして景紀は、柴田少将と佐薙家遺臣団が蜂起した場合の対処方針について協議して、司令部を後にしたのだった。


  ◇◇◇


「ねえ、話を聞いていて気になったんだけど、これだけ情勢が悪化していると、私たちが来たことでかえって余計に悪化するんじゃない?」


 旅団司令部を後にしたところで、冬花が心配そうに言ってきた。


「だって、佐薙家遺臣団にしてみたら今ここで景紀を討ち取っておけば結城家を混乱させられるし、一色家に対する手柄にもなるし、そうなればもし一色家が政権を奪還した場合に佐薙家が再興される可能性も高まるし……」


「まあ、その可能性はあるだろうな」


 懸念を示す冬花とは対照的に、景紀は平然としていた。


「別に俺が来たからといってそれを好機と佐薙家遺臣団が蜂起するかは判らないが、蜂起するならそれはそれで構わない程度には考えている」


「それって、一色家と対峙しないといけない今の時機には拙いんじゃないの? 今ここで景紀が嶺州の士族反乱の鎮圧にかかり切りになれば、結城家領軍は総大将が不在のままになるでしょう?」


 シキガミの少女は、なおも気掛かりそうな様子であった。


「俺が、何のためにお前を連れてきたと思ってるんだ?」


 そんな彼女に向かって、景紀はにやりとした笑みを見せる。


「俺たち二人で、新南嶺島での士族反乱を鎮圧したことを忘れたのか?」


 そこまで言われて、冬花はようやく疑念が晴れたようであった。主君に応ずるように、口元にかすかな笑みを浮かべた。


「そういえば、そんなこともあったわね」


「だから、頼りにしてるぜ。俺のシキガミ」


「ええ、任せておいて」


 純粋に主君からシキガミとしての能力を頼りにされるのは、冬花にとって皇都内乱で殿を務めて以来初めてのことだった。

 自分が霊的な後遺症を負ってからは、景紀は匪賊化した牢人の討伐に冬花が従事することに否定的だったのだ。

 でも、やっとシキガミとしての力を取り戻せて、主君のために役に立つことが出来る。

 だから冬花は、景紀の言葉に晴れやかに応じるのだった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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