表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十五章 戦野の皇国編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

313/372

283 北方の火種

 北溟道の農場に身を寄せている平民の“隼平”こと佐薙大寿丸の元に、嶺州での挙兵を促す一色公直からの密書が届けられたのは、十月も終わりに差し掛かった頃であった。

 名前と身分を偽って生活している最中での密書の到来に、当初、大寿丸や佐薙家に使える忍の一族・中野家は警戒した。

 密書に記された花押は確かに一色公直のものではあったが、何故、自分たちが身を隠している場所が露見してしまったのかという疑問があったからだ。それまで彼らは、自分たちが結城家の隠密の目をも欺くことに成功していたと考えていたのである。

 実際のところ、これまで大寿丸が身を寄せいてた農場が見逃されていたのは、単純に結城景忠の意向があったからであった。景忠は、大寿丸が北溟道に落ち延びて、そこで平穏に暮らすのであればその方が幸せであると考え、あえて隠密の人員を割いてまで厳重に監視する必要性を認めていなかったのである。

 結城家直属の忍・風間家当主の卯太郎はそうした主君の方針に疑念を抱き、宵もまた景忠の判断を六家当主ではなく“父親”視点からのものであると不信を抱いていたものの、当主の方針を覆すまでには至らなかった。

 また、景忠公側用人であった里見善光が大寿丸逃亡を警視庁の不手際として中央政府を糺弾し、皇都の治安維持に六家の意向を反映させやすくするという政治的な判断から、あえて見逃していたという面も大きい。

 こうして大寿丸は、ある意味で景忠の望んだ通り、この数ヶ月の間、北溟道の農場で平穏に過ごすことが出来ていたのである。忍の一族・中野家も、落ち延びた当初は追っ手の存在を警戒していたものの、半年以上、監視の目が見当たらないとなると、幼き主君の存在を秘さねばという緊張感も薄れてくる。

 大寿丸と同年代の忍の少女・中野流などは、彼と共に農作業に勤しんでいるほどであった。

 そうしたところに、今までまったく警戒の対象としていなかった一色家からの密書が届いたのであるから、警戒してしまうのは当然であった。

 だが、一色公直からの書状を読み進める内に、大寿丸と中野家を中心とする佐薙家遺臣団は重大な決断を迫られていることを知ることになる。

 皇都内乱による、結城家の皇都掌握。

 そして結城景紀による、当主・景忠の廃立。

 こうした情勢の激変は、当然に大寿丸にとって衝撃的なものであった。あの異母姉の夫が権力を掌握してしまったということを幼いながらに理解したこの少年は、いよいよ自らが佐薙家の正統な当主として嶺州に戻ることが出来なくなってしまうのではないかという不安に襲われた。

 そうして一色公直は、そうした結城家による国政の壟断を阻止すべく挙兵の準備を進めている、と密書の中で続けていた。そして佐薙家遺臣団に対し、結城家を背後から突くべく嶺州での蹶起を促していたのである。


「どうすればいいと思う?」


 平民“隼平”こと大寿丸は、農場主の家で中野流とその兄・隼吉らと共に囲炉裏を囲みながら不安そうな面持ちを見せていた。


「……」


「……」


「……」


 しばらく、その場には沈黙が続く。今が本当に御家再興の好機といえるのか、その判断は非常に難しい。


「……若。若はこの半年、この農場に随分と馴染んでおられたように見受けられます」


 そうした中で最初に沈黙を破ったのは、大堀正高という初老の男性であった。大寿丸を北溟道に落ち延びさせる手引きをした佐薙家重臣の青年・大堀史高の実父に当たる人物である。

 主君である佐薙成親が当主の地位を剥奪され流罪となった後、家督を嫡男・史高に譲り、この北溟道の農場に身を寄せていたのである。

 この農場はもともと、正高の従兄弟にあたる人物が平民に移籍後、北溟道に移住して開墾した場所であった。

 正高も家督を史高に譲ってからは、政治との関わりを極力避けるため、嶺州を後にして従兄弟の経営するこの農場で晴耕雨読の隠居生活を送っていた。


「ここで一平民として暮らしていくという道もありましょう」


 佐薙家重臣時代は清廉潔白な人物として名が通っていた正高は、だからこそ御家再興を目指す嫡男・史高らの動きに安易に同調することは出来なかった。

 正直、三月の宵姫襲撃事件については、はっきりと否定的な立場である。いくら主家への忠義から出た行動であろうとも、このような事件を引き起こせばかえって民心は佐薙家から離れていくだけでしかないと考えているのだ。

 そしてその結果、幼い故にまだ守るべき主君である大寿丸は北溟道へと落ち延び、身を隠す羽目に陥っているのだから、正高は息子と直接顔を合せる機会があれば厳しく叱責したい思いであった。

 しかし今は、嫡男の策略のためにこの農場で預からざるを得なかった幼き主君・大寿丸の将来を考えねばならない。


「皇都での出来事は、所詮は六家同士の争い。そこに佐薙家が巻き込まれねばならないという道理はありますまい」


「し、しかし、今ならば結城家を倒せるかも……」


 子供らしい希望的観測を、大寿丸は主張する。


「あたしも、あんたはこのまま農場で働いていた方が良いと思う」


 そんな主張を遮るように、大寿丸より三歳年上の少女・中野流が口を開いた。


「別に、平民みたいにあくせく働く姿を嗤ってやろう、っていう気持ちから言ってるんじゃないよ」


 どこかつっけんどんにも聞こえる声で、流は言う。

 彼女は大寿丸が皇都を脱出する際に、姉が主家のために身売りすることになった腹いせに、この幼い少年にそのような言葉をぶつけていた。


「うん。この半年くらいで、君の性格は何となく判ってきたから」


「ちっ」


 年下の少年に農作業への馴染み具合で負け、さらに自分のことを判ったように言うこの年下の主君が何だか気に喰わなくて、流は舌打ちをする。


「まあとにかく、どう考えても一色公直って奴はあんたを利用する気満々じゃないか。そんな奴の誘いにほいほい乗っかるなんて、あたしはご免だね」


「……」


 この農場で最も年の近い少女に反対されて、“隼平”こと大寿丸は幼い顔に葛藤の表情を浮かべる。

 彼もまた、将家の嫡男として教育を受けてきた身であった。九歳という年相応の部分と、将家嫡男としての自覚から来る大人びた部分が同居している。

 今の生活が何となく子供心に楽しいと思っている一方、将家嫡男として御家のこと、家臣団のこと、領民のことをまったく考えないわけではない。


「……でも、僕がここでこうしている間にも、嶺州の民は結城家から虐げられているんでしょう? 佐薙家の嫡男として、やっぱりそういうことを見過ごしては駄目だと思う」


 母・定子や大堀史高らの影響か、大寿丸は嶺州の民が結城家によって重税や収奪に苦しんでいるのではないかと思い込んでいる部分があった。

 少なくとも幼い彼にとって結城家、もっと言えば異母姉の宵姫とその夫・景紀は明確な“悪党”であり、そんな“悪党”なら嶺州の民を虐げているに違いないと考えていたのだ。


「……」


 そんな大寿丸の姿を見た大堀正高は、自身の嫡男がこの幼い主君にあまりに偏ったものの見方を吹き込んでしまっていることを悟らざるを得なかった。


「……中野流殿の言う通り、一色公直公によって利用される可能性もあります。いま少し、情勢を慎重にご判断される必要があるかと」


 しかし、ここで大寿丸の考えを否定したところでかえって子供心に意固地になるだけかもしれないと考えた大堀正高は、判断を先送りにするという選択肢に出ざるを得なかった。


「っていうか、何で一色公直はあたしらの居場所が判ったんだ? あたしとしちゃあ、そっちの方がよっぽど気になるんだけど?」


 流はそう言って兄・隼吉に目を向ける。だが、その兄も険しい顔を返すだけであった。


「やはりひとまず、何らかの謀略の可能性を考えた方がよかろう」大堀正高も、そう言った。「若、ひとまずここは、我らにお時間を頂戴いたしたく存じます」


「……はい」


 老臣の言葉に、大寿丸も悩んだ末に頷いたようであった。

 そうして、少なくともこの日は誰も明確な判断も決断も行うことはなかった。






 だが、事態は彼らの与り知らぬところですでに動きつつあった。

 十一月になり、今度は嶺州にいる大堀史高ら御家再興を目指す佐薙家遺臣団からの密書が届いたのである。

 農場にいる者たちを驚愕させたのは、大堀史高ら御家再興派はすでに嶺州での蹶起に向けて準備を進めているということだった。

 史高らは、蹶起の旗頭として大寿丸が嶺州に戻ることを密書にて促していた。

 そして、そこから判明したことは、どうやら御家再興派は以前から一色家の密偵の接触を受けていたらしく、そこで誰かが大寿丸の潜伏先を漏らしてしまったということであった。

 大堀史高ら再興派は、結城家と対立する一色家との接触を持てたことを心強く思っているようであったが、その行動は父・正高から見てもあまりに軽率であった。

 一色公直の挙兵に呼応して嶺州で蜂起すれば、結城家を挟撃出来るとでも考えているのだろう。いったい、蹶起したところでどれほどの人間が付いてくるかも判らないというのに。

 一方で、こういう人間たちだからこそ宵姫襲撃事件を引き起こしたのだろうという納得もあり、父親として、かつての佐薙家重臣として、苦悩するしかない。


「僕は、二度も家臣を見捨てるような主君にはなりたくない」


 そして、嶺州の家臣団が一色公直の挙兵に呼応して蹶起しようとしていることを知った大寿丸は、そう強く主張した。

 彼は皇都から落ち延びたことで、実質的に家臣たちを見捨てていた。幼いながらも将家嫡男としての矜持が、今再び忠義の家臣たちを見捨てることを許さなかったのである。


「僕は、嶺州に戻ります。戻って、彼らと共に結城家によって虐げられている民を救うんです」


 幼いながらも将家の人間としての決意を固めた大寿丸。

 最早、大堀正高らにこの動きを止めることは不可能であった。皇都内乱とは本来、無関係であったはずの嶺州は、自ら進んで流血の道を歩もうとしていたのである。


「……結局、あんたはそういう道を行こうとするんだね。ボンボン」


 忍の少女・中野流の呟きを聞いた者は、誰もいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『秋津皇国興亡記』第1巻
― 新着の感想 ―
[一言] 残念ながら大樹丸の期待とは裏腹に嶺州の民は虐げられているとは言いにくい。果たして反乱はうまくいくのでしょうか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ