281 家中の亀裂
皇暦八三六年十月十七日から十九日にかけて発生した皇都内乱に始まる一連の内戦は、当時の元号をとって「嘉応の擾乱」とも呼ばれる。
それは、戦国時代が終わって以来、二〇〇余年にわたって続いてきた六家体制の崩壊と再編を促す動乱であった。
この嘉応の擾乱は、後世の歴史家たちによって主として三期に分けられている。
第一期は皇都内乱というある種のクーデター未遂事件であり、第二期はその終結から伊丹・一色両家に対して追討の宣旨が下るまでとされる。最後の第三期が「鎮西の役」と呼ばれる、六家同士が互いに領軍を動員した直接対決である内戦期を指した。
そしてこの内戦こそが、真の意味で六家体制の崩壊と再編をもたらすこととなるのである。
◇◇◇
皇都において結城景紀や斯波兼経との最後の会談を行った後、有馬公爵家現当主・貞朋は本領である南嶺・伊都国へと帰還した。
鉄道は一色家領や伊丹家領を通過するため、横浦から船を使っての帰領であった。
彼が伊都国首府・那津に到着して真っ先に向かったのは、有馬家居城である那津城ではなく、城下町の郊外に築かれた有馬家下屋敷であった。
将家国許の下屋敷は、基本的に当主が政務の合間の余暇を楽しんだり、あるいは先代当主の隠居屋敷として用いられる館のことであった。
そのため、政庁でもあり軍事施設でもある城と違い、将家皇都屋敷のように広大な庭園などを設けているところも多かった。
現在、伊都国首府・那津にある有馬家下屋敷は、先代当主である頼朋の居館として使用されていた。
作庭が趣味のこの六家長老の手によって、その池泉回遊式庭園は大名庭園の中でも有数の雅趣に富んだ庭園となっている。
だが、下屋敷に足を踏み入れた貞朋は、そうした父親の造園した庭園には目もくれなかった。
むしろ、この趣深い庭園も父が丹精込めて作り上げたものであるかと思うと、煩わしさすら感じてきてしまう。
「父上は、どちらにおられる?」
下屋敷を任されている家令長に、貞朋は問うた。
「御殿の方で、今も臥せっておられます」
家令長は憂いを帯びた表情で目を伏せた。恐らく、立場的に頼朋の病は偽りであると知っているのだろうが、その演技は見事なものであった。
周囲の者たちのこうした協力もあって、父は病に伏せっていると多くの者たちに思い込ませることに成功したのだろう。
「父上と面会したい」
「しかし、典医が何と申しますか……」
家令長は、貞朋が頼朋に会うことに難色を示してきた。貞朋が頼朋の病は偽りであると看破していることを、まだこの男は気付いていないのだろう。
「皇都での変事はお前も聞いているだろう? 何としても、父上にお会いせねばならんのだ」
貞朋はそう言って、家令長を押しのけるようにして屋敷の奥へと進んだ。
「お、お待ち下さい!」
頼朋の傀儡のように見られていた現当主の気迫に、家令長も驚いているようであった。だが、貞朋はそんな家令長を振り払って父の居室を目指す。
荒い足取りで進んだ先にある襖を、勢いよく開け放った。
「父上!」
その瞬間、貞朋は思わず大きな声を上げてしまった。
部屋の中で、父・頼朋は平然と盆栽の手入れをしていたからである。そこには、病に伏せっていた様子はまったく見られない。
だからなおさら、貞朋の胸の内に父への不信と憤りが湧き上がってくる。
そんな嫡男の態度を、六家長老たる老翁は驚いた表情も見せずにちらりと一瞥しただけであった。そのまま、盆栽の枝に慣れた手付きで鋏を入れている。
「どうやら気付いたようだな」
そして、何でもないことのようにそう言うのだ。
「病に伏せっているというのは、偽りだったのですね?」
すでに確認するまでもないことではあったが、貞朋は険しい口調でそう質さずにはいられなかった。
「実に多くの者が騙されてくれた。そして、伊丹正信と一色公直、二人が軽挙に及んだことは実に愉快であったな」
頼朋は、息子へは目を向けずに盆栽の仕上がり具合を眺めていた。
「両家を討伐すべしという詔勅が下されたそうではないか。これでこの国は他の列強に伍する中央集権国家へと変革を遂げられよう。儂が病を擬装した甲斐があったというものだ」
「そのために、就運殿が殺されたというのに、ですか?」
就運とは、貞朋の身代わりとなって殺害された義弟の名であった。
「いえ、そもそも殺されるはずだったのは私でした。父上は、そうなっても構わなかったとお考えなのですか?」
別に、自分自身が殺されていたかもしれないことに対して、貞朋はこの父親に憎しみを向けるまでに恨む気持ちはない。
もともと、父の傀儡のように生きてきたのである。であるならば、そのような形で打ち捨てられるかもしれないことを、諦観とも達観ともとれぬ気持ちで受け入れられていた。
だが、実際に殺されたのは義弟なのである。その正室は、貞朋の妹であった。
自分が父の策略の末に死ぬようなことになれば、貞朋はたとえ死の直前であったとしても父をさほど恨まなかっただろう。やはり、達観とも諦観ともつかぬ感情があるからだ。
しかし、本来であれば死ぬはずではなかった人物が死んだことに対して、まるで心を動かされていない父の姿が、貞朋には許しがたいものに映っていた。
「この国が一つにまとまるために、流血は必要であった。儂らは、戦国時代の清算をつけぬままここまで来てしまった。今、荒治療を施さねば、皇国は一つにまとまる機会を失い、永遠に国論を分裂させたまま、いずれルーシー帝国やヴィンランド合衆国の圧力に屈することになったであろう」
現下の国際情勢ならば、内乱中の皇国に列強諸国が介入してくる危険性は少ない。
ルーシー帝国はマフムート朝との対立を抱え、ついには戦争にまで至っている。ヴィンランド合衆国も奴隷制などを巡る国内の矛盾が尖鋭化し、内戦の兆しが見えていた。
帝政フランクはかつて皇国が行った広南出兵によって、アジア方面に進出する力を失っている。
アルビオン連合王国とは、アジア・泰平洋における勢力圏を定めた条約を結ぶことに成功していた。
以前、結城景紀が言ったように、この半年の間ならば皇国は他の列強諸国の干渉を最小限に抑えつつ、国内の大変革を断行することが可能なのだ。
それは、貞朋も理解している。
だが、それでも納得出来ない思いはある。
「ならば、あなたが死ねばよかったのだ」
思わず、貞朋はそう言い放ってしまった。
「他人には流血を強要しつつ、自分はこのようなところで趣味に興じている。あなたに、大義などない」
険しい表情とともに、有馬家現当主たる男は目の前の老父を睨み付けた。
だが、それに対する頼朋の返答は、愉快そうな大笑いであった。
「はははははっ、お前も言うようになったではないか!」
「っ―――!」
思わず貞朋は父親に歩み寄ると、丹精を込めて育て上げられた盆栽を思い切り蹴り飛ばした。
「皇都での内乱を経験して、一皮剥けたといったところか」
だが、頼朋はまったく堪えた様子がなかった。むしろ、ここまで自らの感情を露わにする嫡男を、面白がっているようにも見えた。
「だが、その程度で心を揺り動かされているようでは、まだまだ足りぬ」
そして、貞朋に対して厳しい評価を突き付けた。
「儂は、この国を中央集権国家へと変革する千載一遇の好機をお前たちに与えた。別に伊丹・一色両家が掴み取っても同じ結果にはなったであろうが、事実として掴み取ったのはお前や結城の小倅だ。掴み取ったその好機を最大限、皇国の将来のために活かさずして、何とする?」
つまりこの老父の頭の中には、貞朋の存在も義弟の存在も、ましてや結城景紀の存在もなかったのだ。ただ、秋津皇国という国家だけがあったのだろう。
だから、国家のための犠牲は平然と許容出来るのだ。
「父上、あなたは私や景紀殿が伊丹・一色両家を降した後、病が癒えた称して再び政治の表舞台に立つおつもりか?」
「ならば逆に聞くが、今まで儂の傀儡であったお前、芸術にうつつを抜かしておる斯波兼経、そしてようやく二十歳になろうとしている結城景紀に、これからの皇国を任せられるとでも?」
頼朋は、実の息子に冷めた視線を送っていた。
恐らく、この父親は伊丹・一色両家が皇都内乱に勝利したとしても、政治の世界に返り咲こうとしただろう。そういう確信が、貞朋の胸の内にあった。
「我ら三人、そして穂積家の貴通殿は、すでにこの国の舵取りを始めている。今さら、あなたに返り咲かれても迷惑なだけだ」
「ほう?」
今まで自らの影響下にあった息子から背かれようとしているのに、頼朋はただ面白そうな表情をしているだけであった。あるいは、ようやく政治家として成長しつつある息子を、父親として微笑ましく思っているだけなのかもしれない。
それはそれで、貞朋の勘に障ることではあったが。
「では、よかろう。お前たちがそうまでして儂の影響下から抜け出したいと思うのであれば、受けて立とうではないか」
病と偽って政治の表舞台から姿を消しておきながら、国内情勢をここまで操ってきた老翁の言葉には、相応の凄みが存在していた。
だが、貞朋は怯まずに父親を睨み付け続けた。
自らが作り上げた盆栽が台無しにされたというのに、頼朋はそんな息子に対してにやりとした笑みを見せた。
「儂はいつでも、お前たちという存在を切り捨てられるのだ。そのことを、ゆめ、忘れるでないぞ?」
それは、これまで先代当主・頼朋の政治的指導力と現当主・貞朋の受動性によって成り立っていた有馬家に、亀裂が生じ始めた瞬間であった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
北陸・妙後国にある長尾家居城には、長尾家とその主要な家臣団が集まっていた。
「今、皇国は重大な転換点に差し掛かっている。今ここで長尾家が存在感を発揮しなければ、内戦後における我が家の政治的地位が低下するのは必至であろう」
城内表御殿の接見の間でそう主張していたのは、爆殺された長尾憲隆公の次男・憲俊であった。
「故に、早急に長尾家の新当主を決め、我が長尾家にも朝敵追討の奉勅命令をいただくべきである」
接見の間には、憲隆公次男の憲俊の他、三男・憲親、長女の多喜子という、憲隆公の三人の子供の他、憲隆公正室の喜与子、父親と共に爆殺された嫡男・憲実の正室・勤子とその嫡男・虎千代といった主家一族の他、分家筆頭の千坂家からは隆房が参加し、その他爆殺を免れた主要な家臣団が次期当主を選出するための評定の場にいた。
「次なる当主は、憲実様の御嫡男であり我が子・虎千代以外にはおりません。憲俊殿は憲隆公次男としての分を弁えるべきでしょう」
強い口調でそう言ったのは、勤子であった。
彼女は次期当主・憲実の正室であったという立場から、膝の上に幼い我が子を乗せて上段の間に座っていた。同じく、憲隆公正室の喜与子も上段の間に控えている。
しかし、当主の座るべき場所には誰もいなかった。
それが、長尾家の現状を端的に象徴していた。
「そもそも、虎千代という存在がありながらこのような評定の場を設けること自体が道理に合わぬことではないですか」
「虎千代殿はまだ幼い。国内がかくの如き混迷を極める中、幼き当主では十分に家を守り抜くことは出来ぬ」
勤子と憲俊の論争が続く中、まだ幼子の虎千代は何も判っていないような顔で母親の膝の上に収まるばかりであった。
「でしたらば憲俊兄上、私たち兄妹たちで憲実兄上の遺した虎千代を支えていけばいいではありませんか」
そうした中で、多喜子は口を開く。
「このように家中で論争を続けていれば、亡き父上も憲実兄上もさぞ嘆かれることでしょう。御家の危機だからこそ、私たちは力を合わせるべきでは? 憲親兄上もそうお思いになりませんか?」
「まあ、多喜子の言うことももっともであろうな」
多喜子が三男・憲親に言えば、憲親もそう応じた。
多喜子にとって、家中の混乱はむしろ望むところであった。兄二人と勤子の間で簡単に後継者問題が片付いてしまっては、自分の出る幕がなくなってしまう。
家中が後継者を巡って混乱状態にあるからこそ、自分が発言し、存在感を示す機会が生まれる。
そして多喜子としては、憲実の嫡男でまだ幼い虎千代が長尾家新当主になることを望んでいた。
まだ着袴の儀(基本的に数え年五歳で行われる、子供の成長を祝う儀式)も済ませていない虎千代に、当主としての指導力を求めるのは無理である。そのため、必然的に虎千代の周囲に控える者たちが、家中を統率していくことになるだろう。
そうした状況になれば、多喜子自身も有力分家・千坂家を継ぐことになった隆房と共に、長尾家の意思決定過程に介入することが出来る。
もし次男・憲俊が長尾家を継ぐことになれば、多喜子がそうした政治的な動きをする余地はほとんどなくなってしまう。
そして三男・憲親にとっても、憲俊が新当主となるよりも虎千代が新当主となった方が都合がよかった。やはり多喜子と同じで、三男でありながら虎千代を支えるという名目で長尾家の意思決定過程に介入することが出来るからだ。
ほぼ家を継ぐ機会が巡ってこない三男という立場であったため、今の状況は彼にとっても悪いことではなかったのだ。
その意味で、多喜子と憲親の利害は一致していた。
「だが、幼き当主ではかえって結城家などからの介入を受ける恐れがあろう。新当主の景紀殿は皇都内乱を鎮めた立役者、その正室の宵姫殿は父上の妹君・聡姫殿の血を引く女子。虎千代殿を当主としたとき、結城家からの干渉を受けぬと誰が言えようか。我が長尾家は、氷州の植民地利権や対斉戦役で新たに得られることになった利権を守り抜かねばならんのだぞ?」
そしてもちろん、当主となる機会が巡ってきた憲俊は虎千代を新当主に据えることへの反発を続ける。
「そもそも、多喜子。お前はいささか結城家と近すぎる。なおのこと、他家からの干渉を防ぐためにも、新当主は自ら決断を下せる人物でなくてはならない。憲実兄上亡き今、私が長尾家を率いるのが筋であろう」
「いいえ。むしろ結城家は虎千代にとってこれ以上ない後ろ盾になりましょう」
多喜子は、次兄に対してそう反論する。
「憲俊兄上はこの内乱に参戦出来なければ長尾家は発言力を失うと言いますが、逆です。今後、ルーシー帝国との間で緊張関係が激化するようになれば、かの国と国境を接する氷州を統治する我が長尾家の存在は、重要なものとなってきます。結城家は、決して我が長尾家を軽んじることは出来ないでしょう」
そうした国際情勢も含めた将来の展望を抱けていない次兄に、多喜子は内心で優越感を覚えていた。この次兄は新当主の座を掴むことに汲々として、その後の国内・国際情勢に長尾家としてどう対処すべきかという部分まで、見えていないのだ。
それに、ルーシー帝国と対立が続くことになるだろう今後の国際情勢を考えれば、景紀としても長尾家をどうにかして自分の影響下に置きたいはずだ。
自分が長尾家を影から掌握することで景紀に恩を売れるというのは、多喜子にとって悪くない話であった。やはり自分は何だかんだで、対抗心混じりの景紀への想いを捨て切れていないようだ。
そんな自身の内面に多喜子が苦笑を浮かべながら、長尾家の評定は延々と続けられていった。




