279 二人の次期当主だった者
伊丹寛信が皇都に護送されてきたのは、十一月五日のことであった。
彼は自らの一族が朝敵となったことを、海軍による護送の最中に知らされた。寛信は皇都に到着するなり、皇主へと拝謁し申し開きをすることを願い出たが、それは景紀、有馬貞朋公、斯波兼経公の三人によって阻止された。
朝敵となった人間を皇主に謁見させるわけにはいかないというのが、その理由である。
伊丹寛信は皇都に到着後、嫡男・直信に再会する間もなく、結城家の仮の皇都屋敷となっている佐薙家皇都屋敷にて、景紀、貴通、貞朋公、兼経公、そして宮内省宗秩寮からの聴取を受けることとなった。
聴取の場所をあえて華族会館や宮内省庁舎ではなく佐薙家皇都屋敷としたのは、景紀が皇都内乱の勝者であることを寛信に示すという政治的な意味合いが大きい。貞朋も兼経も、その方が寛信卿への圧力になるだろうと考えたのである。
寛信卿の通された場所も、当主が客をもてなすための茶室や談話室などではなく、接見の間であった。上段の間に景紀が座り、下段の間に寛信が座るという、皇都内乱における勝者と敗者を如実に表す形で、会見は始められた。
「……このような扱いは、皇主陛下の下、六家は対等であるというこれまでの習わしに反するものであろう」
だが、寛信卿は会見の当初から自らの扱いについて不満そうであった。あくまで自分を、伊丹家の次期当主(あるいは正当な新当主)として礼遇するよう、求めてきた。
「寛信殿、貴殿はご自身の立場が判っておられない」
上段の間に座る景紀は、冷厳にそう告げる。
「すでに陛下は、皇都内乱における伏罪恭順の意思なしと見て、伊丹・一色両家を追討する勅命を発しておられるのですよ」
「そもそも皇都での蜂起は、父上が私や本領家臣団に諮ることなく首謀したものであり、その一事を以て我が伊丹家そのものを朝敵と見做すのは、いささか道理が通らぬのではないか?」
伊丹寛信は、皇都内乱における責任を父である伊丹正信にすべてを押し付ける肚のようであった。もともと実父との折り合いの悪かった寛信にとって、実際に皇都での出来事は寝耳に水だったのだろう。
だが、だからといって景紀は追及に手心を加えるつもりはなかった。
「でしたらば、皇都での変事を報された直後に、速やかに皇主陛下に対して申し開きの使者を送るべきだったと思いますが? 実際、一色家の方は、陛下に対して使者を遣わしていますよ。まあ、一色公は皇都内乱における自己の正当性をあくまで主張していましたが」
「それは家中が混乱していたためだ。景紀殿、貴殿が父上を討ち取ったために、我が一門衆や家臣団の中には、結城家に対して復仇を遂げるべきという意見が出ている。父上が討ち取られたために、かえって領論がまとまらなくなっている現状を考慮いただきたい」
伊丹正信が冬花に加えた仕打ちを寛信は知らないのかもしれないが、それにしてもこの男の言い分は景紀にとって不愉快なものであった。
義弟を殺害された有馬貞朋公も苦い表情をしており、半分傍観者のような態度でいる斯波兼経公は早くも寛信への興味を失ってるようであった。少なくとも文章自体は格調高かった一色家の書状に比べて、寛信の言葉には文学性の欠片もないからだろう。
父・正信なり、その正信を討ち取った景紀なりに、とにかく責任の一端を押し付けて弁明の機会を探ってる寛信の姿勢は、かえってこの場にいる者たちの心証を悪くしているといえた。
「それは、寛信殿自身に家臣団への求心力がなかったからでしかありません」
景紀は端的に指摘した。
伊丹正信は攘夷という思想で政治的求心力を獲得していたが、一方で家臣団内部には穏健派も存在していたはずである。父親と反りが合わないのであるならば、合わないなりにそうした穏健派家臣団の忠誠心を繋ぎ留めておく努力を寛信はすべきであった。
正信がいなくなった途端、家中が混乱してしまったというのは、正信に代わる指導力ある人間が伊丹家にいないということを自ら告白しているようなものだ。
景紀自身、叔父・景秀の存在もあって完全に結城家家中を掌握しているとはいえないが、それでも主要な家臣団は景紀の側についている。
当主嫡男という血筋だけで家臣団からの忠誠を捧げられると考えるほど、景紀は楽観的ではなかった。幼少期の冬花への仕打ち、そして彼女を庇う景紀の後継者としての資格を疑問視する声、そうした幼いころの体験が、景紀に無条件に家臣からの忠誠を信じることの愚かさを教えてくれた。
父・景忠を廃立した宵もまた、家臣団からの政治的求心力を獲得するために、これまで努力してきた。
そうした意味では、皇都内乱後の家中の混乱を収拾出来ず、結局、叔父や弟によって追放されてしまった伊丹寛信という男は、六家次期当主としての素質に欠けている部分があったといえよう。
正信が嫡男である寛信よりも孫である直信に期待を掛けていたことも、ある意味で頷けた。
「それで、貴殿が追放されたということは、正信殿の弟の時信殿と貴殿の弟の村信殿は、正信殿の敵討ち、あるいは皇都を統べる我々に正統性はなしとして、兵を挙げようとしていると考えてよろしいか?」
寛信の弁明を聞いても時間の無駄であると感じた景紀は、核心部分に入ることにした。
もともと、追討の勅命が発せられた以上、この場で寛信がどのように弁明しようとも景紀たちは聞き入れるつもりはなかった。
この場に寛信が連れてこられたのは、あくまでも伊丹家本領の情勢について聴取するためだけでしかない。
「……で、あろうな」
年下である景紀から詰問するような口調で言われたことに不服そうな表情を見せながらも、寛信はそう答えた。
「時信の叔父上も弟の村信も、父上の攘夷論に共感しているようであったからな」
「いずれにせよ、伊丹家には伏罪恭順の意思はないということが明らかとなったわけですね」
「景紀殿!」
一方的に断じられて、寛信は声を荒げた。
「我が伊丹家は盟約が結ばれて以降二〇〇余年、いや、それ以前より皇室と皇国のために尽くしてきた家柄! それを朝敵として滅ぼせば、皇国を支える柱の一つが失われることになるのですぞ! それを自覚した上での言葉か!?」
自らの家の格の高さ、伝統、そして皇室の藩屏であることを今さら主張されたところで、景紀の心に響くものはない。
「……似たような台詞を、最近どこかで聞いたような気がするな」
嘆息と共に、結城家当主となった少年は言う。
「なあ、貴通?」
景紀に顔を向けられた五摂家の男装少女は、ただ苦笑を返すばかりであった。
「別に、あんたらが俺たちに降る意思を示すんだったら、一族の最後の一人まで滅ぼそうとはこっちは思っていない」
口調をぞんざいなものに変えて、景紀は寛信に言う。
「……降れば、領地は安堵されるのだな?」
何かを飲み込んだような苦しげな声で、寛信が反応した。
「ならば、私は貴殿に降っても構わん。今、領地を支配しているのは伊丹家の正統な後継者ではない。その討伐を、結城家に頼む。そういう形ならば、よかろう?」
「すでに詔勅は下っているんだ。まさか、今までの領地すべてが安堵されるとでも思ってんのか?」
もう相手にするのも面倒になってきた口調で、景紀は続けた。
「あんたが今ここで恭順の意思を示したことで、一諸侯としては生き残るかもしれないが、だからといって今までと同じ領地、六家としての権利を期待するってのは虫が良すぎるだろうに」
「……」
ぐっと黙り込んだ寛信は、有馬貞朋公や斯波兼経公に救いを求めるような視線を送る。だが、二人ともあえて寛信に対して寛大な態度で臨む必要性は考えていないようであった。黙ったまま、寛信に応えようとしない。
「……」
次に五摂家の貴通に視線を向ける寛信であったが、やはり完全に無視される。
「……此度の乱で被害を被った貴領・河越の城や街の復興に資金を提供しよう。もちろん、結城家皇都屋敷や皇都の復旧にも、伊丹家として尽力させてもらう」
今度は、露骨に景紀の懐柔にかかる寛信。だが当然、景紀の反応は冷淡であった。
「皇都内乱を首謀した責任、そして降った賠償として、それは当然だろうが」
「……っ、しかし!」
「寛信殿」
言いかけた寛信を遮るように言葉を発したのは、有馬貞朋公であった。
「これ以上、お見苦しい真似はせぬ方がよかろう。景紀殿はご母堂を亡くし、私も義弟を殺された身だ。屋敷に勤めていた家臣たちも、多くが死んだ」
貞朋は、景紀の知る限り初めて怒りという感情を露わにした表情を浮かべていた。それだけ、寛信の態度がこの有馬家当主にも我慢ならなかったのだろう。
「御身と、そしてご家族の安全が保障されていることを、まずは景紀殿に感謝すべきであろう」
「……」
寛信はまだ何かを言おうと口元をわななかせていたが、やがて自らの立場を悟ったように悄然と肩を落とした。
結局、この会見は皇都内乱の勝者と敗者を再度、確認するだけの場に終わってしまったのである。
◇◇◇
「寛信卿は、あまり自身の立場が判っておらなかったようだな」
場所を洋風の談話室に移して、貞朋が嘆息気味に言った。
丸い卓子の周囲に布張り椅子が配置された部屋で、冬花が従者然とした態度で茶菓を配っている。
「まあ、実際、彼にしてみれば皇都での変事は寝耳に水だったでしょうからね。だからといって、俺は同情はしませんが」
景紀は、相変わらず寛信に対して辛辣であった。
彼にとっても、皇都内乱は突発的な事態だったのだ。母を失い、冬花に霊的な後遺症を残して、それでも勝利を掴んだ。
それに対して、寛信はあまりにも情勢の変化に鈍感であったと言わざるを得ない。彼の政治的求心力のなさも手伝っていたのだろうが、だとしても自らの置かれた立場にあまりに無自覚であり過ぎた。
「さて、奉勅命令が下った以上、私たちも本領に戻り討伐軍の編成をせねばなるまい」
結城家に対して下された奉勅命令は、有馬・斯波両家に対しても下されていた。そのため、貞朋公は南嶺へ、兼経公は蓬州へとそれぞれ戻り、領軍の指揮統制を行う必要があった。
「ただ問題は、この三人……ああ、貴通殿を入れれば四人か……が皇都を留守にすることだ」貞朋は言う。「新政権は発足してまだ一ヶ月と経っていない。皇都内乱で蜂起した者たちの処分も終わっていない。我らが皇都を留守にしている間に、再びよからぬことを企む輩が出てこないとも限らん」
実際、皇都には依然として伊丹・一色両家の忍が潜んでいると考えられ、反乱軍に加担して捕縛された者たちや捕らえられた牢人を解き放って、皇都を再び混乱状態に陥れるなどの攪乱工作が行われる可能性も考えられた。
また、五摂家についても、それぞれの屋敷で当主たちは謹慎しているとはいえ、景紀たちが皇都を留守にしたとなれば、再び政治的な策動を行わないとも限らない。
「一応、河越に司令部を置く第二師団については、一色家本領に向けて進撃させるにあたって、留守師団を残しておく予定です」
留守師団とは、出征などによってその地域に衛戍する師団が不在となった際、地域の警備などに当たらせるために後備役の者たちなどで編成する師団のことである。当然、年齢の高い者たちで構成されるので、第一線部隊ほどの戦力は期待出来ない。
こうした後備部隊は対斉戦役に際して編成され、伊丹・一色両家追討の勅旨が下ったことで再び結城家領内で招集がかけられていた。
「どのみち、我が国はこれで内戦は確実なのだ。皇都のことばかりに気を取られていては、身動きがとれなくなってしまおうよ」
どこか楽観的な口調で、斯波兼経公が言う。
「そうですね」景紀は頷いた。「一刻も早く伊丹・一色両家を降し、皇国に平穏を取り戻すことが、策動しようとする者たちを封じ込める最善の策でしょう」
「ところで、これが事実上、我らにとって最後の会談となると思うのだが、斉からの賠償金の件、如何する?」
話題を変えたのは、貞朋だった。
大斉帝国との間に結ばれた燕京講和条約で皇国が獲得した賠償金三億両の内、二日後の十一月七日には一億両が第一次支払い分として現金にて支払われる予定であった。
しかし、燕京で皇帝に代わって政務を執る帝弟・恭親王奕愷より、第一次払い期限を延ばして欲しいとの要請が、先日、外務省に届けられたのである。
すでに落日の帝国となっていた斉に、そして銀本位制をとっているために、半年の間で金で一億両もの賠償金を用意することが出来なかったのだろう。
あるいは、皇都内乱の情報を掴み、皇国の弱みに付け込んで賠償金の支払いを逃れようとしているのかもしれない。
「皇都内乱の件は、各国大使館を通じてすでに諸外国に知れ渡っているでしょう。この上、賠償金の支払いを猶予するとなれば、皇国はすでに弱体化していると見て、ルーシー帝国やヴィンランド合衆国に干渉の隙を与えかねません。期限までに賠償金が支払われなければ、断乎たる措置に移るべきと考えます」
景紀は、斉に対してはあくまで強硬な態度で臨むべきだと考えていた。また、現状の斉ならば皇国の強硬な姿勢を実力ではね除けるだけの力はないとも見ていた。
実際、兵部省や外務省の情勢判断はそのようなものであった。
「まあ、現状ではそれがよかろう」そして、貞朋公も景紀と同意見のようであった。「海軍が提案している、燕京再占領、あるいは海南島の保障占領、これを実施させるというのが景紀殿の判断というわけだな?」
現状、天津周辺では未だ陸軍や海軍陸戦隊が保障占領を続けている。燕京再占領はそれほど難しいものではない。
また、海軍内部では華南地方にある島・海南島の占領を検討しているようであった。ここは鉄鉱石の宝庫との情報が伝わる島で、今後、装甲を施した艦艇を多数、建造したい海軍にとって鉄鉱石の供給源を確保することは重要であった(当然、皇国の産業全体にとっても重要なことである)。
「このあたりに関しては、海軍に任せてよいでしょう。こう言っては何ですが、我々の領軍は当面、伊丹・一色両家の討伐に割かれてしまいます。内乱があってなお、皇国は東亜における侮りがたい勢力であると列強諸国や斉自身に自覚させるため、ここは海軍に頼るべきかと」
その結果、海軍の政治的発言力が多少、上昇したところで景紀は構わなかった。
皇都内乱を鎮定したという景紀の功績は、その程度のことでは揺るがない。
「では、皇都を発つ前に、陛下にはそう奏上するとしよう」
こうして、内戦に突入する前の、最後の会談は終わったのであった。
あとには、実力による決着のみが残されていたのである。
◇◇◇
景紀はその日の内に、皇都を発って嶺州に向かうことにした。
西国情勢も不穏であったが、嶺州情勢もまた不穏なものであったからだ。
ここ数日の情報収集の結果、どうやら嶺州に一色家の密偵が入り込んでいるらしいとの未確認情報がもたらされていた。つまり一色家は、自らの領で兵を挙げると共に、嶺州でも佐薙家遺臣たちに兵を挙げさせ、結城家に二正面作戦を強いるつもりなのだろう。
佐薙家再興を目指す者たちの背後に一色公直がいたことについては、景紀は今さら驚かない。
自分があの男の立場でも、そうするだろうと考えたからだ。
結城家は、北溟道に落ち延びた大樹丸がどこに身を寄せているのかを把握している。密偵の報告によれば、大樹丸自身も佐薙家再興に意欲を示しているという。
子供心に、奪われた佐薙家当主の地位に固執しているのだろう。あるいは、子供だからこそ、か。
とはいえ、宵の弟とはいえ景紀は容赦をするつもりはなかった。
流石に十歳にならない子供を討ち取ろうとは思っていないが、佐薙家再興を諦めざるを得ないような精神的な打撃は与えるべきだろうと考えている。
そのためには、先日、益永忠胤らに語った通り、反乱の鎮圧を柴田平九郎少将率いる嶺州軍に行わせるべきであった。
第十四師団にいる景紀の従兄・結城景保やその周囲の青年将校たちは、嶺州で反乱が発生すれば自分たちが戦功を挙げる絶好の機会になると考えているようであったが、景紀は彼らに反乱鎮定を任せる気はない。
皇都内乱で戦功を挙げた自分への対抗心があるのだろうが、百武好古将軍からの報告もあり、少し危ういものを感じているのだ。
それに、結城家が佐薙家の反乱を鎮圧するようなことになれば、佐薙家遺臣たちはますます結城家から圧迫されているという考えを強めることになるだろう。
それが新たな嶺州の火種となる可能性は、十分にあった。
そのためにもやはり、自分たちは領民・領軍からの支持を得られていないのだと思わせる必要がある。
嶺州で流血の事態は避けられないかもしれないが、それでも中途半端に火種がくすぶって、長く嶺州情勢が不安定となるよりはいい。
ただ、宵には一言、自分自身の考えは伝えておくべきだろうと景紀は思った。
「というわけだから、少しの間、皇都のことは頼んだぞ」
「ええ、お任せください」
冬花を伴って屋敷を出ようとする景紀を、貴通はにこやかに送り出してくれた。
ひとまず京越線で河越に向かい、そこから翼龍で一気に嶺州に目指すという行程である。嶺州で柴田旅団長と佐薙家遺臣の反乱が発生した際の対処方針について打ち合わせをして、また皇都に戻ってくる。
伊丹・一色家討伐軍が小田野を進発するのが十一月十五日であるから、時間は一週間程度しかない。往復にかかる時間を考えれば、嶺州に滞在していられるのは二日か三日だろう。
少なくとも、背後の安全は確保した態勢で、景紀は伊丹・一色両家との対決に臨むつもりであった。




