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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十四章 皇国乱離編

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278 朝敵追討の勅旨

 皇暦八六三年十一月四日、ついに皇主は伊丹・一色両家追討の勅旨を下した。

 これにより、一色家当主である公直の官位は剥奪され、亡き伊丹正信公についても生前に遡って官位の剥奪が行われた。

 また、当然ながら伊丹家次期当主である寛信卿についても、華族次期当主に与えられる位階・従五位が剥奪されている。西部鎮台司令官である伊丹時信など公的な地位についていた者たちも、ことごとく中央政府によって解任の通告が発せられた。

 だがもちろん、すでに結城家を中心とした皇都勢力との対決姿勢を強めていた一色家、そして寛信を追放した伊丹家が、これによって伏罪恭順の意を示すとは考えられなかった。

 追討の詔勅とともに結城家領軍に対しても皇主からの奉勅命令が発せられ、景紀は追討軍を興す正統性を得たのである。

 これを受けて、景紀は皇都内乱で活躍した騎兵第一旅団長・島田富造少将に対し、部隊の再編および休養を命じるとともに、相柄国首府・小田野城への進出を命じた。

 そして十一月十五日を期して、一色家本領・尾治国へと出撃する予定であった。

 島田少将の麾下には騎兵第一旅団の他に、騎兵第二旅団、独立混成第一旅団が編入され、東海道を通り西進する。

 一方、河越に司令部を置く第二師団については、中山道を経由して西国方面へと向かう計画となっていた。進撃路の途中には、景紀の母・久の実家である真井(さねい)家領が存在する。そのため、真井家居城に物資を集積し、前線拠点とする予定であった。


「やはり、こうなってしまったか」


 兵部省庁舎で、軍監本部長・川上荘吉少将は嘆息していた。


「まあ、うちの主家も一色家も伏罪恭順の姿勢を示していないとなれば、当然であろうな」


 一方、軍務局長・畑秀之助少将の方はいやに平然とした調子であった。彼は先日、この同期生の勧めに従って、寛信卿に対し伏罪恭順の意思を皇主に示すことが御家を守る唯一の方途であるとの上申書を提出していた。

 結局、その書状がどうなったのかも判らぬ内に伊丹家本領では寛信が追放され、皇都では伊丹・一色両家を討伐せよとの勅命が下されたのだ。

 ある意味で、最早なるようにしかならないと諦めているのかもしれなかった。


「まあ、流石に景紀様も俺たちに後味の悪い思いをさせたくないのか、兵部大臣ではなく景紀様ご自身に奉勅命令が下るように仕向けたようではあるな」


 兵学寮同期の二人は、片や結城家家臣団出身、片や伊丹家家臣団出身という関係にある。

 伊丹・一色両家を討伐する命令が下れば、本来であれば川上は軍監本部長として追討作戦の立案をせねばならないし、畑も軍監本部長として討伐軍の予算を策定しなくてはならない。

 つまり、川上は友人の主家を滅ぼす作戦を立てねばならず、畑は自らの主家を滅ぼすための予算を組まなくてはならなかったのである。

 だが、皇主からの奉勅命令は兵部大臣ではなく結城景紀、そして有馬貞朋・斯波兼経両公という三人の六家当主に対して発せられていた。そのために、二人は互いに後味の悪いことをせずに済んでいたのである。

 もちろん、あの結城家新当主が自分たちに配慮するためだけに奉勅命令が自らに下るよう仕向けたわけではないだろう。

 奉勅命令が自らに下るよう仕向けた一番の理由は、結城家領軍の指揮を自ら直接とるためだ。

 結城景紀は、陸軍内部では一介の少将に過ぎない。兵部大臣に奉勅命令が下れば、当然、兵部省・軍監本部の指揮下で景紀は作戦に参加することになる。結城家領軍内部には、彼よりも階級の高い者たち、同じ階級でも先任の者たちがいるのだ。

 しかし、結城家当主という地位でならば、彼らを指揮する正統性が生まれる。

 実際、皇都内乱ではそうやって結城景紀は部隊を率いていた。

 結城家当主としての統制を家臣団・領軍すべてに及ぼすためには、奉勅命令は兵部大臣ではなく景紀自身に下る必要があったのだ。

 川上は、今回の追討令とそれに伴う奉勅命令の内幕を、そのように考えていた。


「しかし、奇妙な感じではあるな」


 と、畑秀之助が言う。


「主家は朝敵となり、一色公直公や伊丹時信卿らは官位を剥奪されたというのに、俺には何もなしか」


「まあ、家臣団も含めた形で追討令を出してしまうと、かえって追い詰められた主家と家臣団の結束を強めてしまう恐れもあるだろうからな。あの勅命は、主家の家臣団や領軍に対する求心力の低下、それによる離反を狙ってもいるのだろうな」


「実際、俺は時信卿の元に馳せ参じようとは思っていないしな」


 畑は皇都内乱の際、蹶起を主導した主君の元に馳せ参じなかったのと同様に、今回も彼は主家の選択に家臣として納得出来ていなかったのである。


「まあ、ひとまずは内乱で疲弊するだろう皇国陸軍を再編するための予算でも算出しておくとするよ。あとは、これから戦死するだろう将兵の遺族への恩給か」


「なら、俺は対ルーシー戦役に備えた作戦計画でも考えておくことにしよう」


 畑と川上は、そう言って皮肉な笑みを交わし合った。

 少なくとも彼らは、この内戦に当事者として参加せずに済んだことに安堵に近い感情を覚えていたのである。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 奉勅命令が景紀自身に下った理由は、川上軍監本部長の予想した通りであった。

 結城家新当主となった少年は、内戦における政治的・軍事的主導権を獲得するために、結城家当主という立場を最大限、利用しようとしていたのである。

 朝敵を討伐したという実績を挙げることで、当主としての地位を盤石なものとしようとしたのだ。

 そしてその中には、自らの地位を脅かしかねない者を排除することも含まれていた。

 十一月四日、皇主による追討の勅旨が下ったその日の内に、景紀は叔父であり相柄国知事である結城景秀を皇都に呼び出した。

 長幼の序を考えれば景紀の方から相柄国首府・小田野に出向くべきであったが、別に景紀は叔父に自らの政治的な後ろ盾となることを求めていない。あえて叔父であるという理由で礼を尽くす理由もなかった。

 そして、景紀が叔父を呼び出すという形式をとることで、結城家の当主が誰であるのかを周囲に示すことにも繋がる。

 そうしたことから、景紀は電報で叔父を皇都に召致したのである。

 叔父・景秀とは母・久の葬儀以来の再会となるが、葬儀の際にも儀礼以上の言葉は交わしておらず、叔父と甥の関係はほとんど冷え込んでいるといっても良かった。

 だから景紀は、あえて挨拶以上の労いの言葉をかけなかった。早々に、本題に入ることにする。


「この度、陛下から伊丹・一色両家を追討すべしという詔勅が下りました」


 景秀は皇都内乱の混乱の最中で当主となった景紀に対して、不愉快そうな表情を隠そうともしなかった。


「それは、初耳ですな。景紀殿、貴殿はまだ若いのだ。兄上が隠居された今、せめてこの叔父に一言相談すべきではなかったか?」


「これは、有馬公および斯波公とも協議の上で、陛下に奏上した結果です」


「叔父としては、甥が両公に良いように言いくるめられていないか案じているのだ。それに、小山朝綱子爵にも。以前にも言ったが、私は貴殿の叔父なのだ。景紀殿も、もう少しこの叔父に頼ることを覚えた方がよかろう」


 要するに、景秀は自分が政策決定過程から排除されていることが不満なのである。


「いえ、俺は結城家当主を継いだ身、それに来年で二十歳となります。もう、後見人を置くような立場ではありません」


「しかし、貴殿は依然として葛葉の娘を傍に置いておるようだな」


 景秀はちらりと、主君のそばに控えている冬花を見遣った。


「以前にも言ったが、そのような者を傍に侍らすべきではなかろう。結城家当主となった以上、ますます鼎の軽重を問われる機会は増えようて」


「叔父上」


 景紀は強引な口調で言った。


「叔父上を皇都にお呼び立てしたのは、叔父上に頼みたいことがあったからです」


 甥が初めて景秀を頼ると口にし、彼の目に期待と警戒の色が同時に宿った。


「皇主陛下は伊丹・一色両家の追討をお命じになられましたが、依然として内戦を非常に憂えておられます。俺や有馬公、斯波公は聖旨に()い奉るため、伊丹・一色両家に対し徒に兵に訴えることなく、まずは陛下への恭順を促すための使者を派遣すべきとの意見で一致しました。そこで叔父上には、その使者として交渉に当たっていただきたいと考えています」


 悪意の欠片も見せず、景紀はそう言う。


「叔父上は皇都内乱以前より伊丹・一色両家との親交を深めておいででしたので、適任かと思ったのです」


 景紀は、皇主の意向を最初に示すことで、叔父が断りづらいようにしていた。流石に皇主の意向を蔑ろにすることは出来ず、また当主からの要請でもあるので断ることも難しい。

 景紀からの要請を断れば、それだけで景秀は新当主に従順でないとして自ら失脚の口実を作り出すことになるからである。

 唯一、これを断る方法は、一度受け入れた後で急な病に罹ってしまったことにすることだが、それもまた病を口実に公的な地位を追われかねなかった。

 そして当然、伊丹・一色両家を交渉によって恭順させられなければ、皇主の意向を果たせなかったという理由で、今の地位を追われる口実とされかねない。

 つまり景秀は、伊丹・一色両家を自らの説得によって恭順させられない限り、何らかの口実を設けられて失脚させられかねない状況に置かれてしまったのである。


「……」


 景秀の顔は、最初の不愉快気なものから険しいものへと変わっていた。何も知らない者が見れば、皇主の意向を実現するという重圧に耐えかねてのものであると理解しただろうが、景紀には叔父が自分への敵意を抱いていることを見抜いていた。


「……私では、荷が勝ちすぎる」景秀は、せめてもの抵抗の意思を示すことにした。「うむ、陛下のご意向なのだ。どなたか、皇族の方にお出ましいただくのがよかろう」


「陛下は、朝敵となった者に勅使や皇族を遣わすのは道理に合わぬと仰せです。それに、伊丹・一色両公は、皇都内乱において刑部宮(おさかべのみや)熙融(ひろあきら)王殿下を軟禁するという暴挙に出ました。もし皇族の方の身に万が一があった場合、叔父上は陛下に申し開きが出来ますか?」


「……では景紀殿は、この叔父の身には万が一があっても良いと言うのか?」


 半ば景紀の本音が漏れた発言に、景秀は怒りもあらわに嚙みついた。


「叔父上、我々は六家なのです」だが景紀は、そうした指摘を受けても平然としていた。「俺は対斉戦役では最前線に立ちましたし、皇都内乱でも常に陣頭にありました。自らの身を危険にさらすことは、六家たる以上、覚悟しなければならないことでしょう。皇都内乱では、保科家の嘉弥姫までもが戦場に立ったほどですよ」


「……」


 そこまで言われてしまっては、景秀としても反論に窮する。

 当然、景紀は景秀よりも年下であるし、保科家の嘉弥姫、その婚約者である小山朝康も景秀より若い。そうした若者たちに対して、自らの身を惜しむような態度に出ているとなれば、当然、将家に生まれた者としての誇りは傷つけられる。

 そうした武士としての見栄を、景紀は刺激したのである。


「……よかろう」


 景紀から見ればいささか長い逡巡の末、景秀はそう返答した。


「交渉が成立すれば、陛下と皇室に対する私の忠誠を示すことにもなる」


 景秀は自分に言い聞かせているのか、それとも景紀に向けているのか判らない声で、そう言った。


「ええ、内戦を回避出来たとなれば、陛下もさぞお喜びになることでしょう。叔父上のご活躍には、期待しておりますよ」


 景紀は己の内面を悟らせないような、さも感謝しているかのような声で叔父に告げたのだった。


  ◇◇◇


「ほんと、景紀って面の皮が厚いというか何というか……」


 景秀が退出していったあと、景紀のそばに控えていた冬花が呆れたように呟く。

 叔父が伊丹・一色両家へ使者として赴くことを断れない状況に追い込んで、実際に応諾させた景紀は一仕事終えたとばかりにシキガミの少女の淹れた茶を啜っていた。

 なお、貴通は領軍の兵站事務などについて騎兵第一旅団長・島田富造少将と打ち合わせをするため、屋敷を不在にしている。


「まあ、首だけになって帰ってくるような事態には、これまでの叔父上と一色公直との関係を考えればそうそうならんだろう。むしろ、一色公なら叔父上に結城家内部での攪乱工作をするように持ち掛けるだろうな。もっとも、もうすでにそういう密書が叔父上の元に届いているかもしれんが」


「だから討伐軍の準備で忙しいこの時期に、景秀様を事実上、追放するような形にしたのね。裏で策動されるのを防ぐために」


 冬花は幼少期から景秀やその嫡男・景保に混じりものなどと蔑まれてきたが、一応は主家の一族である。形式上、敬称はつけなければならなかった。


「まあ、それもあるし、あえて失敗が確実な任に就かせて、失脚の口実にしようってのもある。何せ、叔父上は皇主陛下のご期待に沿えなかったことになるんだからな」


 景紀は冬花が茶請けとして用意してくれた最中を齧った。


「でも、もし本当に景秀様が交渉を成功させてしまったらどうするのよ?」


 仮に景秀が交渉を成功させて内戦を回避することに成功すれば、内戦を憂える皇主の期待に応えた景秀の権威は上がる。当然、当主としてはまだ若輩の景紀の地位を脅かしかねない存在になってしまう可能性があるのだ。

 冬花は、それを懸念していた。


「それはまずないだろうよ」


 だが、景紀は伊丹・一色両家が今さら、伏罪恭順の意を示すとは思えなかった。


「確かに、俺の存在を疎ましく思う一色公があえて叔父上の説得に応じて、叔父上の結城家内における権威を高める、って選択肢はあるにはある。でもな、どのみち朝敵認定された時点で、伏罪恭順の意思を示したところで一色公が皇国の中枢に返り咲くことは出来なくなった。それこそ、俺たちをすべて討ち滅ぼさない限りはな。だから叔父上の権威を高めたところで、自分が攘夷派新政権を樹立出来ない以上、一色公がその選択肢をとる可能性はない」


「でも、万が一の万が一があったら……」


 なおも冬花は不安そうであった。彼女なりに、幼少期の体験もあって結城景秀という存在が心の傷となっているのだろう。


「まあ、その時はどうせ召し上げることになる伊丹家か一色家の領地のどこかを宛がえばいいだろう。いずれにせよ、俺たちの目には入らず、でも目の届くところに追いやってやるつもりだ。だからそう心配すんなって。ほら」


 そう言って景紀は、まだ口を付けていない最中をシキガミの少女に差し出した。


「……んっ」


 意外にも素直に、冬花は身を乗り出して景紀の手から直接最中に齧りついた。

 今までも同じようなことをシキガミの少女は何度かしているが、先日の件があったからか、景紀には何となくその動作が可愛らしさと艶っぽさが混じったものに見えてしまう。

 彼女は彼女なりに、景紀に甘えることで自らの中に生じた不安を拭い去りたかったのだろう。

 最後の一口を食べたとき、冬花の唇が景紀の指に触れた。

 互いにそのことに何となくこそばゆさを覚えながら、二人とも表面上は何事もなかったかのように振る舞う。


「……あとは、嶺州の問題をどうするか、だな。出来れば、伊丹・一色両家と対決する前に片付けられるもんなら片付けておきたい。取りあえず、十五日までに一度、嶺州軍の柴田少将と直接会っておくべきだろう。後顧の憂いなく伊丹・一色両家に当たれるのが一番だからな」


 十五日は、小田野城に集結させた部隊を出撃させる日である。


「当然、お前の力も借りるぞ。いいか?」


 そんな主君からの問いに対する冬花の答えは、もう決まっていた。


「ええ、当たり前でしょ。私は、あなたのシキガミなんだから」

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『秋津皇国興亡記』第1巻
― 新着の感想 ―
[一言] 景秀が交渉に失敗したら皇主陛下の期待に応えられないから失脚ならば、景秀にその役目を任せた景紀も同罪になるのではないですか?皇主陛下自身はその責任を景紀に追求することはないかもしれませんが、景…
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