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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十四章 皇国乱離編

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277 つかの間の平穏

 本話に関連するノクターン版番外編(十八歳未満閲覧禁止)

冒頭URL:https://novel18.syosetu.com/

Nコード:n7033hg/9/

 翌朝、目を覚ました冬花は自分がどこで寝ているのかを思い出して、危うく悶えそうになってしまった。

 目の前には、まだ寝息を立てている景紀がいる。

 その腕に包み込まれるようにして、冬花は眠っていたのだ。部屋の障子からは、かすかな朝日が差し込みつつあった。

 シキガミの少女は昨夜のことを思い出して、思わず羞恥の呻き声を上げたい気分になってしまった。

 いくら恋慕の情を向ける相手とはいえ、己の生まれたままの姿を余すところなく晒すというのはやはりまだ恥ずかしい。

 自分の少女としての部分に景紀が触れてきたときには流石に身がすくんだし、己の純潔を捧げたときの痛みも相当なものだった。それでも、主君と定めた少年は最後まで冬花のことを気遣ってくれたし、出来るだけ痛みを与えないようにしてくれた。

 それが、冬花には嬉しかった。

 何となく下腹部にまだもやもやとした感じが残っているような気がしたが、不快な感覚ではない。むしろ冬花は、その感覚に安堵すら覚えていた。

 自分はこれで、本当に景紀の“モノ”になれた。

 その思いが、シキガミの少女の胸の内にある。

 今までだって、冬花は自分を景紀のシキガミだと思っていた。幼いころに交した指切りの絆は、何があっても揺るがないものだ。

 しかし、冬花も一人の少女である。景紀の正室として嫁いできた宵姫、そして軍師として仕えようとする貴通、その二人にまったく嫉妬を抱いていないかといえば嘘になる。

 もちろん、将家の姫と五摂家の令嬢に対して、一介の士族の娘が不敬な感情を向けてしまっている自覚はある。それでもやはり、冬花の中で景紀への思慕は募っていたのだ。

 彼のシキガミという、唯一無二の立場にありながらも、それにどこか納得出来ない自分がいたことも確かなのだ。

 だけれども、これでようやく身も心も景紀の“モノ”にしてもらえた。

 シキガミと主君という以上の関係に踏み込んでしまった一方、自分たちが試みたのは房中術でもあった。それが冬花に、シキガミとして自分の身も心も景紀に捧げることが出来たのだという、ある種の達成感を与えていた。

 多分、これが単なる男女の関係だけであるならば、シキガミと主君という関係性を変えてしまうことへの恐れや躊躇、葛藤を自分はなかなか乗り越えられなかっただろうし、景紀も自分を受け入れてはくれなかっただろう。

 それだけ、自分たちは幼いころの指切りの記憶を大切にしていた。

 その大切な記憶を塗り替えることなく、もう一つ、大切な(ちぎ)りを交わせたことに冬花は胸が満たされるような気持ちであった。

 このままこの人が起きるまで彼の腕に包まれていようか、それとも従者として先に起きているべきか、シキガミの少女は迷う。

 宵姫が景紀の元に嫁いでくる前は、彼を起こすのは冬花の役目だった。とはいえ、景紀は兵学寮時代の習慣もあって冬花が起こしに行くころには大抵、目を覚ましているので、寝顔を見られる機会というのはそうそうなかった。

 でも、今は冬花の前で景紀は寝顔を晒している。

 青年へと至りつつある少年の精悍な顔は、寝ているとまだ幼いころのあどけなさが残っているように感じられた。それが何となく、冬花には微笑ましい。

 そうやっていつもの起床時間よりも長く布団の中にいたからだろう、景紀がぱちりと目を覚ましてしまった。


「……」


 景紀の瞳と自分の瞳が至近でぶつかって、思わず冬花は固まってしまった。再び昨夜の羞恥が湧き上がってきて、固まったまま顔を赤くさせてしまう。


「……おはよう、冬花」


 起き抜けにそんなシキガミの少女の顔を見せられたためか、景紀は小さく笑った。


「お、おはよう、景紀」


 若干、つっかえながら冬花もそう返す。


「体の方は、何ともないか?」


 そして景紀は、気遣わしげに問うてきた。


「……ええ、大丈夫よ。心配してくれてありがとう」


 この体勢だと布団で顔を隠すことも出来ず、冬花は赤くなったまま答えた。


「霊力の巡りも、何だか前以上に調子が良いみたい」


 そもそも、冬花と景紀が昨夜、肌を重ね合ったのは冬花の霊的な回復を促すためであった。房中術は、男女が心を通わせて精神の和合を行って初めて、その本来の効果を発揮する呪術である。

 冬花が匪賊化した牢人の討伐から帰ったあの夜、景紀は己の血を冬花に分け与えようとした。血は生命に直結するものであり、その呪術的効果は高い。

 だが、冬花の霊的不調は人一人分の血をすべて啜らなければ回復出来ないほどに悪化していたから、あの日、シキガミの少女は景紀の血を拒絶した。

 房中術は、その意味ではどちらかの生命を損なうことなく霊的な回復が見込める術であった。男女の営みというのは本来、次代の命を生み出すための行為であり、それをすべて霊的な力に昇華しようというのが房中術というものであった。

 そして実際、冬花の体に宿る霊力は、不調に陥る前よりも何となく充溢しているような気がしていた。

 それを伝えると、景紀も何となく安堵したようであった。


「でもまあ、無理はすんなよ」


 最後に景紀はそう言って、もう一度強く冬花を抱きしめてくれた。その温もりが、今の冬花には何よりも愛しいと思えた。


「じゃあ、そろそろ起きるか」


 そっと腕を解いて、冬花の主君は起き上がろうとする。


「ええ、そうしましょう」


 冬花もまた、主君に倣って布団から抜け出す。

 シキガミの少女は、二人にとっての日常をようやく取り戻せたような気がしていた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 もちろん、冬花が日常を取り戻せたように感じていても、景紀や結城家、そして新政権を取り巻く国内情勢は日常とはほど遠いものであった。


「でも、ひとまずは景くんと冬花さんの間のぎこちなさがなくなって、良かったと思います」


 執務室で、景紀は貴通に昨夜の件について簡単に事情を説明した。自分と冬花の件では彼女にも気を揉ませてしまっていたから、少し迷う部分はあったが景紀は話すことにしたのである。


「本当、お前には気を遣わせちまって、悪かったな」


 景紀はすでに貴通から自らの想いを伝えられている。それなのにこの男装の少女は、自分と景紀との関係よりも、景紀と冬花との関係を心配してくれていたのだ。

 景紀としてはそんな彼女の心遣いがありがたくもあったが、同時に貴通に背中を押されるまで動き出すことが出来なかった自分への情けなさも感じていた。


「いえいえ、僕は僕で景くんへの思いを遂げられましたから、冬花さんだけ取り残されるのも気の毒に思っていたんですよ」


「すまん」


 貴通は想いを遂げたと言っているが、あくまで想いを告げられただけで男女の深い関係にまではなっていない。ある意味で貴通の想いを蔑ろにしてしまった形でもあるため、景紀は申し訳なさを感じていた。


「ふふっ、景くんは相変わらず、そういうところ、律儀ですねぇ」


 だが貴通は、むしろそんな景紀を微笑ましそうに見ていた。


「もう景くんは将家の当主なんですから、側室や妾を囲うことに後ろめたさを感じる必要なんてないでしょうに」


「そうは言ってもなぁ……」


 貴通の完全に割り切った発言に、景紀は渋面を浮かべる。この男装の少女や宵の複雑な出自を知っているだけに、景紀は“腹は借り物”という将家当主にありがちな考えで側室や愛妾を置くことに消極的であった。

 そんな兵学寮同期に、貴通は悪戯っぽい笑みを向ける。


「それに、僕は景くんの情けない姿を見せていただいてますから、あれはあれで“満子”としての役得だと思っているので」


「そういやそうだった……」


 あの時の自分自身の情けなさと恥ずかしさが蘇ってきて、景紀は思わず机に突っ伏したい気分になってしまった。

 そんな景紀のいたたまれなさを救ったのは、資料を取りにいっていた冬花だった。


「景紀、言われていた資料、持ってきたわよ」


 シキガミの少女は、紐で綴じられたいくつかの文書を抱えていた。以前の通り、景紀の補佐官としての職務に復帰していたのだ。

 景紀が結城家当主となったことで、冬花も“次期当主の補佐官”から“当主の側用人”へとその地位を変化させていた。

 ただ、昨夜のことがあったからか、どことなく貴通に対しては気まずそうな態度を見せている。

 同じ殿方を想う女同士の気まずさもある上、五摂家令嬢(表向きは五摂家令息)である貴通と士族の娘である冬花では家格が違い過ぎるのだ。どうしても、先に景紀との関係を深めてしまったことへの後ろめたさがあるようだった。

 ただ、貴通の方はそうした冬花に対して深く詮索するようなことはしなかった。あくまでも、以前の通りに接している。

 先ほどまで景紀をからかうような笑みを浮かべていた男装の少女は、すでに表情を普段のそれに戻していた。

 三人して、資料を文机の上に広げていく。

 景紀が冬花に持ってくるよう命じたのは、先日、貴通に話していた伊丹・一色両家を打倒した後の政策構想の策定のために参考となる資料であった。

 両家を打倒した後、皇国陸軍をいかに再建していくのか。そして、大量に発生するだろう牢人にいかに対処するのか。

 景紀は伊丹・一色両家との対決を決意しつつ、為政者の一人としてその後の展望までもを描かねばならなかったのである。

 すでに政策の方向性については先日の有馬・斯波両公との会合で合意が形成されている。

 基本的な構想としては、陸軍の再編については兵科以外の将校に華族・士族の次男・三男などの内、大学に進んだ者を充てる。一方、牢人については南瀛諸島・新海諸島に武装移民として送り込む。そうした方向で政策を進めていくことになっていた。

 もちろん、具体的な政策内容については益永ら結城家重臣たちとの協議が必要であろうが、景紀としては結城家当主として少なくとも家臣団たちに政策の方向性については示さなくてはならない。

 また、小山朝綱新内閣が結城閥系政権である以上、有馬・斯波両公との政策内容の擦り合わせは必要であるとはいえ、政策策定の主導権は景紀、そして結城家が握っていなければならない。

 そうした点について新当主としての重圧を感じていないわけではないが、先日まで感じていたような焦燥や息苦しさはほとんど消えていた。

 その理由を考えて、景紀は内心で苦笑する。貴通や冬花に、自分は随分と救われたようだ。もちろん、今は河越にいる宵にも。


「……どうしました、景くん?」


 そんな自身の内心が、少し表情に出ていたのかもしれない。貴通が気付いたように問うてきた。


「いや、お前たちがいてくれて心強いな、って思ってただけだ」


 衒いなく景紀がそんなことを言うと、男装の少女とシキガミの少女が揃って少し照れくさそうな微笑みを浮かべた。

 それは、兵禍に翻弄される日々の中で彼らに訪れた、瞬きほどつかの間の穏やかな時間であったのかもしれない。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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