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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十四章 皇国乱離編

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273 相次ぐ急報

 そうして執務室に何となく弛緩した空気が流れていたところに、廊下を駆ける慌ただしい音が聞こえてきた。

 現れたのは、屋敷で働く家臣の一人であった。


「失礼いたします。坂東兵相が至急の用件で景紀様にお会いしたいと申しておりますが、いかがいたしましょうか?」


「兵相の使者がやってきたのか?」


「いえ、兵相閣下ご本人が屋敷の正門のところにいらしております」


「……」


「……」


 思わず、景紀と貴通は顔を見合わせた。使者を送るのではなく坂東友三郎兵相自ら景紀の元を尋ねてくるなど、よほどのことである。


「判った。ただちに兵相閣下をこちらにお通ししろ」


「はっ、承知いたしました」


 その家臣は一礼すると、再び慌ただしい音を立てて廊下を駆けていった。


「……石阪湾に派遣した第二艦隊の方で、何か動きがありましたかね?」


 気掛かりそうな口調で、貴通が言う。先ほどまでの雰囲気は、すでに消え去っていた。


「さあな? 石阪の台場が、第二艦隊に向けて大砲でもぶっ放したか?」


 景紀も、怪訝そうな表情を見せていた。もっとも、伊丹家の管轄する西部鎮台指揮下の台場が海軍を砲撃したとなれば、それはそれで伊丹家を討伐する口実が出来て好都合だとも思っている。


「まあ、いずれにせよ、兵相の口から伝えられるだろうよ」


 そう言ってしばらく待っていると、駆けてはいないがいささか急いた調子の足音が廊下の方から伝わってきた。


「突然の来訪、失礼する」


 家臣に導かれた、長身痩躯の兵相が執務室へと到着する。そのまま、景紀の文机の前に腰を下ろす。

 坂東友三郎兵相の顔には、険しい感情が浮かんでいた。


「時候の挨拶や近況報告などをしている時間が惜しい。景紀殿、単刀直入にお伝えする。第二艦隊司令部より、伊丹寛信卿を保護したとの緊急の呪術通信が入った。どうやら、伊丹家本領内で政変があったらしい」


 海軍軍人でもある兵相からの報告に、景紀は何度か目を瞬かせた。


「……それはつまり、伊丹正信公の嫡男である寛信卿が次期当主としての地位を追われたということですか?」


「まだ詳細な情報は入っていないが、恐らくはそういうことであろうな」


 伊丹家次期当主・寛信は、父親であり皇都内乱で命を落とした正信公とは、反りが合わない人間であると伝えられている。当然、父親が皇都内乱において蹶起部隊の指導的立場にあったことは、彼にとって青天の霹靂だったろう。

 寛信にとっては与り知らぬところで父親が蹶起を主導し、そしてやはり与り知らぬところで嫡男・直信が皇都で囚われている。そうした状況下で、寛信が父親である正信の遺志を継いで強硬な攘夷論を唱えるとは思えない。

 しかし、そうした姿勢が亡き正信公と攘夷の志を同じくする対外硬派の家臣団から反感を買う要因となってしまったのかもしれない。

 皇都内乱後、一色家は皇主に対して自らの正統性を訴える書状を送りながら、伊丹家の方では何ら動きが確認出来なかったのは、恐らく家中が混乱していたからだろう。

 寛信や国許の主要な家臣団の間で、恭順か抗戦かで意見が分かれ、結局は恭順派が敗れたということなのかもしれない。

 とはいえ、あくまで寛信卿が海軍によって保護されたという事態から推測しただけであり、実際に伊丹家中枢で何が起こったのかは、第二艦隊司令部からの続報を待たなければならないだろう。


「ひとまず、寛信卿を皇都に護送する。景紀殿、それでよろしいか?」


「ええ、皇都に護送後、事情を聴取すべきでしょうね」


 坂東兵相の確認に、景紀が頷く。


「ところで、第二艦隊が保護したのは寛信卿だけですか?」


「いや、呪術通信からは、彼の室や補佐官なども艦隊側が保護したとの報告が入っている」


「つまり、寛信卿は自らに近しい者たちと居城を上手く脱出して、ちょうど石阪湾に入っていた第二艦隊に保護を求めたというわけですか」


「恐らくは、そういうことであろうな」


 もともとは伊丹家本領を牽制するために回航した第二艦隊であったが、思わぬ形で役に立ったといえよう。


「ところで、石阪湾などの台場から第二艦隊への砲撃、ないしは陸戦隊が台場を占領するなどといった武力衝突が発生したりは?」


「それについては報告を受けておらぬ。だが恐らく、交戦にまでは至っていないはずだ」


 伊丹家が管轄する西部鎮台側から艦隊を砲撃するような事態となれば、伊丹家は自ら自分たちを討伐する口実を景紀たちの側に与えることになってしまう。海軍艦艇の中でも装甲艦や巡洋艦などの“軍艦”と呼ばれる艦艇には、皇室の象徴である菊花紋章を艦首に戴いているのだ。

 つまり皇国海軍において“軍艦”とは、“陛下の船ヒズ・マジェスティズ・シップ”なのである。

 そのあたりのことは、寛信卿を追放した者たちも理解しているだろう。

 追放した者たちが当主であった正信公の敵討ちを目指しているのか、あるいは正信公の遺志を継いで攘夷派政権の樹立を求めているのかは判らなかったが、少なくとも彼らの敵は、海軍ではなく今現在、皇都で政権を握っている景紀たちのはずだ。


「それで、景紀殿として海軍に対して何か要請はあるか?」


「出来れば、艦隊は石阪湾に留めておいて下さい。下手に艦隊を退けば、寛信卿を追放した者たちに妙な自信を与えかねません」


「まあ、そうであろうな」


 坂東兵相は、いささか気疲れした表情を見せた。皇都内乱を何とか収拾させたにもかかわらず、依然として六家同士の対立は続いているのだ。

 兵相として六家に翻弄されることに、辟易とした思いを抱いたとしてもおかしくはない。


「貴殿に伝えたいことは以上だ。私は急ぎ兵部省に戻り、状況の把握に努める。また続報が入れば、こちらの屋敷に伝えよう」


 海軍軍人である兵相は立ち上がりながら、そう言った。


「お願いいたします」


「では、邪魔したな」


 坂東友三郎が障子を開けて廊下に出ようとした時だった。またしても廊下を駆ける音が聞こえてきた。坂東がさっと身をよけて駆けてきた者に道を譲る。

 兵相と入れ替わるようにして、一人の家臣が廊下に膝を付く。


「景紀様。たびたびお騒がせして申し訳ございません」


「構わん。今度は何だ?」


「はっ! 百武好古将軍より、急ぎの書状が届いております」


「ご苦労」


 その家臣が恭しく差し出した書状を、景紀は受け取った。家臣を下がらせて、景紀は執務室の中に戻る。


「どうせまた嶺州の件だろうな」


 いささかうんざりした調子で、景紀はばさりと書状を広げた。そうして、結城家領軍に長年貢献してくれている老将の文字を読み進める。

 読んでいく内に、彼の表情はますます辟易としたものとなっていった。


「……ったく、本当にどいつもこいつも皇国を戦国時代に戻したいんじゃねぇのかって疑いたくなってくるな」


 ほら、と景紀が百武将軍からの書状を貴通に渡せば、それを読んだ貴通も苦い顔になる。


「東北鎮台、主に結城景保(かげもり)とその周辺にいる青年将校たちが嶺州の不穏な情勢を自分たちが武功を挙げる機会と捉えている、ですか……」


 領軍の再編に訓練統監として当たっている百武好古将軍からの書状では、嶺州の不穏な情勢についての情報が東北鎮台司令部、第十四師団にも出回っているようで、それを耳にした結城景保やその取り巻きの青年将校たちが、これを武功を挙げる機会であるとして、一朝有事の場合には即座に嶺州に出兵する準備を整えておくべき、という具申を鎮台と師団の両司令部にしたということであった。


「皇都内乱に勝利した俺やお前、それと朝康たちへの対抗心か?」


 嘲りつつも辟易とした調子で、景紀は感想を漏らす。

 景紀にとって従兄にあたる景保は、対斉戦役や皇都内乱で戦功を挙げた景紀たちが妬ましいのかもしれない。また、兵学寮後輩である五摂家の貴通と有力分家の小山朝康も皇都内乱で武功を立て、朝康の父・朝綱が首相に就任したことも、景保の心境になにがしかの影響を与えているのではないかと考えられた。

 景保は、もしかしたら結城家を継ぐ立場にあったかもしれない青年である。であるにもかかわらず冷遇されているという意識が、景紀や貴通、朝康に対する対抗心として現れているのだろう。

厄介なことであった。

 景忠・景紀父子と景秀・景保父子との関係が最初から良好であれば、景保もこのような扱いを受けなかったであろうが、いかんせん、父子ともども結城家当主の地位に未練を残し過ぎているのが、徒に景紀側の警戒を呼び起こしているのだ。

 その点で言えば、有力分家でありながら宗家に対して慎重な言動を心掛けている小山朝綱子爵とは対照的であった。

 その息子・朝康も景紀への対抗心を隠していないといえば景保と同じではあったが、朝康の場合はその性格に陰険さがないので、政治的な意味で警戒する必要性をあまり感じさせなかった。


「もうあれだな。景保たちは、嶺州で佐薙家の遺臣どもが大寿丸を旗頭に蜂起するのを手ぐすね引いて待っている感じだな」


「というよりも、それを口実に戦功を挙げたいだけのようですから、柴田少将の言葉を信じるなら本来は無関係であるはずの嶺州軍、第二十八旅団まで討伐の対象としかねません。あるいは、城下で無差別な虐殺に及ぶ危険性も」


「ああ、あるだろうよ」


 百武将軍の書状通りであるならば、結城景保とその取り巻きたちは単に華々しい武功を挙げたいだけなのだ。だとすれば、あえて事態を大事にするために柴田少将率いる嶺州軍も蜂起に加わっている“疑い”があるとして、攻撃しようとするだろう。

 蜂起とは関わりを持たず、城下で平穏に暮らしているだろう他の佐薙家遺臣やその家族、領民たちも蜂起に“加担”しているとして、討伐してしまう恐れもあった。

 実際、六家が皇国の支配勢力としての立場を固めていく中で、そうして滅ぼされた諸侯というのは存在する。

 とはいえ、そうした事例はあくまでも戦国時代終結から間もない時期のことであり、今そうした族滅まがいの行為を行えば結城家は批判に晒されるだろう。

 流石に景紀や貴通が結城景保とその取り巻きの青年将校たちに対して不信感を抱きすぎであるともいえたが、かといって彼らの独走を許せば領軍の統制は揺らぎ、父を隠居に追い込む形で当主の地位を継いだ景紀の立場も不安定なものとなる。


「ったく、西国情勢も不穏な時に東北情勢も不穏か。嶺州の件は、裏で一色家が関わっていないか、調査させる必要があるな。あとは、いざ嶺州で佐薙家遺臣の反乱が起こった場合か……」


 その場合、伊丹・一色両家本領への備えをするという意味でも、早期鎮圧が最善だろう。ただし、当然ながら景保の所属する第十四師団主力は動かせない。


「それと景くん、嶺州での反乱をかえって好機と捉えるのは、景保殿だけではないかもしれませんよ」


「ああ、判っている。これから後継者争いが始まるだろう長尾家も、ここで戦功を挙げて自分の実績を誇示したい奴が出てくるかもしれんからな」


 爆殺された長尾憲隆公には、同じく爆殺された嫡男・憲実の他に二人の男子がいる。彼らもまた、嫡男・憲実の子・虎千代に次ぐ有力後継者たちである。

 そうした者たちが、反乱討伐の実績を以て後継者に相応しいと示そうとする可能性は否定出来ないだろう。

 東北情勢の不安定化は、それだけ一色公に捲土重来の機会を与えることになってしまう。


「貴通、早いところ伊丹・一色両家を朝敵とする詔勅を得られるようにするぞ。そうすれば、両家の本領にいる連中も、動きが鈍るはずだ」


 朝敵とされてしまえば、伊丹・一色両家の本領やその家臣団の間で大きな混乱と動揺が発生するだろう。

 それを、景紀は期待していた。


「ええ、あと半年、来春までにすべてを片付けてしまいましょう」


 貴通もまた、真剣な表情で頷いた。

 皇都内乱に勝利しながらも、天下を掴むまでの道のりはまだ半ば。それを、二人は自覚していた。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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