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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十四章 皇国乱離編

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272 新たな国づくりへの始動

 翌日。

 景紀と貴通は、伊丹・一色両家が皇都内乱について伏罪恭順の意を示さないようであれば、彼らを朝敵として討伐するための詔勅を得ることを、本気で検討し始めた。

 昨日の景紀のように、八つ当たりめいた感情をぶつける先を探そうとしているわけではない。

 結城家を中核とする政権を安定させ、来たるべき対ルーシー戦役に備えた万全の国内体制を構築するためであった。

 すでにルーシー帝国とマフムート朝との戦争は始まってしまっている以上、ルーシー帝国と氷州で国境を接している皇国が、まったくこの戦争に巻き込まれないという保障はない。たとえ対ルーシー開戦という事態に至らずとも、国内の体制を盤石にしておくことは、外交交渉における国内の不確定要素を取り除く上でも重要である。

 いずれにせよ、秋津皇国という国家を中央集権化することによって国内情勢を安定させることは、これからの国際情勢を考えた場合、急務であると言えた。

 そうした方向で、有馬・斯波両公も説得するつもりであった。

 もちろん、景紀にとっては依然として有馬頼朋翁の思惑通りに動かされているようで癪ではあったが。


「問題は、伊丹・一色両家を取り潰したり何なりした場合に発生する大量の牢人です」


 書院造りの執務室で、貴通は早速問題点を指摘した。


「領国の統治に関わっている実務系の家臣はそのまま新たな県庁職員などに取り込むとして、用人系の家臣から多くの牢人が出れば、結局、匪賊討伐だの何だので国内は不安定化します」


 中小諸侯ならばともかく、景紀や貴通たちがこれから対峙しようとしているのは、六家の一角を占める伊丹・一色両家なのである。その両家を取り潰す、あるいはそこまでいかずとも家としての規模を縮小した場合、大量の牢人が発生することは明らかであった。


「嶺州の場合はこれから鉄道が通ったり産業の振興が見込めたからそこに職を斡旋したりも出来たが、六家領はもう相応に経済発展はしているからな。家が縮小したりして担うべき家政の量が減れば、それだけ用人系家臣は不要になってくる」


「あと問題は、領軍です」


 景紀の言葉に頷きつつ、貴通が言う。


「伊丹・一色両家の家臣団出身の将校で、特に主家への忠誠心の高い者たちは陸軍の中央集権化の阻害要因でしかありませんから予備役に編入することになるでしょうが、そうなると陸軍は決定的に将校不足に陥ります。現に今ですら、皇都内乱を引き起こした第一師団では将校が大量に逮捕されて、部隊として機能不全を起こしつつあるのですから、これは深刻な問題です」


 そうなれば結局、皇国陸軍は弱体化し、ルーシー帝国やヴィンランド合衆国などの圧力に屈することになるだろう。ヴィンランド合衆国については海洋で隔てられているので、海軍戦力さえ万全に整備しておけばまだ外交的・軍事的圧力に対抗することは可能だろうが、陸で国境を接するルーシー帝国相手ではそうはいかない。何せ相手は、世界最大の陸軍国なのである。

 景紀としては、出来れば皇国陸軍の弱体化は最低限に抑えたいところであった。


「そこでちょっと考えたんだがな。将家とその家臣団の次男以降、特に三男以降の連中って、家を継ぐ可能性が低いから大抵は軍に入らずに大学とかに進学するだろ?」


 実際、その一例が景紀の叔父で現在は内閣書記官長を務めている結城景恒である。


「そういう連中を、主計科とか法務科とか、兵科以外の将校として採用するんだ。採用期間は、そうだな、徴兵期間と同じ三年間。希望すればそのまま軍に居続けることも可能にする」


 景紀の構想でいけば、現在、兵科以外の任務に就いている将校を兵科に異動させ、その穴を埋める人材を陸軍は確保することが可能であった。

 後世的な表現で言えば、短期現役士官制度に近いものを景紀は構想していたといえる。


「あとはまあ、これはちょっと考えものかとは思ってるんだが……」


 いささか躊躇いながらも、景紀はもう一つの構想を口にする。


「今回の皇都内乱で、保科家の嘉弥姫とか、反乱軍側だと桜園家の理都子姫とかが従軍していただろ? 厳密に言えば、貴通、お前だってそうだ。そういう女性たちにも、将校待遇として主計科や法務科なんかを担ってもらう、って手も考えている。もちろん、風紀面での問題についてはいろいろと考えておかないといけないだろうけどな」


「確かに、どちらも一考すべき構想ではありますね」


 景紀の話を聞いた貴通は、真剣な表情で頷いた。

 実際問題、戦国時代の経験を受け継ぐ将家では、女性が軍務を担うことに対する忌避感が他の列強諸国に比べて希薄であった。

 例えば戦国時代には、夫や息子が出陣中に武器を取って城を守り抜いた女性が幾人も存在する。中には、家督相続の問題などから城主となった女性も存在しているほどであった。

 だから陸軍兵学寮の入学資格には、性別の規程がなかった。とはいえ、流石に乱世であった戦国時代と違い、女子の入学事例はここ十数年、公式には存在していない(貴通の事例はあくまで非公式。兵学寮側も把握していない)。


「では、斯波公や有馬公、それと坂東兵相などにも話を通した上で、今のうちから制度を整備していくことにしましょうか」


「ああ、そうだな」


「問題は、やはり牢人の方ですね。景くんは、そちらの方に関して何か腹案はおありで?」


 貴通がそう問いかけると、景紀は若干苦い表情をした。


「……俺と言うよりも、家臣団の中の気の早い南進論者からの具申なんだがな」


 そう前置きして、景紀は続ける。


「併合した南瀛(なんえい)諸島、それとこれから併合する予定の新海諸島。そこへの移民計画がすでに持ち上がっていてな。特に新海諸島は未だ現地部族同士の抗争が続いていることから、普通の農業移民じゃなくて、士族を中心とした武装移民をまず送り込むべし、っていうのが南進論者たちの主張だ」


 新海諸島の面積は、結城家が利権を持つ南洋植民地最大の島・新南嶺島には及ばないものの(そもそも、新南嶺島の面積は内地の倍以上)、約二十七万平方キロメートルもある。これに南瀛諸島の面積約十八万平方キロメートルを合計すれば、結城家が新たに利権を獲得することになる植民地の面積は、内地よりも広いことになるのだ。

 結城家御用会社であり国策会社でもある南海興発が、新海諸島の土地を現地部族を半ば騙すような形で買収しており、またその現地部族の人口は十五万人前後と、同諸島の面積に比べて人口が希薄なので移植民の余地は十分にあると考えられていた。

 しかし、それだけの広大な土地に結城家領の人間たちだけで移植民を行おうとしても、流石に無理がある。

 結城家家臣団の南進論者たちは、南泰平洋における皇国の勢力圏を早期に確立するためにも、南瀛諸島・新海諸島への移民政策に積極的であった。もちろん、急進的な南進論を持たない家臣たちも、新たに結城家が利権を手にした土地をどう開拓・開発しようかと、植民地統治構想を膨らませている。

 一方で新海諸島では依然として部族同士の抗争が続けられており、皇国側の入植者と現地部族との衝突が発生する可能性も否定出来ない。だからこそ、士族を中心とした武装移民をまず入植させるべきという主張が生まれたわけである。

 こうしたいわゆる武装移民構想、屯田兵構想は皇国が植民地を広げていく過程ですでに行われていた。そもそも、戦国時代末期以来、皇国が海外に植民地を求めていったのは、封土として家臣に分け与えるべき新たな土地を求めてのことであった。

 だからこれまで南洋植民地を開拓・開発してきた結城家にとって、屯田兵構想というのは特異な発想ではなかった。

 ただし、景紀が苦い顔をしているのは、それが理由ではない。


「……一色家から押収した資料があったろ?」


「ああ、ありましたね」


 皇都内乱において結城家領軍に占拠されることになった伊丹家と一色家の皇都屋敷からは、大量の行政資料などが結城家に押収されていた。伊丹家の方は正信が焼却処分を命じていたため、一部の文書はすでに焼失していたものの、それでも両家から押収した文書量は相当なものであった。


「どうも一色公も、似たような構想を考えていたらしい」


 景紀は、冬花から拷問を受けた際の尋問内容についても聞かされていた。一色公直は、自分と冬花を新海諸島に流罪とし、そして結城家から発生することになっただろう大量の牢人も送り込んで新海諸島現地部族を鎮定させることで、同諸島の早期併合を考えていたらしい。

 一色公直としては、新海諸島の早期併合によって羊毛の自給自足体制を出来るだけ早く実現しようという肚であったようだ。

 一色公の新海諸島早期併合構想と羊毛自給化構想を完全に否定するわけではないが、彼らが冬花を拷問にかけることで実現しようとしていた構想に自分が乗っかることに、景紀は納得いかない思いを抱いていた。


「……景くんにとっては業腹な面もあるかもしれませんが、牢人を用いた武装移民構想はそこそこ現実的な解決策ではあります」


 そうした話を聞かされた貴通は、景紀の内心を慮りつつもそう言った。


「まあ、俺もそれは判っている」


 ふて腐れたような口調になりながら、景紀は頷いた。


「新南嶺島や南千島列島の事例と同じだ。農業に適しているとか、鉱物が採掘出来るとか、そういう良い土地は優先的に結城家に割り当てていけば、家臣団の中から植民地利権を牢人にかすめ取られると反発する奴が出るのをある程度は防げるだろう」


「あとはやはり、満洲ですね。長尾家がどう考えるかは判りませんが、鉄道建設などのためには大量の人手が必要になりますし、完成後の鉄道守備隊の配備も条約上で認められていますから、そうした人員に牢人を充てるということも考えられます」


「まあ、南満洲に関してはその手が使えるだろうな。北満洲の方は、長尾家が安定しないとどうにも決め辛い面があるが」


「ひとまず、伊丹・一色両家を打倒した後に発生する諸々の問題については、そのような感じですかね?」


「まあ、細かい点については有馬公や斯波公、それと小山首相なんかと詰めていく必要があるだろうが、そんな感じでいいだろう。とりあえず、必要な資料をまとめて……」


 景紀の視線が、何かを探すように部屋の中を彷徨った。


「……冬花さんでしたら、他の家臣の人たちと共に伊丹・一色両家から押収した文書の整理に当たっていますよ」


 この同期生が誰の姿を探しているのかをすぐに察した貴通が、そう指摘する。


「……だったな」


 景紀はばつの悪そうな顔をして、貴通から視線を逸らした。

 いつも自分を側で補佐してくれるシキガミの少女がいないことに、景紀はどうにも落ち着かない気分になる。

 そんな同期生の姿を見て、貴通が軽く息をついた。


「伊丹・一色両家への対処の他に、嶺州の問題にもこれから対処しなければなりませんが、景くんはもう一つ、冬花さんの問題をどうにかすべきだと思いますよ」


 同期生たる男装の少女の言葉に、景紀は何とも言えない表情になった。宮内省御霊部長・浦部伊任からの書状の内容を思い出すと、ますます眉間に皺が寄ってしまう。

 あの陰陽師は、あろうことか景紀に冬花に対して房中術を試せと言ってきたのである。

 昨日までのささくれ立った感情では到底、受け入れることの出来ない選択肢であったし、今でもその選択肢には反感を覚えている。

 確かに自分は男で、冬花は女だ。しかし、それ以上に自分たちは主君とそのシキガミなのだ。

 冬花が自分に向ける恋慕の情に景紀自身、気付いていなかったわけではないし、殿を命じた際に冬花は口付けという形ではっきりと自らの想いを景紀に伝えてきている。

 しかし、だからといって、幼き日に交わした指切りに始まる関係を今さら変えてしまうことに、景紀としては抵抗があった。

 それはもしかしたら、貴通が今まで景紀に対して抱えていた想いと同種のものであるのかもしれない。

 いっそのこと貴通に相談してしまおうかと景紀は一瞬思ったが、すぐに思い止まった。

 貴通自身も、自分に恋慕の情があることを告げてきている。それなのに自分が冬花の慕情にどう向き合えばいいのかを訊くことは無神経だと思えたし、貴通を傷付けることになると思ったのだ。

 この時代、将家や公家、上級士族など社会的地位の高い人間が側室や愛妾を侍らせることは当然とされていたわけであるから、ある意味で景紀は気にしすぎであるとも言えよう。

 むしろ、“家”というものの存続が非常に重視されていた時代であった以上、娶妾(しゅしょう)の習慣は後嗣を確保するための重要な機能として作用していた。当主の中には側室や妾を後継者を生ませるためだけの存在と考えたり、就寝中の暗殺を避けるために複数の側室や愛妾と寝る(暗い寝室では、刺客も誰が誰だか咄嗟には見分けがつかないため)人間もいるという。

 しかし、幼少期から十代前半という多感な時期に冬花や貴通といった、複雑な生い立ちを持つ少女たちと接してきた景紀にとっては、そこまで割り切った考えは出来なかった。


「景くん、もうこの際ですから言わせていただきますが、景くんも冬花さんも、お互いのことを思うあまりいささか自縄自縛に陥っているように見えます」


 景紀が何も言えないでいると、貴通が叱るような口調で言った。


「……耳に痛いことをいうなぁ、お前」


 片手で軽く頭を抱えながら、景紀は弱った声を出した。


「……」


 そんな景紀の姿を、貴通は女としての呆れを込めた視線で見つめるのだった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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