268 瀬戸際外交
一色家本領からの使者が皇都を訪れたのは、十月二十八日のことであった。
使者は一色公直からの書状を携えており、宮内省に対して書状を皇主の高覧に供するよう願い出た。
この段階で、未だ皇主は伊丹・一色両家を朝敵と見做す詔勅を発していなかったから、景紀や貞朋公、兼経公は書状が皇主の手元に届けられることを妨害しなかった。ここで書状を握り潰すことは、かえって一色家に対して、結城・有馬・斯波三家が皇主の大権を私議していると批難する口実を与えることにもなりかねなかったのである。
そうなれば、一色公直は確実に上京のための兵を興そうとするだろう。
少なくとも、皇都を掌握している結城・有馬・斯波三家、特に結城家は新政権を樹立した直後であったこともあり、その政治的正統性を保つのに腐心しなければならない立場にあった。
ただ、書状を読んだ皇主から三家に対し、書状の内容に関する下問があるかもしれなかったため、その日の内に三家当主は会合を開くことになった。
「書状の文面は、韻を踏んだり漢詩表現を用いたりと、非常に格調高いものであるな」
この日は、皇都郊外にある有馬家別邸に集まっていた。
本来の屋敷の主である有馬頼朋翁は不在で、また皇都内乱で被害を受けなかったことから、今は貞朋公の仮の邸宅となっている。
会合には、景紀に従って貴通も参加していた。
「まあ、少なくとも文学的価値はある書状だとは評価出来よう」
何とも独特な視点で一色公直の書状を評したのは、斯波兼経であった。四人の手元には、書状の写しが存在していた。
「しかし、伏罪恭順を示す内容にはなっておらんな」
文面を一読した貞朋公が、険しい顔をする。
「ええ、どちらかといえば自分や伊丹正信公、そして蹶起の正統性を長々と主張して、俺たちを佞臣・奸臣呼ばわりする書状ですね」
景紀も、文面を見て嗤うように評した。
「石阪湾に第二艦隊が入ったことを一色家も知らないわけがないでしょうに、随分と強気に出てきたものですね」
景紀の隣で書状の写しを覗き込みながら、貴通が言う。
「やはり、皇都内乱に敗れたとはいえ、領軍が無傷で残っていることが禍根となったようだな」
皇国全土を巻き込む内戦の予兆を感じ取ってか、貞朋公の声は厳しいものであった。
「いわゆる“瀬戸際外交”というものでしょうか?」
貴通は、一色公直の書状の意図をそう受け止めた。
「かもしれんな」男装の少女の言葉に、貞朋公が頷く。「あるいは、家臣団の手前、引っ込みがつかなくなったか」
一色公直は、皇都屋敷に重臣たちを置き去りにしたまま本領へと落ち延びている。そのような主君の責任を問う声も、家臣団の中でないわけではないだろう。
しかし、一色公直としては自らの責任を認めることは出来ないはずだ。皇都の家臣を見捨てて落ち延びた責任を認めるということは、すなわち蹶起そのものが間違いであったと認めることに繋がりかねないからだ。
そしてそれは、当主としての地位を失うことになりかねなかった。
だからこそ、自らの正統性を声高に主張して、特に皇都を占拠する結城家を佞臣・奸臣として批判することで家臣団からの追及を免れようとしているのかもしれない。
また一方で、国許の家臣団も、皇都内乱における一色家の責任を認めるようなことになれば主家の衰退に繋がり、自らの既得権益や生活を脅かされることになる。その意味でも、一色家全体として結城・有馬・斯波三家に対して強気に出なければならないという事情もあるのだろう。
「しかし、陛下は恐らく全土を巻き込んだ内戦となることを憂慮されるだろう」
貞朋公は、そう言った。彼は皇都内乱中、ずっと皇主の側に控え続けていた。だからこそ、書状に対して皇主がどのような反応を示すのか、察することが出来たのだ。
「私としても、先日の斯波公の言葉ではないが、内戦となるのは出来る限り回避したいと考えている」
もし皇国が完全な内戦状態に陥れば、仮に結城・有馬・斯波三家が勝利出来たとしても、国力や軍事力の低下は免れない。また、陸軍内部における遺恨も長く残るだろう。
現在、ルーシー帝国はマフムート朝と開戦し、依然として回疆への侵攻も続けている。また、ヴィンランド合衆国にしても奴隷制を巡る国内の対立が尖鋭化し、内戦の危機に陥っている。
たとえ皇国が内戦状態となっても、両国が皇国に干渉してくる可能性は三国干渉時に比べて低下しているといえた。
その意味では、長尾憲隆公爆殺事件を首謀した有馬頼朋翁、そして長尾多喜子の目論んだように、内乱を経て国内を統一する好機であるとも言えた。
しかし、そこまでの思い切りは、貞朋公の胸の内にはないようであった。
「特に一色家本領は、皇国でも有数の工業地帯を擁している。ここが内戦によって荒廃すれば、再建は容易ではない」
産業革命を成し遂げた皇国では全国に工業地帯が存在していたが、そのほとんどは六家領に集中している。有馬家領南嶺には皇国最大規模の製鉄所が存在していたし、結城家領下鞍国にはやはり皇国最大規模の製鋼所が存在していた。
一色家領についても、紡績業や鉄鋼業が盛んな工業地帯が臨海部に築かれている。
内戦となれば、当然、これらの工業地帯は徹底的に破壊されることになるだろう。そうなれば、皇国の国力は確実に低下する。
内戦の勝者はそうした国力の低下した状態で、ルーシー帝国やヴィンランド合衆国と対峙しなければならないのである。恐らく両国も、その頃には対マフムート朝戦役や内戦などで国力を疲弊させている可能性が高かったが、同じく内戦で荒廃した皇国が外交的・軍事的に優位に立てるとは思えない。
だからこそ、一色公直は強気の姿勢の書状を皇主に奉呈したのであろうし、有馬貞朋公は内戦状態に陥ることを恐れているのだ。
「せっかく、そろそろ対斉戦役で得た賠償金の第一次支払分が入ってくる時期なのだ。その金を、あえて内戦に注ぎ込まなくともよかろうて」
斯波兼経公も、そう言った。
燕京講和条約により、皇国は斉より三億両もの賠償金を得ることに成功している。これはすべて現金支払いで行われることになっており、第一次支払分一億両は今年の十一月七日までに支払われる取り決めとなっている。
第一次の支払期限まで、もう十日ほどである。
また、賠償金の第一次支払が確認出来次第、皇国は保障占領中の天津から軍を引き揚げさせることになっていた。そうした復員業務も、新政権を樹立した以上、責任をもって行わなければならなかった。
その意味でも、皇都内乱による対立をこれ以上、引き伸ばすのは得策とは言えなかった。
せっかく得た賠償金が対斉戦役の戦時国債の償還や国内振興ではなく、内戦における戦費に充てられることになってしまえば、対斉戦役の勝利した意味すら失われてしまうのだ。
そうした意味においても、一色家の“瀬戸際外交”は効果的な手段であったといえよう。
しかし景紀は、そうした議論の流れに納得出来ないものを感じていた。
少なくとも、自分は皇都内乱に勝ったのだ。にもかかわらず、一色家は未だなお自分たちを名指して佞臣・奸臣と呼び、それに対して有馬貞朋公や斯波兼経公は妥協的な態度を見せようとしている。
これでは、何のために自分は伊丹・一色両公に勝利したのか判らなくなってしまう。
伏罪恭順の意思が示されたのならば、景紀としてもまだ溜飲は下がっただろうが。
「両公はそのようにおっしゃいますが、一色家に伏罪恭順の意思がないことは明らかでしょう」
収まりのつかない感情のまま、景紀は断ずるように言った。
「果たしてこのような態度をとる一色家を、陛下はお許しになられるでしょうか?」
景紀自身も、皇都内乱の際に皇主から御言葉を賜っている。
「先の拝謁において、陛下は蹶起した者たちを明確に“叛乱軍”と呼称されました。それはつまり、反乱軍の実質的指導者の立場にあった伊丹・一色両公もまた、謀反人であるとお考えになられている証左では?」
「確かに、陛下が一色公や今は亡き伊丹公に不信感を抱いておられることは確かだ」
景紀の言葉に応じたのは、有馬貞朋公であった。
「しかし同時に、陛下は内乱を憂えておられたことを忘れるべきではなかろう」
その言葉には、どこか景紀を宥めるような響きがあった。
「もちろん、私としても伊丹・一色両家を無罪放免というわけにはいかぬとは考えている。我が屋敷の者たちも、多数が反乱軍によって殺害されている。家臣団からも、復仇を望む声は上がっている。皇都の安寧を乱し、数多の被害をもたらした責任は、確実に伊丹・一色両公にある。そのような者の責任を問わなければ、我々や新政権は皇都の民より鼎の軽重を問われよう。だが、伊丹・一色両家を処罰するのに、わざわざ武力を用いる必要性はなかろうと、私は考えているのだ」
景紀を諭すように、貞朋公は続ける。
「私も、彼らに義弟を殺された身だ。両家には相応の処分が下って当然であると思っている。陛下には、この書状の返答として改めて伏罪恭順の姿勢を示すよう両家を諭していただくよう、私たちから奏上しよう」
「……」
貞朋公の言葉を、景紀は険しい表情で受け止めていた。
一色公直の書状から伏罪恭順の意思が感じられないことを以て、朝敵と認定する詔勅を発してもらうことを皇主へ働きかけるという手を、景紀は内心で考えていた。
一色家の側が強硬な姿勢で臨もうとするのならば、こちらもまた強硬な姿勢で臨むべきではないか。何故自分たちの方が妥協的な態度を見せねばならないのだという納得出来ない思いが、依然として景紀の胸の内で渦巻いていた。
こちらには、皇主がいるのだ。伊丹・一色両家を朝敵とする詔勅が発せられれば、両家の領軍将兵の士気を低下させる効果も見込まれる。
もちろん、官軍となる結城家領軍の士気も上がるだろう。
そうした態度で一色家にさらなる圧力をかけるべきではないかと、景紀は考えていたのだ。
「……伊丹家からはまだ何の反応もありませんし、陛下に改めて伏罪恭順を促していただくのはよいかもしれませんね」
景紀が内心で剣呑なことを考えていると、貴通がこの同期生と貞朋公の間に割って入るようにそう言った。
新政権を樹立した今、景紀と有馬・斯波両公で意見の対立が生じるのは拙いと、男装の少女は判断したのである。
景紀にとっては、貴通に先を越されたような形であった。景紀は彼女を軽く睨み付けたが、貴通の方はそれを無視した。
「一色公直からの書状はしっかりと皇主の元に届けられた、その上で皇主はその内容を認めなかった。僕たちの政治的正統性を示すためには、今はそれで十分でしょう」
その上で貴通は、景紀を宥めるような口調で続ける。
「伊丹・一色両家を朝敵として討伐するにしても、段階を踏むべきです。こちらがいきなり強硬な姿勢で臨めば、かえって彼らを追い詰め団結させかねません。ある程度、妥協の姿勢を示すことで、彼らの中で強硬派と穏健派を対立させて分裂させる。そうして僕たちに敵対的な勢力を弱体化させたところで、叩くなら叩きましょう。両家を討伐する軍を編成する時間、弾薬や医療品その他物資を集積する時間も稼げます」
「……」
自分の軍師であるはずの少女にまでそう言われてしまっては、景紀は不服そうに息を吐き出して黙り込むしかなかった。
そんな同期生に代わって、貴通は有馬・斯波両公に言った。
「では有馬公、斯波公。陛下から御下問があった際には、伊丹・一色両家に対し伏罪恭順の姿勢を示すよう諭していただくという形で奏上して下さるよう、お願いいたします」
それが、この日の会合の結論であった。




