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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十四章 皇国乱離編

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267 諦められぬ者たち

 皇都内乱における敗者となったのは、何も伊丹・一色両家だけではない。

 伊丹正信公を征夷大将軍に任じ、挙国一致の攘夷派新政権を樹立すべきという奏上を行った五摂家もまた、皇主の不興を買ったという意味では同じく敗者であった。

 当然のことながら、結城家の側からも五摂家は伊丹・一色両家を支持したということで新政権からは排除されている。

 五摂家の当主陣が小山朝綱新内閣に一人も入閣しなかったことは、それを象徴する出来事であった。

 九重基煕(もとひろ)、常磐師信(もろのぶ)、穂積通敏、千倉輔孝(すけたか)、佐伯経香(つねよし)の五当主はそれぞれの屋敷に軟禁されることとなり、相互の連絡も禁じられることとなった。

 それでも彼らがなお当主の座に留まっているのは、単純に皇主が今回の件に対して五摂家の責任を公に追及することを望んでいなかったからである。五摂家の権威が損なわれれば、必然的に五摂家と繋がりの深い皇室の権威にも傷が付く。

 だからこそ、皇主の意向もある以上、結城家としても五摂家の処遇については慎重にならざるを得ない面があった。ひとまず、新政権からは五摂家の影響力を排除したものの、当主陣の処罰にまでは手を付けられずにいたのである。

 五当主の処遇については宮中とも十分に諮った上で行わねばならず、そして未だ伊丹・一色両家の勢力が健在な現状では、そちらにまで手が回らないというのが結城家側の実情であった。

 一方、皇主を始めとする宮中勢力の側も、五摂家の当主たちを自ら処断することに及び腰となっていた。やはり、皇主の意思で五摂家当主たちを処断すれば、五摂家の権威を皇室が損ねるという構図になりかねないからである。

 皇主としては自らが五摂家当主陣たちの奏上を退けた以上、彼らは皇都内乱の責任を取って当主の地位から退くのが当然とも考えており、最近では側近たちに未だ当主の地位にしがみついている五公爵への不満を漏らしているとも伝えられていた。

 宮中の意向としては、皇都内乱における責任は五摂家という“家”ではなく、現当主にあるという形にすることで五摂家そのものの権威は守り抜きたいようであった。

 そのため、五摂家の内で唯一明確に結城家の側に立った貴通の役割は、重要であった。皇主や宮中勢力は彼女に、五摂家の権威を守り抜く役割を期待していたのである。

 もちろん、皇都内乱における謁見の際にそうした皇主の意思を直接聞いた貴通は、自らの果たすべき役割を理解していた。彼女自身も、五摂家の権威を利用することで新政権における景紀の立場を盤石なものとしたいと考えていたから、その意味で貴通と宮中勢力の利害は一致していた。

 問題は、皇主が不満を抱いていることを宮内省関係者などから伝えられながらも、依然として当主の地位を退こうとしない五公爵たちであった。


  ◇◇◇


「皇主陛下は、叛乱軍の討伐を命じられただけで、伊丹・一色両家を朝敵とされたわけではない」


 貴通の父・穂積通敏はそう考えていた。


「朝敵とされた者を征夷大将軍に推挙しようとしたのならばともかく、そうではない者を推挙した以上、我々が内乱の責任を負う必要はない。我らはあくまでも、皇都の安寧を回復するためには伊丹・一色両公が政権の座に就くのが最善であると奏上しただけだ」


 家宰など周囲の者たちに向かって、通敏はそう不満を漏らしていた。

 皇主はなおも当主の地位にあり続ける五当主たちに、自らの意思で当主の座から退くように求めていると聞くが、それはあくまでも結城家による工作であると通敏は考えていた。

 少なくとも、皇室としては五摂家の責任を公に追及することで、皇室そのものの権威を損なうことを恐れているはずであった。また、将来の皇后を輩出する家系を取り潰すことは出来ないだろうとも、彼は判断していた。

 そうした通敏の考えは一部で正しかったが、皇主が守ろうとしているのはあくまでも五摂家という“家”であって、自分たち当主陣ではないのだという部分を見誤っていたといえる。

 しかし、屋敷に軟禁状態にある彼が皇主に拝謁することは出来ず、故に直接皇主の口から不満を聞くことはなかった。だからこそ、皇主の意向を自らに都合の良いように解釈していたのである。

 少なくとも、五摂家という高貴な家柄は今後も皇国において必要とされ続けると考えていた。

 実際、通敏の子である貴通は、新政権において結城景紀の側近として重用されているのだから、彼の観察はあながち間違いでもなかった。

 ただ、それが貴通であることが問題であった。

 彼女はあくまでも五摂家の後継者問題に六家が介入してくることを恐れて男子と偽らせているだけで、通敏はそのまま娘を次の当主にするつもりなど毛頭なかったのである。

 確かに貴通にはそのまま男であると偽らせ続け、中継ぎの当主に据えることで結城家に取り入るという選択肢もあった。しかし通敏は、そのようなことをすればかえって穂積家の後継者問題に結城家が介入してくるだけだと考えていた。

 仮に貴通が結城景紀の子を産んだとすれば、表向き、その子を貴通が愛妾に産ませた子だとして、結城家が五摂家男系ではないその子を新たな当主に据えようとする可能性もあるのだ。

 それは、通敏にとって受け入れがたいことであった。

 また、彼の正室である時子もまた、たとえ中継ぎであっても我が子以外の人間が当主の座に就くことに反対していた。


「通敏様、次期当主は我が子・永麿(はるまろ)以外には考えられませぬ」


 時子も、結城家におもねるために夫が貴通を中継ぎの当主にしないかと、懸念していたのである。

 ようやく元服を見据えられる年齢まで成長した自らの子・永麿を次期当主とすることを、彼女も拘っていた。

 なお、「永」を「はる」と読ませるのは、公家読みといわれる独特の読み方で、武家に対抗するために公家が独自の文化を編み出そうとする中で広まった漢字の読み方の一つであった。このあたりにも、公家華族の将家華族に対する隔意が現れているといえよう。


「かくなる上は、あの者が女であると公表なさいませ。さすれば、あの者が中継ぎであっても当主となることを阻止出来ましょう」


 時子は、夫・通敏にそう迫った。だが、通敏は自らの正室の言葉に渋い顔を浮かべざるを得なかった。


「それは、出来ぬ」


「何故です? 所詮は下賤の女が生んだ子ではないですか。何をそこまで庇い立てする必要があるのです」


 自らが生んだ最初の男児が夭折しながらも、夫が愛妾に産ませた子の方がのうのうと成長したことに、時子は今でも憤慨を隠していなかった。

 そんな正室の追求に、通敏は呻くように答えた。


「陛下が、いましばらく貴通を男子として扱うよう、宸翰を下されたからだ」


 通敏としても、貴通が女子であることが皇主に露見していたことは衝撃であった。それは、自身が皇主を(たばか)ったと不興を買ってもおかしくなかったからだ。

 しかし、皇主は皇都内乱における五摂家の体面を保つため、貴通があくまで“男子”として結城家領軍に加わって反乱軍の鎮定に当たったことにしたいようであった。

 このように、現当主陣に対する不満を漏らしながらも、あくまで五摂家の権威を守ろうとする皇主の姿勢が、通敏に自らの処遇について楽観的な受け止め方をさせていたともいえよう。


「陛下が……」


 皇主が貴通を男子として扱うことを望んでいると知らされた以上、時子としても黙らざるを得なかったようであった。


「ああ、陛下があれをしばらく男子として扱うよう望まれている以上、私としてもどうにも出来ん」


 憤懣やるかたなく、通敏は吐き捨てた。

 皇主が貴通を引き続き男子として扱うよう宸翰を下したことは、まるで貴通の方が五摂家としての正統な地位にあると言われているようで、通敏にとっても不満であったのだ。

 もちろん、皇主としても永麿が元服するまでの暫定的な措置であると考えているだろうが、それでもあの娘がこれ以上、政治的・軍事的に枢要な地位を占めていくことが、この穂積家当主には我慢ならなかったのである。

 だが、他の五摂家当主との連絡を禁じられている以上、通敏としても五摂家の地位を回復するための策謀を巡らせることは困難であった。

 これまで五摂家の政治的地位を回復するために行ってきた策動が、かえって自らの地位を危うくしつつある。

 この窮地を脱するための策はないかと通敏は考えを巡らしていたが、政治的にも身動きが封じられている以上、何も出来なかった。

 五摂家が新政権から排除され、その新政権の中で娘が重要な役割を果たしていくのを、彼は鬱屈とした感情とともに見ているしかなかったのである。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 秋津皇国本土の中で最も北に位置する北溟道では、早くも冬の気配を感じさせる気候になっていた。

 その南部に存在するとある農場では、北溟道の主要農産物の一つであるてんさい(砂糖大根)の収穫の時期を迎えていた。

 収穫したてんさいは製糖工場へと出荷され、砂糖へと加工されることとなる。


「……おかしい、絶対おかしい」


 畑からてんさいを収穫しつつ、一人の少女がぶつぶつと納得いかなげに呟いていた。その目は、彼女の傍らで同じく収穫に勤しむ少年に向けられている。

 少年の動きは、少女のそれよりもよほど手慣れた感じであった。


「何で私より、温室育ちのボンボンの方がこの農場に順応しているんだよ。まだこっちに来て半年とちょっとだろ?」


「いや、そんなこと言われても困るんだけど……」


 手や顔を泥で汚した少年は、少女から睨むような目を向けられて困惑顔であった。

 二人は、この三月から北溟道にあるこの農場で働き始めたばかりであった。

 少年は、かつて佐薙家の次期当主として育ち、そして北溟道へと落ち延びた佐薙大寿丸。今は身分を偽り、平民の“隼平(じゅんぺい)”と名乗っている。

 少女の方は、そんな少年を北溟道まで落ち延びさせた協力者の一人である佐薙家に仕えていた忍の娘・中野(りゅう)であった。

 かつて流は大寿丸に向かって、伯爵家の嫡男が農民のように暮らす羽目に陥ったことを嗤ってやると言ったことがあった。

 この少年のために姉が身を売ることになったのだから、そうした悪感情は当然のものであったろう。

 しかし、二人が元佐薙家家臣団だった人物の経営する農場に身を寄せるようになってからすでに半年以上。何故か将家の嫡男であったはずの大寿丸の方が、地道な農作業に慣れつつあった。

 そうして、この日の収穫作業は終わる。


「……ったく、あんた、意外と根性あったんだな」


「それ、絶対僕のことを褒めてないよね?」


 二歳年上の少女から向けられる負け惜しみのような感情に戸惑いつつ、大寿丸は苦笑を浮かべた。

 北溟道へと落ち延びた当初は刺々しい感情を向けてきた流であったが、最近では単に年の近い大寿丸に張り合っているような場面も多くなっていた。幼少期から身体能力を鍛えてきた忍として、何となく悔しい思いがあるのかもしれない。

 この半年、農民としての生き方を身に付けることになった大寿丸であったが、最近ではそれほど自身の置かれた状況を悲観的に考えることもなくなっていた。

 農民の苦労を理解するというのも、良き領主となるための勉学の一つと捉えていたからである。

 この農場を経営しているのは、大寿丸を北溟道へ落ち延びさせた家臣の青年・大堀史高(ふみたか)の親族であった。隠居した史高の父も、この農場に身を寄せていた。

 大寿丸はそこで、嶺州農業の実態について聞かされたのである。

 ひとたび冷害が起これば、困窮し娘の身売りが相次ぐという故郷の農家たちの窮状。

 自分が正統な当主の地位を取り戻した暁にはそうした農民たちに寄り添った(まつりごと)が出来ればと、大寿丸は考えていた。






 そしてその機会は、この数日後にやってきた。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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