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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十四章 皇国乱離編

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263 決別

 十月二十四日、小山朝綱内閣の成立を見届けた景紀は、一度、河越城に戻っていた。

 この日、景紀は内乱後初めて、宵と再会した。


「……景紀様」


 河越城本丸奥御殿の居室。

 景紀に代わって河越の全権を掌握しようと義父を廃立に追い込んだ少女は、少しだけ申し訳なさそうな表情をしていた。


「此度の件、お叱りは如何様にでも……」


「いや、お前はよくやってくれたよ」


 頭を下げようとする宵を、景紀は押し止めた。

 場合によっては宵が夫である景紀すら軽んじているようにも見られかねない景忠公の廃立であったが、景紀は彼女を咎めるつもりはなかった。もし景紀が河越にいれば、きっと宵と同じように父を廃立しようとしただろう。

 最早あの時点で、景紀は引き返せない所まで来てしまっていたのだ。父・景忠が目指そうとした伊丹・一色陣営との和睦など、認められるはずがなかった。


「お前が父上を廃立してくれなければ、俺の方が危なかった」


 あの時点で結城家当主である景忠と伊丹・一色両公との和睦が成立していれば、領軍を動かしていた景紀の正統性は失われていた。それだけでなく、伊丹・一色両公は和議の条件として、景紀の廃嫡を求めていただろう。

 実際、伊丹・一色陣営は景忠の異母弟である景秀に対し、景秀と彼の側についた結城家家臣団については領地や封土を安堵すると伝えていたことが確認されている。伊丹・一色両公は景忠・景紀親子を排除し、自分たちへの接近を強めていた景秀を新たな結城家当主に据えようとしていたのだ。

 しかし、景秀自身はこれに直接応ずることなく、自分が景忠と伊丹正信、一色公直との和睦を仲介する用意があるとの曖昧な態度を取り続けていた。恐らく、伊丹・一色陣営からの呼びかけがあった段階では、両公が未だ詔勅を得られていなかったことが、景秀の決断を慎重なものとしていたのだろう。

 このために、内乱終結後の景秀の扱いはかなり難しいものとなった。

 内乱中、景秀が伊丹・一色陣営と内通していたという事実はない。しかし、景秀が以前から伊丹・一色両公との接近を強めていたのは事実である。

 結果、相柄国知事を務めている景秀の地位を剥奪すべきかどうか、景紀や重臣たちの間でも意見が割れていた。

 宵と重臣たちが主導した主君押込についても、小山朝綱子爵のように明確に追認する態度を示しておらず、相柄国首府の小田野城に籠ったままなのである。

 景紀としては伊丹・一色両公と関係が深かったという事実から地位剥奪の上、謹慎を命じてしまいたかったが、未だ伊丹・一色両家が本領に勢力を残している状況下での御家騒動を危惧する重臣もおり、景秀へ明確な沙汰は下っていない。

 最も有力視されている案は、相柄国知事から首都衛戍の第一師団長に“栄転”させてしまうことだった。

 これまで首都衛戍部隊は、特定の六家が皇都を占拠しているような印象を与えないため、皇都鎮台司令官には皇族軍人が就くことが慣例となっていた。

 そしてその麾下にある第一師団についても、六家出身の将官が就いた事例はない。概ね、臣籍降下した元皇族出身の軍人か、公家出身の将官が親補されている。

 その意味では、反乱の責任を取って更迭されることが決定されている現第一師団長の後任に結城家出身者が親補されることは、結城家が皇都を掌握していることを判りやすく示す政治的な意義があった。

 しかし一方で、反乱を起こした渋川清綱大佐の二の舞になるのではないかと危惧する声も、当然に上がっている。

 ただしこれには反論もあり、反乱の結果、将校の大半が捕縛された現在の第一師団は当面、戦力として機能しないことから、結城景秀が蹶起する危険性は低いというのである。

 景紀としては渋川大佐の件もあって、叔父の第一師団長就任に否定的であった。一色公直が本領へと落ち延びてしまった以上、彼が結城家内で御家騒動を引き起こすよう景秀を唆さないとも限らない。

 結城家が混乱状態に陥れば、一色公直は領軍を東征させて皇都を奪還しようとするだろう。

 本格的な内戦の可能性も危惧される状況下で、叔父に武力を与えて背後を突かれる可能性を景紀は危惧していたのである。


「景紀様……?」


 宵に怪訝そうに名を呼ばれ、景紀は現実に引き戻された。


「ご無理を、されてはおりませんか?」


 景紀の顔を下から覗き込むようにして、宵は問うてきた。彼女の顔には、案ずるような色があった。冬花から言われた“怖い顔”を、今もしているのかもしれない。


「いや、俺は大丈夫だ。皇都じゃあ、貴通も手伝ってくれているしな」


「なら、よいのですが」


 納得しかねるような口調で、宵はそう言った。


「それよりも、体調は大丈夫か?」


 だが、景紀にとってみれば自分のことよりも宵のことの方が心配であった。彼女は身重の体で内乱中、家臣団や領内の統制に奔走していたのである。

 無理をしているとすれば、河越で一人奮闘していた宵の方だろう。


「ここ数日は、落ち着いております」


「なら、良かった」


 景紀は、宵の言葉を噛みしめるように何度か頷いた。宵が無事に子を産んで、その子がすくすくと育ってくれることが、母・久への何よりの供養になるのではないかと、景紀は思っていた。

 あるいは、そう言って自分を納得させようとしているのか、単なる自己満足なのかもしれなかったが。


「景紀様、明日の久様の葬儀には、母上も来て下さるそうです。本日、鉄道に乗ったと電報がありました」


 景紀が一度、河越に戻ったのは、母・久の葬儀を執り行うためであった。

 葬儀は明日十月二十五日に予定されており、喪主は結城家新当主となった景紀が務めることになっていた。葬儀の準備そのものは河越の家臣たちに任せていたが、最終的な調整のために、景紀も河越に戻ってきたのである。


「そうか。それは、ありがたいな。ああ、そうだ。この機会に、(とし)殿には河越城に移り住んでもらうのが良いかもしれないな」


「母上に、ですか?」


「ああ、そうだ。俺も時々は河越に戻ってくるつもりではいるが、当面は皇都のことや伊丹・一色両家の本領の動きを注視していないといけない。だからお前の側には、一人でも多く信頼出来る人間を置いておきたいんだ」


 もちろん、身籠もって一人では不安だろう宵のために彼女の実母である聡を河越城に住まわせるという景紀なりの気遣いもあるが、一方で御家騒動が本格化しそうな長尾家から聡を遠ざけておきたいという目的もあった。

 聡は爆殺された長尾憲隆公の妹であり、嶺州は長尾家領と隣接している。何らかの形で、聡が長尾家の御家騒動に巻き込まれないとも限らないのだ。


「……景紀様や家臣団の皆様のご迷惑でなければ、お願いいたします」


 少しだけ迷ったような表情を見せた後、宵はそう言った。やはり彼女としても、一人では不安だったのだろう。


「ああ。お前が元気でいてくれれば、俺はそれだけで安心出来るからな」


 景紀はそっと宵を己の腕の中に収めた。内乱に勝つことで守り抜いた温もりを、少しの間だけでも実感していたかった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 皇都内乱終結から六日後の十月二十五日、河越にある結城家の菩提寺にて結城久の葬儀は執り行われた。

 この葬儀はある意味で、景紀が正式に結城家当主となったことを内外に示すためのものでもあった。そのために、彼が喪主を務めているともいえたのである。

 参列者の中には、有馬貞朋公や斯波兼経公の姿もあった。皇主からも、勅使を派遣されている。五摂家からは、貴通が参列した。

 これもまた、景紀の結城家当主としての権威と正統性を示すためのものであった。

 他に、嶺州から宵の実母・聡、長尾家を代表して多喜子が参列していた。当主と次期当主を一挙に失った長尾家は未だ混乱の最中にあるらしく、爆殺された憲実の正室である勤子(いそこ)は長尾家皇都屋敷に籠ったままであるという。

 幼少であろうとも、その子・虎千代(とらちよ)を長尾家代表として参加させれば長尾家当主として内外に示せそうなものであるが、宵が長尾家の血を引くことで警戒されているのかもしれない。もともと、家格や学歴などの点から勤子は宵を見下していたというから、それが妙な警戒感に繋がってしまったのだろう。

 もちろん、景紀は葬儀の場で虎千代を謀殺するつもりは欠片もないのであるが、長尾家内で有力な後ろ盾を失ってしまった勤子は神経質なまでに周囲への警戒心を高めているという。

 組閣直後で多忙な小山朝綱は、嫡男・朝康を名代として派遣していた。

 また、葬儀には一応、結城景秀も参加していた。参列を拒んでくれたならそれはそれで相柄国知事の地位を追う口実になったのだが、景秀としても内心はどうであれ、皇主から反乱討伐の詔勅を得ることに成功した景紀との関係を過度に悪化させることは避けたかったのだろう。

 未だ皇都内乱による混乱が完全には収まっていないということもあり、葬儀の規模は六家当主正室のものとしてはささやかと言えるものであったが、それでも葬儀はつつがなく進行していった。


  ◇◇◇


「それで、私にお話があるとうかがいましたが?」


 葬儀が終わり、参列者が退席した本堂の中で、景紀は多喜子を呼び止めていた。冬花に言いつけて、本堂は人払いをしてもらっている。


「お前とこうして直に話すのはだいぶ久しぶりだな」


「ええ、そうですね」


 互いに何気ない風を装ってはいたが、本堂の中にはかすかにひりつくような空気が流れていた。呼び止めた景紀はそもそも多喜子と仲良く世間話など出来ないと考えていたし、多喜子の方も何か穏当でない理由でこの幼馴染が自分を呼び止めたのだと察していた。

 幼馴染同士でありながら緊張した雰囲気を孕んだまま、景紀は本堂の中に佇む仏像の前へと進み出た。多喜子もその隣に立って、一緒になって仏像を見上げる。


「……どこまでお前の思い描いた通りになった?」


 多喜子の方を見ず、仏像を見つめたまま景紀は問うた。


「何のことでしょう?」


 多喜子は心底不思議そうに、景紀の横顔を見る。


「伊丹・一色両家の皇都屋敷から、俺たちは多数の機密文書を押収した。伊丹家の方は一部が焼かれていたが、それでもかなりの機密情報を俺や貴通は入手している」


「それで?」


 景紀は仏像から多喜子へと、体ごと向き直った。


「伊丹家も一色家も、長尾憲隆公爆殺事件の真相を調査させていた。自分たちの行いを隠すための偽装工作じゃない。隠密衆などを動員して、本気で爆殺事件の犯人を探し出そうとしていた。つまり、あの事件は対ルーシー戦役を自分たち主導で行うため長尾家を排除しようと、両公が画策した陰謀ではないということだ」


「景紀は、何が言いたいのです?」


 小さく首を傾げた多喜子に、景紀は突き付けるように言い放つ。


「憲隆公と憲実卿を殺したのは、お前だろ?」


「……さてはて、何のことでしょう?」


 作り笑いめいた表情を浮かべながら、多喜子は言う。


「とぼけようって?」


 景紀は、仏像を顎で示した。多喜子も釣られて目線を一瞬だけ仏像に遣った。そして、苦笑を浮かべる。


「お互い、今さら極楽浄土にいけるわけでもないでしょうに」


「それは、肯定と受け取るぞ?」


「ええ、構いません」


 多喜子は、実にあっさりとした口調で父と兄を殺害したことを認めた。景紀は、顔を険しくさせた。


「確認するが、有馬頼朋翁も一枚噛んでいるな? お前だけで、あれだけの事件を起こせるとは思えん」


「ええ、流石に私ではうちの隠密衆や忍集団を取り込むことは出来ませんでしたから。頼朋翁直属の忍が全部、用意してくれました。私はまあ、手引きとかそういうことをやりました。何せ私は、長尾家当主の娘。不審に思う者など誰もいませんでしたよ」


「ってことは、頼朋翁が暑気あたりで倒れたってのも、攘夷派の暴走を促すための偽装だな?」


 八月末に頼朋翁が倒れたという情報が駆け回ってから、皇都における攘夷派浪士の行動は一層、過激化していた。


「まあ、そこまでは知らされていませんが、結果的に本領で静養に努めているということで反乱軍の標的にされることを逃れたんですから、そうなんでしょうね」


「お前が()()()()()()()んじゃなくて、お前が()()()()()んだな?」


「ええ、私が持ちかけました」


 今や何の躊躇いもなく、多喜子は景紀の言葉を肯定していた。


「……確かに、内乱を起こして六家の頭数を減らすには、絶好の頃合いだったろうよ」


 景紀は忌々しさを隠そうともせず、吐き捨てる。


「ルーシー帝国はマフムート朝との対立、そして回疆侵攻で兵力を取られている。ヴィンランド合衆国は奴隷制を巡る国内の対立で内戦寸前。どちらの国も、今すぐに皇国に干渉してくることは難しい。その間に、次なる戦役に備えて国内の体制を少しでも中央集権的にしておこうってことか」


「まあ実際、うちは対斉戦役やその後の利権問題で問題を起こし過ぎましたからね。頼朋翁にとっては、伊丹・一色両公よりも目障りに映ったんでしょう」


「伊丹・一色両公が攘夷派の挙国一致政権の必要性を唱えていたのは、まあ、耳ざとい人間なら知っていただろうからな。西洋列強に伍する中央集権体制を確立するという頼朋翁とは、どこかで妥協の余地が生じた可能性はあったってわけだ」


「ええ、頼朋翁は、内乱になれば恐らく伊丹・一色両公対景紀となるだろうことは予測していました。伊丹・一色両公が勝って挙国一致政権になるか、景紀が勝って六家が長尾家も含めて一気に三つか四つ消えるか、どちらにしても中央集権体制に向けた一歩が踏み出せるわけです」


「ちっ、自分の息子が殺されるかもしれないことまで、織り込み済みってわけか」心底不愉快そうに、景紀は言う。「まあ、あの老人らしいっちゃらしいがな」


「私は、内乱になったのなら景紀が勝ち抜いて欲しいと願っていましたよ」


 多喜子の口元には、無邪気そうな笑みが浮かんでいた。


「お前は、俺が天下を取る手助けをしたとでも思っているのか?」


 以前、多喜子は景紀に対して、共に天下を取ることを持ちかけてきたことがあった。最後に会った九月にも、同じ誘いをかけてきた。

 それが、多喜子が父と兄を爆殺した動機なのかと、景紀は思ったのだ。


「……本当に、景紀は時々、女の心の機微というものを理解しなくなりますね」


 浮かべた笑みの中に失望と寂しさを込めながら、多喜子は言う。


「私は、あなたと共に天下を取りたかったんです。でも、何度も断られてしまいましたし、そろそろ宵姫さんとの間に子供が出来そうだな、と思うと何だか憂鬱だったんですよ。そして実際、宵姫さんは身籠もっていましたし。思慕している殿方が、別の女との間に生まれた子に天下を継がせる光景を、私が見たいと思いますか?」


「憲隆公と憲実卿を爆殺して、状況を滅茶苦茶に引っ掻き回してから死ぬつもりだったのか?」


 景紀の声には、詰問するような響きがあった。


「ええ。まあ、毒を仰ごうとしたところを、隆房に止められましたが」


「千坂隆房も、お前のやったことに気付いているのか?」


「面と向かって訊いてはきませんが、気付いているみたいですよ。気付いた上で、私に発破を掛けてきました」


「自分も父親を爆殺されたってのに、お優しいことだな」


 景紀は同情と嘲笑を一つの言葉に乗せて放った。


「……全部、あなたの所為ですよ、景紀」


 呪詛を吐くように、多喜子は言う。その表情に、憎しみはない。ただ、失望と諦念と泣きそうな感情が浮かんでいるだけだった。


「あなたが私にちゃんと向き合ってくれなかったから、こんなことになったんです」


 景紀は、射殺しそうな視線で多喜子を睨んだ。一瞬、感情のままにその細い首を絞めてやろうかとすら思うほどの衝動が、体を駆け巡る。

 この幼馴染のはずの女は、久が死んだのも、冬花が霊的な後遺症を抱えたことも、すべて景紀の所為だと言っているに等しいのだ。


「……真実が明るみに出れば、情勢はまた混乱する。表向き、憲隆公と憲実卿を爆殺したのは伊丹正信公の指示を受けた忍ということにしておく」


 だが、景紀は辛うじて激情を抑えると、感情を押し殺した低い声でそう言った。


「俺にこの場で縊り殺されたくなければ、とっとと失せろ」


「ええ、そうさせてもらいます」


 失望と諦観の感情を見せたまま、多喜子はその場を去ろうとする。


「……ああ、そうでした」


 と、多喜子はいったん立ち止まり、景紀の方を振り返った。


「長尾家はあのような状態ですから、私、隆房と婚儀を結ぶことにしました。いずれ生まれる私の子と、宵姫さんの子、どちらが天下を統べるに相応しいのか、今から楽しみです」


「失せろつってんだろ!!」


 本堂内に響き渡る景紀の怒声。

 しかし、それに怯えた様子も見せず、多喜子はそのまま本堂内を後にしていく。後にはただ、荒い息のまま肩を上下させる景紀だけが残されていた。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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