260 離別と新生
そして十九日二十三時過ぎ。
「……」
景紀は、結城家皇都屋敷で母・久との無言の再会を果たしていた。
すでに母の死は、半日ほど前には報されていた。しかし、新政権樹立のための有馬・斯波両公との協議や皇都の治安回復のための皇都鎮台司令部との打ち合わせ、そして結城家領軍・蹶起部隊両軍の戦死者の遺体回収のための人足の雇い入れ、その遺体の受け入れ先となる寺院との交渉、そうした内乱の戦後処理に関わっていたため、今まで母の遺体と面会することが出来なかったのである。
「……遅くなりまして、申し訳ありませんでした」
母の枕元に両手をついて、景紀は詫びた。もちろん、返ってくる声などありはしない。
母・久の遺体は、奥御殿の母の居室に移されていた。
結城家皇都屋敷は戦闘の跡が生々しかったが、奥御殿だけは完全に無傷で残っていた。当主や家臣たちの執務場所である表御殿も弾痕や刀傷がおびただしかったが、奇跡的に当主の執務室など表御殿の中でも奥御殿に近い一部の区画は無事であった。
しかし、十万坪超の敷地に建つ建物のほとんどは何らかの被害を受け、特に定府家臣などが暮らす表長屋の損壊は激しかった。
「……」
景紀は、無言のまま母・久の顔を見つめていた。
そこには苦しみの跡は見えず、ただ眠っているように安らかな表情をしていた。だが、本当に苦しみなく母が死んだのかどうか、判らない。
「……」
景紀の脳裏に、これまでの母との思い出が去来する。
幼い景紀を育てたのは、乳母の葛葉若菜である。だが、これまで子を失ったことがあったからか、久も若菜任せにせず、たびたび幼い景紀の元を訪れていた。
母は自身の子を含め景忠の子を次々と失ったために、景紀の物心がついた頃にはもう神仏への傾倒を深めていた。しかし、だからといって乳兄妹の冬花のことを景紀から遠ざけるようなことはしなかった。
幼い冬花がその容姿から“不吉の子”と言われる中でも、母は冬花が景紀と共に成長するのを喜んでいたように思える。
狐は悪い伝承を持つ一方で、神使でもある。
もしかしたら母は冬花に生えた狐耳と尻尾をそういうふうに捉えていたのかもしれないが、だとしても冬花という存在を受け入れていた一人であった。
五歳の時の着袴の儀、十歳で“景紀”の名を授かった元服の儀、そして十五歳の兵学寮卒業、それぞれの成長の節目節目で、母はとても喜んでいた記憶がある。たった一人の子供が成長していくことが、何よりも嬉しかったのだろう。
「……」
一方の自分は、無事に成長した姿を母に見せられた以外に何かやっただろうかと思う。
乳母や教育掛といった者たちを置いて養育させる将家の伝統故か、景紀は自分と母との繋がりを強烈に意識する体験というものに乏しいことに、今さらながらに気付かされた。
母の方は景紀との繋がりを感じていただろうに、息子の方はそこまでではなかったのだ。
宵とその母・聡との関係を思えば、景紀の実母への思いはあまりにも将家的であり過ぎた。
母の死を悼む気持ちも、悲しむ気持ちもある。だが同時に、同じくらいの虚無が胸の中にあった。
「……母上は、こんな息子のために死んで、満足だったのでしょうか?」
もちろん、その疑問に答える声ははない。それでも、景紀は訊かずにはいられなかった。そして、その答えが永遠に得られないことも判っていた。
「……」
景紀はしばらくの間、じっと母の顔を見つめ続けていた。恐らく、母の顔を見る機会はこれで最後となる。
十九年間、自分を見守ってくれた母。
「……兄上、姉上」
景紀は、顔も知らない夭折した兄と姉へと語りかけた。母の居室であるこの部屋には、彼らの位牌が置いてある。
「あなた方の元に、母上をお返しいたします。どうか、母上のことをよろしくお願いいたします」
景紀はもう一度、両手をついて深く頭を下げた。
「……今まで、お世話になりました」
◇◇◇
母との再会を終えた景紀の元に、結城家皇都屋敷の家令長と警備隊長が暇乞いにやってきた。
二人は口にしていないが、恐らく母・久を守れなかったことの責任を取って自決するつもりなのだろう。
もちろん、景紀は許さなかった。母親の死の責任が彼らにあるとは思えなかったし、彼らにも子供がいることを知っていたからだ。
この内乱で、景紀は多くの者たちに家族を失う悲しみを強要している。領軍の将兵だけでなく、蹶起部隊の下士卒に対しても、だ。
偽善と判っていても、これ以上の犠牲者を出すつもりはなかった。
そんな景紀に対し、二人は恐懼したように改めて主家への忠誠を誓った。
すでに夜遅い時間となっていたが、結城家皇都屋敷には弔問客が次々と訪れていた。
その多くが中小諸侯や公家たちであり、彼らは弔問を口実にして結城家へ恭順する姿勢を示そうとしていたのである。
この内乱の中で多くの中小諸侯たちが、反乱軍への食糧供給などの便宜を図っていたことは、すでに景紀たちも把握していた。実質的に反乱に加担した彼らは、あくまでも学院にいる子女たちを人質に取られていたために、やむを得なかったのだと口々に景紀へ弁明した。
そして、子女たちを反乱軍から解放してくれた景紀へ感謝の言葉を述べたのである。
彼らが伊丹・一色陣営に便宜を図ることとなった原因の一つに冬花の市中引き回しがあることを景紀は理解していたが、それにしても機会主義的な行動に過ぎて辟易とさせられるばかりであった。
もちろん、純粋な弔問に訪れた者もいる。
有馬貞朋公や斯波兼経公はそうした人物の一人であったし、反乱に加担することは出来ないと伊丹・一色陣営への協力を拒絶した硬骨漢な当主たちもいた。
久の実家もまた、伊丹・一色陣営への協力を拒絶した諸侯の一つであった。
しかし、やはり割合としてはこの機会に結城景紀に取り入り、自らの所領などを安堵してもらおうと目論む弔問客の方が多かった。
中でも景紀を最も不快にさせた弔問客は、貴通の父・穂積通敏公爵であった。
「景紀殿、あれを愛妾として差し出そう。もうあれを家に戻して、どこかの家に嫁がせるような考えは持っていない」
弔問を終えた通敏公は、景紀にそう告げてきたのである。
以前、通敏は貴通を退役させて家に戻し、愛妾との間に設けた隠し子を引き取るという形で女に戻し、他家に嫁がせるための道具にしようと目論んでいたことがあった。それを諦め、一方で貴通を景紀の愛妾として差し出すことで、家の安泰を景紀に求めてきたのである。
どこまでも、貴通を家のための道具としか考えていない発言であった。
「はっ! 都合の良いことだな」
だから景紀は、嘲弄するように言葉を返した。
「あんたら五摂家が陛下に対して伊丹正信を征夷大将軍にするよう奏上したってことは、もう判っているんだ。貴通をダシにして、自分たちは最初から結城家と繋がっていたんだと示したいんだろうが、そうはいくか」
「五摂家を、解体するというのか」
怒りと恐怖に唇をわななかせながら、通敏が言う。
「そのようなことをして、皇国の伝統は……」
「伝統だけで自分の身が守れると思っているのなら、お目出度い頭をしているな。少なくとも、あんたら当主陣が伊丹・一色陣営に加担したって事実は消えない」
「六家体制は最早崩壊したも同然。その上、我ら五摂家をないがしろにして、新政権が立ちゆくとでも?」
「俺は五摂家の人間を重用しているぞ? 穂積貴通っていう、五摂家の“男子”を、な」
そう言って、景紀は嗤った。
「あんたらが伊丹・一色陣営に加担してくれたことで、あいつの立場はかえって強化された。何せ、俺の側についた唯一の五摂家だからな。その意味じゃあ、あんたらには感謝してやってもいい」
「……」
自分たちが五摂家として尊重されないことへの怒りと屈辱が頂点に達したのか、穂積通敏は景紀を射殺さんばかりの視線で睨み付けながら拳を振わせていた。
「……もうあんた、いい加減失せてくんないかな」
そんな通敏を、景紀は鬱陶しげに見遣った。
「母上を悼む気持ちもなくここに来たんだったら、目障りなんだよ」
母の死すら政治に利用しようとする者たちに、景紀は心底、辟易としていた。自分自身が母の死に向き合うための時間を彼らが奪っているようで、彼はどうしようもない苛立ちを感じていたのだ。
母の死を息子としてちゃんと受け止められていない自分、母の死を口実に自分に取り入ろうとする弔問客たち、そして母を殺した者たち。
それらすべてが、景紀にとって苛立ちの対象であった。
「俺の目の前から、失せろ。穂積通敏」
その声は、苛立ち以上にどこか虚ろに響き渡るのだった。
◇◇◇
もう夜もだいぶ更けた頃、景紀は奥御殿のとある部屋へ向かった。
「若様」
廊下の途中で、景紀は前からやって来た一人の女性に呼び止められた。景紀の乳母であり、冬花の母でもある、葛葉若菜であった。
「冬花の容態はどうだ?」
彼女は今まで、冬花に掛けられた封印の解除と治癒に当たっていた。
「封印の枷は、四つとも外せました。体の方の傷も、あの子自身の体質もあってすでに完全に塞がっています。体力だけは休ませねばどうにもなりませんが、命に別状はありません」
若菜の声は、娘の無事を素直に喜んでいるようには聞こえなかった。
娘が無事であった一方、若菜は御台所である久を守り切ることが出来なかった。景紀はそのことで若菜を責めるつもりはなかったが、彼女自身は割り切れない思いがあるのだろう。
「ただ、一つだけ問題が」
そしてどうやら、若菜の顔が曇っている理由はそれだけではなかったようだ。
「あの子は、封印を強引に破ろうとした上、その封印を破れないままに妖狐の血を活性化させたようです。そのために、霊的な後遺症が残るかもしれません」
「……どういうことだ?」
冬花が術者として再起不能となるかもしれないと知らされ、景紀は一瞬、絶句してしまった。
「封印を破ろうとするあの子自身の力と、それを押さえ込もうとする封印の術式が体内でせめぎ合い、結果としてあの子の体内を巡る霊力や妖力の流れを傷付けてしまったのです。そのために体内で霊力や妖力の循環が乱れ、澱みや痼りが出来てしまい、体全体で見た時に霊力や妖力が著しく調和を崩してしまっています」
「……」
「端的に申し上げますと、あの子の霊的な部分はかなりの程度、損なわれてしまったといえるのです」
「……」
景紀は、立ち尽くすしかなかった。
たとえ冬花が術者として再起不能に陥ったとしても、これまで補佐官として彼女が積み上げてきた実績が消えることはない。側用人として用いる分には、問題ないだろう。
しかし、冬花はそれ以上に景紀のシキガミであることを誇りとしている。術者として再起不能となるということはつまり、彼女のシキガミとしての在り方が否定されるということだ。
それを果たして、冬花は、そして自分は、受け入れられるのだろうか?
「若様?」
案ずるような若菜の声で、景紀は現実に引き戻された。
「あ、ああ……」
「そこでどうか、若様にお願いしたい儀がございます。どうかもう、あの子を手放してやってはくれませんか? 鉄之介ももう一人前の術者です。これからは、鉄之介が娘に代わって貴方様にお仕えいたしましょう」
「手放して、冬花をどうするつもりだ?」
知らず、景紀の声が低くなる。詰問するような調子であった。
「どこか、土地の龍脈が安定している場所で、静養させようと考えております。それで、あの子の霊的な部分が回復するかは判りませんが」
景紀からの不興を買うのを承知の上で、若菜は平伏するように言った。それはきっと、母親として子を思う気持ちから出た言葉なのだろう。
だから景紀は頭ごなしに否定することは出来なかったし、かといって素直に受け入れることも出来なかった。
「冬花がそれを望むのなら、考えよう」
結局、景紀は結論を先送りにするようにそう言い、逃げるように若菜の横を通り過ぎていった。
◇◇◇
母親と景紀との会話が、恐らく聞こえていたのだろう。
景紀が冬花の部屋へ入ったとき、彼女は布団の上で身を起こしていた。狐耳と尻尾は、まだそのままだった。
「……久様とのお別れは、すませたの?」
冬花は景紀を案ずるようでいながら、露骨に自身から話題を逸らそうとしていた。
「ああ」
景紀は、冬花の布団の横に腰を下ろした。
彼は、布団の上できつく組まれた少女の手を見た。もともと白い肌が、血の気が失せるほどに青白くなっている。
彼女もまた、自身が術者として再起不能となってしまったかもしれない可能性に恐怖しているのだ。
その手に、景紀は己の手をそっと重ね合わせた。
「……景紀?」
戸惑ったように、冬花が主君の名を呼ぶ。
「……」
景紀は無言だった。重ねた冬花の手が、あまりに冷え切っていたからだ。
「……ねぇ、景紀」
冬花はその手を振り解こうとはせず、主君の顔を覗き込んでただ案ずるように口を開いた。
「あなた、ずっと怖い顔をしているわ」
「……そうか」
彼女が心配するほどに思い詰めた表情をしていたことに、景紀自身は気付いていなかった。冬花に指摘された今も、その“怖い顔”がどの感情に由来するものなのか、判らなかった。
あまりにも色々な感情が、彼の中で渦巻きすぎていた。
「景紀」
主君の心を現に繋ぎ止めようとするような、切実な声で冬花は主君に呼びかけた。
「私は、あなたのシキガミよ。今も、昔も、これからも、何があろうとも。それを、忘れないで」
「……ああ、そうだな」
景紀の声には、どこか縋るような響きがあった。手の中からこぼれ落ちようとしかけたものを何とかして掬い上げようとするかのような、あるいは自らの手の中に残ったものだけは必死に守り抜こうとするかのような、そんな痛切な声であった。
冬花の手の冷たさは、いつの間にか景紀の手にも移っていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
皇暦八三六年十月二十日午前八時半。
総理臨時代理・穂積通敏文相が取りまとめた閣僚の辞表を皇主に奉呈し、ここに恒松宗長内閣は総辞職した。
内閣総辞職を受け、皇主は健在な六家当主である有馬貞朋・斯波兼経両公に対し勅使を派遣し、後継首班について参内して推奏を行うよう命じた。
ただちに参内した二人は、後継首班として小山朝綱子爵が適任であると奏上した。皇主が重ねて小山子爵を推奏した理由を問うと、今回の反乱鎮定の功績は結城家にあるものの景紀はまだ若く、そのため結城家内部で景紀との関係が良好であり、年齢的にも相応しく、また首相という職務に耐えうる健康状態にある人物は小山子爵しかいないと奉答した。
これを受けて皇主は小山朝綱子爵を参内させ、新内閣の組閣を命じた。
そうして小山朝綱子爵は、大命を拝受して宮城を後にした。組閣を終えれば、正式に小山朝綱内閣が発足することになる。
結城閥系内閣の成立は、皇都内乱の勝者が誰であったのかを明確に示すものであった。
しかし、有馬閥系内閣から結城閥系内閣への転換、そして六家による集団指導体制の事実上の崩壊が、皇国にいかなる変革をもたらすことになるのか、この時点では誰にも判らなかった。




