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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十三章 相克の皇都編

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254 反乱討伐の詔勅

 蔵から引きずり出された冬花は、その明るさに目を細めた。

 表に出されるのは昨日の引き廻し以来のことだ。太陽の位置から考えるに、まだ正午は回っていないだろう。

 同時に、焦げ臭い煙が屋敷の中から立ち上っているのが判った。消火を求める声を冬花の狐耳は捉えていないから、火事ではない。書類の運び出しを急ぐような怒声が狐耳に入ってきたことから、恐らくは機密書類を焼却処分する煙だろう。

 つまり伊丹家は、そうせざるを得ない状況に追い込まれているということだ。

 冬花は苦痛と疲労で憔悴しきった胸の内に、かすかに希望じみた活力が芽生え始めているのを感じていた。


「よそ見をするな!」


「うっ……」


 拷問吏の男の厳しい声がかかり、同時に髪を掴まれて顔を前に向けさせられる。

 蔵の外に用意されていたのは、一枚の戸板であった。


「ふん、貴様を磔にして正門に掲げれば、結城家の賊軍どももこの屋敷を攻めるのを躊躇するであろうな。何せ貴様は、結城景紀の愛妾なのだろう?」


 要するにこの戸板は、冬花を磔にするためのものらしい。そして、冬花を人質にしているのだと結城家領軍に誇示しないといけないほどに、伊丹家は追い詰められているということか。

 昨日の引き廻しがあったからだろう。そう言えば冬花の心を責め苛むことが出来ると、拷問を指揮していた男は思っているのだろう。


「おらっ!」


 数人の男たちの手によって、冬花は裸身を晒したまま戸板の上に押し倒されるように仰臥させられた。


「ぐっ……」


 戸板に背を叩き付けられた痛みに、シキガミの少女は呻く。男たちが、その手足を掴んでそれを戸板に固定しようとする。


「うっーーー……!」


「こら、暴れるな!」


 両手足を引き伸ばされた格好で磔にされようとしている冬花は、男たちの手を逃れようと抵抗した。磔にされて正門に晒されることへの恐怖からではない。

 伊丹正信が今どこにいるのか、耳を澄ませないと判らないが、少なくとも屋敷と運命を共にするほど殊勝な覚悟を決めているわけではないだろう。

 このままでは、景紀は伊丹正信や一色公直を取り逃がしてしまうかもしれない。

 そのことに、冬花は気付いたのだ。

 だから、何とか男たちを振り払おうと抵抗した。

 男たちは昨日、引き廻しにかけられたのと同じ、妖狐としての姿をさらされることへの恐怖から暴れているのだとしか認識していない。彼らは抵抗する冬花を数人がかりで押さえつけ、そのしなやかに伸びる手足を固定しようとした。


「うぁぁぁぁぁっ……!」


 両足を男たちに掴まれ、思い切り左右に引っ張られて冬花は悲鳴を上げた。股を裂かれる痛みが、少女の体に一瞬の脱力をもたらす。

 まだ両手足にはめられた環状の鉄枷による封印は健在で、妖狐の力を発揮することも出来ない冬花は、拷問による疲弊によって短時間で抵抗を封じられてしまった。


「うぅっ……」


 両手も頭上で広げた形で固定され、冬花は戸板の上でかすかに身じろぎすることしか出来なくなる。

 一糸まとわぬまま大股を開かされて磔にされるという屈辱的な格好で、冬花は横たえられた戸板の上に拘束された。


「ふん、たとえ結城家の賊徒がこの屋敷に攻め寄せたとしても、それで貴様が助かったわけではない。変な希望は抱かぬことだな」


 これまでずっと拷問を指揮してきた男は、横たわる冬花を見下ろしてそう言った。


「結城景紀の元へは大江綱章殿が向かった。恐らく今頃、討ち取られていることであろう。となれば、今動いている結城家の賊軍はすべて、糸が切れた操り人形同然。総大将を失い、早晩瓦解する運命よ」


「はっ! 若様が、そう簡単に討ち取られるとでも?」


 惨めさをもよおす格好で磔にされながらも、冬花は気丈に吠える。

 あの黒い夢の空間で、景紀に逢えた。そして冬花に埋め込まれた景紀の肋骨は、未だ彼との霊的な繋がりをシキガミの少女に伝えていた。

 それが、冬花の心を強く支えてくれている。


「あなたたちこそ、機密書類を焼いて、私を人質にしているって誇示しなければいけないほど追い詰められているのに、随分とお目出度いじゃない」


「黙れっ! 化生の小娘の分際で!」


 男は腹立ち紛れとでも言わんばかりに、大股を開かされ無防備となった冬花の乙女の部分を踏みつけた。


「くっ……」


 少女にとって屈辱の極みとも言える行為を、冬花は歯を食いしばって耐えた。


「私は、若様を最後まで信じる! それが、シキガミとしての誇りだ!」


「黙れぇ!」


「ぐふぅ……」


 今度は頬を踏みつけられた。くぐもった呻きと共に、土の味が口の中に入り込んでくる。

 男はこれ以上、冬花に喋らせないようにしたいのか、ぐりぐりと執拗に頬を踏みにじってきた。


「むむぅ……」


 反対側の頬が戸板に押し付けられるようになりながら、冬花はある一つのことを考えていた。

 成功するかは判らない。

 成功したとしても、自分の望む結果にはならないかもしれない。

 そして何より、自分自身が無事でいられるかも判らない。

 でも、それでも良いと、冬花は思った。

 自分は、結城景紀のシキガミだ。

 あの人の役に立てるのなら、この身はどうなったって構わない。




 ―――ドクン、と少女の最奥で何かが脈打った。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 景紀が領軍を率いて宮城に辿り着いたことを労った有馬貞朋公とは対照的に、皇主がそのことに喜色を示すことはなかった。


「斯くまでせざるを得なかったことは、誠に遺憾に堪えない」


 領軍を率い、乱を鎮定すべく馳せ参じたと奏上した景紀に、皇主が掛けた第一声がそれであった。その声には、深い憂いが滲んでいた。

 結城家も伊丹家も一色家も、互いに和解の道を選んで兵を収めることをせず、皇軍相撃という事態にまで発展させてしまったことを、ひどく悔やんでいる様子であった。


「此度は輔弼の任を賜る我ら六家が陛下の御宸襟を悩まし奉ることとなり、臣として誠に恐懼に耐えぬ思いです」


 景紀は腰を折って頭を下げながら、そう奉答する。


「結城従五位」


 皇主の声が、景紀の頭にかけられる。


「しかし、よくやった」


 労うというには、あまりに苦渋の感情の込められた声であった。


「此の上は、叛乱軍は全力を挙げて之を鎮定し、速やかに皇都の安寧秩序を恢復(かいふく)せんことに注力せよ」


「御意」


「また、結城従五位は有馬公および斯波公、兵部大臣と宜しく協力一致して時局の安定を図るべく努力すべし」


 この言葉は、少し強い口調で発せられた。

 要するに、皇主は景紀に釘を刺したということである。皇都を占拠する伊丹・一色陣営の掌握する蹶起部隊が結城家領軍に取って代わられるだけならば、結局、武力で政権を奪取することを皇主自身が認めてしまうことになる。

 だからこそ、皇主は景紀には反乱軍の鎮定のみを求め、その後のことについては有馬貞朋公や斯波兼経公、そして現閣僚である坂東友三郎兵相と十分に協議した上で進めるよう皇主は求めているのだった。

 また、単純に十九歳という景紀の若さを、今後の政局を運営していく上で皇主が不安視しているというのもあるのかもしれない。

 とはいえ、景紀にとってそこに伊丹・一色両公の名前が加わらなかっただけで十分な成果であった。

 この段階で、蹶起部隊の行動を追認し、しかもそれを政権奪取の手段として用いようとしていた伊丹・一色両公は、六家当主として皇主からの信任を失ってしまったといえるのだ。


「それと、穂積貴通」


「はっ」


 景紀の斜め後ろに控えていた貴通が、一歩前に出て景紀と並ぶ。

 今の彼女の格好は到底皇主に拝謁するに相応しいものとは言えなかったが、事前に侍従長が皇主に確認を取り、非常時故にやむを得ないことと皇主自身が認めたため、景紀と共に拝謁が叶っていた。


「卿が如何なる事情により男児としてこれまで過ごしてきたのかここで問うことはせぬが、今しばらく卿は穂積家の男児として結城従五位を支えよ」


「御意」


「此度の乱における五摂家の振る舞いは、その精神の如何にかかわらず甚だ不本意に思う。されど累を五摂家に及ぼさぬことは出来ぬが故、卿も結城従五位に宜しく協力し、事態の収拾に当たらんことを希望する」


 五摂家は公家華族の中でも最も家格の高い家系であり、皇太子(つまり将来の皇主)の妃は五摂家ないし宮家から選出するのが習わしになっていた。今、この乱に連座して五摂家の権威が損なわれるような事態となれば、現在と今後の皇室にも多大な影響が及びかねない。

 それを避けるために、五摂家の“男子”たる貴通が結城景紀と共に反乱鎮定の功を挙げたという実績を皇主は欲しているのだろう。

 要するに、皇室の立場としては、反乱に加担した罪は五摂家という御家ではなく現当主陣たちにあると喧伝する材料を欲しているのだ。


「承知いたしました。臣として、非力を尽くす所存です」


 皇主が父・通敏ではなく自分の方に五摂家としての正統性を見出そうとしていることに、貴通は内心でいささか歪な笑みを浮かべていた。

 これでようやく、父の呪縛から解放される。それも、皇主からのお墨付きという完璧な形で。

 そうして景紀たちは、皇主の言葉を結城景紀に対する正式な詔勅、そして軍に対する奉勅命令という形で受領することとなった。

 詔勅と奉勅命令は、ただちに文書に起こされて皇主自身が「可」の印を押す裁可文書として発給された。

 この、結城景紀と軍に対するそれぞれの皇主の命令は、後世、その法的根拠の不明確さが議論されることになるが、少なくとも六家当主である有馬・斯波両公と現閣僚の兵部大臣の輔弼を受けた上で発せられたものであり、政治的正統性は確保されていた。

 この瞬間、結城家領軍は正真正銘の官軍となったのである。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 騎兵第一旅団長・島田富造少将は先任の将官であるという理由から、景紀が宮城突入のために直接率いていった部隊を除いた全部隊の指揮を継承することになった。

 彼直率の騎兵第一旅団だけでなく、騎兵第二旅団、そして独立混成第一旅団の残余の兵力が今、彼の手元にある兵力であった。兵数だけで言えば、一個師団以上の兵力である。

 市街地を制圧するための歩兵部隊の数が極端に少ないのが問題ではあったが、騎兵は基本的に将家や士族といった武家出身者が多くを占めている。

 幼少期から武術を習っていた彼らは、下馬しての白兵戦にも強かった。つまり、乗馬歩兵としても用いることが出来たのである。

 彼らは必要とあれば騎兵槍を杭代わりにして馬を繋いでおき、騎銃や軍刀で歩兵部隊の援護に回った。

 島田少将は田隅操車場を占拠していた騎兵第二旅団を南下させて宮城の北側の地域、特に兵学寮、学士院を叛乱軍側から奪還し、合せて結城家皇都屋敷の救出に向かうように命じると、自らは宮城の南側の地域を奪還すべく行動を開始した。

 騎兵第一旅団の目標は、官庁街と女子学士院の開放、皇都鎮台司令部に軟禁されているという鎮台司令官・刑部宮(おさかべのみや)熙融(ひろあきら)王の救出、そして伊丹・一色両公の捕縛であった。

 騎兵第二旅団に主家の皇都屋敷救出を命じたのは、単純に展開している地域の問題もあるが、騎兵第二旅団にも目立った功績を立てさせる必要性を感じていたからである。

 騎兵第二旅団は対斉戦役中、戦略予備として国内に留まっていた。小山朝康のように、戦功を挙げる機会に恵まれなかったことに不満を持っている者たちも当然いる。

 この皇都を巡る乱でも騎兵第一旅団の活躍が目立つようでは、騎兵第二旅団の面子を潰すことになりかねないと島田少将は考えていたのであった。

 だからこそ、主家の救出という結城家領軍としては最も名誉ある役割を任せたのである。

 ただしこの時、結城家領軍にはまだ情報が伝わっていなかったものの、すでに結城久は殺害されており、救援という意味では騎兵第二旅団より先に鉄之介と八重が駆け付けていた。

 結果として、陰陽師の二人と騎兵第二旅団は入れ違いになるような形となり、さらに鉄之介も八重も領軍へ結城久が殺害されたことを報告していなかった。二人は帯城軍乱を除いて従軍経験がなく、そうした部分に疎かったことが原因であった。彼らは、報告の相手を景紀だけだと考えていたのである。

 そうした事情であったから、結城家領軍将兵の間に仇討ちのような感情がまるでなく、むしろ反乱部隊に参加させられた下士卒たちに対し同情混じりに投降を呼びかけてすらいた。

 すでに反乱部隊の戦意は士気喪失を疑うほどに低下しており、女子学士院の敷地を取り囲んでいた反乱部隊は大した抵抗も見せずに島田少将に投降した。他、官庁街を封鎖していた反乱部隊は、どういうわけか知らないが喫食中と言って無抵抗の意思を示している。

 少なくとも、宮城周辺に展開する反乱部隊の大半は、結城家領軍によって順調に武装解除されていった。

 島田少将は投降した反乱軍の下士卒たちに、ただちに道路を塞ぐ鉄条網などの障害物を撤去するように命じた。場所によっては、馬鉄の車両まで持ち出して通りを封鎖している箇所すらあったほどである。

 これにより、宮城を包囲する反乱部隊はすべて騎兵第一、第二旅団によって武装解除されるか、短時間で鎮圧されることになった。

 徹底抗戦を目指す攘夷派将校を中心とした者たちはいるにはいたのだが、すでに多くの下士卒たちの支持を失ってしまった以上、その抵抗は短時間で制圧されてしまったのである。

 景紀の目指していた宮城突入と、反乱軍からの宮城の解放という作戦目的は、ここに達成されたのであった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
― 新着の感想 ―
[一言] 名目上とは言え最高権力者である天皇陛下の詔勅に関して政治的正当性って問われるものなのでしょうか.明治憲法や法を知らないので詳しくは分からないのですが...。殆ど出されないものですが、1度詔勅…
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