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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十三章 相克の皇都編

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246 蹶起した者たちの決断

 蹶起から三日目を迎えて、蹶起部隊将兵の疲労が溜まってきているのを、警視庁庁舎を占拠する伊丹直信は感じ取っていた。

 結城景忠公が屈服する形での和睦がなされようとしているらしいが、一方で結城景紀が率いていると思われる結城家領軍は依然として皇都を退去しようとせず、蹶起部隊側の武装解除要求にも応じていない。

 このため蹶起部隊側では結城家領軍による夜襲を警戒し続けることになり、終わりの見えない状況に兵卒たちの疲労は精神面・肉体面ともに積み重なっていた。

 伊丹正信の孫である直信にしても、いったい何を以て蹶起の趣意を達成したことになるのか、まるで判らなかった。攘夷派新政権を樹立するための詔勅は依然として得られず、ますます蹶起の行く末を不透明なものにしていたからだ。

 そしてついに、結城家領軍による総攻撃は開始されてしまった。


「直信様」


 庁舎の最上階から皇都中央駅の方を眺めていた直信の背に、少女の声がかかる。

 髪を一つに括り上げて袖をたすき掛けにしている桜園理都子であった。


「どうした、理都?」


「行かれるのですか?」


 彼女はスタイナー銃を背負い、薙刀を握っている。公家の娘でありながら武家の妻としての宿命に殉じようとする姿勢は、直信の目にどこまでも健気に映った。


「……」


 だが、直信は迷っていた。

 ここで、皇都中央駅を守備する部隊の増援に駆け付けることは出来る。

 蹶起部隊の実質的な現場指揮官となっている渋川清綱大佐より、皇都西側に配置されていた蹶起部隊も東側の部隊に合流するように命令が下っている以上、宮城東側から皇都中央駅までの地域が結城家領軍との雌雄を決する戦場となるだろう。

 直信らの拠る皇都警視庁庁舎は、その南翼に位置している。

 皇都中央駅を突破し宮城東大手門に向かうであろう結城家領軍を、側面から衝くことの出来る位置にあった。


「……」


 直信が逡巡している間に、事態はさらに動いていく。


「伊丹少尉殿!」


 一人の伝令が、駆け込んできたのである。


「一色公閣下より通信です。宮城より西側に存在する蹶起部隊は、状況の如何にかかわらずただちに宮城二の丸に集結せよ、と」


 その兵士は、一色公直公からの命令に畏れを抱いているようであった。彼らも、宮城に兵を引き入れることの重大さを理解しているのだろう。

 これまで、蹶起部隊は宮城内に兵を入れることに慎重であった。それは、宮城が占拠されている状況では、詔勅の正統性に疑問が付いてしまうからだ。皇主が軟禁されているような状況で出された詔勅では、諸侯を従わせる力に欠くと祖父・正信や一色公は考えていたのである。

 これに反対していたのは、歩兵第一連隊を率いる渋川大佐であった。彼は、蹶起当初から宮城占拠を主張していた。その主張を、今まで祖父と一色公は退けていたのである。

 しかし、最早そのような政治的正統性に拘っている状況ではないと、一色公は判断したのだろう。幸い、今ならば賊軍(と、蹶起部隊が考えている)である結城家領軍から皇主陛下と宮城をお守りするという大義名分が得られる。


「……」


 だが、それでも直信はじっと窓の外を見つめているだけであった。


「少尉殿?」


 伝令の兵は、直信からの命令を待つように問いかけてくる。この場で将校は自分だけであり、直信が決断を下さなくてはならない。

 攘夷派の蹶起に巻き込まれた下士卒たちの命運は今、直信の手の中にある。

 そして、結城家領軍による総攻撃が開始されてしまった以上、逡巡している時間はあまりない。


「……一色公と、渋川大佐殿に、通信」


 苦いものを吐き出すような声と共に、六家に属する少年は一つの決断を下すことになった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 この、一色公直による宮城への集結命令は、彼の独断により発せられたものであった。

 蹶起を共に主導している伊丹正信も、蹶起部隊の宮城への集結命令は公直の遣わした使者から聞かされて初めて知ったことであった。


「……事ここに至れば、宮城への集結もやむなしであろうな」


 伊丹家皇都屋敷で報告を受けた正信は、呻くようにそう言った。

 総攻撃を開始した結城家領軍から皇都中心部を守り抜くには、兵力の点でも火力の点でも不足していた。であるならば、守るべき場所は一箇所に絞るべきであった。

 そしてそれは、皇主の御所たる宮城以外に存在しない。

 これまでは攘夷派新政権樹立のための詔勅の正統性を確保するため、宮城に兵を入れることには慎重であった。あくまでも、宮城の各門に検問の兵を配置するだけで、蹶起部隊が皇主を軟禁していると見なされることのないように努めてきたのである。

 しかし、今の状況ならば宮城に兵を入れる大義名分が立つと、正信は考えていた。

 逆賊・結城景紀率いる軍から宮城と皇主陛下をお守りするという口実で、蹶起部隊を宮城内に引き入れることが出来る。

 そして、一色公直もそう考えたからこそ、蹶起部隊に宮城二の丸への集結を命令したのだろう。

 結城家領軍による総攻撃が始まった今、ことは一刻を争う。正信と協議して宮城への集結命令を下すことになれば、徒に時間を浪費するだけだ。

 だからこそ、公直は独断で蹶起部隊に対して宮城への集結命令を下したのだ。

 蹶起部隊の現場指揮官とも言うべき渋川清綱大佐を飛ばして歩兵第一連隊に命令を下したことは指揮系統の観点から言えば混乱が生じかねないことではあったが、この際、やむを得なかった。


「しかし、我らは結城景忠・景紀親子に(たばか)られたのか……?」


 ここで正信は、一つの疑問に囚われていた。

 昨日の段階では、結城景忠は和睦を受け入れる姿勢を示していた。実質的に、景忠公は屈服の意思を示したのである。その段階で、伊丹・一色陣営側の政治的勝利は確実になったはずであった。

 しかし、一夜明けてみれば結城家領軍による総攻撃が開始され、最早景忠公との和睦の交渉どころではなくなってしまった。

 景忠・景紀親子は自分たちを欺くために、こちらが遣わした使者に和睦の意思を告げたのではないかと、正信は思ってしまったのである。

 だが一方で、もし結城親子がこちらを欺くために和睦に応じる姿勢を見せていたのだとすれば、結城家領彩州から皇都を目指していた結城家領軍・第二師団の混乱に説明が付かない。やはり景忠公は和睦を求めており、それに反発した景紀が領軍の一部を掌握し続けて独自の行動に出たと見るべきか。

 結城家内部の情勢を判断するには、圧倒的に情報が不足していた。

 結城家皇都屋敷はこちら側の手に落ち、結城久を殺害してしまったことまでは正信も報告を受けていたが(当然、結城家側に弔い合戦の口実を与えないためにその死を秘匿していることについても伝えられている)、今になって思えば不必要な兵力を結城家皇都屋敷制圧のために投入してしまったとしか言い様がない。

 もともと結城家皇都屋敷の制圧作戦は、結城久を景忠・景紀父子に対する人質とするため、そして屋敷が空挺降下の拠点とされないために行われたものであったが、それならば最初から蹶起部隊を宮城内に集結させていれば良かったのだ。

 詔勅の正統性に拘りすぎ、自縄自縛に陥った結果が今の事態を招いている。

 そのことに、正信は歯噛みする思いであった。

 あるいは、自らの女婿である渋川清綱、そして蹶起に便乗するように言ってきた一色公直に、自分が引き摺られすぎたか。

 しかし、歩兵第一連隊を中心とする部隊の蹶起に便乗しなければ、自分たちは皇都に大規模な騒擾事件を起こした攘夷派を弾圧する側に回らなくてはならない立場に追いやられていたはずである。

 それは、伊丹正信にとって自らの支持基盤を自らの手で破壊する行為に等しかった。だからこそ、自分に何の相談もなく蹶起するという先走った行動に出たあの女婿を、正信は不愉快に思いつつも諫めることが出来なかった。


「……だが、ここで終わることは出来ぬ」


 蹶起部隊を宮城に集結させたとして、結城家領軍をどこまで防げるかは判らない。宮城内に銃口を向けることを結城家領軍の将兵が躊躇ってくれればいいが、彼らは彼らで軟禁されている皇主をお救いするという大義名分があるだろう。

 ここは自領に落ち延び、再起を図ることも考慮に入れざるを得ない。

 それは正信にとって屈辱ではあったが、かといってもし結城家領軍が蹶起部隊を破った場合、屋敷に火を放って自害するほど簡単に攘夷という信念を捨てられるものではない。


「……御館、様」


 と、正信が思考を巡らせていると、一人の青年の苦しげな足取りと共に現れた。服の袖などから、呪符の貼られた包帯が覗いている。

 葛葉冬花との戦いで重傷を負い、今まで意識を失っていた伊丹家に仕える術者・大江綱章(つなふみ)であった。


「綱章、貴様、傷はもう良いのか?」


 意識を取り戻してなお満身創痍であることが見て取れる青年の様子に、正信は思わずそう声をかけた。


「このような状況で、寝てなどいられません」


 声には苦痛の響きが混じりながらも、それでもその瞳には決意の色があった。


「結城家の軍が皇都に攻め入ったと、聞き及んでおります」


 障子に手を掛けて体を支えながら、鬼狩りの術者の末裔は続ける。


「ならば私は、父の(かたき)を、結城景紀を、討たねばなりません。是非とも、私を軍に加えて頂きたく、いえ、宮城に向かわせて頂きたく……」


 未だ痛むだろう体で、綱章は片膝をついて頭を下げた。

 この青年の言葉に一つの真理が含まれていることに、正信は気付いた。今、皇都東側で総攻撃を開始した結城家領軍を率いているのは、結城景紀だろう。

 あの小倅を討ち取りさえすえれば、結城家領軍は瓦解する。

 家臣とはいえ、そして高位術者とはいえ、一介の呪術師に敵将を討ち取った功績を与えることに、正信は将家当主として本能的な躊躇いを覚えた。しかし、領軍と違い、蹶起部隊は伊丹家家臣団で構成された部隊ではない。

 であるならば、大江綱章が結城景紀を討ち取ったとしても、術師に功績を奪われたという家臣団からの不満が上がることはないだろう。


「……良かろう」


 素早く思考をまとめた正信は、そう言った。


「貴様は今より、直信の指揮下に入れ」


 そしてこの六家当主は、この蹶起が初陣となった孫に功績を立てさせることも忘れてはいなかった。孫・直信に大江綱章を預け、この術者の青年が結城景紀を討ち取ることが出来れば、それは臣下を上手く用いることが出来た直信の功績にもなる。


「承知いたしました」恭しく、綱章は言った。「必ずや、御館様の、そして直信様の御為にも、結城景紀を討ち取ってみせましょう」


 彼は立ち上がると、霊刀“鬼切丸”を携えて正信の前を辞していった。


「……ふん、この儂が結城の小倅の如く、敵将を討ち取るのに術者に頼らざるを得ないとはな」


 最早手段を選んでいられるような余裕のある情勢ではないことは理解しつつも、正信は武人としての矜持から不愉快そうに吐き捨てざるを得なかった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 その伊丹家皇都屋敷の、人目に付きにくい場所にある蔵では、陰惨な行為がなおも続けられていた。


「ぐぅぁっ……」


 薄暗い蔵の中に、シキガミの少女の苦悶の呻きが響いている。


「うっ……ぁっ……」


「貴様と結城景紀に掛けられた嫌疑を素直に認めれば、今すぐにでも楽になるのだぞ?」


 拷問を指揮する男は、これまでと同じように冷厳な声で冬花に問いかける。


「誰が……っ!」


 苦痛に顔を歪めながらも、冬花はその男を睨み付けた。この期に及んで、彼らは自分から讒言を引き出そうとしているらしい。

 いや、状況が伊丹・一色陣営にとって不利になりつつあるからこそ、なおさら自分の讒言を必要としているのかもしれない。

 景紀が長尾憲隆公を爆殺し、伊丹・一色両公に呪詛を企てていたという自白さえ得られれば、たとえ景紀に皇都を奪還されたとしても、その正統性を揺るがすことが出来る。伊丹・一色両公は領地へと落ち延びて再起を図り、軍を興す大義名分を得ることになるだろう。

 そんなことにだけは、絶対にさせるつもりはなかった。

 どうしても零れ出てしまう涙で瞳を濡らしながらも、冬花は気丈に男たちを睨み続ける。

 もう、景紀たちは反乱軍への総攻撃を始めた頃だろうか……?


「おい、もう少し巻き上げろ」


「はっ」


 だが、男たちにとって冬花から自白を得るという主命は絶対のものらしい。男の指示に従って、別の男が蔵の中にある巻き取り機をわずかに回した。


「いっ……ぐぁぁぁぁぁ……っ!」


 その瞬間、冬花の体をさらなる激痛が襲う。自分の体が、上に向かって引っ張り上げられていく。

 今、彼女の体には“蜘蛛”という責め具が取り付けられていた。西洋式の責め具である“蜘蛛”は四本の鉤からなる道具であり、主に女性に対する拷問に利用された。

 その“蜘蛛”が、少女の若々しい張りのある双丘にそれぞれ噛ませられ、天井から伸びる鎖が“蜘蛛”を引っ張っている。

 両足は床についているものの、徐々に巻き上げられていく“蜘蛛”の鉤が肉に食い込み、抉っていく苦痛から逃れるために冬花は爪先立ちで耐え続けていた。そして、その“蜘蛛”が体を引っ張るために上半身は仰け反った姿勢を強要されている。当然、両手は背中で一つに縛り上げられていた。

 そのような無理な姿勢を続けながらも“蜘蛛”の責め苦に耐えている冬花の耳朶を、男の淡々とした声が叩く。


「このまま貴様の肉体を引き裂いても、我々は一向に構わんのだぞ?」


 昨日の拷問で妖狐の血を引くが故の冬花の肉体の回復力を把握したのか、責め苦は明らかに苛烈さを増していた。

 だがそれでも、冬花は屈するわけにはいかなかった。

 景紀は、きっと勝つ。

 その一念だけで、シキガミの少女は襲い来る激痛に耐え続けていた。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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