244 御台所の想い
多銃身砲の一斉掃射が、結城家皇都屋敷の障子や襖を一挙に吹き飛ばしていた。
突入から一時間以上経っても制圧が完了出来ないことに苛立った攘夷派将校が、多銃身砲で屋敷の建物内部を一掃するように命じたのである。
勢いよく放たれた銃弾は壁を抉り、木屑などを辺りにまき散らした。
無数の銃弾をその身に受けた警備掛の体が跳ね、縁側から地面へと落下する。
突入部隊はその半数以上を呪術的な罠などによって遊兵化させられながらも、兵力と火力で屋敷を容赦なく押し潰そうとしていたのである。
銃声や喊声が、結城家皇都屋敷御用場にまで迫りつつあった。
「戦闘可能な者は、すでに二十名を切りました。今は冬花殿が設置された罠などで何とか凌げていますが……」
「そうですか」
報告を受ける久は、いつも通りどこかおっとりとした態度を崩していなかった。
この部屋には若菜による結界が張ってあるが、すでに屋敷を覆う結界すら破られている状況では気休めにもならないだろう。御用場の陥落は、最早時間の問題であった。
「御台所様には、このまま奥御殿の方に退避して頂きたく……」
屋敷の家令長が、悔しさを滲ませながらそう進言する。だが、久は首を振った。
「奥御殿には、戦闘に加われない者たちが集められています。そこに私が退避すれば、彼らまで戦闘に巻き込むことになってしまうでしょう」
「しかし……」
家令長が言い募ろうとするのを、久は穏やかな声で遮った。
「まだ戦うことが出来る者は、奥御殿に集まるように伝令を出して下さい。不埒な者たちが彼らに危害を加えないように、彼らを守ってあげて下さい。負傷者の救護に当たっている若菜にも、そのように」
「……承知、いたしました」
家令長と警備隊長は、納得していない口調ながらも恭しく頭を下げた。
銃声は、もうすぐそこまで迫っていた。
「残念でした」
久は御用場にいる一人一人の顔を見回しながら言った。
「皆さん、ご苦労様でした」
彼女は、にこやかにも見える表情で家臣たちにそう告げるのだった。
接見の間と思しき広間は、最早死体置き場となっていた。
四人の蹶起部隊将兵と侍衛官が倒れて、一人は断末魔の呻きを上げている。結城家の警備掛も、九人が倒れていた。
遮蔽物として畳が持ち出された剥き出しの床に、双方の戦死者の血が染み込んでいる。
「ふっー……」
一色公直は荒い息をついた。拳銃は撃ち尽くして再装填が必要となっており、軍刀の刀身も血と脂に塗れていた。頬にも血が付いている。しかし、彼の血ではない。
「大丈夫か、我が主よ」
傍らでは、やはり衣服を血に汚した八束いさながいた。手には、死体かどこかから奪い取ったらしい刀が握られている。その刀も、血で濡れていた。
「……貴様に心配されるほど、やわな鍛え方をしていない」
ぶすりとした口調で、公直は応じた。そして、ここまで付いてきてくれた者たちを見回す。
術者である八束いさなを除いて、生き残っているのは蹶起部隊将校二名、兵卒二名の四名だけであった。
主君である公直を庇って、侍衛官は全滅していた。彼らが全滅して以降は、八束いさなが結界などで公直を守護していた。
「結城久の居場所まで、もうすぐだぞ」
屋敷内に式を飛ばして探索していた八束いさなが、そう報告する。
公直らは銃に再度、装填してから彼女の先導に従った。
やがて廊下を進むと、御用場らしき空間に出た。その部屋の中に、一人の女性が公直たちを迎え入れるように立っていた。
彼女は、返り血のあとが付いている武装した者たちが部屋に踏み込んできても、動揺する素振りを見せなかった。
「……結城久殿とお見受けする」
「そちらは、一色公直公ですね」
一色家当主、そして結城家当主正室の二人は、六家同士であるために互いに面識があった。
「他の者たちはどうした?」
部屋を見回しても侍女一人いないことに気付いた公直が尋ねる。
「奥御殿の方に、戦えない者たちを集めておりますのでそちらに下がらせました。あなた方に対応するのは、私一人で十分でしょう」
「……我が主よ」
公直の袖を引っ張り、八束いさなが小声で言った。
「その奥御殿とやらに、かなり厳重に結界が張られている」
探索用の式からの情報を、彼女は主君に伝えた。公直はもう一度、久と向かい合った。
「御台所殿、あなたの息子である結城景紀は逆賊として討伐される身となった。よって、その母君である貴殿の身柄も拘束させていただく」
一応は六家当主正室ということもあり、公直の態度は丁寧なものであった。また、一人、屋敷に留まり残った者たちの安全を確保しようとした将家の妻としての義務感にも敬意を払うべき部分があると感じていた。
「景紀が逆賊、ですか?」
一方の久は、武装した男たちに取り囲まれながらもやはり最初の態度のままであった。ただ心底不思議そうに、尋ねてきただけであった。
「それは、天子様がそのようにおっしゃられたのですか?」
「……」
流石に公直は、その質問に即答しかねた。ここで皇主の言葉を偽ることは出来なかったし、かといって結城景紀を逆賊でないと彼自身が認めることも出来なかった。
「私には、いったい、此度の騒乱が何故起こったのか理解出来ません。天子様が我が息子を逆賊とおっしゃっていないというのならば、何故あなた方は景紀のことを逆賊と呼ぶのでしょうか? あの子の母として、息子が云われない讒言に晒されているというのならば、反駁したくなると言うのが親心というものです」
おっとりとした口調の中にも息子のことを思う母としての覚悟を感じ、公直はさらに言葉に詰まった。彼にとってみれば、このような非常時に結城久という人物がこれほどの胆力を発揮することが、意外だったのである。
だから、二人の間に生じた一瞬の空白が、悲劇的な運命を呼び込むことになってしまった。
「黙れ、この奸婦めが! これ以上は問答無用!」
蹶起の大義を愚弄されたと思ったらしい蹶起部隊将校の一人が怒りの声を上げて、久を撃ったのである。
それに引き摺られたのか、ここまでの戦闘で殺気立っていた残りの将兵三名も次々に久を撃った。公直が、止める暇もなかった。
御用場に響き渡る銃声と共に、久の体が床に倒れた。
「っ!?」
公直は即座に倒れた久の側に屈み込み、その容態を確認する。四発の銃弾を腹部や肩に受け、久は口からも血を吐き出していた。ひゅうひゅうという喘鳴を漏らしながら、瞳は自身の傍らに膝を付いた公直を見ている。
「……」
戦地で幾度となく負傷者を目にしてきた公直には、最早眼前の女性が救えないことが判ってしまった。
「……構いませんよ」
こぽりと血を吐きながら、久はか細く言った。
「私は、十九年、景紀の母をやっておりました。そろそろ、向こうの子たちにも母親として顔を見せてあげませんと……」
「……」
結城久が景紀より前に生んだ子を亡くし、さらには景忠公側室の生んだ子も全員が流産・夭折していることを、公直は知っていた。その所為で久が神仏への信仰に傾倒してますます政治に関する関心を失っていったことも。
だから彼女の中で、未だ亡くなった子の存在は大きかったのだろう。今際の際で、失われた子供たちを想うほどに。
そして、その言葉を最後に久は息絶えた。
「……」
公直はそっと、虚ろになった彼女の目を閉ざした。そして立ち上がり、最初に久を撃った将校を見据える。
「貴様、何故撃った?」
「この奸婦めは、我らが大義を愚弄いたしましたが故……」
「馬鹿者!」公直は険しい声で青年将校の言葉を遮り、叱責した。「結城久を殺せば、結城家領軍に弔い合戦の口実を与えてしまうことになるというのが判らなかったのか!?」
「……」
その攘夷派将校は、恐懼したように口を閉ざした。
「……だが、殺してしまったものは仕方がない」嘆息一つ零して、公直は険しい声で続ける。「結城久を死なせてしまったことについては、決して口外するな。あくまで、この部屋に軟禁している体を装え。それと、八束いさな」
「何だ、我が主よ」
「この部屋に結界を張り、結城家の誰も入れないようにしておけ。無理に結界を破ろうとすれば、結城久に呪詛がかかるとでも脅しておけば、あえて部屋に踏み入れようとする者もいないだろう」
「ああ、了解だ」
幾分か興が冷めたような調子で、八束いさなは頷いた。
◇◇◇
一色公直は屋敷内に突入させた兵力を再集結させて皇都東側に移動させるべく命令を下したが、その命令は遅々として実行にされなかった。
「諸君らは未だ逆賊・結城景紀を討ち果たすという務めが残っている。さあ、行くぞ」
表向き結城久を捕えることに成功したことになっている突入部隊であったが、公直が彼らを鼓舞し逆賊・結城景紀との決戦に臨むように呼びかけても兵卒たちの反応は薄かった。
庭や建物の廊下に座り込んで、なかなか動き出そうとしない。しかし、だからといって公直の言葉に反抗している様子もない。彼らの顔には濃い疲労の色が浮かび、その瞳にはただ空虚な光が宿っているだけだった。
「……」
屋敷の部屋一つ一つを巡る攻防、どこから飛んでくるのか判らない銃弾、それら激しい戦闘を終えたことと蹶起して三日が経つというのに自分たちの正統性を証明する決定的な動きがないことで、下士卒たちは虚脱状態に陥ってしまったようであった。
時刻はすでに六時半を回っていた。
「ここにいる奴らは駄目だな」
結城久の遺体を安置した御用場を結界で封鎖し終えた八束いさなが公直の元に戻ってきて、そう言った。
「いくら発破をかけても、動きはせんよ。こういう顔の兵士たちは戦国時代にも見てきた。我が主も、戦場でこうした者たちを見ていると思うがね」
「……だが、我らはまだ負けたわけではない。結城景忠との和睦が成れば、結城景紀は逆賊として、謀反人として討伐される立場になる」
「この期に及んでまだ我が主は政治的正統性に拘っているのかい?」
八束いさなの声は冷ややかであった。
「いい加減、腹を括るときだよ。結城久は殺してしまった。今さら、手段に拘っていられる余裕はなかろうに」
「……」
自らに仕える術者からの厳しい指摘に、一色公直は表情を険しくする。
破壊された結城家皇都屋敷正門に、馬が飛び込んできたのはその時であった。
「伝令ー! 一色閣下はいずこにおられますか!?」
馬に乗る兵士が、そう叫ぶ。
「何か」
公直が応じると、その伝令兵は馬から飛び降りて敬礼した。
「はっ! 今暁〇六〇〇時過ぎ、皇都東側にて我が蹶起部隊に対し結城家領軍が総攻撃を開始した模様であります!」
「……屋敷の制圧に時間を取られすぎたか」
呻くように、公直はそう口にした。
「しかし、今まで何故それを報せなかった」
現在は〇六三〇時を過ぎている。明らかに報告が遅れていた。
「はい。突入部隊との呪術通信が繋がりませんでしたので、自分が伝令に参った次第です」
「してやられたな」
どこか愉悦を含んだ声で、八束いさなが指摘した。
「もしかしたら連中がこの屋敷を必死になって守ろうとしたこと自体、陽動の一環だったのかもしれんぞ」
「……」
公直は、思わず獣のような唸り声を上げてしまった。
「で、ここからどうするかね、我が主よ?」
戦国時代から生きるという女術者が、妖しい笑みを浮かべて公直に問いかけていた。




