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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十三章 相克の皇都編

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243 相棒との再会

 女子学士院で結界を張っている八重は、廊下の片隅で毛布にくるまって眠っていた。

 八重は自宅から学院に通っている生徒であり、寮に部屋がなかったのだ。他にも多くの自宅通いの生徒が、教室などで雑魚寝をしている。

 すでに学院に立て籠ってから三日目であり、生徒たちの疲労や精神的重圧も無視出来ないものとなりつつあった。

 特に昨日は葛葉冬花が市中を引き回される姿を見せられており、結城家や有馬家に属する生徒の中には自らの運命を悲観する者たちも出始めていた。惨めな姿で晒し者にされるくらいならば武家の娘らしく潔く自決しようと言い出す者たちまで現れ、教師や仲の良い生徒たちが必死に止めたために実際に自決してしまった生徒はいないものの、自決未遂はすでに何件か発生している。

 八重は結界の維持と共に、自決を試みた生徒たちを治癒し、呪術で強制的に眠らせるなどして教師たちと共に対応に当たらなければならなかった。そのため、彼女自身にも疲労が溜まっていたのである。

 義姉である冬花を見捨てたままの景紀に対する不満は胸の内で燻っているものの、それでも眠気には勝てなかった。

 そんな彼女の眠りを覚ましたのは、ここ二年ほどの間で慣れ親しんだ霊力の波を無意識的に感知したからであった。


「……鉄之介?」


 ぼんやりと目を開けて、毛布を床に落として立ち上がる。

 校舎の窓の外は、まだ夜の闇に包まれている。皇都の夜を照らすガス灯などの明かりも、この非常事態で市の職員たちが火を灯せなくなっているためか、まばらだった。

 八重の霊的な感覚は、確かに鉄之介の気配を捉えていた。

 その気配の出所を探っていると、翼龍の気配がそこに重なっていることに気付く。龍王の血を引く浦部家に生まれた八重は、ある程度翼龍を眷属のように操り、言うことを聞かせることが出来る。そして、動物である彼らの意識を何となくではあるが理解することも出来た。

 どうやら鉄之介の気配と重なっている翼龍は、かなり荒っぽい乗られ方をしているらしい。つまり、鉄之介が焦っているということだ。

 そして、二つの気配は徐々に近付いてくる。


「はっ? どういうことよ」


 八重は懐の内から、通信用の呪符を取り出す。


「ちょっと鉄之介! あんた、今どこにいんのよ!」


『ああ、八重か!』呪符の先の鉄之介の声は、若干の焦りを滲ませていた。『今、そっちに向かってる! お前と合流したいから、そっちの学院の校庭に降りるぞ!』


「はっ? うちの校庭? っていうかあんた、ちょっと翼龍に乱暴に乗りすぎよ! 振り落とされでもしたらどうすんのよ!」


『急いでそっち向かってんだ! しょうがねぇだろ!』


 乱暴な手綱捌きの所為で翼龍を御すのに苦労しているのか、鉄之介の声は相変わらず焦っていた。本当に、暴れ出した翼龍に背中から振り落とされかねない。


「もういいわよ! その翼龍、私の方で誘導するわ!」


 言い出すや否や、八重は窓枠に足を掛けて校庭に飛び降りていた。


『わりぃ! 頼む!』


「任せなさい!」


 八重の表情と声は、今までの不満が嘘のように溌剌として輝きに満ちていた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 結城家皇都屋敷に突入した蹶起部隊は、最初から苦戦を強いられていた。

 そもそも屋敷内部の構造を十分に把握していなかった上に、未だ夜明け前のために屋内がほとんど暗闇に閉ざされていたからだ。屋敷を守る結城家の者たちは角灯や行燈の火をすべて消して、蹶起部隊を待ち構えていた。

 建物内の通路には鈴を付けた糸を張り、それに引っ掛かった将兵たちが暗闇の中から銃撃されるなど、屋敷内の構造を把握し尽くしているが故の神出鬼没の戦法に悩まされていた(当然、蹶起部隊側が辺りを照らすために火を用いようとすれば、容赦なく暗闇から弾丸が飛んできた)。

 さらに突入部隊側にとって不利に働いたのは、屋敷内に葛葉冬花が仕掛けた呪術的な罠が張り巡らされていたことであった。建物内ではなく庭などを突っ切ろうとすれば地面が泥沼と化して動きを封じられ、屋敷内では方向感覚を狂わせる術式のために複数の部隊が同じ場所を延々と回り続けることになった。結界内部に閉じ込められて身動きが出来なくなった部隊も出現している。

 また、屋敷内に呪術通信を妨害するための霊力波が放たれているらしく、突入部隊同士の通信はおろか外部との通信も完全に遮断されていた。


「流石に屋敷に突入したすべての者たちの面倒は見切れんぞ」


 屋敷内に式を飛ばして呪術的な罠を解除しつつ、八束いさなはぼやくように言った。


「いっそもう、屋敷に火を掛けてしまえばいいと思うのだがね?」


「それで皇都に大火を引き起こしたら、我らの正統性が揺らぐ。貴様が延焼させないための結界を敷地に張れるのならば考えてもいいが、結城家の側にも術者はいる。火攻めにしようとすれば必ず妨害してくるだろう」


 一色公直は、八束いさなの進言に否定的に答えた。


「ならば結城家の人間が自ら屋敷に火を放って自害した、とでも喧伝すればいいじゃないか。我が主は、どこかでまだ甘さを残しているようだな」


「……結城久の身柄さえ抑えてしまえば、それでいい」


 一瞬の逡巡の後、公直はそう答えた。どちらにせよ、蹶起部隊の一部が消火に駆り出されることになってしまえば、それだけ結城景紀に対抗出来る戦力が引き抜かれることになってしまう。

 屋敷に火を放つのが効果的な戦術であると認めつつも、公直はそれを決断するには至らなかった。


「結城久の居場所は、まだ判らんのか?」


 彼は、焦れるように八束いさなに尋ねる。


「今探っているところだよ」


 小柄な少女の姿をした術者は、式を操りつつ応じた。

 彼女と一色公直、そして公直の護衛を務める一色家家臣の侍衛官、蹶起部隊の将兵など十名弱の集団だけが、八束いさなの先導によって屋敷内で迷うことなく奥へと進めていた。


  ◇◇◇


 結城家皇都屋敷の一角は、呻き声と血の臭いに満ちていた。


「包帯が足りんぞ! 布団でも着物でもいいから、とにかく布をかき集めてこい!」


「おい、消毒液をもっと持ってこい!」


 臨時の野戦病院と化した屋敷の一角では、負傷した警備掛の者たちが戸板などに乗せられて次々と運び込まれていた。


「若菜殿、こちらの重傷者に治癒の術式を!」


 このような事態を想定していなかったために医薬品の数は不足しており、また人手も十分と言えなかった。結城家家臣である医師たちだけでは負傷者の対応が出来ず、そのために葛葉若菜も主に重傷者に対する治癒に駆り出されることになっていた。

 結城家皇都屋敷は今や、皇都内乱における激戦地の一つになりつつあったのである。






「一部の敵兵は足止めが出来ておりますが、やはり、多勢に無勢では如何ともし難い面がございます」


 一方、臨時の防衛指揮所が置かれることになった御用場では、警備隊長が久へと苦しい口調で報告していた。

 葛葉冬花の仕掛けた呪術的な罠、そして屋敷の構造を把握している警備掛の者たちの奮戦、葛葉若菜による通信妨害などで想定していたよりも結城家側は善戦していたものの、やはり一〇〇対一〇〇〇という数の差の前に、じりじりと屋敷の奥へと押し込められつつあった。

 戦死者だけでなく、負傷者の増大が結城家皇都屋敷警備掛から急速に戦力を失わせていたのである。負傷者を運ぶために複数人が持ち場を離れねばならず、ただでさえ少ない人数をさらに減らすことになっていたのだ。

 さらに、一色家の術者によって呪術的な罠の一部が解除されてしまったことも、結城家側にとって痛手となった。

 一部の敵兵はなおも呪術的な罠に捕らわれて足止めされているが、それでも相応の数の敵兵が屋敷の奥へと侵入しつつあったのである。

 結界と正門が破壊されて屋敷に敵兵が侵入してきてからすでに一時間以上。

 戦力を逐次投入して制圧までに時間をかけてしまった有馬家皇都屋敷と異なり、蹶起部隊側が最初から牢人集団も含めて大隊規模の戦力が突入してきたことで、結城家側の対応に限界が生じ始めていた。


  ◇◇◇


 広間を突っ切ろうとしたところで、公直たちは銃撃を受けた。

 公直を護衛する侍衛官の一人が銃弾を受けてひっくり返り、残りの者たちは咄嗟に壁や調度品の影に隠れる。

 公直は壁からかすかに身を出し、先ほど発砲炎の見えた方向に拳銃を乱射する。応射がすぐに返ってきて、彼は即座に壁の影に身を隠した。

 銃弾が木にめり込む音がする。

 兵士たちも、三十年式歩兵銃を暗闇の中に撃ち込んだ。

 公直は拳銃から軍刀に持ち変えると、兵士たちの援護射撃の下に壁から飛び出した。先ほど拳銃を発砲した方向にあった調度品の影に、何人かの結城家の者が潜んでいた。

 その一人を袈裟に斬り、もう一人の腹部に軍刀を突き刺して捻る。絶叫を上げる相手を無視するようにその腹を蹴って軍刀を抜く。

 彼の侍衛官たちもまた、主君と同じように突撃して結城家の者たちを仕留めていた。


「屋敷を制圧するまであとわずかだ! 怯まず進め!」


 六家当主自らが敵兵に斬り込んだことに、蹶起部隊の将兵たちも勇気付けられたようであった。公直がそう鼓舞すれば、彼らは迷いのない動きでこの六家当主の後に続いた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 未明の女子学士院の校庭に、一騎の翼龍が滑らかな動きで着陸した。


「鉄之介!」


 翼龍を無事に誘導した八重は、陰陽師の少年に駆け寄った。


「……八重、助かった」


 翼龍の鞍から降りつつ、鉄之介は若干固い声で安堵の言葉を吐いた。荒っぽい乗り方で翼龍の背から振り落とされないかと、今まで緊張していた所為だった。だが、そのお陰で予想よりも早く皇都に乗り込むことが出来た。


「この子、当分は疲れて飛べなさそうね」


 鉄之介が乗ってきた翼龍の顔を覗き込みながら、八重が言う。


「翼龍に乗れないとなると、このまま反乱軍が占拠している中を突っ切って若様に合流する?」


「いや、その前にうちの屋敷に向かった方が良さそうだ」


「結城家の屋敷?」


「ああ」


 鉄之介は固い声で言った。


「さっき上から見たが、どうもうちの屋敷のある辺りで戦闘が始まっているらしい」


「じゃあ、久様が危ないってこと?」


「多分、な」


 結城家皇都屋敷で戦闘が始まっているということは、鉄之介の母・若菜の張った結界が破られたということだ。つまり、相手側には高位術者がいる可能性が高い。

 となれば、屋敷内に冬花が仕掛けた呪術的な罠も、どこまで蹶起部隊の突入を防ぎきれるか判らない。


「じゃあ、行きましょう」


 一瞬の躊躇も見せず、八重は明瞭な口調で言った。


「急いで久様を救い出して、その後私たちは若様に合流するのよ」


「ああ、お前と一緒なら何とかなるような気がしてきた」


 姉よりも術者として未熟な自分に伊丹・一色陣営の高位術者と渡り合えるのかという鉄之介の不安は、八重の言葉を聞いて霧散していった。いつもは術者として張り合ってばかりだが、こういう時に共に戦ってくれる相棒の存在は心強かった。


「じゃあ、行くぞ」


「ええ、行きましょう」


 陰陽師の少年と少女は、互いににやりとした笑みを浮かべ合った。

 ようやく二人は、互いが側にいるという状況に戻れたのだった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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