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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十三章 相克の皇都編

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242 結城家皇都屋敷討ち入り

 一色公直が直接指揮しての結城家皇都屋敷制圧作戦は、歩兵第三連隊の一個大隊(四個中隊)、そして牢人集団を用いて行われた。

 有馬家皇都屋敷への襲撃では、歩兵三個中隊を逐次投入してようやく屋敷の制圧に成功していた。つまり公直は有馬家皇都屋敷襲撃時の失敗の戦訓を活かし、最初から大隊規模の兵力を投入することにしたのである。ここに牢人集団が加わったことで、兵力的には一〇〇〇を超える規模のものを用意出来た。

 しかし正直なところ、これだけの兵力を結城家皇都屋敷に集結させるだけでも、蹶起部隊にとっては大きな負担であった。

 確かに兵力を皇都東側に集結させるとは言ったものの、それ以外にも蹶起部隊は皇都中心部を占拠するために必要な兵力を各地に割かなければならないという事情があった。兵学寮、学士院、女子学士院を包囲して諸侯や公家の子女たちを人質に取り、官庁街を占拠し、さらには皇都市民たちの外出を制限し部隊の円滑な移動を可能とするために主要な交差点を封鎖していなければならなかったのである。

 そのために割かれる兵力は相応の数に上り、牢人集団を加えても一万五〇〇〇に満たない蹶起部隊にとって一個大隊が結城家皇都屋敷の制圧に投入されるというのは、不足しがちな蹶起部隊の兵力をさらに不足させる要因にもなっていた。

 しかし、そうした事情を考慮しても、一色公直は結城家皇都屋敷の制圧を目指さざるを得なかった。

 兵力を皇都東側に集結させたとしても、結城家皇都屋敷を拠点として結城家領軍が空挺降下を敢行すれば、蹶起部隊は東西から挟撃されてしまう。その危険性を排除し、後顧の憂いなく結城景紀と対峙するためにも、結城家皇都屋敷の制圧は急務であると公直は考えていた。

 彼の武人としての美学に反するのを承知で、制圧作戦に八束いさなを参加させたのものそのためであった。

 皮肉なことに、これまで高位術者を戦場に投入してきた景紀がそれをせず、そうした戦術を唾棄してきた公直の方がそれを実施しようとしているという状況に陥っていたのである。

 もちろん、景紀は冬花を失っており、公直は結界で守られた屋敷を制圧しなければならないという事情があったにせよ、この運命の皮肉ともいうべき事態に公直は忸怩たる思いを禁じ得なかった。


「我が主よ、こう言っては何だがね」


 結界を破壊するための呪符を飛ばしながら、八束いさなは言った。


「兵力を皇都東側に集結させたいがためにこの屋敷をとっとと制圧したいのは判るが、いっそ何もかも切り捨てて兵力は宮城に引き入れてしまうべきじゃないかい?」


「それが出来ぬ理由を、私たちなどよりもよほど長く生きている貴様は判っていると思うが?」


 公直も、実質的な蹶起の指導者となっている伊丹正信も、部隊を宮城に入れることは自らの正統性を損なうものだとして未だ否定的であった。宮城が占拠され、皇主が軟禁されているような状況下で出された詔勅では、諸侯たちは従わないと考えていたのである。


「我が主たちよりもよほど長く生きている私だからこそ、言っているのさ。老婆心ながら、ね」


 刀印を結んで結城家皇都屋敷を見据えたまま、八束いさなは続ける。


「賊徒から陛下をお守りするとか何とか、宮城に兵を引き入れる理由はいくらでも付けられる。要は、言い方の問題なのさ。我が主がその動向を警戒している結城景紀とやらも、皇主陛下を反乱軍からお救いするとか何とか言って、宮城突入を目指すに違いないぞ」


「……」


 自分たちを反乱軍呼ばわりされて、一色公直の顔に不愉快な感情の色が走る。だが、それに構わず八束いさなは続けた。


「宮城に入って玉体を抑えてしまえばいい。そうなれば、結城景紀も容易に我々に手出し出来ないだろうよ」


「陛下を、人質に取れと言うのか?」


 あまりの言い方に、流石に公直の声が険しくなる。


「有り体に言ってしまえば、ね。私を戦場に投入するだけの思い切りの良さを見せた我が主が、何故その点になると途端に柔軟性を失ってしまうのか、私としては疑問だよ。尊皇的な思考回路も結構だがね、権力を握りたいのならば時にはなりふり構わない考えも必要さ」


「……それは、戦国時代から生きている貴様の経験からくるものか?」


「そうだね。最近の武士たちは、仁政理論やら大義名分論やらに拘り過ぎだよ。六家体制の成立で戦国時代に比べれば国内が比較的安定しているからか、あの頃の武将たちに比べていささか腑抜けているというのが、私の率直な感想だな」


 八束いさなという高位術者が、家臣として扱いづらい理由はここにあった。彼女は二〇〇年以上前の戦国時代から、不老長寿の体を得て今と変わらぬ姿のまま生きているという。だから、時代に対する価値観が今を生きる者たちと噛み合わない時があるし、長く生きているが故に刺激を求めがちなのだ。

 今回の蹶起に関しても、どこか状況を楽しんでいるような気配も見受けられたし、何より主君であるはずの公直に対して遠慮のない指摘をしてくる。

 そうした厄介な臣下を御せてこそ将家の当主なのだろうと公直は納得してはいたが、やはり自身の当主としての未熟さを指摘されては良い気分にはならない。


「まあ、私はあくまでも一老婆だ。若い連中が己の道を貫きたいというのならば、止める立場にはありはせんよ」


 そう言って、八束いさなは大きく柏手を打った。


「……ふむ、やはりなかなか硬いな」


 公直には見えない霊的な障壁を、この術者は見据えているようだった。


「だがまあ、そうでなくては面白くない」


 にぃと笑った小柄な女術者は、さらに多くの呪符を袖から取り出したのだった。


  ◇◇◇


「お方様、結界の維持ももうそろそろ限界に近付いております」


 屋敷の中では、結界を維持している葛葉若菜が唇を噛みながら久に報告していた。


「そうですか。向こうの術者も、なかなかやるようですね」


 だが、久は普段通りのどこかおっとりとした口調で応じるだけであった。


「戦えない者たちは、すべて奥御殿に集めてありますか?」


 久は、若菜と共に報告に来ていた家令長、そして屋敷の警備隊長に問うた。


「はい、それ以外の者は皆武器を持ち、御台所様をお守りする所存です」


 警備隊長の声には緊張の籠った硬さがあった。屋敷を包囲している反乱軍の兵力は一〇〇〇人規模であり、警備掛側の人員の方が圧倒的に少ないのだ。徴兵経験のある奉公人の男性や武術の心得がある士族の女性など、警備掛以外の者たちも総動員したものの、その人員はようやく一〇〇名を超えたいった程度であった。

 その上、警備掛の者たちの一部は脱出した者たちの護衛として共に河越に向かった者たちも多く、万全の状態とは言えない。

 屋敷には他に二〇〇名近い非戦闘員が残されており、一〇〇〇人規模の反乱軍から彼らを守らねばならなかったのである。

 葛葉冬花が屋敷を脱出する前、呪術的な罠を屋敷内の各所に施したというが、相手側に高位術者がいる状況でどこまで有効かは判らなかった。

 そうした状況を前にして、久は少し困ったように眉を寄せて言った。


「私を守って下さるのは有り難いのですが、だからといって戦えない女性や子供たちを見捨てたとあっては、結城家の名折れです。私よりも、他の者たちを優先して下さい」


「しかし、私は若様よりお方様のことを……」


「景紀ならば、この母の気持ちを判ってくれるでしょう。宜しいですね?」


 警備隊長の言葉を遮り、久は念を押すように命じた。それで、警備隊長も平伏せざるを得なかった。


「……承知いたしました」


「お願いいたします。それと若菜」


「はい」


「万が一の場合に備えて、術者であるあなたにお願いしたいことがあるのですけれども、いいかしら?」


「はい、私に出来ることでしたら、何なりと」


 だが若菜は、そのように答えてしまったことを直後に後悔することになる。彼女は、この非常事態の中で久が発揮しつつあった将家の女性としての覚悟を甘く見ていたのである。


  ◇◇◇


 術者であるからこそ感じられる、硝子を粉々に砕くような感覚が八束いさなに伝わってきた。


「これで、結界はひとまず破壊したぞ。再構築される前に、早く突入させるべきだな」


 彼女は相応に霊力を消耗していたが、かといって術者としての能力が大幅に低下するようなほどでもない。結城家皇都屋敷の結界を維持していた術者は多少、歯ごたえのある相手ではあったが、所詮はその程度の相手であった。


「もう一つ、おまけをしてやろう」


 そう言って八束いさなは袖から一枚の呪符を重厚な造りの結城家皇都屋敷正門に投げつけた。分厚い木造の扉に貼り付いた途端、爆発が起きる。

 呪符に、爆裂術式が仕込まれていたのだ。

 呆気なく吹き飛ばされた扉から、屋敷内部の建物が覗いている。


「突入!」


 彼女の主君である一色公直が、軍刀を振り下ろして叫んだ。

 破壊された門扉から最初に突入しようとしたのは、牢人集団であった。彼らはこの擾乱の中で手柄を上げて、伊丹・一色家に仕官することを目論んでいる者たちである。

 そして、仮に結城景紀が蹶起部隊を破り皇都を掌握してしまえば、真っ先に弾圧されるだろう者たちでもある。それだけに、彼らも必死であった。

 我が主もなかなかえげつないことをする、と八束いさなは思った。

 敵が屋敷内でどう待ち伏せしているか判らない。だから、最初に突入する部隊には危険が伴うだろう。だからこそ、一色公直は消耗しても惜しくない兵力を最初に突入させたわけである。

 もともと自分たちの統制の及ばない急進攘夷派浪士に不快感を示していた公直である。ここで手柄を立てさせるという名目で、統制のとりにくい牢人集団を始末してしまうつもりなのだ。

 屋敷内から爆発音が響いたのは、その直後であった。


「何事だ!?」


 今突入したばかりの牢人集団が、いきなり吹き飛ばされたのだ。公直が、そう怒鳴ってしまうのも無理はない。


「庭に爆裂術式を仕込んでいたな」


 だが、八束いさなは爆発の原因が判っていた。


「我が主よ、これは少し厄介かもしれんぞ」そう言いつつも、長い時を生きる女術者の声には面白がるような響きがあった。「どうやら連中、屋敷内に呪術的な罠を仕掛けていたようだ」


「ふん、結城景紀が考えそうな小細工だな」


 そう言いつつも、公直の声には忌々しさが混じっていた。結界を破壊して一個大隊規模の兵力で一挙に制圧するという目論見が、早くも崩れ始めていたからだろう。


「怯むな!」


 とはいえ、流石に若くして六家当主の座を継いだ男であった。動揺と苛立ちを表面的にでも押さえ込むと、周囲の者たちを鼓舞するように叫んだのである。


「所詮は逆賊どもの悪あがきに過ぎん! 一挙に屋敷を制圧し、返す刀で結城景紀の賊軍を討伐するのだ!」


 だが、蹶起部隊の下士卒たちの反応はいささか鈍かった。最初に突入した牢人集団を全滅させた爆発を見せられた所為もあるのだろうが、蹶起の趣意を完全には理解出来ないままに上官に従い続けていることが、彼らの戸惑いを生んでいるのだろう。

 そうした下士卒たちの士気の低下は、蹶起三日目という時間の経過もあり、六家当主が最前線で彼らを鼓舞するだけではどうにもならない状態にまでなっていたのだ。


「貴様ら、それでも栄えある皇国陸軍の兵士か!?」


 公直は、突入に足踏みする兵卒たちを一喝した。そして、自らは結城家皇都屋敷の正門へ向けて一歩、踏み出した。


「我はと思わん者どもは、私に続き陛下の御宸襟を悩ます逆賊どもを殲滅せよ!」


 六家当主であり陸軍大将でもある人間が突入の先頭に立とうとしているのである。これには流石に蹶起部隊の将兵たちも奮い立ったようであった。


「まったく、今代の我が主も困ったものだね」


 そうして蹶起部隊の先頭に立って屋敷へと突入しようとしている主君に、八束いさなは好意的な苦笑を漏らす。総大将自ら前線に立つとは、まだまだ将家の中には戦国武将の遺風を受け継ぐ精神が残っているらしい。


「では私は六家に仕える術者らしく、主君を呪術的な罠から守護するとしようか」


 とん、と跳躍した八束いさなは正門の屋根の上に降り立ち、袖から取り出した無数の呪符を結城家皇都屋敷に向けて放ったのだった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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