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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十三章 相克の皇都編

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241 集結の皇都

 後世、皇暦八三六年十月に発生した秋津皇国での内乱は、同時代に発生したマフムート朝とその同盟諸国対ルーシー帝国との戦争である「クリメリア戦争」、ヴィンランド合衆国の内戦である「南北戦争」と合せて、近代戦の萌芽的要素を持った戦いであったとされる。

 機関銃の祖ともいえる多銃身砲の威力についてはその前の対斉戦役でも発揮されてはいたが、皇国の内乱ではさらに市街地への空襲(意図したものではなかったにせよ)とそれに伴う本格的な対空戦闘、急造ではあったが装甲列車の出現など、近代の戦争になって現れる要素がいくつも登場していた。

 もちろん、結城景紀や穂積貴通、伊丹正信や一色公直など内乱の当事者たちはそのような革新性についての自覚は乏しかった。彼らはただ、与えられた装備や置かれた状況に応じて、敵対する陣営を打倒しようとしていただけなのである。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 景紀が“装甲列車”を用いての反乱軍側防衛線の突破を図ろうとしたのは、反乱軍側が路線を一切破壊していたなかったためであった。

 周囲より高くなっている鉄道築堤上には兵士を配置しているのだが、どういうわけか線路の取り外しや破壊を行っていなかったのである。

 恐らく、蹶起部隊としての正統性にこだわった結果、無闇に皇都の建物や施設を破壊することを厭った結果だろう。少なくとも、純軍事的に考えれば結城家領から一気に皇都中心部に迫ることの出来る鉄道路線は、反乱軍側が真っ先に破壊しておくべきものであった。

 しかし、伊丹・一色陣営がそれをしなかったということは、やはり自分たちの“義挙”で皇都を破壊しては正統性が保てず、また蹶起部隊下士卒の士気も維持出来ないと考えたからだろう(あるいは単に、第一師団麾下の第一工兵大隊が反乱軍側に参加しなかったからかもしれないが)。

 そしてその点を、景紀は突くことにしたのである。


「よし、それじゃあ発車するぞ!」


 当初、結城家領軍の工兵隊が報告していた〇七〇〇時よりも一時間早い〇六〇〇時、改造作業と兵員、弾薬の積み込みが完了した急造の“装甲列車”は、田隅操車場からゆっくりと動き出した。

 景紀や貴通の乗る機関車後方の客車・無蓋貨車には、宮崎茂治郎大佐を指揮官とする独立歩兵第一連隊から選抜された将兵が乗り込んでいる。


「若様、島田閣下の部隊も我々に呼応して総攻撃を開始した模様です!」


 景紀の側に控えていた呪術通信兵が報告する。彼は独立混成第一旅団の司令部に配属されていたために、景紀や貴通とも顔見知りであった。

 そしてこの列車に乗る将兵のほとんどが、かつて景紀の指揮で戦った独立混成第一旅団の将兵で占められていた。

 反乱軍の防衛線突破は、もちろん景紀たちの乗る装甲列車単独で行うわけではない。残りの歩兵部隊や砲兵部隊、そして騎兵部隊を騎兵第一旅団の島田富造少将の指揮下に預け、秋津橋を起点とする中山道・東海道の大街道沿いに張られた反乱軍の防衛線に攻撃を仕掛ける他、結城家領内から徴発した川蒸気を使った舟艇機動により運河を突破して皇都中央駅を目指す部隊も存在する。

 こちらの舟艇部隊は、本人からの強い要望もあって結城家有力分家の嫡男・小山朝康少佐が率いている。

 これら三部隊の連携によって景紀は反乱軍が街道に沿って敷いた防衛線の突破を目指していたのである。

 景紀たちの乗る急造装甲列車は、徐々に速度を上げながら線路を南下していく。皇都の白み始めた空に、石炭の黒煙が力強くたなびいていた。

 景紀は、最悪、この列車が皇都中央駅まで辿り着けずに途中の反乱軍陣地で擱座してしまっても構わないと考えている。少なくとも、擱座しても列車を橋頭堡として敵防衛線の後方に兵力を送り込むことが可能となるからだ。


「……」


 ただ、そうは考えていても景紀の表情は硬かった。

 結局のところ、領軍の士気を考えると装甲列車の擱座は、将兵の士気を低下させる要因に十分なり得たからである。景紀の手元にある将兵は、当主・景忠からの命令を無視し、皇軍相撃、逆賊となるかもしれないという葛藤の中で、景紀に付いていくことを決意した者たちなのだ。

 そんな彼らの決意が揺らぐような状況には、陥るわけにはいかなかった。

 列車が走り出してしまったからこその内心の不安が、景紀の胸の内で鎌首をもたげ始めていた。


「……景くん」


 そんな剣呑な表情の景紀を見かねたのか、貴通がそっと軍服の袖を引っ張った。


「指揮官がそんな思い詰めた顔をしていては、いけませんよ」


 男装の少女は、そっと景紀に微笑みかけた。その表情に、景紀もどこか肩の荷が軽くなったような気がした。


「ああ、そうだな」


 それでようやく、景紀も強ばった表情を緩めることが出来たのだった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 そのようにして景紀たち結城家領軍が蹶起部隊に対する総攻撃を開始したのであるが、皇暦八三六年十月十九日、先に行動を開始していたのは蹶起部隊の側であった。

 実はこの時、蹶起部隊の兵力を皇都東側に集結させて未だ結城景紀に従い続ける結城家領軍に対抗するという一色公直の作戦計画に、一つの問題が生じていたのである。

 彼は当初、結城景忠の進撃停止命令によって混乱状態に陥った第二師団を、これ以上警戒する必要はないとして皇都西側にあった蹶起部隊の兵力を皇都東側の部隊に合流させる肚でいた。河越方面から南下していた結城家領軍たる第二師団は、蹶起部隊の占拠地域に接近する前に、進撃を停止していたからである。

 しかしここで問題となったのは、屋敷を明け渡すようにという使者を送りながら、結城久がそれを拒んだことであった。

 屋敷は結城家側の呪術師の張った結界に守られており、蹶起部隊や伊丹・一色陣営に付いた牢人集団は未だ屋敷へ踏み込むことに成功していない。

 結城景忠、そして結城景紀に対する人質として、結城久の身柄を確保することは重要であった。結城景紀が蹶起部隊による武装解除要求を拒絶した以上、その必要性は蹶起当初よりも切実だったのである。

 また、結城家領軍中、他にも結城景紀の側に付いて当主の命令を無視する部隊が現れた場合、この結城家皇都屋敷は龍兵降下の格好の拠点となってしまう。

 一色公直は依然として対斉戦役中、結城景紀が紫禁城で見せた空挺降下作戦を奇策として評価しようとしていなかったが、それでもそうした戦術の厄介さは理解していた。

 だからこそ、一色公直は結城家皇都屋敷をそのままに放置しておくことが出来なかった。急ぎ結城家皇都屋敷を制圧し、その兵力を皇都東側に振り向けねばならなかったのである。

彼は自身が前線に出て蹶起部隊将兵を鼓舞すると伊丹正信に宣言した通り、自ら結城家皇都屋敷制圧の指揮をとるつもりであった。

 皇暦八三六年十月十九日、景紀たちによる総攻撃が開始される二時間ほど前、まだ空が夜の闇に染まっていた時刻に、蹶起部隊による結城家皇都屋敷の完全包囲は完了した。


「八束いさな、貴様の出番だ」


 公直自身はあまり乗り気ではなかったが、彼は自家に仕える高位術者である八束いさなを呼び寄せた。


「まったく、通信妨害に御霊部の連中への牽制、妖狐の娘の尋問に続いて、今度はこの結界を破れというのか。今代の当主様もなかなか人使いが荒いようだ」


 主家当主である公直に対して、小柄な少女の姿をした女術者は飄々とした口調で応じた。


「我々は急ぎ皇都東側に兵力を集結させねばならん。そのためにも、早急に結城家皇都屋敷を落とす必要がある。呪術に力に頼る形での攻略は、私としては業腹ではあるがな」


「我が主よ、それは一言余計というものだね」


 自身を戦場に投入することに未だ否定的な主君に対して、八束いさなは子供の冗談でも聞かされたようにくすりと笑った。


「だがまあ、己の武人としての美学に固執し過ぎずに私に頼るその姿勢は評価しよう」


 明らかに自分を若輩者扱いする呪術師の家臣に対し、公直はかすかに不愉快そうな表情を見せたが、咎める言葉を口に出すことはなかった。この幼い少女の姿をした女術者が、家臣として扱いづらい性格をしていることなど、最初から判っていたことだからだ。


「では、我が主の期待に応えるとしようか」


 両の袖から呪符を取り出した八束いさなは、結城家皇都屋敷を守る結界を前にして、不敵に笑うのだった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 結城宵が、当主であった結城景忠を隠居に追いやり、次期当主・景紀不在の河越の全権を掌握出来たのは、彼女が家臣団の景忠公への不満を上手く利用したことの他に、いくつかの要因が重なったことが大きかった。

 確かに、宵は対斉戦役で景紀が不在の間、次期当主正室として当主正室の久に代わり、景忠公と重臣を中心とする家臣団との間で調整役のような役割を果たしていた。そのことに加えて南瀛(なんえい)諸島、新海諸島の植民地利権を結城家が得る契機を作ったことから、特に家臣団内の南進論者からの支持を受けることに成功していた。

 しかし、それだけで十七の少女が六家の一つである結城家という巨大な武士の社会集団を掌握出来たわけではない。少なくとも、彼女の夫である景紀ならばともかく、後継者たる男児も産んでいない次期当主正室が結城家の権力を掌握するというのは、皇国の歴史を見てもほとんど例のないことであった(後継者の母として将家の権力を握った例ならば、いくつかある)。

 これは、内乱という非常事態において結城家内部で強力な指導者を求める心理が働いていたこと、宵自身に政治的後ろ盾がまったくないこと、そして彼女が景紀の子を身籠もっていたことの三つが、大きく影響していた。

 まず、景忠公に対する家臣団、特に重臣勢力の不満は、景忠公が伊丹・一色両公との和睦を決意した時点でほとんど頂点にまで高まっていた。

 家臣団にとって主家の衰退は自分たちの困窮にも繋がる重大な問題であった。ここで伊丹・一色両公に屈服するということは、六家としての既得権益を失い、結城家が一諸侯に転落してしまうのではないかという危機感を、家臣たちは抱いたのである。病から復帰して以降、景忠公の伊丹・一色両公に対する態度が弱腰ではないかという、かねてから一部の家臣団が抱いていた不満が、ここにきて爆発した形となったといえよう。だからこそ、彼らは伊丹・一色陣営から結城家の既得権益を守り抜くだけの気概を持つ指導者を希求した。

 その上で彼らが宵を支持したのは、彼女に政治的な後ろ盾がまったくないことが大きかった。本来であれば正室の立場を保証すると共に婚姻を通して介入を目論むだろう正室の実家、宵の場合で言えば佐薙家が、この時点で完全に没落していたことで、宵に権力を与えることで佐薙家に結城家が乗っ取られるという危険性がなかったのである。

 それと同時に、彼女の立場を保証する唯一の存在である景紀不在の状況で、自らが新たに御台所となった宵の後ろ盾となることで結城家における自身の立場を強化しようと野心を抱く者は、当然のことながら一定数、存在していた。

 そして、宵が景紀の子を身籠もっていたことも、そうした野心を抱く者たちが宵を支持する要因となった。未だ生まれてくるであろう子が男児か女児かは判らなかったが、ここで宵姫の覚えがめでたくなれば、生まれてくる子の養育掛などに任命されるかもしれない。そうなれば結城家中枢に自身の影響力を及ぼすことが出来、特にその子が男児であった場合は結城家の後継者にまで自身の影響を及ぼすことが出来るのだ。

 宵が景紀不在の結城家で実権を握るということは、既得権益を守りたい者、結城家内での地位を上昇させたいと野心を覗かせる者、双方にとって利点があったのである。当然、彼らと宵との利害関係も一致していた。

 だからこそ、宵は景忠公を隠居に追いやり、河越での全権を掌握することに成功したのである。

 そして宵は、そうした自身を取り巻く家臣団のどろどろとした思惑を理解していた。理解した上で、主君押込を決行したのである。






 家臣団に自身が河越の全権を掌握すると布告してから数時間、宵の姿は再び河越城中曲輪の電信局内部にあった。

 電信や呪術通信を使い、宵は自身が“新当主”景紀に代わって河越での采配を取り仕切ると領内各地に伝達していた。伊丹・一色陣営との屈辱的な和睦を結ぼうとしていた景忠公は宵からの根気強い説得を受けて翻意、家督を景紀に譲り隠居すると宣言した、という筋書きを各知事などに送っていたのである。

 もちろん、この非常時での当主交代という事態に、河越で何があったのかを薄々勘付いている知事たちはいるだろう。しかし、彼らは既成事実を追認することしか出来ない。

 特に下鞍国知事で結城家有力分家である小山子爵家当主・朝綱は、嫡男・朝康が景紀と行動を共にしている。自らの嫡男が逆賊とされないためにも、伊丹・一色陣営との対決姿勢を明確にしている宵を支持せざるを得なかった。

 有力分家の当主が宵による河越での政変を追認してしまった以上、その他領国の知事たちもそれに追従するしかない。


「宵姫様、総野国知事より、このような報せが」


 電信局員の一人が、宵に一枚の紙片を渡した。それを一読して、宵は微かに口元に笑みの形を作る。


「流石、景紀様です。領軍将兵だけでなく、領民の士気までもを高めようとするとは」


 総野国知事からの電報は、領内で景紀、貴通、朝康連名の檄文が出回っていることを報せるものであった。その内容は、伊丹・一色両公の非を鳴らし、そのような相手と和睦しようとした父を阻止してその名誉を守るためにも、自分たちは戦い抜くという決意を示し、結城家領内からの支援を継続するよう呼びかけるものであった。


「領内からの支援は引き続き継続を。総野国だけでなく、領内の各知事にも徹底させるように」


「はっ、承知いたしました」


 宵の復帰により、電信局での通信の処理速度は格段に速くなっていた。最高決定権者である人間が本丸にいては、やはり距離の関係から受信から返信までの時間が長くなってしまうのである。それが伊丹・一色陣営との対決に及び腰となっていた景忠公であれば、なおさらであった。


「姫様、今いいか?」


 そう言って宵のいる局長室に入ってきたのは、鉄之介であった。


「親父は一応、今回の件に納得してくれたようだ。まあ、不承不承じゃああったがな」


「そうですか。お父君の説得、ご苦労でした」


 宵がそう言えば、鉄之介は何とも苦い顔をする。彼は宵による主君押込に参加し、さらには自身の父親に自分がそうした行為に加担したこととその結果を納得させねばならなかったのである。

 ただ、鉄之介としても景忠公の決断に不満を持っていたことも確かであった。彼としては、姉が景紀のために犠牲になった以上、どうしても伊丹・一色陣営に景紀が勝利を収めてもらわなければ、気が済まなかったのである。

 ただし、だからといって積極的に現当主・景忠を裏切ることが出来るのかといえば、宵と違いそこまで割り切った考えは出来なかった。


「では、この場の呪術防御は英市郎殿に任せることにしましょう。鉄之介殿、あなたはすぐに皇都に飛んで八重さんと合流して下さい」


 宵からのその言葉に、鉄之介がはっとなる。どうやら、宵からそのような命令が下されるとは思っていなかったらしい。

 鉄之介が河越に残っていたのは、景紀が河越城に翼龍で敵側の高位術者が乗り込んでくるのではないかと警戒していたのもあるが、実父である景忠に不信感を抱いていたため宵の側に信頼出来る人間を残しておきたかったということが大きい。

 そして景忠公を廃し宵が河越の全権を掌握した今、鉄之介が河越に留まっている意味も小さくなった。

 だからこそ、宵はそのように命じたのである。


「城内の馬場に、すでに翼龍を一騎、用意させています」


 宵の声には普段のような淡々とした響きはなく、どこか鉄之介を気遣うような色が混じっていた。彼女なりに、自分に付き合せて汚れ役をさせてしまった鉄之介に対して申し訳なさを抱いているのだ。


「どうか、景紀様をよろしくお願いします」


「ああ、任せろ」


 将家の姫としてではなく、殿方を思慕する一人の少女として発せられた言葉に、鉄之介は力強く頷くのだった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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