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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第二章 シキガミの少女と北国の姫編

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26 それぞれの反応

 結城家と佐薙家による嶺州鉄道建設請負契約の合意は、両当主(景紀は代理だが)によって逓信省に報告された。細目協定の取り決めはまだこれからであるが、ひとまず、東北地方における鉄道敷設事業が進展を見せたことに、逓信省の鉄道関係者たちはほっと胸を撫でおろしたという。

 そして当然ながら、秘密契約ではなかったため、逓信省に契約内容が報告されたその日の内に、各諸侯は結城―佐薙協約の締結を知ることとなった。


  ◇◇◇


「この協約、貴殿はどう見る?」


 夜、皇都の一角にある高級料亭にて、伊丹正信と一色公直は会合を行っていた。


「中途半端な印象は受けますな」


 一色公直は、伊丹正信の問いにそう答えた。


「これでは、東北への影響力増大という目的が中途半端にしか達成出来ません」


 来年度予算を巡って対立している六家であるが、全諸侯を六家の完全なる統制下に置きたいという政治目的については、ある程度、一致している。

 そうした利害関係の交錯というのが、六家の厄介なところではあった。


「しかし、誰の入れ知恵かは判らんが、上手い手ではある」


 そう言いつつも、伊丹公の声に賞賛の響きはない。どちらかといえば、苦々しいものであった。


「結城家が無理に佐薙家の領国統治に介入すれば、東北の政情が乱れ、列侯会議での攻撃材料が出来ると思っていたのだがな。結城の若造は、当主代理となってまだ一年にも満たない。性急に成果を上げようとして、佐薙家との軋轢を強めるのではないかと思っていたが、中々慎重なようだ」


「先日の襲撃も失敗しましたし、また何か手を打つ必要があるのではないでしょうか?」


「……うむ」伊丹正信は眉根に皺を寄せたまま、腕を組んだ。「しかし、同じ手はそう何度も使えまい。しかも失敗した手だ」


「しかし、列侯会議の開会までもう時間がありません。早い内に国内の膿は出し切るべきです」一色公直の口調は強かった。「攘夷の邪魔となる者は排除し、国論を攘夷で統一せねばなりません」


「そういえば、佐薙伯も国内の振興のために予算を使うべきという立場の人間だったな」


「はい。ですので、いかに長尾家との対立があろうとも、列侯会議で連中が一時的に手を組む可能性もあります」


「やはり、連中の間に不和を生じさせるのが一番か」


「はい。例えば、佐薙伯を消し、それを長尾の手の者の仕業と見せかける。現状は、結城と佐薙が接近しているようなものです。それに反発する長尾家の凶行、という構図を描けないこともないでしょう」


「果たして、そこまで上手くいくものであろうか?」


 一色公直の計画に、伊丹正信は懐疑的であった。


「所詮、攘夷派の凶行と見られて終わりとなる可能性も否定出来んだろう。まあ、そうなればそうなったで、軟弱な論を唱える者たちへの牽制とはなろうが」


 伊丹公の顔は渋かった。


「それに、佐薙を消すとなれば、結城家を助けてやるようなものではないか。佐薙が消えれば、家臣団が多少は反発するだろうが、我ら六家の軍事力の前には敵うまい。そして、東北への統制強化を達成出来る。それはそれで良いのだろうが、面白くはない」


 伊丹正信は、攘夷論による挙国一致体制を目指している。

 しかしその挙国一致体制とは、決して中央集権体制的なものではなく、自分たち攘夷派が政治的中枢を占めるという意味であった。

 結城家を始めとする惰弱な連中に、政治を任せるわけにはいかないのだ。その意味では、結城家によって東北への統制強化が達成されるのは六家という視点から見れば喜ばしい一方、伊丹自身としては結城家の勢力拡大となるので苦々しい思いを抱いてしまう。

 東洋への進出を強めるルーシー帝国。泰平洋各地に進出しつつあるヴィンランド合衆国。

 速やかに国論を攘夷で統一しなければならないというのに、あのような連中の政治的発言力が上がってしまうのは問題であった。


「……佐薙の姫を、利用しよう」


 しばらく腕を組んで考え込んでいた伊丹正信は、そう結論付けた。


「佐薙の姫というと、宵姫を?」


「そうだ」伊丹は頷いた。「あの娘は、半分は長尾の血を引いておる。そして、佐薙家では母子ともに冷遇されていたというではないか。その恨みを晴らすために、あの娘は夫である結城の小僧や母親の実家である長尾家に讒言を吹き込んで、実の父親を陥れようとしている。そういう筋書きの情報を、佐薙家の者に流すのだ」


「なるほど。噂の出所を巡って、佐薙家だけでなく、結城家の方も疑心に陥ることでしょう。自家と佐薙家の連携を妨害するために長尾家が流したものではないか、と。三家が疑心暗鬼に陥れば、彼らが列侯会議で連携するのを防げますな」


「ああ。その手で行くとしよう。上手くすれば、反長尾感情の強い佐薙伯を何らかの形で暴発させられるかもしれん」


 そうなれば、その責任を問うて結城・長尾両家を糾弾し、さらに佐薙家の領地経営権を縮小すればよい。

 嶺州鉄道建設請負契約という中途半端な手段を飛び越えて、六家の統制を東北地域全体に及ぼすことが出来るだろう。

 当然、その統制の主導権を握るのは自分たち攘夷派将家である。

 伊丹正信は内心でそう目論んでいた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「佐薙の防諜体制が強化されている、だと?」


 結城家の隠密を統べる家臣からの報告に、景紀は怪訝な表情を見せた。


「いつからだ?」


「昨日、景紀様が佐薙家屋敷から戻ってこられたあたりからです。新聞屋などを装って、屋敷に出入りする人間を調査していた者たちが警備の者たちに一斉に追い払われました。これは、我が家だけでなく、他家も同様なようです。また、屋敷に出入りする商人や奉公人(華族屋敷に住み込みで働く使用人などのこと。平民身分)たちなどに金を掴ませて情報を得ようとも試みているのですが、それも効果がないようで」


「恐らく、こちらが渡した以上の金を、佐薙が掴ませているんだろう」


「如何いたしますか?」


「いや、無理に佐薙家への諜報体制を強化する必要はない。恐らく、連中の動向に一番神経を尖らせているのは長尾公のはずだ。佐薙家屋敷の人間に無理に金を掴ませて無駄にするくらいなら、上手く長尾公から情報を提供してもらった方がいい。もちろん、相応の謝礼をして、な。その旨、長尾公に書状を出しておこう」


「お願いいたします」


「また何か将家連中の防諜体制に変化があったら、すぐに報告するように」


「承知いたしました」


 そう言って隠密の家臣は恭しく頭を下げ、執務室を退出した。






「どう思う、冬花?」


 二人だけとなった執務室で、景紀は自らのシキガミに問いかけた。


「何かに対する警戒であることは確かでしょうね」


 顎に手を当てながら、冬花は思案顔のまま答える。


「しかしこうなってくると、逆に何を隠したいのか、何を警戒しているのか、気になるな」


 手の中で万年筆を弄びながら、景紀は言う。


「宵姫様がおっしゃっていたように、佐薙伯が建設請負契約に何かしらの裏があると考えている可能性は? それで、警戒心が強まったとか?」


「あり得るっちゃ、あり得るだろうな」


 そこで一つ、景紀は金平糖を口に放り込んだ。


「……」


 冬花は主君が思考に沈んでいると察し、黙って様子を見守っている。景紀は舌の上でゆっくりと金平糖を転がしているようであった。遠くを見つめているような瞳には、少しばかり剣呑な光が宿っていた。

 やがて、景紀は金平糖を噛み砕くことなく、完全に口の中で溶かしきってしまったらしい。


「……冬花」


 白髪の少女を呼ぶ声には、将家の次期当主に相応しい鋭さが宿っていた。


「何?」


 だから、冬花もまた生真面目な口調で応じた。


「佐薙の屋敷を探ってくれ」


「判ったわ」


 主君と定めた少年からの命令に、シキガミの少女はわずかな逡巡も見せずに応じた。


「ただし、丞鎮とかいう呪術師の存在は気になる。警戒は怠るな。拙いと思ったら、躊躇なく逃げろ。情報を得られるよりも、お前が無事なことの方が大切だ」


 鋭利な口調の中にも、白髪の少女への思いやりが感じられる言葉であった。

 自分という存在を頼ってくれること、そして自分を心配してくれることが、冬花には素直に嬉しかった。


「……ありがとう、心配してくれて」


 だからシキガミの少女は、そっと笑みを浮かべてそう返したのだった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 その日、日暮れと共に冬花は行動を起こした。

 夜の闇に溶け込むような色の着物をまとい、暗闇でも目立つ白髪を隠せるような被り布の付いた羽織を身につける。

 この辺りの手管については、冬花は新八から教えを受けていた。

 忍という、呪術師とはまた違った特殊技能者である新八には及ばないものの、冬花も隠密として活動するための鍛錬は積んでいた。

 佐薙家皇都屋敷を警備する者たちに気付かれぬように、冬花は薄暗い路地に潜んで屋敷の様子を窺う。

 とはいえ、高い塀や木々に囲われた屋敷は、外側からでは内部の様子は判らない。冬花が気にしているのは、結界の有無であった。

 当主会談の際、冬花も佐薙家屋敷を訪れてはいたが、結城家屋敷のように敷地全体に守護の結界が張ってあるわけではなかった。

 防諜体制が強化されたというから、敷地全体に結界が張ってあるかと思ったが、やはり敷地に結界が張ってあるわけではないようであった。

 丞鎮という呪術師が佐薙成親によって個人的に雇われているだけなのであれば、屋敷という建物ではなく、佐薙成親個人を守護するような術式を施しているのかもしれない。


「……」


 冬花は少しだけ迷った。

 屋敷に式を放つか、それとも観察するに留めるか。

 術式を用いれば、霊力を逆探知される危険性がある。景紀のために危険を冒すことに戸惑いはないが、景紀からは身の安全を第一に考えるように言われている。

 ある意味、諜報任務に送り出すには矛盾した命令であるのかもしれない。しかし、冬花は景紀の命令に満足していた。

 その矛盾をどう両立させるかは、冬花の呪術師としての技量次第だろう。


「……」


 そこでふと、冬花はある臭いに気付いた。風に乗って微かに漂う、煙の臭いである。それほど強い臭いではなく、騒ぎも起こっていないので火事ということではないだろう。風向き次第では、気付かなかったかもしれない。

 臭いは、佐薙家屋敷から漂ってきている。


「……」


 瞬き一つ分の逡巡の後、冬花は屋敷に潜入することを決めた。しかし念の為、逆探知を避けるために術式の使用は最小限に留めるべきだろう。

 全身を流れる霊力を活性化させ、身体能力を強化する。

 冬花は路地を飛び出した。屋敷の周辺を見回る警護の者たちの目に留まる前に、跳躍一つで高い塀を飛び越える。そして、音も立てずに敷地内へと着地した。

 さっと周囲を警戒するが、発見された気配はない。

 そのまま、彼女は影に潜むようにして敷地内を進んでいく。

 すでに屋敷の者たちは寝静まっているらしく、建物の方は静かであった。


「……」


 ただ、一ヶ所だけ明確に声のする場所がある。そして、恐らくは松明か何かの爆ぜる音も。

 少女の鋭い聴覚は、それを捉えていた。

 冬花は慎重に進んでいく。

 風に乗ってくる何かが燃える臭いが強くなっていく。

 冬花は建物の影に隠れながら、そっと様子を窺った。

 開けた場所で、焚き火が行われていた。しかし、夜勤の者たちが暖を取っているという様子ではなかった。

 火に、次々と紙が投げ込まれているのである。

 恐らくは書庫から運び出されたであろう書類綴りを次々に破り、それを火にくべていた。

 書類綴りを投げ込んでいる人間を監視するように、明らかに執政級の身なりをした男が火の側で様子を見守っている。

 その男は周囲にも警戒を払っているようであり、冬花も時折、暗がりに身を引っ込めねばならなかった。

 さてどうしたものか、と冬花は思う。あまり長居はしたくない。ここはいわば、敵対する呪術師の縄張りのようなものだ。そこに長時間、居座るなど自殺行為である。

 だが、出来れば何を燃やしているのかは知りたい。

 景紀の補佐官を務める冬花は、あのような光景に見覚えがあった。

 行政文書を焼却処分する時の光景である。

 行政文書は日々、積み上がっていくものであり、そのままでは書庫を圧迫する。だから、保存年限の過ぎたものは処分される。

 だが、目の前で行われている行為は、明らかに人目を憚るものだ。

 恐らく、処分されているのは相当に機密性の高い文書である。それと、佐薙家屋敷の防諜体制が強化されたことに、何か繋がりがあるのかもしれない。

 ビリビリと綴りから書類を引き千切る音が冬花の耳に届く。

 冬花はそっと刀印を切り、呪文を唱えた。

 刹那、火の周囲で強い風が巻き起こる。今まさに火にくべられようとしていた文書が、何枚も宙を舞う。


「何をやっておるか!」


 監督の男の叱責する声が飛んだ。作業をしていた者たちが、慌てた様子で飛んでいった文書を回収しようとする。

 冬花は風を操り、飛ばされた文書の何枚かが自分の手元に来るようにした。そして、文書を確保するとその内容を確認することなく、彼らに見つかる前に素早くその場を後にした。

 身体能力を強化したまま、再び塀を跳び越えて佐薙家屋敷を脱出する。

 黒い衣服をまとった陰陽師の姿は、そのまま皇都の闇の中へと消えていった。


  ◇◇◇


 冬花が結城家屋敷に帰還すると、縁側で景紀が月を眺めていた。

 白い着流しの上に一枚衣を羽織った姿で、側に火鉢を置いている。


「おかえり、冬花」


 少し背中を丸めた恰好で、景紀は己のシキガミを出迎えた。


「風邪、引くわよ」


 わざわざ自分の帰りを待っていてくれたのだと思うと嬉しくもあるが、夜はどんどん冷えてくる季節である。だから、冬花の口から出たのは苦言じみた言葉であった。


「ははっ、心配性だな」


 景紀はそう言って笑い飛ばすが、それは彼もだろうと冬花は思う。自分の自惚れかもしれないが、彼も自分が無事かどうか心配で、今まで起きていたのだろう。


「ほれ」


 そう言って、景紀は火鉢に掛けていた鉄瓶から白湯を湯飲みに注ぎ、冬花に差し出してきた。


「……ありがと」


 その自然な動作に、冬花は自然と口元を緩めた。受け取った白湯を喉に流し込むと、体にじんわりと熱が広がっていくようであった。


「それで、どうだった?」


「はい、これ」


 冬花は懐から数枚の文書を取りだした。そして、佐薙家屋敷で見た光景を簡潔に報告する。


「……」


 報告を聞いた景紀は、無言で文書に目を落としている。乱雑に破かれたために資料の全体像は把握出来ない。しかし、その断片的な情報から少年は何かを見出そうとしているのだろう。


「……なかなか面白そうな資料だな」


 やがて、にぃ、と景紀は嗤った。悪巧みを思いついた人間の笑みだった。


「何か判ったの?」


「冬花にも、何となく判ると思うぞ。行政文書に精通している人間なら、元の文書綴りが何だったのか、ある程度推測が付くだろうからな」


 そう言って、景紀は破かれた文書を冬花に差し出した。白髪の陰陽師は、そこに書かれた内容を読む。

 その表情に、はっとしたものが現れる。


「これって……」


「ああ、だろうな」


 互いに目を見合わせる。


「早速、大蔵省と逓信省に探りを入れてみよう。あとは、内務省の方にも秘密裏に調査を依頼する。上手くいけば、佐薙成親はかなり困った立場に追いやられるだろうな。いやはや、我が義父ながら可哀想なことに」


 人の悪い笑みを浮かべたまま、景紀はそう言った。冬花はそんな少年の表情に、苦笑を返す。

 と、景紀は突然、笑みを引っ込めて真剣な表情を作る。


「……それと確認だが、佐薙家屋敷で呪術を使ったわけだな?」


「ええ」


 景紀の確認に、冬花は頷いた。


「丞鎮とかいう呪術師に逆探知された可能性は?」


「屋敷内にその男がいれば、確実にされたでしょうね」


「つまり、佐薙成親は今夜、どこかの呪術師が自分の屋敷に潜入したことを知ったわけだ。これで、あの男がどういう反応を示すか、少し警戒しておく必要があるだろうな」


 低く呟く景紀の声に、冬花は神妙に頷いた。

 何があっても、自ら主君と定めた少年だけは守り通すと。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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