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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十二章 皇都内乱編

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237 母としての戦い

 結城景忠が主要な家臣団を集めて伊丹・一色両公との和睦を結ぶ決意であることを布告した後、宵は本丸御殿にある自室に留まっていた。

 城内の電信局で直接通信を管制する役目を、景忠公に止められてしまったのである。

 今の彼女は自室に軟禁されているわけではなかったが、結城家内部の意識決定過程からは完全に切り離されてしまっていた。

 だから結局、自室に留まっているしかなかったのだ。


「……」


 夜を迎えた河越城の本丸御殿は、静かであった。

 昨夕からずっと喧噪に包まれた電信局にいた身からすると、逆に落ち着かない。

 宵はそっと、自らのお腹をさすった。まだ膨らんできてはいないが、ここには景紀との子を授かっている。

 この子供を、逆賊の子、謀反人の子として生まれさせるわけにはいかない。

 宵は家臣に伊丹・一色両公との和睦の決意を布告する直前、景忠公から直接、そのような決断を下すに至った理由を聞かされていた。


『宵姫殿、私は伊丹・一色両公と和睦を結ぶことにした』


 そう言って景忠公が切り出した話は、宵には到底承服しかねるものであった。

 伊丹・一色両公が遣わした使者が伝えてきた要求は、結城景紀の廃嫡、結城景忠の隠居、そして結城景秀へ当主の地位を譲ること、などであった。

 宵は空襲に見舞われた城下に降りていたため、その使者と景忠公との会見の場に直接居合わせたわけではない。恐らく景忠公が宵に伝えた条件以外にも細かな要求はあったのだろうが、少なくとも彼女が伝えられた条件ですらとても呑めるものではなかった。

 さらに廃嫡後の景紀の扱いについては冬花と共に新海諸島に流罪とし、現地生蕃の鎮定に当たらせて同諸島の早期併合を目指すという。

 一色公直公は新海諸島の早期併合と同諸島における羊毛自給化を強く主張していたというから、これは恐らく、一色公あたりが出してきた要求だろう。

 そしてこの景紀を切腹に追い込まず流罪とするという部分が、景忠公の心を揺るがせてしまったようであった。

 景忠公は、一人息子がたとえ流罪となっても生きていてくれるのであれば、父親としてその運命を甘受する決意であると語っていた。

 未だ結城家が決定的な敗北を喫していないにもかかわらず、景忠公がこのような悲観的な決断を下してしまった背景には、恐らく伊丹・一色両公が皇都とその中心にある宮城を抑えてしまったことに原因があるのだろう。そして河越が皇都の第一龍兵集団による空襲を受けたことで、自分たち結城家が逆賊として討滅の対象になってしまうことを極度に恐れるようになってしまったのかもしれない。

 実際、宵自身も皇都の政治情勢は流動的であると考えている。伊丹正信公に大命が降下し、攘夷派の新政権、あるいは六家を越える幕府的存在が確立されてしまうことも、状況次第ではあり得ることであった。

 そうした情勢が、結果として逆賊として討伐の対象となる前に和睦を結ぶという景忠公の決断に至ってしまったのだろう。

 景紀は武力による決着を目指していたが、景忠公は政治によって決着が付くと考えていたということである。その親子の認識と決意の差が、このような結果を招いてしまったといえる。


「はぁ……」


 宵は誰もいない部屋で脇息にもたれかかりながら、嘆息した。

 かつて自分も、父親である佐薙成親と結城家との婚姻に対する認識と決意を異にしていた。親子の認識の相異というのは、こうまで厄介なものなのか。

 だが、少なくとも自分の父親と違い、景忠公は息子である景紀を思っている。そしてだからこそ、宵には景忠公の決断がなおさら許し難いものに見えた。

 本当に自身の子供のことを思っているのならば、何故息子を陥れようとする者たちと対決しようとしないのか。

 結局、景忠公は景紀のことをたった一人の息子として大切にしながらも、息子のことを本当の意味で信用していなかったのだろう。

 それは、宵が聞かされたこの言葉にも表れている。


『景紀はな、どうやら英市郎の娘を使って伊丹・一色両公への呪詛を企てていたようなのだ』


 景忠公はそう言って、自身の決断を宵に承服させようとしてきたのだ。


『両公に捕えられた葛葉冬花が、すべて白状したようだ』


 それは、宵にとってみればあり得ない話であった。

 景紀を河越に逃がすために殿を務めた冬花の安否は判らなかったが、討ち死にしていないのであれば伊丹・一色両公の元に捕えられているという可能性は非常に高かった。実際、使者は切られた尻尾の毛を冬花を捕えた証拠として景忠公に渡したという。

 宵は、英市郎の言うような呪術師としての己を律する心が冬花にあるとは思ってない。結城景保の呪殺を半ば本気で景紀に進言したというから、彼女は景紀のためであれば呪術師としての禁忌を犯すことに躊躇いはないだろう。

 だが、仮に冬花が伊丹・一色両公の呪殺を景紀から命じられていたとしても、彼女はそれを白状するようなことはしないだろう。

 彼女は、景紀のために死ねる人間だ。どれほどの責め苦を受けようとも、景紀を売るような言葉を吐くことはない。

 宵は、そう確信出来る。

 実際問題、自白を証拠たらしめる書上書(かきあげしょ)(自白者の署名と拇印が入ったもの)を使者は持っていなかった。使者はその理由を、この事実を公にしないという伊丹・一色両公の結城家に対するせめてもの温情であると言ったらしい。

 しかし、本当に景紀を貶めたいのであれば、書上書の存在と共にその内容を皇都市民に喧伝すればいい。皇都への伝単散布作戦を考案した宵だからこそ、宣伝の重要性を理解している。

 景紀が呪殺を企てたということを伊丹・一色両公が公にしていない以上、喧伝しようにも出来ないとのだと宵は考えていた。書上書が作れていない以上、その自白が捏造されたものであると疑われる余地が生じてしまうからだ。

 しかし、景忠公はそう考えはしなかったようだ。そしてどうやら、冬花の父・英市郎も娘ならばやりかねないと景忠公に言ってしまったらしい。それほどまでに、英市郎は戦場で爆裂術式を多用した自身の娘に対して不信感を募らせていたようだった。

 呪詛を企てていながら切腹などではなく流罪で済ませようとする伊丹・一色両公の姿勢を、景忠公は温情と受け取ってしまったらしい。

 景忠公は父親として息子を陥れようとする者たちと対決する姿勢もとれず、その息子の側近中の側近である少女の忠義を信じることも出来なかった。だから、結城家が屈服したとしか受け取れない形での和睦を結ぶ決断をしてしまったとも言える。

 病み衰えた者の決断とは、これほどまでに弱気で悲観的で猜疑心に満ち溢れたものなのだろうか。

 宵には、まるで理解出来なかった。

 だからこそ、景紀のためにも、お腹に宿ったややこのためにも、そして自分自身のためにも、宵は決断を下さなければならなかった。

 速やかに景忠公を廃立して、宵自身が河越の全権を掌握しなくてはならない。

 自分は、景紀に言ったのだ。河越のことは任せて下さい、と。ならば、その約束を果たさなくてはならない。

 息子が父親を隠居に追い込んで実権を掌握しようという形での御家騒動はこれまでの皇国の歴史上でもあったが、嫡男の正室が当主である義父から家の実権を奪おうとする形での御家騒動は、恐らく例がないだろう。

 後世、自分は実の父を陥れ、義父からも権力を奪い取った悪女として罵られるかもしれない。

 しかし、そのようなことなど宵にはどうでも良かった。

 今自分がすべきなのは、自分が大切に思う人のために戦うことだ。


「……姫様」


 そっと障子の向こうから、菖蒲が声を掛けてきた。


「先ほど、皇都より伊丹・一色両公が御館様との直接会談に応じる旨の書を携えた使者がやってまいりました。これを受け、御館様は明日の朝一番で河越を発たれるそうです」


「明日の朝一番、ですか」


「はい。それと、若君が御館様からの命令を無視し、皇都衛戍部隊からの武装解除要求を拒絶したとのことです。御館様は葛葉英市郎殿に命じ、再度、自身の命令を徹底させ皇軍相撃、六家相克を防ぐよう領軍に布告を出すご意向のようです」


「判りました。報告ご苦労」


「はっ、失礼いたします」


 障子に浮かんでいた忍の少女の影が消える。


「明日の朝、ですか……」


 宵は、ぼそりと呟いた。

 最早、猶予はなかった。景忠公が皇都へ向かうのを阻止し、結城景忠公と伊丹・一色両公との和平交渉を阻止しなければならない。

 宵は立ち上がり、障子を開けて皇都のある方角の夜空を見上げた。景忠公の命令を拒絶したということは、景紀の決意は揺らいでいないということだ。


「景紀様……」


 宵は両手を組んで、そっと目を閉じた。


「どうか、お勝ち下さい」


 祈るような少女の言葉は、秋の夜の中に消えていった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 静かという意味では、結城家皇都屋敷もまた同じであった。

 蹶起部隊や牢人集団に各所の門を封鎖されているこの屋敷は、冬花や鉄之介の母親である葛葉若菜による結界などに守られ、未だ不埒者の侵入を許してはいなかった。

 依然として屋敷に籠る人々の間に緊張感は漂っているが、それでも屋敷は銃声や剣戟の音とは切り離されている。

 そんな中、屋敷に留まっていた結城景忠公正室、景紀の生母である久は一人の青年からの話を聞いていた。


「そうですか。あの子は戦うことを選んだのですね」


「はい、若は結城家の名誉を守るため、そして父親である公爵閣下が戦わずして膝を屈したという汚名をこうむらないようにするため、伊丹・一色両公との間に決着をつける決意であられます」


 御殿の縁側に佇む久に対して、庭に膝を付いた姿勢で報告していたのは、朝比奈新八であった。今は普段のいささか胡散臭さを覚える西方弁ではなく、慇懃な言葉遣いで現当主正室に接していた。


「この屋敷にも、伊丹・一色両公から屋敷を明け渡すようにとの使者が訪れています」久は言った。「しかし、私が人質となっては景忠様にも景紀にも要らぬ負担をかけてしまうでしょうから、ひとまず皇都の情勢が落ち着くまではこのまま籠城を続けるつもりでおりました」


 政治には一切関わりを持たず、また本人も政治にさして興味のない久であったが、自分の存在が夫や息子の重荷となることは望んでいないようであった。

 そのことに、新八は内心で安堵した。

 ここで屋敷を明け渡せば、確実に久は伊丹・一色両公に捕えられ、景忠公や景紀に対する人質となるだろう。夫である景忠公からはは呪術通信で伊丹・一色両公との直接会談に臨む決意を伝えられていたらしいから、屋敷の明け渡しを拒んだ久の判断は正しい。

 対斉戦役中は宵姫の護衛をしていた新八は、久とも間近で接する機会が何度かあった。その時の印象では、この現当主正室を政治に無関心な、いささか宗教や呪術に傾倒しているきらいのある姫君だと認識していたが、それでもやはり将家の女性ということか。こうした非常時では、意外なほどに肝が据わっていると実感させられる。

 あるいはそれは、母としての強さなのかもしれない。

 新八は景紀から、久に屋敷を決して伊丹・一色陣営に明け渡さないように説得する役目を命ぜられていた。久が景忠公から和睦の証として屋敷を明け渡すように呪術通信を受けているかもしれないと、景紀は懸念していたのである。

 もちろん、景紀は久が伊丹・一色陣営に捕えられても宮城突入を敢行しようとするだろう。しかし、当主からの命令を無視し、さらに実の母親までもを見捨てたとなれば、たとえ反乱部隊を鎮定出来たとしても、結城家は御家騒動に見舞われることになっただろう。

 景忠公異母弟・景秀とその嫡男・景保は、虎視眈々と結城家当主・次期当主の座を狙っているのだ。景忠公の命令を無視し、人質となっている久を見捨てたとなれば、景秀・景保親子を中心として、反景紀勢力が結城家内部に形成されることになるだろう。

 景紀は反乱軍だけでなく、結城家内部にも不用意な隙を晒すことが出来ない立場に置かれていたのである。


「景忠様は和睦を決め、景紀は戦うことを決めました。あの人の室として、あるいはあの子の母として、父子の決断がまった逆の方向になってしまったことには、憂いを覚えずにはいられません」


 久はそっと目を伏せた。その顔には、言葉通りに物憂げな表情が浮かんでいる。彼女は景忠公の正室としての立場と、景紀の母親としての立場で、板挟みとなってしまっているのだ。


「景忠様の考えも、判らなくはありません。私も、景紀には生きていてくれさえすればそれで十分という思いがあります。何せ、私も景忠様も、あの子以外の子供を喪っていますから」


「はい、聞き及んでおります」


 新八は固い声で応じた。息子である景紀にとっては記憶にないことではあるのだろうが、景忠・久にとっては何度も子供を喪ったことは、今でも心の中で尾を引いているのだ。それがもしかしたら、景忠公の和睦という決断に繋がってしまったのかもしれない。


「しかし、景紀もとうに元服と初陣を済ませ、今次対斉戦役では立派な武勲を上げた一人の武人です。いつまでも、親に守られているような存在ではないでしょう。ならば母として、あの子の決断を尊重しようと思います。新八殿、そのように景紀に伝えて下さい」


「はい、必ずや」


 新八は自身の雇い主の母親に敬意を示すように、深く頭を下げるのだった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
― 新着の感想 ―
[一言] 自白書は偽造できないのですか?署名と捺印は後々本当かどうか検査されるかもしれませんが、この内乱に勝てはそんなものどうとでもできるでしょうし。冬花を殺して、自白書は部下が紛失したことにするとか…
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