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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十二章 皇都内乱編

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236 不動の決意

 景紀は指揮所としている駅舎の前に、主要な指揮官と下士官を集めた。

 各部隊の呪術通信兵も葛葉英市郎の発した景忠の命令を受信しており、将校・下士卒の双方に動揺が広がりつつあった。

 景紀は、ガス灯の明かりの灯る駅舎前に集まった者たちの前を行き来しながら、その一人一人の表情を窺う。

 そこには確かに動揺があったが、一方で景紀に何かを期待するような色もあった。

 結城家領軍は、皇都中心部にまで進撃を果たしている。反乱軍を撃破して宮城に突入することが出来るかもしれないという状況で突然下された進撃停止の命令に、不満を覚えている者もいるということだろう。

 自分たちの属する結城家が天下に手をかけつつあるかもしれないという状況が、将兵たちの胸の内に複雑な思いを呼び起こしていたといえる。

ここで現当主の命令に従って兵を退くか、それとも次期当主と共に進んで天下を手にするか。その二者択一が、将兵それぞれの目の前に突き付けられていたのである。

 もちろん、皇軍相撃に対する躊躇いは、彼らの心をよりいっそう複雑なものとしているだろう。

 やがて景紀は足を止めると、集まった者たちに向かって口を開いた。


「俺はお前たちを知っている。お前たちは金州で、熊岳城で、海城で戦っていた。俺もそこにいた。お前たちは遼河の雪原の中で戦っていた。俺もそうだ。俺たちは同じ戦場を潜り抜けてきた。だから、率直に言おう。我が父・景忠が反乱を主導する伊丹・一色両公との和睦を決意したようだ」


 景紀は、父からの進撃停止命令を敵側の謀略であると強弁することなく、素直にそれを父からのものであると認めた。


「しかし、俺はこの和睦を認めない。伊丹・一色両公はあらゆる機会を利用して、俺とお前たちの名誉を貶めようとしてきた。お前たちが遼河の雪原で数十万の敵軍を撃退した功績も、俺が斉の皇城へ挺身降下した戦功も、伊丹・一色両公は戦史から消し去ろうとした」


 実際、斉軍の大反攻に際して景紀率いる独混第一旅団が第二軍の救援に動かなかった(動けなかった)ことは、伊丹・一色両公が景紀の用兵を批判する材料とされ、さらに紫禁城降下作戦もまた両公によって陸軍内部での正当な評価を妨げられていた。


「そして今、伊丹・一色両公は皇都を不当に占拠し、そして河越の街に対し龍兵による爆撃を行った。皇都では兵学寮、学士院、女子学士院の生徒を人質とし、河越では無辜の領民を死傷させた。俺は、武人としての二人の品位の低さを、同じ将家の人間として残念に思う。俺は、このような者たちに膝を屈することを、結城家次期当主として断乎として拒否する。故に、俺は父上の結ぼうとする和議を認めない。しかし、これは父上に対する反抗ではない。父上が伊丹・一色両公と和睦を果たせば、父上の名誉も(けが)されることになる。結城景忠の子として、父上に汚名を着せることは出来ない」


 景紀は、父の進軍停止命令を無視することへの将兵たちの躊躇いを、父の名誉を守るためとして薄めようとした。自分でも、詭弁であることは判っている。


「これは、先の戦役で戦場を共にしてきた俺とお前たちの名誉を回復する戦いである。俺はお前たちに、お前たちの主家の名誉を守り通すと共に、皇主陛下の御宸襟を安んじ奉ることでお前たち自身の名誉も取り戻してもらいたい。お前たちは、華族・士族・平民を問わず誇りある皇国武士団の伝統を受け継ぐ者たちである。これまで世界が生み出した最も精強で、最も勇猛な兵士たちである。結城家次期当主である俺の下で、お前たちは再びそのように行動してもらう。今こそ、戦国時代の清算をつけ、俺たちの手で天下を掴むときだ。お前たちの奮起を、結城家次期当主として期待している。出来るな?」


 最後の言葉は、次期当主としての堅苦しい口調ではなく、少しばかり挑発するように言った。次期当主ではなく、単なる少年としての茶目っ気らしきものが、そこには含まれていた。

 一拍の間を置いて、集められた将兵たちから(いら)えの声が上がる。

 それは、かつて武士たちが上げていた鬨の声にも似た猛々しさを含んでいた。






「……」


 そんな景紀の姿を、一人、駅舎の柱の陰から見つめる者があった。貴通である。

 景紀は、当主である父の命令に背くことを決意した。

 そのことに、貴通としても賛成であった。ここまで来て伊丹・一色両公と和睦を結ぶなど、二人にとってあり得ない選択肢であったからだ。

 明日の総攻撃で反乱軍の防衛線を突破出来れば、結城家領軍は宮城を奪還出来る。そうなれば、反乱軍から皇主陛下をお救い申し上げたという栄誉は、自分たちのものだ。

 そして、伊丹・一色両公を逆賊として排除することが出来る。

 いったい何を考えて景忠公が和睦を決意したのかは判らないが、少なくとも貴通は景忠公を景紀の父親だからと敬う気持ちはとうに消え失せていた。

 結城家は、景紀は、天下まであと一手で王手がかけられる所まで来ている。

 長尾家の姫・多喜子が事あるごとに景紀に天下を共に取ることを呼びかけていたというが、実際、本当にそうした場所まで来ると相応の感慨があった。

 そして今、領軍将兵の前で堂々と演説する景紀の姿は、貴通がいつまで目に焼きつけておきたいものであった。

 自分が軍師として仕える景紀が歴史に名を残してくれれば、偽りだらけの自分にも存在意義があったと実感出来る。そんな友人に向けるには(よこしま)すぎる感情を向けながらも、一方で景紀に功績を挙げて欲しいという思いは本物だった。

 やはり、自分が思慕する殿方にはひとかどの人物でいて欲しいという、女としての思いがあるのだ。

 そして、今この景紀の姿を見ているのが自分だけだと思うと、冬花や宵姫に対するちょっとした優越感も覚えてしまう。

 このような状況で場違いだと思いながらも、どうしても貴通はその感情を抑えることが出来なかった。

 そしてもちろん、自分たちが一歩間違えれば逆賊として討伐されかねない立場であることも理解している。

 そして、結城家からも自分たちが謀反人とされかねないことも理解していた。

しかし貴通は、景紀の勝利を信じていた。

 この重圧だらけの状況下で、景紀は未だ宮城突入という目標を諦めていない。それだけで、貴通が彼を信じるには十分であった。

 その重圧に景紀が押し潰されそうになれば、自分はそれを支えるだけだ。進発前の志野原でそうしたように。


「だから、一緒に勝ちましょう、景くん」


 貴通は柱の陰からそっとそう呼びかけた。


  ◇◇◇


 一方、反乱部隊(蹶起部隊)と対峙を続ける結城家領軍の前線には、その反乱部隊側から武装解除を求める使者が訪れていた。

 使者は結城景忠公が和睦を決断した以上、領軍将兵はそれに従うのが武人としての忠義であると説き、領軍将兵の景紀からの離反を狙っていたのである。

 使者はもちろん、伊丹・一色両公の指示によって派遣された者であり、同様の使者は未だ屋敷に立て籠っている結城久らの元にも送られていた。こちらは、屋敷の明け渡しを求めるためであった。

 両公は、皇都に侵入した結城家領軍の速やかな武装解除によって、景紀を軍事的に無力化しようとしていたのである。






「武装解除しろ、だと? 武装解除するのは、てめぇら反乱軍どもだろうが」


 だが、使者とその背後にいる伊丹・一色両公の目論見は、小山朝康によって一蹴されてしまった。

 結城家に連なる者として、朝康は常に最前線に身を置いていた。それは彼なりの覚悟であったし、また結城家の人間が先頭に立たなければ領軍将兵は付いてこないという信念でもあった。

 そして景紀もまた、この日の朝、志野原の騎兵第一、第二旅団に恭順を求めた使者を朝康が躊躇なく殺害したことから、彼を最前線に配置する意義を見出していた。

 少なくとも、この分家の青年ならば反乱軍側による恭順を促そうとする謀略に惑わされることはないだろうと考えていたのである。

 景忠公から進撃停止命令は謀略ではなく真実ではあったが、それでも朝康の考えが揺らぐことはなかった。

 そして彼は、すでに景紀から景忠公の命令を無視することを伝えられていた。ある意味で、この時初めて、朝康はこの宗家次期当主の少年と気が合ったといえる。

 朝康自身、ここまで来て引き下がるつもりは毛頭なかったのである。すでに、宮城は指呼の間に望める地点にまで到達しているのだから。

 明日の総攻撃で反乱軍の防衛線を突破すれば、自分たちが天下を握れるかもしれないことを、彼は理解していた。


「なっ!? これは卿らの主君たる景忠公直々の御命令であるぞ!」


 一方、一切の躊躇なく武装解除の要請を拒絶されてしまったことに使者は動揺を見せながら、なおも言い募る。


「卿らは皇主陛下に対する逆賊となるばかりでなく、主家に対する謀反人となるが、それでも良いのか!?」


「逆賊はてめぇらだし、俺たちはその景忠公から結城家を代理で治めている次期当主サマの命令に従って動いているんだ。謀反人なわけがねぇだろうが」


 朝康は、使者に対して強気の発言を繰り返す。半ば以上、周囲の兵卒たちにも聞かせる意味もあったが、それでも言っていることは彼の本心であった。もっとも、多少言葉の中に景紀に対する嫌味の響きを混ぜてはいたが。

 自分が景紀の思惑通りの言動をしていることに、何となく癪な思いを抱いているのだ。


「いいか? 俺たちはてめぇら逆賊を討滅して皇主陛下をお救いするためにここまで来たんだ。てめぇらを討滅するまで武装は解かねぇし、皇都から退去することもねぇ。判ったらとっとと伊丹公の元にでも一色公の元にでも帰るんだな」


「貴様……っ!」


 自分たちを逆賊であると連呼されて、その使者は怒りと屈辱に声を震わせていた。


「ならば貴様と、そして結城景紀の首を真の逆賊として晒してやるぞ!」


「はっ、出来るもんならな」


 捨て台詞に近い言葉を返して反乱軍側の陣地に戻っていこうとする使者に、朝康は鼻を鳴らした。


「……まったく、言ってることがまるで子供の喧嘩じゃない」


 志野原を進発して以来、朝康の側にいる嘉弥が、半ば以上に呆れた声を出す。


「もう少し今朝みたいな感じにすれば、格好も付いたでしょうに」


「うるせぇな」


 ちょっとばつが悪そうに、朝康は嘉弥から視線を逸らした。


「下手なこと言って、あの使者に言いくるめられるようなことになったら周囲の兵士たちが動揺するだろうが。俺は、論理的な議論ってのが苦手なんだよ」


 だからこそ朝康は、景忠公の命令を盾に武装解除を求める反乱軍側の使者に対して、とにかくお前たちは反乱軍だ、賊軍だの一点張りの主張をしたのだ。

 実際、今朝、志野原へ向かおうとしていた近衛騎兵たちに対しても、まず使者を殺害してから口上を述べている。

 今朝も今も、周囲の兵士たちを動揺させないように、皇都への進軍に疑問を持たせないように、という朝康なりの考えが働いていたが、面倒な議論を避けたいという心理が働いていたともいえよう。


「まあ、あんたに最前線を任せた結城の若様の判断は正しかったんでしょうけど」


 嘉弥は、何とも複雑な表情を浮かべていた。この青年の婚約者でありながら、何となくあの使者に哀れみを覚えてもいたのだ。

 今の朝康は、この騒乱を純粋に戦功を挙げる好機だと思って楽しんでいる。そのような相手に、正統性云々を説いて武装解除を要求しても意味はないだろう。

 もっとも、今朝出会った近衛騎兵将校の使者のように、いきなり騎兵槍なり軍刀なりを突き立てられなかっただけ、まだ幸運だったろうが。

 朝康にも、この場で使者を殺してしまい、それが合図となって結城家領軍と反乱軍とがずるずると夜戦に引き込まれてしまうことを避けるだけの考えはあったようで、婚約者でありながら半ばお目付役のような役割を担っている嘉弥としては一安心である。

 幼少期から、この幼馴染の行き過ぎを止めるのは自分の役割なのだ。

 結城景紀も、明日にはこの皇都を巡る内乱に決着をつけるつもりであるという。ならば自分は、このどこか危なっかしいところのある青年の側で、結末を見届けようと思った。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 皇都中心部の東側から迫りつつある結城家領軍が武装解除の要求に応じなかったことに対して、伊丹・一色両公は苦々しく思いながらも、結城景紀廃嫡の口実が出来たことにひとまず満足することにした。

 伊丹・一色両公は志野原の騎兵部隊を結城景紀が直率しているのではないかと考えていたが、景忠公の命令を拒絶したことで、それは明らかとなった。

 一介の家臣でしかない騎兵第一、第二旅団長が当主の命令に公然と背くはずがない。騎兵第二旅団には結城家の有力分家の嫡男・小山朝康がいるというが、彼に結城家に連なる者として騎兵第一、第二旅団をまとめられるだけの将器があるとは考えられなかった。

 消去法的に、騎兵第一、第二旅団を率いているのは景紀であると確信したのである。

 兵力の問題で考えれば依然として蹶起部隊側が不利であることには変わりなく、夜襲を警戒せざるを得なかったが、一方で河越方面から皇都中心部に迫りつつある結城家領軍には混乱が見られるようであった。

 恐らく、最初は次期当主である景紀から皇都への進撃を命ぜられ、今になって当主である景忠公から進撃停止命令を受け取ったからだろう。混乱した呪術通信の霊力波を、蹶起部隊側は傍受していた。


「伊丹公、こうなったら蹶起部隊の兵力を東側に集中させましょう。ひとまず、河越方面の結城家領軍は実質的に無力化出来たかと」


「うむ、そうだな」


 一色公直の言葉に、伊丹正信が頷く。

 結城景忠公が和睦を申し出てきて恭順の意を示そうとしている今、伊丹・一色陣営の政治的優位は動かない。

 結城景紀が景忠公の進撃停止命令を拒絶して父に対する反抗の姿勢を明らかにしたが、それは逆に言えば孤立を意味する。結城景紀とそれに従う将兵には謀反人の烙印が押され、領国からの補給は断たれるだろう。

 その意味では、必ずしも蹶起部隊側が軍事的・兵力的に不利であるとは言い切れなかった。


「それと、蹶起部隊将兵の士気を鼓舞するため、私も前線に出ようと思います」


 六家の人間が先頭に立ってこそ将兵は付いてくるという考えは、公直もまた景紀側と同じであった。実際、彼は対斉戦役の緒戦における平寧進撃、そして冬季攻勢における鞍山・奉天進撃とその撤退戦において末端の兵士たちと苦楽を共にしている。

 そうしたことを六家の武人として当たり前に行えることに、一色公直という人物の特徴があった。


「うむ、頼めるか?」


 そして、正信も公直の決断を認めていた。

 伝単(ビラ)の影響、そして未だ新政権を確立させられていないことから、依然として皇都には自分たちの義挙を懐疑的に見る者たちが存在している。蹶起部隊の下士卒の中にも、そうした者はいる。彼らの疑念を払拭するためにも、六家の者が先頭に立つことは必要であった。


「はい、あの小倅に陛下のおわす宮城の土は一歩たりとも踏ませません」


 今や明確に結城景紀とその下に集う将兵たちは賊徒となり、謀反人となった。

 さらに今の結城景紀は葛葉冬花を失っている。帯城軍乱や対斉戦役で彼女の爆裂術式を始め呪術に頼り切っていたあの小倅が、今さらまともな用兵が出来るはずがない。

 そして、結城景紀とそれに付き従う将兵は結城家からも孤立してしまった以上、今や蹶起部隊と結城家領軍の立場は逆転した。政治的にも軍事的にも劣勢に追い込まれているのは、結城家側の方なのだ。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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