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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十二章 皇都内乱編

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235 試練の夜

 皇暦八三六年十月十八日の夜は、伊丹・一色陣営がその政治的策動において景紀や貴通に勝利を収めつつあった夜であった。

 彼らの目指していた暫定新政権という既成事実の成立が、ほぼ確実となったからである。

 長尾・有馬両家は当主を失い、この二家は実質的に無力化されていた。さらに華族・士族の子女が通う兵学寮・学士院・女子学士院の封鎖による生徒の人質化と葛葉冬花の市中引き回しにより、在京中の中小諸侯たちの多くが実質的に伊丹・一色陣営に恭順する姿勢を示していた。

 そして、結城家現当主・景忠からの和議の申し入れにより、蹶起によって生み出された既成事実は五摂家も含めた多くの将家・公家によって追認される形となったのである。

 ここまで政治的な情勢が確定してしまえば、皇主としても攘夷派新政権という存在を追認する形で詔勅を下さざるを得なくなる。

 この時点で、皇主による詔勅を残して、蹶起の趣意はほぼ達成されていたといえよう。


  ◇◇◇


 伊丹・一色両公が河越へ遣わした使者から結城景忠の返答を受け取ったのは、十八日の夜のことであった。

 実質的に恭順の申し入れともいえるその返答の内容を、両公は検討することにした。攘夷派新政権成立後の結城家の扱いについて、決定するためである。

 それを景忠公に伝えて初めて、伊丹・一色陣営と結城家とは、正式に和議を結ぶことが出来る。


「景忠公の隠居と結城景紀の廃嫡、結城景秀を当主とする、この三点はこちらとしても譲れない部分です」


 景忠の花押の入った返答の書状を見ながら、一色公直は主張した。


「それと、皇都に侵入している結城家領軍の退去ないしは現地での武装解除、であるな」


 二人にとって唯一の懸念事項は、蹶起部隊と今もなお対峙している結城家領軍の存在であった。蹶起部隊では依然として結城家領軍が夜襲を企てているのではないかと警戒しており、現場では緊迫した空気が流れているという。

 景忠公の書状では、皇都に侵入した領軍に対して現在地に留まりこれ以上の進撃は行わないように命令を下したとあるが、現場の緊張からくる不用意な衝突が起こりうる可能性は依然として捨て切れなかった。

 もっとも、景忠公からの進撃停止命令が下っている以上、結城家領軍が蹶起部隊への夜襲を試みればそれはすなわち当主の命令を無視した行動ということになる。そうなれば景紀を廃嫡するための口実が一つ増えることになるため、伊丹・一色両公としてもそうした現地結城家領軍の暴発を望まないでもなかったが、全面的な軍事衝突となれば自分たちの側が兵力で劣っているため、二人としては複雑な部分でもあった。

 だからこそ、結城家領軍の皇都からの撤退ないしは武装解除が急務であるといえたのである。


「景忠公は我らとの直接会談を望んでいるようですが、この点について如何されますか?」


「そこは応じても良かろう」公直の問いに、正信が答える。「むしろ、ここ最近の景忠公の弱腰ぶりを見れば、直接会談の方が我らの意向を通しやすいと言えよう」


「では急ぎ、今夜中に回答の使者を河越に向かわせましょう。明日の昼までには和議を成立させて、景忠公も含めた形で参内、攘夷派新政権の樹立を陛下に奏上するのです。残る斯波兼経公は未だ曖昧な態度に終始していますが、景忠公が我らに恭順することになれば、あの腰の定まらぬ男も態度を決めざるを得ないでしょう」


 一色公直は嘲るように、残る六家当主・斯波兼経を評した。


「では、新政権の発足と同時に、景忠公は隠居、景紀を廃嫡して景秀卿を新たな結城家当主とするという、当初の計画通りにことを進めるとしよう」


「時に、その景秀卿からの閣下への返答はあったのですか?」


 昼間、伊丹正信は相柄国を治める結城景秀に電報を打ち、自分たちに恭順すれば景秀の治める封土の安堵と景秀直属の家臣の罪は問わない旨を伝えていた。


「奴め、儂の通信にまともに返答せず、自分は結城景忠と儂らが和議を結ぶ仲介となる用意があると言ってきおった」


 少しだけ不愉快そうに、正信は言う。


「結局のところ、この土壇場で日和見を決め込み、どちらにも恩を売ろうというわけであろう」


「我らが陛下からの詔勅をなかなか得られなかったが故の態度でしょう」


 依然として皇都を巡る情勢に完全な決着が付いていない以上、結城景秀が曖昧な態度を取るのは当然であるといえた。これは、葛葉冬花を引き回す前までの中小諸侯たちの態度と同じであった。


「しかし、我らは景忠公と直接の会談に臨むこととした。いずれ結城家は景秀にくれてやるにせよ、態度を曖昧にしたことのツケは払わせるつもりだ」


「それでよろしいかと」


 伊丹正信の言葉に、一色公直は同意した。そこでふと、公直は結城家繋がりである人物のことを思い出した。それを、正信に問う。


「時に伊丹公、あの混じりものの小娘は如何されました? 景忠公との直接会談を行う以上、それまでに小娘に長尾憲隆公爆殺や我らへの呪詛の件を証言させれば、会談時に景忠公への圧力になると思われますが?」


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「うぅ……ぁぁ……」


 光の絶えた蔵の中に、少女の苦痛に満ちた呻き声がかすかに反響していた。

 夜を迎え、内部の明かりも消された責問用の蔵の中に、冬花は一人、放置されていた。石抱き責めの中で気を失ってしまった彼女は一時、牢の中に移されて治療を施されたが、意識を取り戻し傷がある程度癒えると再び責問のための部屋に戻されたのである。

 妖狐の血を引くが故の傷の治りの早さから、伊丹家隠密衆たちはこの少女を多少、手荒に扱っても殺すことはないだろうと判断したのだった。

 しかし、夜通し拷問を行うには拷問掛たちの体力の方が持たない。そこで彼らが持ち出してきたのが、木馬であった。


「ぅっ……くぁ……」


 冬花は、両足に重りとなる石を括り付けられた状態で、木馬の上に跨がらせられていた。天井から伸びる縄が胴体を縛めているため、木馬から落下して股裂きの苦痛から逃れることも出来ない。

 ただ必死に膝に力を込めて木馬を両側から挟み、股にかかる重みを減らそうとすることで多少苦痛を和らげることが出来る程度であった。

 そしてそれ故に、眠ることも出来なかった。

 少しでも眠気に屈すれば膝から力が抜け、体が下がって三角形の頂点が彼女を責め苛むのだ。

 石抱き責めなどと違って、木馬責めは放置していても相手を殺す可能性は低い。股裂きの苦痛を与えつつ眠りをも奪う、実に効果的な責め苦であった。

 拷問掛たちは定期的に見回りに来て、冬花に自白の意思があるかを尋ねてくる。

 何度とない責め苦と昼間に行われた引き回しで、人としての、シキガミとしての、少女としての尊厳と矜持を奪われていく中、それでも冬花は何一つ伊丹家を利するような言葉を口にしなかった。


「ぅ……ぁ……」


 誰もいない暗闇の中で、冬花は無防備な乙女の部分を木馬が責め苛む苦痛にひたすら耐えていた。木馬だけでなく、この暗闇自体も少女の心を蝕んでいく。

 殿を務めようとした当初の覚悟とは裏腹に、いつか怪僧に捕らわれた時と同じように景紀が助けに来てくれるのではないかと、どうしても期待してしまう。あの時と違って、景紀は自分を助けるためだけに動けるわけではないと判っているのに……。

 それでも、シキガミとしての忠義を汚され、苦痛と恥辱の中で心が挫けそうになる中で、その夢想だけが冬花を支えていた。

 もうすでに、自分は景紀のシキガミではなく一人の少女に堕ちてしまっているのかもしれない。

 責め苦や引き回しの中でも、乙女としての身の清らかさだけは奪われていなかった。妖狐としての姿を晒しものにされ、子供の頃と同じく自分を見る人々の視線への恐怖に苛まれる中、それだけが残されていたからこそ、景紀が自分をどう見るかということだけは考えずに済んだ。

 冬花は、シキガミとしての忠義ではなく少女としての思慕で心を支えようとする自分自身の滑稽さに気付いていた。

 それでも、もうそれしか冬花には縋れるものがないのだ。

 その時、不意に扉の蔵が開いた。突然暗闇を照らした角灯の灯りに、冬花は思わず目をつむる。


「……なるほど、随分と耐えているようだな」


 また伊丹家隠密衆の拷問吏たちが見回りに来たのかと思ったが、その声は年若い少女のものだった。


「拷問で体を痛めつけ、引き回しで心を折りにかかっても、まだ何も言わないのか」


 その声は、聞き覚えがあった。殿を務める冬花を捕えるため、龍脈に干渉する術式を組み上げたあの女術者の声だ。


「しかしまあ、本来であればお前は伊丹公と一色公に感謝すべき立場にあると思うがね」


 木馬の下から冬花を見上げながら、小柄な少女の姿をした術者―――八束いさなは言う。


「私はお前を捕えたときに進言したのさ。呪文を唱えられぬように舌を切り落とした上で、印も結べぬように手足の腱も切ってそのまま衰弱死させるべきだとね」


 そのような残酷なことを、彼女は何でもないことのように続けた。


「殺したときに術者から呪いの置き土産をされるのを防ぐには、それが一番だ。それに、お前は妖狐の血を引いている。下手に痛めつけたり犯したりして、祟られても困るじゃないかと、まあ、私は進言したわけさ。我が主たちは、お前から自白をとることを優先して、聞き入れなかったがね」


 仕方がないとでも言いたげに、八束いさなは首を振った。

 自白は、その内容を記録に取った書上書(かきあげしょ)に自白者の署名と拇印を押さなければ正式なものとならない。舌を切り落としたり、手足の指を使えなくしてしまっては、自白を効力のあるものと出来ないのだ。


「ただまあ、そうは言っても我が主たちもいい加減、焦れていてね。常人(ただびと)の拷問吏たちでは埒が明かないと、私の出番となったわけさ」


 小柄な少女の姿をした術者は、木馬の上に跨らせられている冬花に近づくためだろう、蔵の隅から踏み台を持ってきていた。


「ちなみに、結城景忠公の方は早くも和睦の意思を示したらしい。まったく、お前がこれだけ耐えているというのに、当主の方は情けないものだね」


「―――っ……!?」


 冬花や景紀たちにとって、恐れていた事態が起こってしまったらしい。所詮は言霊による惑わしかもしれないと抵抗するだけの力も、今の冬花には残されていなかった。


「というわけで、後は息子の方をどうにか廃嫡に追い込みたいというのが、我が主たちの意向でね。それにはやはり、何かしらの罪が必要となるだろう? お前がそれを白状してくれるのが、一番手っ取り早いのだがね?」


「うる、さい……」


 木馬の頂点がもたらす苦痛に耐えながら、冬花は答えた。

 たとえこの身が清いままでも、景紀を売るような言葉を口にしてしまえば、シキガミとしての自分を汚すことになる。それが冬花にとって恐怖でもあり、またわずかに残された矜持でもあった。


「まあ、今はそう言っていると良いさ」


 踏み台の上に乗った少女の姿をした術者は、冬花の前髪を掴んでうつむいた顔を無理矢理に上げさせた。


「ぅぁ……」


 髪を引っ張られる痛みに、冬花が小さく呻き声を上げる。

その額に、八束いさなは手をかざした。小柄な少女の姿をした術者の瞳には、妖しい光が宿っている。


「夢を見た後で、また答えを聞かせてくれたたまえよ」


「くっ……ぁっ……」


 額にあてられた相手の手から霊力が流れ込んでくる不快な感覚と共に、冬花の意識は急速に暗転していった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 独立混成第一旅団の独立歩兵第一連隊が景紀たちの下に合流を果たした後、十八日日暮れまでに同じく独立混成第一旅団より独立野砲第一大隊、そして騎兵第十八連隊の一部が皇都に到着した。

 独立野砲第一大隊は騎兵第一、第二旅団の火力不足を補うため、景紀があらかじめ鉄道での輸送を命じていた部隊であった。

 これにより、景紀の下には歩兵戦力と砲兵戦力、騎兵戦力が揃ったことになる。

 そして明日十九日の総攻撃に向けた命令を一通り下し終えると、景紀は下士卒たちの士気の低下を防ぐため貴通を伴って部隊の見回りに出た。

 激しい戦闘が行われていれば、かえって兵卒たちは何かを考える余裕を失う。しかし、この日一日、反乱軍と対峙するだけであった彼らの間には、すでに皇軍相撃に対する葛藤が生まれつつあったのである。

 結城家家臣団出身者が大半を占めている将校たちは、主家の衰退は自らの没落に繋がるために反乱軍の撃滅に積極的であったが、平民出身の兵卒たちにそうした家臣団と同じ意識を求めるのは困難であった。

 もちろん、彼らにも対斉戦役における自分たち結城家領軍の戦功が伊丹・一色両公によって不当に低く見られていることへの憤りはあったが、反乱軍の下士卒は皇都衛戍部隊であり、伊丹家領軍や一色家領軍というわけではない。同じ平民階級出身ということもあり、反乱軍全体に敵意を向けさせるには限界があったのである。

 景紀は下士卒たちに結城家領軍の大義を説く際、その点に注意しなければならなかった。だから彼は、皇都を占拠する部隊を反乱軍と呼称しつつも、伊丹・一色両公が自らの権力掌握のために牢人たちを利用して皇都に騒擾事件を起こし、そして今回、皇都衛戍部隊の下士卒たちをも巻き込んで反乱を起こしたことを嘆いてみせた。

 八月以来の急進攘夷派浪士による暗殺事件は必ずしも伊丹・一色公の暗躍によって引き起こされたものではなかったが、景紀はそれすらも領軍下士卒たちの士気を維持するために利用したのである。

 その上で景紀は、両公による蛮行から皇都の秩序を回復し、陛下の御宸襟を安んじ奉ることの意義を説いて回った。

 しかしそうした中、景紀たちの努力を根底から覆す通信が河越からもたらされた。






「皇都に侵入した結城家領軍は現地点で進撃を停止し、皇都衛戍部隊からの要請があれば皇都からの退去ないし武装解除に応じること、だと?」


 景紀は、貴通を経由してその呪術通信の内容を伝えられた。声に、噛みつくような響きが混じっている。


「はい」


 伝えた貴通の方も、憤り混じりの表情であった。


「通信は景忠公の名前で、葛葉英市郎殿が発信したものなので、伊丹・一色両公による謀略の可能性は低いかと」


「英市郎、だと?」


 ぎりっと景紀は奥歯がきしるほどの感情を覚えた。

 現在、河越では宵が各種通信の管制に当たっている。当然、呪術通信網は鉄之介が集約しているはずであった。それなのに英市郎が領軍に対して呪術通信を発したということは、それは父・景忠直々の命令であることの証左でもあった。

 発信者が鉄之介の名であったのならば景紀も謀略を疑えたが、むしろ英市郎の名であることがこの通信が真実であることを証明してしまっている。


「くそっ! 父上が和議を結ぶんじゃないかとは思っていたが、この状況は拙すぎる!」


 景紀は苛立たしげに髪を掻き回した。

 父がどのような条件で伊丹・一色両公と和議を結ぼうとしているかは判らなかったが、少なくとも両公は自分の存在を生かしておこうとはしないだろう。当然、結城家領そのものが安堵される可能性も低い。

 であるにもかかわらず父が和睦を決断したということは、河越空襲がそれだけ父にとって衝撃であったということなのだろうか。

 河越に残る宵の身も心配であった。鉄之介から宵が空襲に見舞われた城下の領民たちを見舞ったという報告を受けて以降、彼らからの通信はない。

 もちろん、ここで景紀が父からの命令を無視することは可能であった。

 自分が率いていない、河越方面から南下を続けている第二師団は父からの命令に従って進撃を停止してしまうだろうが、景紀の下にあるこれまで対斉戦役を共にしてきた将兵たちならば自分が説得すれば従ってくれるだろう。

 しかし、それでたとえ皇都を奪還出来たとしても、父へ抗命した事実は消し去ることは出来ない。

 結城家内部の御家騒動に発展し、その隙に皇都を落ち延びた伊丹・一色両公が軍を興して再度、皇都の占拠を目指す可能性もある。


「だが、やるしかない……」


「景くん」


 俯きながら固い声で言う景紀に、貴通が案ずるように名を呼んだ。結城家次期当主たる少年は顔を上げ、同期生の顔を正面から見つめる。


「貴通、このまま最後まで付き合ってもらうぞ」


「望むところですよ、景くん」


 どこか鬼気迫る表情の景紀に、貴通は不敵な笑みを返した。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
― 新着の感想 ―
[一言] ちょっとリアルな話、3日おきの更新だから 景紀たちが進軍停止したままそろそろ一ヶ月が過ぎた その間ヒロインの拷問描写回数には流石にストレスを感じだ 十二章はあと5話だからある程度の決着が欲し…
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