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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十二章 皇都内乱編

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231 内乱の中の学院

 昨十七日、長尾憲隆公爆殺事件が発生して以来、八重は女子学士院の敷地内に留まっていた。

 父や兄から、攘夷派浪士などの不埒者が学院に侵入しないように結界を張って守護するように言いつけられていたからだ。

 本心では鉄之介や景紀、そして宵姫たちの方に合流したいとは思っていたが、かといって同じ学院の生徒たちを見捨てるわけにもいかなかった。

 自分は自身の力で身を守れるが、多くの女子生徒たちはそうではない。

 学士院・女子学士院は宮内省所属の教育機関であったため、御霊部長を務める父が学院の生徒たちの安全に配慮するのは当然のことであった。

 そして、現在の学院には陽鮮公主・李貞英が留学している。なおさら、宮内省としては生徒の安全の確保に心を砕かねばならなかった。

 しかし、皇宮警察からも何名か警護のために人員が駆け付けては来ていたものの、宮城内で反乱部隊側に付いた近衛将兵たちと対峙している影響などで、学院の生徒たちを守るのに十分な人数とはいえなかった。

 だからこそ、御霊部長の娘であり学院の生徒である八重に、結界を張っての守護が言いつけられたのである。

 倭館攻防戦の時を彷彿とさせる状況ではあったが、正直、八重にとっては結界を維持するだけというのは退屈な任務でしかなかった。

 呪術や刃を交えて直接戦うことの方が性に合っている八重にとってみれば、とにかく敷地内に籠もり続けて自分たちの方から一切、手出しをしないというのは苦痛に近い状況だったのである。


「……」


 八重はぶすりとした仏頂面で頬杖を突きながら、校舎の屋根の上に座っていた。

 学院の寮に住んでいる生徒たちも、屋敷から通っている生徒たちも、どちらもが未だ学院内に留まっていた。寮に住んでいる者たちは実家に避難することも出来ず、屋敷から通っている生徒たちも帰る術を失っていたからであった。

 皇都中心部に位置する女子学士院の敷地は、蜂起した者たちの占拠する地域にぽつんと浮かぶ小島のような場所となっている。

 屋根からは、周辺の地域を封鎖している反乱部隊将兵の姿がよく見えた。

 屋根の上に一人、登っている八重はいい狙撃目標だろうが、むしろ学院に向けて撃ってくるのであれば反撃する口実が出来て都合が良いとすらこの陰陽師の少女は思っている。

 だが、今までのところ反乱部隊の者たちは敷地を包囲するに留めて、無理に侵入しようとはしていなかった。とはいえ、それでも学院の女子生徒たちが伊丹・一色両公にとって人質的存在となっていることに変わりはなかったが。


「ふん……」


 退屈から来る苛立ちと共に、八重は鼻を鳴らした。

 そうして無為に時を過ごし続けていると、屋根から見える通りに異変を感じた。何か、明らかに目立つ集団が進んでいるのだ。

 女子学士院の生徒たちは伊丹・一色両公にとって人質として使えるため、生徒たちが逃亡しないように周囲の通りは厳重に封鎖されており、あのような集団が兵士たちに追い返されずに進むことなど、あり得ないはずだった。

 八重は目を凝らして、その集団を見ようとする。


「えっ……?」


 一瞬、彼女は自分の目を疑った。その集団の中央に、馬に乗った白い髪をした人物が見えたからだ。

 八重の目に留まった集団は、何故か学院の敷地の側を通過するように進んでいる。屋根にいる八重だけでなく、校舎や宿舎に籠っている生徒たちにもこの集団は見えることだろう。


「冬花、義姉(ねぇ)様……?」


 その白髪の人物は、間違いなく冬花だと判った。

 だからこそ、八重は呆然とせざるを得なかった。

 義姉にあたる白髪の陰陽師の少女は、まるで市中を引き回される罪人か、異国からやってきた珍しい動物を見世物とするかのように、馬に乗せられて晒し者にされていたからである。

 普段は封印している狐の耳と尻尾は露わになり、白い裸身を縄で厳重に縛められていた。辛うじて腰のあたりに布が巻かれているだけで、それも尻尾を付け根まで露わにするために低い位置で結わえられているだけだ。

 八重が知っている冬花は、凜とした剣士のような姿である。

 だが、今、彼女の眼下で引き回されている冬花は、尾羽打ち枯らしたみじめな姿で引き回されていた。

 それは紛れもない、無残な敗者の姿であった。

 そのあまりの落差に、八重はしばらくの間、自失に陥ってしまった。屋根の下、校舎の中からもざわめきが聞こえるが、それも耳に入らない。

 ようやく我に返った八重の胸の内に、冬花をこのような目に遭わせた者たちへの憤りが湧き上がってくる。

 そもそも、景紀は何故、自らのシキガミがあのような目に遭わされているのに黙っているのだろうか。

 父からも鉄之介からも、結城家領軍が皇都を占拠する反乱部隊への攻撃を開始したという連絡は受けていない。

 だとすれば、あの若様は冬花を助ける気がないのか。

 八重は憤りのままに、鉄之介の術式に同調させた通信用呪符を取り出すと景紀へと通信を繋いだのだった。






 しかし、景紀の言葉は冬花を突き放すようなものであった。

 最初は冬花の主君としての景紀の態度に怒りをぶつけていた八重であったが、彼のあまりの冷厳な態度に不覚にも怯んでしまった。

 かつて陽鮮の倭館で逃亡しようとした京畿監司を自裁させると言った時の景紀の姿が、目の前に浮かんでしまったのである。

 それに、悔しいがあの義姉が敗北を喫するような術者が伊丹・一色両公側にいるとなれば、八重一人で学院を飛び出して彼女を助け出すことも叶わないだろう。

 鉄之介にもこのことを伝えたかったが、かえって彼の精神を乱して呪術の行使を不安定にさせてしまうかもしれないと思うと、それも出来なかった。

 八重は以前、八束いさなと名乗る一色家の従者を出会ったことを思い出す。

 今は、景紀に言い付けられたことを果たさなければならない。しかし、あの若様は八重に意趣返しをさせてやると言っていたが、彼女自身は景紀の言う“意趣返し”の内容が気に喰わなかった。それでも、八重は景紀の言うことに従うことにした。

 それが恐らく、この騒乱を鎮め、あの義姉を助け出すことに繋がるのだろうから。

 八重はそう己に言い聞かせ、未だ行き場のない憤りを胸に抱えながら、屋根から校舎の中へと戻った。


  ◇◇◇


 女子学士院は、皇族や華族、士族の少女たちが通う学校である。

 特に皇族や華族、家老級の上級士族の生徒になると、通学に侍女などが付き添っている者もいる。そのため、校内にはそうした供回りの者たちのための部屋が用意されていた。

 これらの部屋は「供待ち部屋」、「御付部屋」などと呼ばれており、彼女たちは自らの主が一日の学業を終えるまでその部屋で待機することになっていた。

 もちろん、侍女たちは部屋で無為に過ごすことはなく、裁縫などの仕事を部屋の中に持ち込んでいた。学院側もそうした者たちに配慮して、裁縫道具など一式を部屋に備えている。

 そうした供待ち部屋の一つに、桜園理都子はいた。

 理都子は公家華族であったために将家華族のように両親が領地にいて皇都を不在にしているということがないため、寮ではなく屋敷から直接通っていた。

 しかし、昨夜発生した騒乱のために桜園子爵家の屋敷に帰ることが出来なくなってしまったのである。

 さらに、蹶起を主導していると見られる伊丹正信公の孫・直信の婚約者であるということが、彼女の立場を複雑にしていた。

 当然、彼女を通して伊丹公に取り入ることで身の安全を確保しようとする生徒もおり、逆に当主が殺害された有馬家に属する生徒たちが理都子に危害を加えないとも限らない。

 そのため、彼女は伊丹家に属する生徒たちやその御付きの侍女たちによって、供待ち部屋に保護されていたのである。

 部屋には第三学年に在籍している十三歳の直信の同母妹・(まき)姫や伊丹家の分家筋に当たる少女、伊丹家家臣団出身の少女、そしてその御付きの者たちがいる。当然、理都子御付きの侍女も部屋にいた。

 この御付き部屋からも、冬花が引き回される様は見ることが出来た。

 学院の先輩として冬花のことを知る伊丹家系の少女の中には、彼女の惨めな姿をあからさまに嘲弄する者もいた。

 冬花はそれほど家格が高くない士族の出でありながら、女子学士院の首席だった生徒である。その特異な容姿や家格のために、他の生徒たちからの嫉妬など負の感情を向けられることが多かった。

 もちろん冬花もその同期生も学院には残っていないが、彼女に対する負の感情を受け継ぐ後輩たちは今も学院の中にいるのである。

 理都子はやんわりとそうしたことを言う少女たちを諫めつつ、義理の祖父になるだろう正信公たちの行いに心を痛めていた。

 有馬貞朋公など数人が殺害され、女子学士院の先輩が辱められている。

 兄の一人、季寿も蹶起に加わっている以上、理都子も否応なく蹶起側に立たされているのだ。

 自分の婚約者である直信も、今は一部隊を率いて蹶起に参加しているという。

 廊下をばたばたと走る騒がしい音が聞こえてきたのは、そんな時であった。

 廊下で部屋の扉を守っている侍女や生徒たちと、足音の主らしき少女が押し問答をしている声が、理都子の耳にも届いてくる。「無礼者!」と追い返そうとすれば、「いいからどきなさい!」と怒鳴り返されている。

 部屋の中の者たちも、足音の主のあまりの剣幕に身を固くしていた。理都子はそっと、直信の妹である牧姫を背後に庇った。

 押し問答は、長くは続かなかった。足音の主が、無理矢理に扉を守る者たちを押しのけて扉を開けたからだ。


「浦部先輩……」


 声を聞いていた時から判っていたが、扉を開けた闖入者は理都子よりも一学年先輩の浦部八重であった(結婚に伴う寿退学をしなかったため、卒業まで学籍簿上は浦部姓のままであるらしい)。そして理都子は、この先輩が先ほど通りで引き回されていた白髪の少女の義妹であることを知っている。

 女子学士院の生徒にしては乱暴な噂ばかりが目立つ八重が何をしに来たのか、理都子は牧姫を背後に庇いながら彼女と対峙した。

 だが、どこか悲壮な決意でいる理都子に毒気を抜かれたのか、八重は先ほどまでの荒々しい雰囲気を収めていた。


「別に、私はあんたら二人をどうこうしようとは思ってないわよ」


 ただ、口調だけは流石に敵意のようなものが込められていた。

 実際、理都子は伊丹閥に属する生徒で、八重は結城閥に属すると見られている人間だ。この状況で、しかも葛葉冬花の引き回しを見せられたこともあって、友好的な態度になれるはずもない。


「今、うちの若様からあんたの婚約者に伝言を預かってきたのよ」


 その若様というのが結城景紀のことだと、理都子はすぐに理解した。


「桜園理都子、あんたならこの状況下でも皇都を安全に移動出来るだろう、ってね」


「直信様への伝言、ですか?」


 警戒するように身構えながら、理都子は問い返した。


「そうよ」


 八重は伝達役を任されたことが不本意なのか、あるいは伝言の内容そのものに不満なのか、不承不承といった声で続けた。


「“俺たちはこれから反乱軍に対して総攻撃をかける。抵抗する者はすべて逆賊として討伐することになる。お前は、祖父を選ぶか婚約者を選ぶか、良く考えて行動しろ”、ですって」


 結城家領軍が蹶起部隊に対して総攻撃をかけると告げられ、部屋の中に緊迫した空気が流れる。つまり、この皇都が戦場となり、皇軍相撃が発生するということだ。

 そして当然、浦部八重という少女に敵意をぶつける者たちもいる。この場にいるのは、彼女を除いてすべて伊丹閥に属する人間なのだ。それに、自分たちを反乱軍、逆賊呼ばわりされて気分がいいはずがない。

 しかし一方で八重の気迫に圧され、反乱軍、逆賊という言葉に動揺を見せる少女たちもいた。

 今、彼女たちは敗れた者の末路を見せつけられたばかりである。葛葉冬花のような運命が自分たちの身にも降り掛かるかもしれないと想像し、互いに不安そうに顔を見合わせていた。


「逆賊は貴様ら結城家であろうが!」


 八重と同じ第五学年に在籍する伊丹家家臣団出身の少女が、動揺する同級生や後輩、侍女たちを勇気づけるようにそう叫んだ。


「御館様は佞臣・奸臣を芟除(さんじょ)するために蹶起されたのだ! 浦部八重、貴様も先ほどの混じりものの小娘の末路を見たであろうに!」


 その少女に向けられたのは、殺気の籠った八重の視線であった。呪術師の家の出でありながら武家の娘たちよりも武闘派だと言われている八重の視線は、それだけで睨まれた相手の口を噤ませるだけの威力があった。


「ふんっ」


 一睨みで怯んでしまった同級生の少女へ鼻を鳴らすと、八重は改めて理都子を見た。


「今の伝言、伊丹直信にちゃんと伝えてくれる?」


「……」


 八重の気迫に対する怯えは、理都子の中にもある。しかし、同時に結城景紀から直信への伝言の意味についても考えていた。

 直信に対して祖父か婚約者を選べと言うのは、つまり祖父と共に結城家領軍に討たれることを選ぶのか、それとも結城家に恭順して自身と婚約者、つまりは理都子を守ることを選ぶのか、ということだ。

 直信が兵学寮卒業直前、同期生を介錯せざるを得なかったことは理都子も知っている。そして攘夷派の理論や行動に納得出来ない思いを抱いていることを、ふとした瞬間に理都子に漏らしたこともあった。

 だから自分の婚約者は今、秋津人同士が殺し合わなければならないこの状況に懐疑的になっているだろう。

 そんな直信の苦悩を近くで見ていたからか、あるいは争いごとをそもそも好まない理都子自身の性格故か、彼女も伊丹正信公たちの行いを“義挙”であるとはどうしても思えなかった。先ほどの葛葉冬花の引き回しを見せられているとなれば、なおさらである。

 しかし一方で、思慕する少年が結城家に頭を垂れる姿を見たくないと思う自分自身もいる。

 もちろん、直信が逆賊として討たれる未来など、理都子にとっては想像もしたくないことであった。

 だからといって皇軍相討つ骨肉の戦いを望んでいるわけではないが、結城景紀からの伝言にかすかな反発を抱いていることも確かであった。


「……わたくしが、お断りしたら?」


 だから理都子がそう返したのは、八重の向こう側にいる結城景紀へのせめてもの抵抗であった。


「別に。若様としては、あんたが伝えても伝えなくてもどうでもいいらしいわよ」


 どういうわけか、八重自身も結城景紀に対して不満や憤りじみた感情を覗かせていた。


「で、どうすんの?」


 八つ当たり気味な口調で、八重は理都子に回答を急かした。

 理都子の背後に隠れている牧姫が、彼女の袖をかすかに引っ張った。この婚約者の妹も、兄が反乱軍だの逆賊などの言われて不安なのだろう。理都子は振り向いて牧姫にそっと笑いかけると、八重へと視線を戻した。

 決意は、固まっていた。


「……わたくしは、直信様の元に参ります。しかしそれは、結城景紀殿に強要されたからではありません。わたくしはわたくし自身の意志によって、あの方の元に向かおうと思います」


「そっ、じゃあ好きにすればいいんじゃないの?」


 理都子の返答に、八重はそれだけを返した。理都子は直信の元に行くと言っただけで、結城景紀からの言葉を伝えるとは約束していない。にもかかわらず、八重はあっさりと納得していた。

 そんな彼女の態度からは、まるで嫌な役割から解放されたがっているかのような雰囲気さえ感じられた。やはり何らかの理由で、結城景紀の伝言役を務めることが彼女にとって不本意だったのだろう。


「ああ、表の兵士たちは殺気立ってるだろうから、念のためこれを持って行きなさい」


 と、八重はわざとらしい素っ気ない態度で一枚の呪符を差し出してきた。


「護符よ。誤射とか流れ弾とか、そういうのからあんたを守ってくれるわ」


「それも、結城景紀殿からの命令なのですか?」


「私の独断よ。別に私はあんたに恨みがあるわけでもないし、学院の後輩なんだから心配するのは当然でしょう?」


 もちろん、八重の言葉がすべて嘘で、呪符には呪詛が刻まれていることだってあり得る。しかし理都子は、この先輩がそのような陰険なことをするような人間ではないと信じていた。


「ありがとうございます」


 だから素直に、護符を受け取る。そんな理都子の態度に、やはり八重は毒気を抜かれたようになる。


「わたくしは公家の娘ではありますが、これから武家に嫁ぐ身。ですからこれから少し、武家の妻らしく振る舞ってみようと思います」


 八重だけでなく、牧姫や伊丹閥に属する生徒、侍女たちに宣言するように理都子は言うと、部屋の者たちに一礼し、急ぎ廊下を駆け出すのだった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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