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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十二章 皇都内乱編

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228 それぞれの立場で

 皇都に対する伝単の散布と入れ替わるように結城家の本拠地である河越が空襲を受け、城と城下町に被害が生じたことは、河越城からの呪術通信で景紀たちの元に伝えられた。


「くそっ、やっぱりそう来るよな」


 駅舎を接収した臨時の司令部で、景紀は呻いた。


「空襲の事実は、変な尾ひれがついて噂が出回る前に、領軍将兵に知らせろ。反乱軍の暴挙を将兵たちに知らしめて、伊丹・一色両公への敵愾心を煽るんだ。次は自分たちの故郷が焼かれるかもしれないと思えば、将兵たちの士気も上がるだろう」


 景紀は将兵たちに動揺が走る前に、先手を打つことにした。逆に反乱軍による河越空襲の事実を積極的に伝え、それによる皇軍相撃への将兵の心理的な障壁を取り除こうとしたわけである。

 景紀自身は、河越が龍兵の襲撃を受ける可能性を考えなかったわけではない。むしろ、自分たちが紫禁城で行ったように伊丹・一色陣営が高位術者を連れた形での龍兵降下を行った場合に備えて、鉄之介をあえて河越に残すほどには警戒していたのだ。

 その意味で言えば、敵術者が城に降下せず、空襲した龍兵部隊自体の士気もそれほど高くなさそうであるという報告は、景紀たちにとっては朗報ですらあった。

 しかし、やはり自らの本拠地を攻撃されたということへの衝撃は大きい。

 もちろん、景紀はある程度は覚悟していたので、その衝撃を受け止めることが出来る。だが、父・景忠はどうだろうか。

 この河越空襲のもたらす心理的効果を、伊丹・一色両公が考えなかったわけではないだろう。明らかに、父に揺さぶりをかけるための攻撃だった。

 河越からの呪術通信には、宵が城内や城下の負傷者たちを見舞う意思を示していることが付け加えられていた。空襲による家臣や領民の動揺を抑えるという意味で、宵は結城家次期当主正室としての役割を果たそうとしていると言える。

 しかし、通信からは父の動きがまったく見えてこない。

 それが、景紀には不安であった。昨夜のように、決断が出来ないまま逡巡を重ねていてくれればいいのだが、そうもいかないだろう。伊丹・一色両公は龍兵爆撃によって父の動揺を誘うおうとするだけでなく、和議の使者を合せて遣わしているはずだ。

 少なくとも、自分であればそうする。

 依然として、結城家の当主の地位にあるのは父・景忠なのだ。もし父が伊丹・一色両公に屈服する形で和議を結ぶと決断してしまえば、景紀が領軍を率いる正統性は失われてしまう。

 それでも景紀は領軍を率いて宮城への突入を目指すつもりではあるが、たとえ伊丹・一色陣営から皇都を奪還出来たとしても、その先に待っているのは権力の掌握ではなく、結城家内の御家騒動だ。

 当主の意向を無視した景紀を、次期当主の座から引きずり下ろそうとする結城家内の勢力は確実に出てくるだろう。

 伊丹・一色両公と父の異母弟・景秀卿が接近している現状、たとえ景紀が皇都を奪還出来たとしても、伊丹・一色両公は皇都から落ち延びつつ景秀を支援し、結城家の内紛を利用して巻き返しを図るということも可能だ。

 そうなれば、この内乱は確実に泥沼化してしまう。

 父が何らかの決断をする前に、宮城に突入すべきか。そのような焦燥が、景紀の胸の内に生まれる。

 しかし、市街地を突破して宮城に向かうには、現状の兵力では心許ないのも事実であった。


「景くん」


 そんな同期生の焦燥と危機感を、貴通は見抜いたのだろう。柔らかく宥めるように、彼女は言った。


「いざとなったら、僕の五摂家“男子”としての立場を存分に利用して頂いても構いません。たとえ穂積家次期当主ではなく、父親から勘当同然の扱いをされていたとしても、五摂家の人間が結城家領軍に加わっている意義は大きいはずですよ」


 男装の少女は、自分自身の血筋を今後のために利用するよう、景紀に進言した。

 少なくとも、“穂積貴通”という存在が景紀の側にいるという政治的な効果は大きい。


「……」


 景紀は、しばし黙考した。


「……まあ、状況次第ではお前の血筋を利用させてもらうが、今はその時じゃないだろう」


 だが結局、景紀は彼女の血筋を喧伝する有用性を認めつつも、今すぐそれを積極的に行おうとは思わなかった。単純に、彼が率いているのは結城家領軍であるために、五摂家の人間を旗頭にすることが出来ないからである。

 皇族軍人がいればそうした立場に据えることも出来たが、当然ながらそのような人物は結城家領軍には所属していない。

 あくまでも、結城家次期当主である景紀が領軍を直接率いているからこそ、領軍の将兵は彼に従っているのである。ここであえて貴通の五摂家としての血筋を喧伝する必要性は薄かった。

 彼女の血筋が活躍する場面があるとすれば、宮城に突入した後だろう。五摂家の血筋は、宮中工作でこそ最も力を発揮する。


「その時には、お前の存在を存分に利用してやるさ」


 自身の考えを簡単に貴通に説明すると、男装の少女は悪戯を企む子供のような笑みを見せた。


「では、その時は存分に僕をお使い下さい」


「ああ、そうさせてもらう」


 自分を支えてくれようとする貴通の態度に、景紀はもう一度、落ち着いて今後の方策を考えようと地図に向き直るのだった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 蹶起部隊に占拠されている官庁街の中で、依然として唯一、占拠を免れているのが兵部省庁舎であった。

 昨十七日から引き続き、兵部省陸軍部、海軍部ともに籠城を続けている。

 敷地の門をすべて閉じ、陸海軍からそれぞれ派遣されていた警備兵が蹶起部隊との対峙を続けていた。


「うちの領軍が、皇都へと入ったようだ」


「ほう、やはり景紀殿は健在だったか」


 籠城しつつも呪術通信による状況の把握に努めていた軍監本部長・川上荘吉少将は、兵学寮同期の陸軍軍務局長・畑秀之助少将に自らの得た情報を伝えた。


「依然として通信妨害の霊力波が放たれている所為で断片的な情報しか得られていないが、河越方面と志野原方面、二方面から皇都中心部を目指しているようだ」


「結城家は、本気のようだな」


 多少複雑な感情を込めて、畑は応じた。早朝に結城家領軍の翼龍が撒いた伝単(ビラ)は、兵部省の敷地内にも落ちていた。

 その文面から、畑は結城家が武力を以てこの騒乱を鎮圧しようとしているという決意を感じ取っていたのだ。


「このままいけば、戦国時代以来の六家同士の戦闘か。最初にやらかしたのが俺の主家であるからあまりこういうことを言えた義理ではないが、こんな都市部で戦闘を行えば甚大な被害が生じるぞ」


「恐らく、うちの若様はそれも覚悟の上だろう。景忠公閣下のご意向は、よく判らんが」


「結局、ここまで来たらお互いに軍事的に決着を付けねば収まりがつかんか」


 半ば諦観の混じった口調で、畑は言った。


「貴様も、苦しい立場に置かれたな」同期生への同情を込めて、川上は言う。「貴様は軍務局長としての立場を優先してはいるが、伊丹家はそれでも貴様の主家だろう?」


「ああ。正直、軍務局長としては蜂起した連中を速やかに鎮圧して軍の統制を回復させるべきだと思っている。ただ、御館様のなさりように疑念はあるが、だからといって結城家に寝返ろうという気持ちがあるわけでもない」


 今、閉鎖された空間である兵部省庁舎内で己の心境を吐露出来るのがこの同期生だけであるためか、畑秀之助少将の口調は饒舌であった。


「もし結城家が蜂起した連中を鎮圧すれば、御館様には逆賊の汚名が着せられることになるだろう。そのことに何の感慨も覚えないほど、俺も伊丹家家臣を辞めているわけではないのだ。ただ、主家を優先するか、国家を優先するか、それだけなのだ」


「はす向かいには直信殿がいるようだが、いっそ彼に伊丹公の説得を頼んでみたらどうだ?」


 そう言って、川上は兵部省庁舎の斜め向かいに存在する赤レンガの庁舎を指差した。警視庁庁舎である。

 そこに拠る蹶起部隊の指揮官が伊丹正信公の孫である伊丹直信であることは、兵部省庁舎内ですでに知れ渡っていた。明らかに、伊丹家臣団である畑秀之助の動揺を誘うための配置であった(一方の伊丹家の側では、畑少将は庁舎内で結城閥によって軟禁されているか殺害されていると考えられていたので、これは完全に畑や川上の勘違いであったが)。

 だからこそ、伊丹家家臣団出身である畑少将の葛藤は、昨夜以上のものがあった。

 伊丹家に生まれた者とはいえ、直信という少年が頑固な攘夷論者である祖父と違って偏った政治思想を持たないことは、畑も川上も知っている。

 あるいは兵学寮を卒業した直後の新米将校であるが故に未だ何にも染まっていないだけなのかもしれないが、少なくとも直信が積極的にこの蹶起に参加しているわけではないだろう。

 伊丹家として畑に圧力をかけるために直信を警視庁庁舎に配置したのかもしれないが、畑としては伊丹家からの圧力よりも直信への同情が先に立っていた。

 匪賊討伐ならばともかく、この事態は兵学寮を卒業して半年ほどの人間には荷が重すぎる。伊丹正信公が孫の直信を伊丹家の後継者として、様々な経験を積ませようとしていたことは畑も聞き及んでいたが、であるならば大切な自身の後継者をこのような騒乱に巻き込むべきではないと思うのだ。

 やはり伊丹正信公は、この蜂起を助長して自身のために利用するのではなく、むしろ六家当主として蜂起した者たちを諫めるべきではなかったのか、という思いを強くする。

 それが、六家当主たる者の態度ではないか。


「しかし、警視庁の直信様に書状なり何なりを届けようにも、現状では敷地を出た途端に蜂起した連中に拘束されるのがオチだろう」


 だが結局、畑は主家を救い、軍の統制を回復するための具体的な行動を起こせずにいた。


「直接直信殿に届けずとも、この距離ならば手旗信号などの手段が使えると思うが? ……いや、駄目だな」


「ああ、人目に付きすぎる」


 川上は自身の言葉を、自身で否定した。

 畑は伊丹家家臣団でありながら、兵部省庁舎での籠城に参加している。謀反を起こしたというわけではないが、主家に対して従順な態度であるとは言えない。

 今はまだ皇都に住まう畑の家族を、主家である伊丹家が人質にとって帰順を迫るという事態にはなっていないが、畑がこの蜂起に対して明確に反対する立場を表明すればどうなるか判らない。

 今、この状況で蹶起部隊の存在を否定するということは、結城家に寝返ったと伊丹正信公に受け取られかねないのだ。

 二人の兵学寮同期生は、結局のところ、昨夜と同じく状況が大きく動くことを期待して、庁舎での籠城を続けるより他に取り得る手段がなかった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 一方、結城家領軍の皇都進撃を期待と共に見つめる瞳もあった。


「流石は景紀、と言ったところでしょうか。躊躇なく、皇都に自らの兵を入れるとは」


 長尾多喜子は皇都に空からばら撒かれた伝単(ビラ)に片手に、そう呟いた。


「しかしお前、これはあてが外れたんじゃないか?」


 隣でそう多喜子に問いかけたのは、長尾家有力分家の嫡男・千坂隆房であった。


「まあ、あてが外れたのは確かですが、かといってそれほど長尾家にとって悪い状況でもないでしょう?」


 二人は、長尾家皇都屋敷の周辺が蹶起部隊や牢人集団によって封鎖される前に、屋敷からの脱出を果たしていた。

 一度は陰鬱な将来への悲観から自害を決意していた多喜子であったが、隆房に言葉もあって今は常の彼女と同じようにその瞳に活力を漲らせている。


「さて、とはいえこれから私たちはどうしましょうね? 屋敷には戻れそうにありませんし……」


 今、二人は皇都市内北部の街中に身を潜めていた。

 昨日、多喜子は屋敷を脱出する前に御用場に向かい、そこで父・長尾憲隆と次期当主・憲実の死に右往左往する家臣たちを長尾の姫君として一喝し、その上で告げたのだ。

 自分と隆房は河越に向かい、父と兄の仇である伊丹・一色両公を討伐するため結城家に対して援軍を要請してくる、と。

 もちろん、父と兄を爆殺した真犯人は、依然としてどの陣営も突き止められていない。

 しかし、だからこそ、そこに宣伝工作の入る余地が生じる。

 特定の誰かを犯人に仕立て上げ、陥れることが出来るのだ。

 もともと、長尾家家臣団の間ではこの爆殺事件を伊丹・一色両公の仕業であると疑う声が相応に存在していた。それは、対ルーシー戦役を見据えた場合、その最前線となる氷州植民地の権利を長尾家一家が独占している現状が、両公にとって不本意なものであろうと考えられたからだ。

 つまり、仮に対ルーシー開戦となっても、戦争指導の主導権は長尾家が握る可能性が高くなってしまうことから、伊丹・一色両公は長尾憲隆・憲実親子の排除に及んだのではないか、という疑念である。

 多喜子は、こうした家臣団の猜疑心を最大限に煽り、利用した。

 彼女はその上で、宵姫を通じて長尾家と姻戚関係にある結城家の援軍を得て、父兄を殺害し皇都を占拠する伊丹・一色両公を討つべき、と説いたのである。

 そしてその使者として、憲隆の娘である自分自身が河越に向かうと宣言し、隆房を護衛として屋敷を脱出したのであった。

 ただ、その目論見は今のところ失敗していた。未だ河越に辿り着けずに、皇都市内に潜伏せざるを得なくされていたからである。

 まず最短経路である河越街道は蹶起部隊によって封鎖されており、ならばと中山道を経由して向かおうとすれば、こちらもこちらで封鎖されていた。彩州へ入ることが、そもそも出来なかったのである。

 多喜子は知らないことであったが、これは蹶起部隊など伊丹・一色陣営が景紀の皇都脱出を阻止しようとした結果であった。

 そのため蹶起部隊に捕縛されないように、二人は昨夜、とある寺の境内に隠れ潜んで夜を明かすことになった。

 そして今も何とか彩州へと向かおうとしていたところで、伊丹・一色両公を批難し蹶起部隊の下士卒に帰営を促す伝単の散布と、結城家領軍が伊奈川を越えて皇都に入ったという皇都市民の噂に遭遇したのである。


「いっそこのまま、皇都に入ったっていう景紀の下に駆け付けるというのも手でしょうけど……」


 多喜子も武家の娘である。相応に武術の心得はあるし、銃の取り扱いも出来る。結城家領軍に長尾の姫が従軍していたとなれば、この乱の後、自分と隆房、そして長尾家の地位をある程度、守ることにも繋がる(もちろん、景紀が勝つという大前提が必要であったが)。


「なあ、蜂起した連中も結城家の領軍もどちらも皇国陸軍だぞ? 逆の方に保護を求めて、かえって捕縛される可能性もあるぞ」


「ですよねぇ……」


 隆房の指摘を、多喜子が考えていなかったわけではない。この時点で、二人は保護を求めるべき結城家領軍と蹶起部隊を識別する(すべ)を持っていなかったのだ。


「やはり当初の目的通り、多少、遠回りでも河越を目指すことにしましょう」


 恐らく、結城家は今、皇都との国境を封鎖しているだろう。国境を越えたところで自分たちが捕縛される可能性は高かったが、結城家領軍に捕縛されるのならば問題ないだろう。自分と隆房の身分を証明するものも持っている。

 もちろん、結城家領軍の将兵が全員規律正しい人間とは限らないし、自分は年頃の女であるから結城家領軍に捕縛されることにも危険は伴うだろうが、蹶起部隊の方に捕まるよりは良いだろうと、多喜子は覚悟を決める。


「じゃあ、行きましょうか、隆房」


「ああ、そうだな」


 そうして二人は、混沌に呑み込まれようとしている皇都をさらに北へと進んでいくのであった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
― 新着の感想 ―
[一言] 伊丹も一色もなんだかんだ優秀な側面を見せることはありますが景忠はずっとパッとしないですね。まあ平時においては景忠のように波風立てないのがいいんでしょうが。景忠本人に六家長老並みの格と人望があ…
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