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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十二章 皇都内乱編

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227 軍靴の皇都

 響谷川の渡河に成功し、反乱軍の占拠している皇都中心部に東側より接近しつつあった景紀たちは、十八日の午前中、進撃を停止したままであった。

 景紀たちが反乱軍と定義する部隊の規模や配置が十分に把握出来ておらず、斥候に時間を費やしていたからである。また、志野原からの騎兵第一旅団主力の到着を待ってもいた。

 この他、すでに皇都北側の田隅操車場を騎兵第二旅団によって占拠し、澄之浦から独立混成第一旅団を直接、鉄道輸送で皇都に入れることも可能となっている。

 少なくとも、敵情が不明なまま皇都中心部に部隊を突入させることは出来なかった。


「若の策、なかなか効いとるようや」


 そんな中、景紀の下に密かに合流した忍の青年・朝比奈新八がそう報告した。彼は宵の命を受けて昨日の内に皇都への潜入を果たし、情報活動に従事していた。そして、景紀が領軍を率いて皇都に進撃していることを知り、密かにその元を訪れたのである。


「今、市民の間では伊丹・一色両公の参内が失敗に終わったって言う噂が流れとってな。それと伝単も合せて、やっぱり陛下はこの蹶起をお認めになっていない、っちゅう話が流れとるんや。中には若に二人の追討の密勅が下った、なんてもんもある」


「伝単は俺の策じゃない。宵の策だ」


 景紀の場違いともいえる訂正に、新八の顔に若干の笑みが浮かぶ。このような時でも宵姫のことを大切にしている少年のことを、微笑ましく思っている笑みであった。


「で、うちの他の隠密衆の連中の動向は判るか?」


「僕は若直属やからな。そっちの方まではよう判らん。ただ、風間家の忍が僕と同じように潜入してはおるようや。何回か、接触を受けた。ただ、僕と連携して動いとるわけやないから、何をやっとるかまでは判らへん」


 結城家直属の忍集団・風間家の当主である卯太郎には、菖蒲も含めた複数の息子・娘がいる。そして、卯太郎自身の弟妹も。彼ら風間一族も、皇都での情報活動に当たっているということだ。


「他家の隠密衆はどうだ?」


「どこの家の所属かは判らへんが、やっぱりそれなりの数がおるようや。その内、忍の技を修めとる奴がどれくらいおるかは、やっぱりよう判らん」


「……」


 そこで景紀は、思案する顔になった。


「……新八さん」


「うん?」


「俺たちはこれから宮城に向けて突入するつもりだ。その時、伊丹家や一色家に仕える忍どもに狙撃をされたら厄介だ。対処出来るか?」


 結城家領軍の将校が次々と狙撃され、失われれば、領軍の統制は揺らぐだろう。景紀は防御霊装である火鼠の衣をまとい、貴通も鉄之介の作成した護符を身に付けているが、その他将校たちはそうではない。

 だからこそ、景紀は宮城への突入に際して狙撃を警戒していたのである。


「まかしとき」


 忍の青年は、何でもないような口調で請け負った。


「流石に皇都全域とはいかへんが、こっから宮城までの間くらいならば何とかしたるわ。それと多分、風間家の方も同じように動いとると思うで。どこかで合流出来たら、合流させてもらうわ」


「頼む」


「了解」


 そう言って、新八の姿は景紀の前から消えていった。


「それで、どうします?」


 新八が去っていくのを見届けると、先ほどまで兵站業務に奔走していた貴通が声をかけてきた。


「このまま反乱軍と対峙を続けている時間が長引けば、士気も下がります。匪賊ならばともかく、相手は同じ皇軍ですからね。相手側に伝単を散布して下士官・兵卒たちの士気を挫こうとはしていますが、一方でこちらの下士卒たちの皇軍相撃への躊躇いについても、時を追うごとに増しかねません。今日明日が、限界かもしれませんよ」


 貴通の声には若干の焦燥と共に、景紀を急かすような響きがあった。


「ああ、そうだな。ただ、強引な突破も難しい」


 景紀は机の上に広げられている地図に目を落とした。斥候による現時点までの偵察結果がそこには書き込まれていた。

 反乱軍は、秋津橋を起点とする東海道・中山道の街道の線に防衛線を張っているようであった。恐らく、その西側にある皇都中央駅を中心とする鉄道の路線に、第二防衛線を築いていることだろう。


「こちらとしては連中の防衛線を突破して宮城に突入したい。だが、反乱軍もそこは警戒しているようだ。主要な交差点を封鎖し、場所によっては多銃身砲まで据え付けているらしい」


 多銃身砲を設置した陣地への突撃がどのような犠牲を生むのか、景紀も貴通も対斉戦役で目撃している。あの無残な光景を、自軍で再現するつもりはない。


「では、夜襲か、徴用した川蒸気で迂回か、あるいは別の策か、いずれにせよ真っ正面から突撃をかけるような愚は犯せませんね」


「ああ、そうだな」


 現状では、景紀たちが宮城へ突入するための決定打を欠いていた。もちろん、市街戦とそれに伴う領軍の将兵、そして皇都の被害を厭わなければ強引に進撃出来るのだが、皇都を奪還した後の市民の反発が結城家に向かうことは避けたかった。

 皇軍相撃は厭わないが、皇都が焦土化するのは厭うという二律背反の狭間で、景紀と貴通は悩まねばならなかったのである。


「それと、やはり気になるのが伊丹・一色両家に仕える術者の動向です」貴通は続けた。「正直な話、今、この場に爆裂術式でも撃ち込まれれば、それでこの騒乱の決着は付きます」


 今、景紀の側にシキガミたる冬花の姿はなく、鉄之介や八重もいない。

 戦場における高位術者の価値というものを、景紀も貴通も帯城軍乱や対斉戦役で十分に理解している。景紀は対斉戦役で自分たちがやったように、伊丹・一色両家の高位術者が河越城に龍兵による降下突入を仕掛けてくることを警戒して鉄之介を宵の元に残してきたが、貴通の言うような可能性も考えられないことはないのだ。

 伊丹・一色両公との対決を決意している景紀が斃れれば、それだけでこの事態の決着が付くだろう。

 そのため、貴通の懸念ももっともであった。何しろ彼女は景紀たちが新南嶺島に赴いている間、一色家の術者と思しき者の接触を受けているのだ。


「ああ、すまん。伝え忘れてた」


 そこで景紀はようやく何かを思い出した顔になった。


「一応、この駅舎には防御結界が張ってあるんだ。お前が糧食の手配で飛び回ってくれている間に、鉄之介たちが」


「鉄之介くんたち、ですか?」


「ああ、式を使って遠隔で結界を構築させた。あいつ、八重とも連絡を取り合って、遠隔で結界の強度や精度が甘くなる分、二人分の霊力を注ぎ込んでくれたらしい」


「何ともまあ、景くんも人使いが荒いことで」


 貴通は皮肉とも苦笑ともとれぬ声で応じた。

 今、鉄之介は河越城で敵術者の降下突入を警戒しつつ、姉に代わって景紀の霊的守護の任も務めなければならないのだ。それを離れた場所で同時にこなさせようとするあたり、景紀の人使いの荒さが見て取れる。

 もっとも、それだけ鉄之介が景紀から術者としての信頼を受けられるようになったということでもあり、その意味では鉄之介の成長を感じられて貴通としても頼もしく思えた。


「術者関連で言いますと、御霊部の方は?」


「動向はいまいちよく判らんな」景紀は渋い顔を見せた。「鉄之介の元にはそれなりに情報を送ってくれてはいるようだが、かといって対斉戦役の時の浦部伊季殿のように、御霊部の人間がこちらに積極的に協力しようって動きもないようだしな」


 あくまでも、御霊部は景紀を消極的に支援する程度の態度に留めているようであった。

 やはり御霊部長・浦部伊任としては、この騒乱を皇主の詔勅によって内乱にまで発展することを防ぎ、以て皇室の権威を六家や民に示すことを狙っているのだろうか。

 そのあたりの目的も、はっきりしなかった。

 ただ、敵ではないという点が明確であるだけ有り難くはあった。


「それにしても景くん」


 そこで、貴通が案ずるような声になった。


「かなりお疲れですね」


「お前もな」


 幕僚との基本的な情報共有も出来ていない現状を、貴通は指摘したのである。

 二人とも、昨日から一睡も出来ていない。だというのに、体と頭は動かし続けている。疲労の影響が出てくるのも、無理はなかった。


「どこかで僕らも休まないと、土壇場で致命的な判断の誤りを犯しかねません」


「ああ、そうだな」


 景紀は貴通の言葉に頷きつつも、斥候などからもたらされた情報の書き込まれた地図から目を離すことが出来なかった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 不眠不休という点では、蹶起側の者たちも同様であった。

 伊丹正信公の孫・直信も、昨日、突然の蹶起に参加することになって以来、満足に睡眠を取る間もなかった。特に彼にとってはこれが初陣であり、かつ皇軍相撃の恐れがある戦場に立たされているとなれば、十六歳の少年の心身にかかる負担は相当なものであった。

 個人的な思いから、兵学寮の後輩たちの中に自決者が出ないように気を配っていたことも、彼の精神的な疲労を大きくしていた。

 さらには兵站の問題などもあり、先の見えない状況に心身の疲労は増すばかりであった。

 結城家領軍の龍兵が散布した伝単、そして祖父と一色公の拝謁が失敗に終わったという噂が流れ始め、それにより下士官・兵卒たちの動揺が始まっていたことも、将校として部下をどう統制すべきなのかという悩みを生じさせていた。

 何しろ、自分は伊丹正信の孫なのである。この蹶起の正統性について下士卒たちが疑問を抱いたのならば、それを解消しなければならない。

 しかし、直信自身は蹶起の趣意に完全に賛同しているわけではない。むしろ、以前から連隊長・渋川清綱大佐らの攘夷的言動には懐疑的ですらあった。

 そうしたことから、自身と同じく警視庁庁舎に拠る下士卒たちに蹶起の正統性を説くことが出来なかったのである。

 しかし、かといって直信が同じく警視庁庁舎に拠る下士官・兵卒たちから不信の目を向けられているわけでもない。それは、彼が下士卒たちの糧食に気を配っていたからである。少なくともその点については、この少年は下士卒たちからの信頼を勝ち取ることに成功していた。

 また、今のところ多くの蹶起部隊で離反者が生じていないのも、単純に下士卒たちだけでは判断がつかなかったという点が大きい。少なくとも直属の上官である将校たちが蹶起の趣意に基づいて行動を起こしている以上、上意下達の徹底している軍で下士卒たち個人の判断で隊を離れることも出来なかった。

 何となく兵営へ帰還するよう指示が下されないかと期待しながら、蹶起部隊に所属する下士卒たちは己の上官たちに視線を送っていたのである。


  ◇◇◇


 一方、朝に皇主への謁見を果たし、その後、一度伊丹家皇都屋敷へと戻った伊丹正信と一色公直は、なおも攘夷派政権の樹立を諦めたわけではなかった。

 相柄国の結城景秀を自分たちの側に引き込むことで結城家を内部分裂させる工作を進めると共に、河越への使者を仕立て結城景忠との和睦交渉に持ち込もうとするなど、結城家への硬軟織り交ぜた対応を続ける一方、五摂家などとも使者の遣り取りを行っていた。

 また、葛葉冬花の市中引き回しを命じることで皇都市民の結城景紀への反感を煽ると共に、引き回しを中小諸侯たちへの牽制として利用するなど、攘夷派政権樹立のために必要な支持を自らに集めようともしていた。

 もちろん、皇主への拝謁が失敗に終わったという流言も払拭すべく、皇都市民への宣伝工作も続けている。

 しかし一方で、結城家や有馬家の隠密衆たちも動いているらしく、蹶起側に不利な噂を完全に消すには至っていない。伊丹家側の隠密衆は昨夜の葛葉冬花との戦闘で熟練の忍たちを失っており、こうした事情もまた、結城・有馬両家の隠密衆の動きに対して十分に対抗出来ていない要因であった。

 正信が葛葉冬花の市中引き回しを命じたのも、それによる諸侯や皇都市民への政治的・心理的効果を狙ってのことではあるものの、一方で大江綱道や優秀な忍たちを討ち取られたことへの腹いせという面は確実に存在していた。

 少なくともこの時点で、伊丹・一色両公は自分たちの宮中工作が完全に失敗したとは考えていなかった。

 朝の謁見で皇主は六家協調の上での事態収拾を望む発言をしていたが、結城家が内部分裂を起こして六家としての体を成さなくなれば、皇主としても考えを改めざるを得ない。一方で結城景忠が和議を受け入れた場合には健在な当主四名の間での協調体制が生まれ、領軍を動かしている結城景紀を逆賊とする口実に出来る。

 少なくとも、五摂家による奏上と共に、結城家に対する二種の工作の内、どちらか一方でも成功すれば、伊丹・一色陣営にとって政治的な目標を達成出来たことになる。

 いずれの場合でも皇主は蹶起の成果を追認せざるを得なくなり、現在、皇都中心部に迫りつつある結城家領軍と戦火を交えることなく勝利することが出来る。そして、皇都を戦禍から未然に防いだという功績も、伊丹・一色両公は手にすることが出来るのだ。

 少なくとも、一度、皇主への拝謁が望み通りの結果をもたらさなかったとはいえ、伊丹正信も一色公直もそれで引き下がるつもりはなかったのである。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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