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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十二章 皇都内乱編

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226 囚われのシキガミ

注意:本話には拷問描写があります。閲覧に当たってはご注意下さい。

 宮城を後にした伊丹正信と一色公直は、同じ馬車に乗って伊丹家皇都屋敷へと向かっていた。


「如何いたしますか?」


 一色公直は険しい口調で対面に座る伊丹正信に問いかけた。


「このまま攘夷派政権を樹立するための詔勅が引き出せねば、我らは窮地に陥ります。早急に、打開策を講じませんと」


 皇主は蹶起部隊を「反乱軍」と表現しなかったものの、かといって蹶起の正統性を認めたわけではない。有馬貞朋公の殺害に憤るなど、その口調からはむしろ蹶起部隊の鎮圧を望んでいるのではないかと拝察されるものがあった。

 正信もまた、厳しい表情のまま言う。


「五摂家の復権に繋がりかねないが、連中に陛下の御諮詢が向かうように仕向け、奴らの口からも新政権の話を、そして征夷大将軍の話を陛下に奏上させる。周囲の者たちの多くが攘夷派新政権の樹立を奏上すれば、陛下の御意思も明確になるだろう。五摂家の連中の思惑通りになるのは、いささか業腹ではあるがな」


 五摂家との政治的連帯を選んだとはいえ、彼らが自分たちよりも先に皇主に拝謁することを、正信も公直も許さなかった。もし自分たち二人だけの奏上で新政権の樹立が見込めるのであれば、当然、五摂家を政治的に復権させる必要性はないからだ。

 しかしやはり、五摂家の者たちの見込んだ通り、皇主は正信と公直からの奏上だけでは納得出来なかったらしい。こうなれば、皇主による諮問の範囲を拡大し、周囲を攘夷派新政権樹立論で固めた上での大詔渙発を狙うしかなかった。


「結城家領軍は如何いたしますか? すでに先鋒は響谷川を渡河し、こちらの占拠している地域に接近しつつある模様です。このままでは、全面衝突は避けられません」


「卿が拝謁前に言った手でいくしかなかろう」


 伊丹正信の顔にも、焦燥が滲んでいた。


「結城景忠公の意思を挫く。爆撃を反復させると共に、恭順を求めるための使者を河越に送り込む。それも、なるべく早くに、だ。結城家領軍との衝突が始まろうとも、結城家当主が停戦の命令を下せば結城の小倅も身動きが封じられよう」


「はい」


「後はすべて、この事態の責任をあの小僧に押し付ければ良いのだ。長尾憲隆公の爆殺も何もかも、あの小僧が野心故に起こしたことだ、とな」


「上手く行きますでしょうか?」


 すべての切っ掛けとなった長尾憲隆公爆殺事件の真相は、未だに不明のままであった。一部では、事件直後に正信女婿の渋川大佐らが蹶起したことで、爆殺事件は裏で攘夷派や伊丹正信が主導したのではないかという流言が飛んでいた。だから、一色公直はそう言ったのだ。


「卿は、今、我らの手の内に何があるか忘れたのか?」


 少しだけ呆れたような口調で言った正信に、公直もようやく思い出した。昨夜から不眠不休で、少し記憶力や判断力が低下しているのかもしれない。

 伊丹正信は、続けて言った。


「あの術者の小娘の身柄は今、こちら側が抑えている。ならば、こちらが望むことを言わせれば良いだけの話だ」


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 薄暗い空間に、笞の打擲(ちょうちゃく)する音が響いていた。

 麻苧(あさお)の巻かれた竹の杖が肌を叩く、弾けるような音が連続する。

 二人一組の打役が笞を振るっていたのは、白い肌を晒す一人の少女であった。その頭からは狐の耳が生え、腰からは尻尾が伸びている。

 昨夜、景紀たちを河越に逃がすために殿を務めた、冬花であった。

 シキガミの少女は首からさげている勾玉を除いて一糸もまとうことも許されず、薄暗い空間の中央で天井と床から伸びる鎖にしなやかな手足を引き伸ばされる形で拘束されていた。

 両腕は広げる形で天上から下がる鎖とその先に付いている鉄製の手枷で固定され、両足も肩幅くらいに開かされて床から伸びる鎖と鉄枷で縛められている。

 天井の滑車から下がる鎖は冬花の体が浮くか浮かないかといった絶妙なところで固定されており、そのためにシキガミの少女は爪先立ちを強いられていた。少しでも体が下がれば両手首の鉄枷が肉にくい込むため、両手で手枷から伸びる鎖を必死に掴みながらこの姿勢を続けるしかない。


「うっ……」


 両足を開いた状態で爪先立ちになるという無理な体勢を取っている少女の背に、容赦なく笞が打ち付けられる。


「うあぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 堪えきれない苦痛の叫びが、冬花の口から漏れる。その衝撃で、鎖がかすかに軋んだ音を立てた。

 裸身を晒したまま、冬花は羞恥を覚える余裕すらなく笞打たれる苦痛に耐えるしかなかった。

 薄暗い空間の壁にはおびただしい数の呪符が張り巡らされ、彼女の術は完全に封じられているために抵抗することは不可能であった。さらに手首と足首にはめられている鉄枷にも冬花の妖狐の血と霊力を封じるための梵字の術式が刻み込まれているという念の入れようである。


「そろそろ、結城家の情報について何か話す気になったか?」


 冬花の正面で拷問を指揮していた男が、冷厳な声で問う。


「貴様は結城景紀の側近。結城家内部の機密情報に通じているはずだ。何も話すことがないということはなかろう?」


「うる、さい……」


 苦痛で荒くなる息を整えながら、冬花は涙に濡れた瞳でその男を睨み付ける。背中は激しく痛み、足はつりそうになりながらも、シキガミの少女は気丈に吠えた。


「私は、若様を裏切らない、裏切るものかっ……!」


 男は、冬花の反応に溜息を一つ零さなかった。ただ機械的に、冬花の背後で笞を持つ二人の打役に目配せをするだけであった。即座に、それぞれ一打ずつ、少女の背中に笞を振るった。


「うっ、ぐぅぅぅぅぅぅっ……」


 歯を食いしばっても、喉の奥から苦痛の呻きがどうしても漏れてしまう。


「ならばこちらは、貴様が喋りたくなるまで待つだけだ。続けろ」


「はっ!」


 打役の者たちは、規則正しい間隔で冬花への責めを再開した。

 笞が少女の背を打ち、冬花の絶叫が空間内に反響し、鎖が軋んだ音を立てる。

 薄暗いこの空間は、伊丹家皇都屋敷にある蔵の一つであった。ただし、その蔵は屋敷の宝物や金子、備品や武具などを収めた蔵の並びとは離れた位置にあった。

 周囲を樹木や板塀で囲われた、屋敷の中でも奥まった場所に存在している。

 この蔵を管理しているのは、屋敷の家令や家扶などではなく伊丹家隠密衆であった。

 ここは、屋敷に忍び込んだ他家や政府の密偵、あるいは横領など主家に対する裏切り行為をなした者を拘束・尋問するための建物なのである。

 故に、建物内には捕えた者を閉じ込めておくための牢と、責問を行うための部屋があった。

 伊丹家隠密衆たちは、捕えたこの少女から結城家の情報を引き出すことを主君である正信から命じられていた。

 冬花は当主側用人ではないものの、次期当主の側近中の側近である。そのような人間を捕えて責問をする機会などそうそうあることではない。そのため、彼女から情報を引き出そうとする隠密衆たちの拷問にも自然と熱が入る。

 白かった少女の背は激しい打擲を受けて真っ赤に染まり、そこに補助役の者が水桶の水を浴びせかける。だが当然、打役は腫れが引くまで待つようなことはしない。

 そのまま連続して二、三十回も打つと、腫れ上がった皮膚が裂けて血が滴る。そこで一度、打役が責めを中断する。

 笞打ちの最中も何とか手で鎖を掴んで体が下がらないようにしていた冬花であったが、爪先立ちを強いられている両足はすでに痙攣するように震えていた。苦痛と叫びのために呼吸は荒くなり、全身から噴き出した脂汗がかけられた水と共に体を濡らしている。


「うっ、うぅ……」


 呼吸を落ち着けても、背中から痛みが引くことはない。指先だけで体を支えている足も、限界に近かった。痛みに耐えようとする口からは呻きが漏れ、どうしようもなく流れてしまう涙が頬を伝って床に落ちる。

 冬花の呼吸が落ち着いたところを見計らって、再び責問を指揮する男が口を開いた。


「まだ、話す気にはならんか?」


「……」


 ぐったりと垂れていた少女の頭が、ゆるゆると振られた。


「塩」


 男は、部下たちに無感動な調子で短く命じた。応じるように打役の二人が一度笞を置き、壺の中から塩を掬う。彼らもやはり事務的な手付きで、無残な裂傷の走る冬花の背中に塩を塗り込んでいった。


「ああああああああああっ……!!」


 冬花の口を突いて出る絶叫を無視して、二人は丹念に傷口に塩を擦り付けていく。顔を仰け反らせて悶絶する少女に、手足を繋ぐ鎖が激しく揺れる。


「貴様の主は、貴様を見捨てて逃げたのだ。今さら、そのような男に義理立てする必要もなかろう」


 塩が塗り込まれ、体を激しく揺らしている少女が再び静かになるのを待ってから、たたみ掛けるように拷問を指揮する男が言う。


「それにいずれ、貴様の主は逆賊として討伐されることになる。降るのならば、今のうちだぞ?」


「逆賊として、討伐されるのは、お前たちの、方だ……」


 苦痛と疲労で途切れ途切れになりながらも、冬花は反論した。


「……」


 自分たちの主家である伊丹家を逆賊呼ばわりされ、男たちの表情が険しくなる。一向に口を割ろうとしない少女への苛立ちも募る一方であった。

 隠密衆の中でも責問を専門に担当するこの者たちには、そうであるが故に相手の口を割らせることに職業的な意地がある。

 笞打ちや塩責めでも効かないようであれば、午後にはさらに別の責めを行うか、相手の体力が回復するのを待つかの判断しなければならない。蔵の中には木馬責めや石抱き責めなど、他にも様々な拷問のための道具が揃っている。

 この少女の体力や体調を見極めつつ、拷問の緩急を考え直す必要があった。

 拷問はあくまでも情報や自白を引き出すための行為であり、相手を死なせることは拷問の失敗を意味する。笞打ちにしても、本来の規程(と、言っても皇国の司法制度上、公式には拷問は廃止されたことになっている。そのため、規程とはそれ以前の時代に定められたもの)では一日に一五〇回までと定められている。それ以上打てば、受刑者の命に関わるからである。

 死んでも構わない程度の相手ならば拷問吏たちもそこまで気を遣う必要はないが、この少女は結城家の中枢に位置していた者である。そこから得られる情報は貴重であった。だからこそ、彼らとしても慎重にならざるを得ない。

 それに、この得体の知れない容姿もまた、彼らを慎重にしている原因であった。下手に殺してしまい、妖の祟りにでも遭っては堪らない。

 ひとまず笞打ちを再開する合図を出そうとしたところで、部屋の扉が開いた。蔵の外で警備を行っていた者が開けたのだ。


「どうした?」


「はっ、御館様と一色公閣下が様子を見に来られまして……」


 その者も困惑しているようであったが、流石に追い返すわけにはいかない相手である。何人かの供回りの者を引き連れて、伊丹正信と一色公直が蔵の中に入ってきた。


「御館様、ここは閣下のような方がいらっしゃる場所ではございません」


「よい、気にするな」


「はっ……」


 拷問を指揮していた男は困惑混じりながらも、恐懼するように頭を下げた。


「それで、この小娘は何かを吐いたのか?」


「はっ、まだ何も」


 弁明するように男は続ける。


「何しろ化生の血を引く娘ですから、我らとしても加減が掴めぬとことがございます。妖狐の血を引くための体質でありましょうか、傷の治りも早く、今この傷も一、二時間もすれば完全に回復するでしょう。まだ正午には至っておりませぬが、すでに笞打ちの回数は一〇〇回を越えておりまして、この体質により間断なく責問を行えるとはいえ、小娘の体がどこまで持つのかは判断し難いところもありますが故……」


 蔵の内部に封印の術式が施されていても、妖狐の血を色濃く発現させた冬花がもともと体質として持っている自然治癒力はそのままであった。

 それが拷問吏たちに連続した笞打ちを可能とさせていたが、逆に彼女の体がどこまで持つのかという判断を難しくしてもいた。


「ふむ」


 それを聞いた伊丹正信は、部屋の中央で鎖に繋がれている冬花を見遣った。シキガミの少女は手足が限界を迎えつつあるのか、両手足を小刻みに震わせていた。鎖がかすかにこすれ合う音を出す。

 この伊丹家当主は部屋の隅で火鉢にかけられている火箸を一つ、取り出してから拘束されている冬花に向かった。


「小娘、一つ、取引をしようではないか」


 手足を引き延ばされたまま頭垂れている少女に、正信は言う。すると、拷問を指揮していた男が冬花の髪を掴み、無理矢理に顔を上げさせた。赤い瞳は涙で濡れ、苦痛と疲労によって虚ろな光を宿していた。


「貴様と、貴様の主の命は保証してやろう。貴様が、長尾公爆殺事件はあの小倅が野心故に起こしたものであり、さらに小僧が貴様に儂や一色公を呪い殺すよう命じていたと言えば、な」


「……」


 虚ろな冬花の視線が、正信の持つ焼けた火箸に向かう。その瞳に、隠しきれない怯えの色が浮かんでいた。そこに、正信はたたみ掛けるように続けた。


「そして貴様らを新海諸島へ流す。貴様の爆裂術式を使えば、軍を用いずともあの島を早期に平定し、皇国領に組み込むことが可能となろう。宵姫という邪魔者もあの島にはおらぬ。小僧は、貴様の好きにすればよい」


 それは、冬花の少女として景紀を思慕する感情を利用しようとするものであった。だが、シキガミの少女の答えは一つしかない。


「馬鹿に、するな……。私は、絶対に若様を裏切らない……」


「……」


 自ら苦しむ道を選んでしまった少女に嘲るような視線を落として、正信は火箸を少女の体に押し付けた。


「っぁ、あぁぁぁぁぁぁぁ……!!」


 肋骨を折らないように背中だけを笞打たれていたために未だ傷一つなかった少女の腹部に、焼けた火箸による無残なみみず腫れが生じる。火箸は、少女の証である瑞々しい膨らみにも容赦なく押し付けられた。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!


 その熱さに、少女の体が激しく跳ねる。


「……午後、この小娘を皇都市内で引き廻せ」


 皇主への拝謁も少女への責問も上手くいかないことへの鬱憤を一通り晴らし終わると、正信はそう命じた。


「しかし、まだこの娘は何も喋っておりませんが?」


 拷問を指揮していた男がちらりと視線をやれば、手足を鎖に繋がれている少女はぐったりとして俯いている。


「貴様、我らを誹謗する伝単が撒かれたことを知らんのか?」


 自身の命令に疑問を差し挟まれたことへの苛立ちが、正信の言葉に滲んでいた。


「結城家の小癪な策に対抗するために、我らはその正統性を示さねばならぬ。長尾憲隆公の爆殺、儂らへの呪殺未遂の疑い、自白など後からさせれば良い。まずは結城の小僧が野心故にかくの如き大それたことを起こしたと、小娘を引き廻すことで喧伝するのだ」


 結城景紀による長尾憲隆公爆殺、そして伊丹・一色両公への呪詛の陰謀は、葛葉冬花による自白があろうとなかろうと、真実であろうとなかろうと、とにかく噂を広め皇都市民が納得することが重要なのだ。

 それこそが、宣伝工作というものである。


「それに、このような妖魔の血を引く者を側に侍らせる結城の小僧に、六家たるの資格はないと皇都の民どもに知らしめることにもなろう」


「はっ」


 それが主命であれば、最早拷問を指揮していた男に否やはない。


「だが、拷問の痕が残っていては我らの外聞も悪い。一、二時間で傷が回復するのならば、午後にはあらかた傷跡も消えているはずだな?」


「はっ、そのように思われます」


「ならばそれまで牢にでも放り込んでおけ。引き廻すのは、表面的にでも傷が消えてからだ。良いな?」


「承知いたしました」


 隠密衆の男が恭しく頭を下げると、正信は冬花に一瞥を加えた後、一色公直と共に蔵を後にした。


  ◇◇◇


「なかなか強情な娘のようですな」


 伊丹家皇都屋敷の中を歩きながら、一色公直はそう言った。彼の口調にも、上手くことが運ばないことによる焦燥と苛立ちがあった。


「ただ痛みを与えるだけは、あの小娘は屈せんだろう。ならば、あの小娘が最も気にしているという化生の血を引く者であるという部分を利用するまでよ」


 軽く鼻を鳴らしながら、正信は応じた。


「それに、皇都の市民にあの娘の容姿の不気味さを知らしめれば、民どもの小僧に対する嫌悪感を煽ることが出来よう」


「まあ、あの小娘を屈服させたところで、結局は小娘の術者としての力を利用せざるを得ないことは将家の当主として業腹ではありますが」


 皇主からの詔勅を得ることに失敗した伊丹正信と一色公直は、結城景紀の側近中の側近である少女を捕えているという現状を最大限に利用しようとしていた。

 冬花に長尾憲隆公爆殺事件の首謀者を景紀である自白させ、さらに景紀は伊丹正信と一色公直の呪殺をも目論んでいたと証言させる。

 呪詛を使った咎によって景紀を廃嫡に追い込むというのは、かつて一色公直が伊丹正信に示した策である。これは同時に、呪術師というものの危険性を民衆に知らしめるという意味もあった。

 呪詛による急進攘夷派の排除という当初の策とは違う形になってしまったが、依然としてこれは結城景紀を陥れるのに効果的な策であると、一色公直は考えていた。

 少なくとも、結城家の伝単(ビラ)による不愉快な噂を払拭し、結城景紀による長尾憲隆公爆殺と伊丹・一色両公の呪殺未遂を“事実”として確定させてしまえば、六家協調は最早不可能である旨を皇主に改めて奏上出来る。

 本来であれば切腹に追い込んでしまいたいところではあったが、結城家次期当主であり妖狐の少女の主君であるという結城景紀の立場はまだ利用価値があった。

 一色公直は特に新海諸島の併合を急ぎ、かの島々での羊毛の自給化を狙っている。そのため、悠長とも言える結城家と現地部族長たちの交渉結果を、まるで評価していなかった。

 しかし、軍を送り込んでかの島々を平定することも、対ルーシー戦役を控えた皇国にとっては多大な負担となることもまた事実であった。

 ならば、呪術に頼るということは将家としての本分に悖ると思いつつも、あの妖狐の少女の爆裂術式を軍事的に活用することを、公直は思いついたのである。

 この騒乱の結果、結城家を屈服させることが出来れば、結城家から相当数の牢人が発生するだろう。

 その者たちの指揮を結城景紀に任せ、そして葛葉冬花の爆裂術式を使わせれば、南泰平洋に軍を派遣せずとも新海諸島を平定し、早期に併合することが出来るだろうと考えたのだ。

 加えて、冬花を市中に引き廻すことは未だ旗幟を鮮明にしていない者たちへの圧力にもなる。

 皇都には兵学寮、学士院、女子学士院と、将家や公家、その家臣たちの子女が通う学校が複数存在し、それらは現状、蹶起側の包囲下にある。事実上、諸侯たちの子女を人質に取っているのだ。

 そこにあの陰陽師の少女の惨めな姿を晒すことで、皇都屋敷に逼塞している中小諸侯たちに次は自分の息子や娘の番かもしれないと思わせることが出来る。

 恐怖で他者を支配することの危うさは伊丹正信や一色公直も十分に理解していたが、この時代、依然として列強諸国でも公開での刑罰執行の習慣は残っていた(西洋では主に断頭台による死刑執行が市民の“娯楽”となっている有り様であった)。そのため、市中引き回しという行為に対する抵抗感は希薄であった。

 また、そうした他者に対する脅しや抑止の効果が公開での刑罰執行の目的でもあったから、やはり二人の良心が咎めることはない。

 二人はそのまま、今後の方針についての協議を進める。

 蹶起部隊の占拠地域に接近しつつある結城家領軍への対処、そして如何にして自らの正統性を確立するための詔勅を得るのかという問題、彼らはまだ完全に政治的・軍事的に優位な態勢を固め切れていないのだ。


「相柄国の結城景秀に、電報を打て」


 正信は結城家に対する自らの優位を確立すべく、以前から自分たちへの接近を強めていた結城家現当主・景忠公の異母弟・景秀の存在をも利用することにした。


「小娘を自白させ、結城景紀を廃嫡し、景忠公にも今回の事件の責任を取らせて隠居に追い込む。そうなれば、結城家を統べるのはあの男をおいて他におらぬ。奴を利用し、結城家内部を分裂させるのだ。景秀と彼についた家臣の領地、封土は安堵すると、そう伝えよ」


 結城家の内部分裂を誘うことで、結城家領軍の統制を崩す。そうなれば、結城家領軍は皇都に攻め込むどころではなくなるだろう。

 結城景忠に恭順を促すための使者を河越に送るのと並行して、伊丹正信と一色公直は結城景秀と接触を図ることで結城家の分裂工作を加速させようとしていたのである。

 本話に関連するノクターン版番外編(十八歳未満閲覧禁止)

冒頭URL:https://novel18.syosetu.com/

Nコード:n7033hg/6/

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『秋津皇国興亡記』第1巻
― 新着の感想 ―
[気になる点] なぜ一色公は冬花が自白をしたと嘘の報道をしないのですか? また冬花もなぜウソの自白をしないのですか? ウソの自白をすれば一時的にせよ拷問は止まり時間も稼げるでしょうし、最終的には冬花本…
[気になる点] 正直主人公らがあからさまなお家分裂の危機に手を何も打っていないとは思えません。どうなっていくのか楽しみです。 [一言] 冬花...
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