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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十二章 皇都内乱編

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223 河越空襲

 河越城内の電信局では、夜間も当直の者たちが交代で電信の送受信に当たっていた。

 ただ、昨十七日の午後ほどに頻繁に電信が飛び交うことはなくなっていた。皇都との電信線が切断されてしまった影響で、一部地域との通信が不可能となっていたからだ。

 それは呪術通信についても同じで、皇都では通信妨害の霊力波が放たれているらしく、呪術通信によってもたらされる情報も断片的であった。

 その中で、宮内省御霊部のみはまだ十分な通信能力を維持しているらしく、鉄之介を中心とする呪術通信手たちの元には一定程度、皇都の情勢に関する情報がもたらされていた。

 それによると、兵部大臣・坂東友三郎は参内したものの、伊丹・一色両公の参内は遅れているとのことであった。

 これは結城家側にとっては朗報で、未だ伊丹・一色両公を中心とする攘夷派新政権は樹立されていないということになる。

 恐らく、蹶起した部隊や攘夷派浪士たちの統制に苦慮しているのだろう、というのが結城家側の情報分析であった。

 宵は景紀たちを見送り、黎明を期した皇都への伝単(ビラ)散布作戦の計画と出撃準備がおおむね完了する見込みがついたとの報告を受けた十八日午前三時過ぎ、一度仮眠をとることにした。

 もちろん、本丸の居室などには戻らず、電信局の局長室の長椅子を借りて寝た。世話役の済などは身重の体で無理を続ける宵のこうした行動にあまり良い顔はしなかったが、それでも非常時故に容認するしかなかった。

 次期当主たる景紀が軍を率いて皇都に向かおうとしている以上、河越城で家臣たちに指示を下せる立場にあるのは宵だけなのだ。未だ景忠公が本丸の執務室に籠ったままという状況である以上、やむを得なかった。


  ◇◇◇


 だが、宵の睡眠は三時間と経たずに妨げられることになった。


「姫様」


 彼女の側で護衛についていた忍の少女・風間菖蒲が、急かすような調子で宵を起こしたのだ。


「……菖蒲殿ですか。どうしました?」


 宵は寝不足を訴える体を気力で起こして、問いかける。


「国境付近を警備している者たちから緊急の呪術通信が入りました。皇都方面より、翼龍の大集団が国境を越え、北に向かって飛行しているとのことです」


 淡々と事実のみを伝えるその報告を聞き、宵は毛布を跳ね上げて立ち上がった。


「城の守備隊長にこのことは?」


「すでに伝達済みです。守備隊は敵龍兵の降下を警戒し、特に御館様のおられる本丸付近の兵員を増強しております」


 宵も当然、報告を聞いた瞬間に敵龍兵の城内への降下という可能性は思い至っていた。


「姫様も、御身の安全のために急ぎ本丸へとお移りになられるべきかと」


 菖蒲は臣下としての立場でそう進言する。


「……」


 だが、宵は即座に動こうとせず、考え込む表情になった。

 皇都方面から北上する翼龍の集団の目的地が、ここ河越城であろうことは間違いない。皇都は現在、伊丹・一色公を中心とする攘夷派の占拠下にあるのだから、彼らとしても早急に河越城を落として結城家を屈服させたいところだろう。

 だが、同時に疑問も覚える。

 敵城への龍兵による斬り込み作戦は戦国時代にも何度か行われていたが、基本的には生還を期さない戦術として行われてきた。宵は景紀から紫禁城降下作戦について聞かされていたが、あの作戦はそうした意味では例外的なものと言えた。

 もし敵龍兵が気球を曳いているのならばそうした報告が入るはずであるが、菖蒲の報告を信じる限りでは確認出来たのは翼龍のみということになる。だからこそ、疑問を覚えたのだ。

 皇都に駐屯する部隊は、伊丹家領軍や一色家領軍ではない。伊丹派、一色派の将校が配属されてはいるが、下士卒の大半は皇都や周辺の中央政府直轄県から徴兵された者たちである。

 つまり、自領の領民から構成された部隊でないため、伊丹・一色両公への忠誠心はそれほど高くはない。

 そして、宮内省御霊部からの通信内容を信じる限り、伊丹・一色両公を中心とした新政権が皇都に樹立され結城家を討伐せよとの勅命が発せられたわけではない。

 そうした状況下で、生還を期さない命令に皇都の第一龍兵集団が素直に従うだろうか。

 また、伊丹・一色両公も龍兵たちがそうした命令に従順に従うと信じるだろうか。


「菖蒲殿」


「はっ」


「守備隊長は、本当に敵龍兵が城内に降下すると考えているのですか?」


「可能性の一つとして考えてはいるようです」


「龍兵の降下ではなく、空爆の可能性は?」


「その可能性も、あるとのことです」


 もちろん、結城家当主・景忠と次期当主正室・宵の身の安全を守らなければならない河越城守備隊長や家臣団の立場としては、最悪の想定として敵龍兵が城内に斬り込んでくることを考えざるを得ないだろう。

 その意味では、宵は守備隊長の対応を批判しようとは思わなかった。

 だが同時に、守備隊長の対応は杞憂であるようにも感じるのだ。

 むしろ宵は、空爆の可能性の方が高いと思っている。龍兵たちにとっても、生還を期さない城への降下斬り込み作戦よりも従いやすいものだろう。

 そして、河越城に対してはその効果も高い。

 結城景忠公に対する心理的圧力という意味でもそうだが、城の構造的に空爆に耐えられるようにはなっていないのだ。

 河越城は近世城郭であり、より近代的な稜堡式要塞ではない。

 着弾の衝撃で起爆する信頼出来る信管が開発・実用化されたのここ二、三十年ほどの間のことであり、当然ながら龍兵による爆撃戦術が発展していったのはそれ以降のことであった。

 つまり河越城は、龍兵爆撃など想定もしていない時代に設計・築城された城なのである。

 もちろん、翼龍から地上にものを落として人員を殺傷したり目標を破壊したりする戦術が、近世以前に考案されていなかったわけではない。しかし、導火線に火を付ける形式の当時の爆弾は翼龍の上で使うには困難であり、石や瓦礫などを投下したとしても爆弾ほどの威力は発揮されない。

 いずれにせよ、河越城は築城時には想定されていなかった事態に見舞われる可能性が高かったのである。

 そして、国境を警戒していた者から呪術通信で河越に連絡が入り、それが宵の元に届けられるまでの時間を考えると、龍兵が河越城上空に到達するまであと五分もないだろう。


「菖蒲殿。龍兵による空襲の可能性を考え、急ぎ城下の火の見櫓に使者を遣わせて火災の発生を警告する鐘を鳴らさせて下さい」


 時刻はそろそろ午前六時を回ろうとする頃だ。

 起き出している住民の中には朝食のために火を熾している者もいるだろうから、万が一、爆弾が市街地に着弾するようなことになれば河越城下が大火に見舞われるだろう。

 それを、宵は懸念したのである。

 もちろん彼女は住民の安否を気にしてもいたが、城下町が焼け落ちたとなれば皇都へ進撃しているだろう結城家領軍の士気にも関わると考えていた。


「はっ、承知いたしました。姫様も、急ぎ本丸にお移りになられますよう」


「いえ、私はここを動くつもりはありません」


 菖蒲の重ねての進言を、宵は普段通りの平坦な口調で退けた。


「龍兵の目的が城への降下斬り込みであるにせよ、空襲であるにせよ、目標とされるのは本丸や富士見櫓でしょう。むしろ、城の中心から外れているこの電信局の方がかえって安全です」


「しかし……」


 忍の少女は、なおも言い募ろうとした。


「ここには鉄之介殿もおりますから、結界で凌げます。それよりも、菖蒲殿は早く使者を城下に送るように伝達を」


「……はっ、ただちに」


 しかし、宵がたたみ掛けるように言えば、菖蒲もそれ以上続けることなく一礼して局長室を駆け出して言った。


「……」


 宵は朝日が差し込みつつある窓の外から、空を見遣った。

 もうすぐ、河越上空に敵騎が来襲することになるだろう。そして一方、結城家領からは伝単を散布すべく龍兵部隊が皇都へと向かっているはずだ。

 翼龍の育成体制は、戦国時代などよりもよほど整い、充実している。それに従って軍の保有する翼龍の数も増えている。

 彼我共に大規模な龍兵部隊を運用するという状況は、先の対斉戦役に続く二つ目の事例となるかもしれない。

 そしてその対斉戦役では、海軍龍兵部隊が爆撃により斉の内陸水運網に深刻な打撃を与えたという。

 龍兵の大規模運用は、今や内乱と呼ぶべき事態にまで至ろうとしているこの騒擾の様態をよりいっそう悲惨なものとしてしまうかもしれない。

 そんな暗い予感を覚えつつも、宵は景紀の勝利を祈るよりほかになかった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 一方、十八日の朝を迎えつつある皇都では、各斥候部隊からの報告が景紀の下に届きつつあった。


「この場合、あいつの思い切りの良さが役に立ったと言うべきか」


 京総線の機関車工場兼機関車庫に臨時の指揮所を置いている景紀は、呆れと愉快さの混じった声を漏らしていた。

 彼は先ほど、将校斥候として先行させた朝康たちからの報告を受け取っていた。

 朝康や嘉弥姫たちが斥候の過程で騎兵第一、第二旅団に恭順を求める近衛騎兵連隊の使者一行に遭遇。使者を殺害した上で護衛の下士卒たちを投降させたことで、結城家領軍と反乱軍側の最初の軍事衝突が生じたことを、景紀と貴通は報されていた。


「まあ、結城家の人間が先頭に立つことの重要さを、改めて思い知らされた感じではあります」


 貴通もまた、その口元に苦笑じみたものを浮かべていた。

 朝康が反乱軍側の使者たちに切った啖呵は、結城家領軍の士気を繋げることに成功していたのである。蹶起の趣旨が上聞に達せられるとなれば、下士卒たちに動揺が走るだろう。それを、朝康の一喝が押さえ込んだのである。

 この場合、小山朝康という青年の性格が功を奏したといえるだろう。


「それで、小山少佐からは響谷川に架かる総野往還の橋まで進出したが敵影なし、という報告も届いていますが、どうします?」


 反乱軍側からの使者を殺害した後、朝康たちはそのまま響谷川の線まで進出したらしい。そこで、橋が無傷で残り、周囲に反乱軍の姿も見えないことが確認されたという。


「どうやら反乱軍の連中は、響谷川の渡河地点を確保するだけの兵力がないらしい」


 歩兵第一、第三連隊の蜂起から一夜明けたにもかかわらず、皇都の東側にある川が三本、すべて無防備な状態であることから、景紀はそう判断した。

 恐らく反乱軍側の占拠している地域は、皇都中心部に留まっているのだろう。これは単純に反乱部隊の兵力が不足している、つまり現時点までに蜂起に合流した皇都衛戍部隊の数が少ないことを意味している。

 第一師団の歩兵二個連隊と近衛師団の一部では、皇都市内全域を占拠するのは不可能だったのだ。

 皇都の入り組み、錯綜した市街地では、主要な交差点の封鎖などで相応の兵力を取られてしまう。恐らくはそれが、反乱部隊の占拠地域の限定に繋がっているのかもしれない。

 とはいえ、依然として反乱部隊の兵力や配置について景紀たちは正確な情報を得られておらず、皇都中心部への性急な突入は危険が伴うだろう。

 しかし一方、最後に残る響谷川に架かる橋を迅速に確保しなければならないというのも、また事実であった。

 そして、響谷川に架かる総野往還の橋が無傷であるならば、島田少将率いる主力部隊の到着を待つべきではない。

 騎兵第一、第二旅団に遣わした反乱軍側の使者が殺害されたことは、遠からず反乱軍側も把握するであろうから、彼らが急ぎ橋に爆薬を仕掛けないとも限らないのだ。

 そうなってからでは、遅い。

 景紀はそれらの思考を数瞬の内に済ませ、決断を下した。


「貴通、先遣部隊で動ける奴すべてで急ぎ、響谷川の橋を確保するぞ。橋に反乱軍の手が及んでいない今なら、確実に橋を確保出来る」


「承知しました。このまま一気に響谷川まで進みましょう!」


 貴通も積極的な声音で、景紀の言葉に同意した。

 こうして、皇都東側に残された最後の川を渡河するため、景紀たちは再び進撃を開始するのだった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 未明の河越城下に、火災などの緊急時に打ち鳴らされる鐘の音が鳴り響いていた。

 城から出てきた者たちが、城下の者たちに空襲があるかもしれないことを叫んで回る。

 未明の〇六〇〇時過ぎ、河越は立原飛行場を発進した翼龍約五十騎による空襲を受けることになったのである。

 しかし、このような事態を経験したことのない城下の者たちの対応は迅速とは言えなかった。

 とにかく朝食を作るための火を消しはしたが、かといってどこに逃げればよいのか判らなかったのである。目敏い者は大八車に家財を乗せて市街地から脱出しようとしたが、それよりも翼龍が河越上空に到達する方が早かった。


「南西方向に翼龍を確認! 数、およそ五十!」


 河越城における天守閣的存在である富士見櫓に上っていた見張りの兵が、そう報告した。

 城内の電信局に身を置いている宵の元にも、その報告は届いていた。


「……」


 宵は常と変わらぬ感情に乏しい表情のまま、本来であれば局長が座っているべき椅子に腰掛けていた。家臣や局員からは、空襲にまるで動じていない様子に見えただろう。

 実際、宵の内心は凪いでいた。

 鉄之介が電信局の建物周辺に結界を張ったからではない。この内乱ともいうべき事態に対して、結城家次期当主正室としての覚悟を固めていたからだ。

 景紀とお腹の子のためにも、この内乱を断乎戦い抜くつもりであった。そして、万が一にも景紀が敗れることがあったならば、宵は自分も彼と運命を共にするつもりであった。

 その覚悟に比べれば、城が空襲を受けることなどどうということもない。

 それに、今頃は志野原を進発した景紀たちが反乱軍の占拠している皇都中心部に向けて進撃している頃だろう。今や、互いが互いの喉元に刃を突きつけ合っているような状況なのだ。


「敵騎、まもなく城の上空に到達します!」


 呪術通信で富士見櫓の見張り員からの報告を伝達している通信手が、緊迫の声と共に叫ぶ。

 宵は、身じろぎ一つしなかった。

 やがて城の上空を覆うように翼を広げた翼龍の大集団が一斉に爆弾を投下し、それは河越城に激震をもたらすこととなった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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