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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第二章 シキガミの少女と北国の姫編

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24 当主会談

 嶺奥国領主・佐薙成親伯爵は皇都に出てきて以来、他の諸侯と同じように活発に活動していた。

 間もなく列侯会議・衆民院常会が開かれるため、それに合せて情報収集と各所への根回し、あるいは地元の衆民院議員からの陳情などの対応に追われていたのである。

 さらに正室の娘である宵を結城家に輿入れさせてからは、長尾家と結城家の動向に気を揉む日々が続いていた。結城家がどちらの家との繋がりを重視するのかによって、佐薙家の今後の命運が決まってしまうからである。

 現状、結城家と長尾家、さらに有馬家は六家会議において、軍事費偏重となる予算案を改めるべく、政治的同盟を組んでいる。

 だが、一度婚姻関係を結んでしまった以上、結城家が簡単に佐薙家を切り捨てることも出来ないだろう。そもそも、この婚姻は東北地方の政情を安定化させるべく、六家自身が仕組んだものなのである。そして、景紀が宵との床入りの儀を済ましたならば、なおさらである。

 しかし、未だ結城家は東北問題に対して旗幟を鮮明にしていない。

 あるいはあの結城家の若造、優柔不断に陥っているのではあるまいな、と佐薙成親はそろそろ疑念を抱き始めていた。

 また、両家が婚姻関係を結んだことにより、東北地方から選出された衆民院議員からは嶺州鉄道の建設路線を始めとする経済振興政策、農村再生政策についての陳情も増えてきていた。万が一、結城家からの支援を取り付けられなかったとなれば、家臣や領民たちからの支持が揺らぐ可能性もある。

 特に、長尾家との対立や農作物の不作など、将来に対する漠然とした閉塞感を抱いている領民は、この婚姻によって嶺州の経済振興が進むだろうと期待を寄せており、成親にとってなおさら結城家からの支援の取り付けは重要であった。結城家から有用な支援が引き出せないとなれば、最悪、領内で世直し一揆や打ち壊しが発生する可能性もある。

 さらに佐薙成親にとって問題であったのが、議員連中が海岸沿いの路線を推していることであった。正直、彼自身としては、長尾家を牽制出来る内陸経由の路線を望んでいた。一方で、領国内の振興という意味では海岸沿いの方が有利であることも確かであり、家臣たちの間でも、路線の選定に関しては意見が分かれていた。

 そして、成親はそれらの意見をまとめられずにいた。

 そうした中で十二月を迎えると、彼の下に結城景紀よりの書状が届いた。内容は、婚姻の儀の際に話題の上がっていた嶺州鉄道の建設について直接、会談の場を設けたいとのことであった。

 成親としても佐薙家の財政を考えた場合、鉄道敷設は結城家の後援の下に行いたいと考えており、さらにここで結城家からの支援を引き出せれば間もなく始まる列侯会議・衆民院における結城家と嶺州選出議員、さらには嶺州以外の東北選出議員からの支持も期待出来る。

 若造相手の交渉ならば、会談の主導権を握ることも難しくはないだろう。

 その考えの下、佐薙成親は会談に応ずる旨の書状を返した。

 会談は二日後、皇都の佐薙家屋敷で行われることになった。


  ◇◇◇


「景紀、本当に佐薙家で会談をやってしまって良かったの?」


 佐薙家屋敷へ向かう結城家の家紋が付いた馬車の中で、景紀の対面に座る冬花が確認するように言った。声には、納得出来ない響きが現れている。


「会談を申し込んだのはこちらだし、少しは向こうの顔を立てる必要があるからな」


「こっちは公爵家でしかも六家、相手は伯爵家よ。爵位からすれば、佐薙伯から出向くのが筋だと思うけど?」


「公爵家の生まれでも、俺はまだ従五位だ。対して相手は正式な伯爵だから、従二位。位階でいえば、立場は相手の方が上。わざわざ交渉前から相手の機嫌を損ねる必要はないだろう?」


 ちなみに「叙位条例」という法令では、位階は十六段階に定められており、従五位は位階第十位、従二位は位階第四位となっている。そのため、家としてはともかく、個人としては景紀よりも佐薙成親の方が立場が上なのである。


「……」


 冬花はなおも納得のいっていない表情であったが、これ以上の反論は主君に対して不敬にあたると考えたのだろう。口元を引き締めたまま、黙り込んでしまった。


「……景紀様、少しは冬花様のお気持ちも察してあげて下さい」


 すると、景紀の横に座っていた宵が、抑揚に乏しいながらも溜息をつきたそうな調子で苦言を呈してきた。


「冬花様は、自慢の主君が相手に侮られるような振る舞いをしていることに我慢がならないだけなのです。それが政治的に必要とはいえ」


「ちょっ、宵姫様……っ!」


 自分の内心を暴露されたためか、冬花は顔を赤くして慌てたように声を上げた。


「私は、事実を言ったまでですが?」


 対する宵は、きょとんとした顔(それでも表情の動きに乏しかったが)で首を傾げた。


「景紀様。男というのは何だかんだ理屈や恰好を付けたがる生き物ですが、女というのは何だかんだ感情的な生き物なのです。男性が理屈で押し切ろうとしても、かえって女性の反発を喰らうだけですよ」


 あまり感情が声に乗っていない言葉であるのに、宵の口調は説教するようであった。


「女性が不満を漏らしたら、それを理屈で説き伏せるのではなく、まずは同意をしてあげて下さい。こういうことは、今まで冬花様からは言いにくかったでしょうから、私が代わりに言わせてもらいます」


「……人間観察が得意なお前に言われると、返す言葉もないな」


 やれやれとばかりに景紀は額を抑え、背もたれに寄りかかった。


「察するに、今までもこうしたことはたびたびあったのでは?」


「はい」と、少し恥ずかしそうに冬花。「景紀様も普段であれば私の気持ちを察してくれるのですが、ことこうした場面での女心についてはいささか疎いといいますか……」


「まあ、景紀様のお考えも理解出来ないではないです。冬花様のお気持ちは心配性とは少し違う、言ってしまえば女の見栄みたいなものですから。なかなか殿方は察してくれないでしょう。男の人たちは自分の見栄には敏感だというのに」


 そう言って、宵は少しだけ非難がましい目線を景紀に向けた。少年にとっては、何ともいたたまれない。


「……悪かったよ、今まで察してやれなくて」


 互いが兵学寮や女子学士院に入っていた頃は離れていたとはいえ、それを抜きにしても景紀と冬花は主従として十年以上の付き合いがある。だからこそ、景紀としても気まずい思いがあった。


「だからまあ、冬花がそう思ってくれているのは、俺としては嬉しい」


 景紀はそっと手を伸ばして、羞恥で俯いてしまっている冬花の髪を梳くように頭を撫でる。


「……うん」


 俯いたまま、冬花はくすぐったそうに頷いた。


「……あのっ!」


 突然、宵が思い切ったような声を上げたので、景紀と冬花は慌てて離れた。今更ながらに、人の目のあるところでやる行為ではないと気付いたのだ。

 だが、続いて宵の口から飛び出した言葉に、景紀はさらに慌てることになる。


「わ、私にもしてくれませんか?」


 遠慮がちに、それでもどこか物欲しそうに、上目遣いで景紀を見る宵。

 付き合いの長い景紀と冬花は互いの体や髪に触れ合うことにまるで抵抗感がないのだが、宵に関しては少し事情が異なる。あくまでも政略結婚によって結びつけられた少女であり、互いに自覚的にせよ無自覚的にせよ、その体に触れることは少なかった。

 景紀も床入りの儀以来、彼女の精神や体を慮って、そうした行為はしていない。必要以上に彼女の体や髪に触ることも、避けていた。

 ただ、一方の宵からしてみれば、景紀と冬花の距離感が羨ましくなるのだ。鷹前で母と共に孤立していた所為で、人の温もりが恋しかった。自分も、夫となった少年にあのように接して欲しかったのだ。


「駄目、ですか……?」


 驚いている景紀に、宵は少し不安になる。自分は政治的に彼の支えになると言ったのに、こんな子供じみたことを言って、呆れられてはいないだろうか? 


「いや、いいぞ」


 そう言って少し笑みを浮かべた景紀が宵の頭に手を置き、撫でるように髪を梳いていく。


「……」


 その繊細な手つきに、宵は口元が大きく緩みそうになった。母のものとは違う、人の温もり。それが、宵には堪らなく愛しいものに思えた。


「そういう我が儘を言えるようになって、安心した。……まあ、佐薙の屋敷に着く前には、表情を戻してもらえると助かるが」


「……っ!」


 指摘されて初めて、宵は自分の表情が普段のそれから大きく崩れてしまっていることに気付いた。羞恥で赤く染まる顔を見られたくなくて、少女は思わず俯いてしまった。

 多分自分の顔は、先ほど自分が内心を暴露してしまった冬花と同じようなものになっているのだろう。

 でも不思議と、この少年の前ならば悪い気はしなかった。






 三人を乗せた馬車はやがて、皇都の佐薙家屋敷へと到着した。


  ◇◇◇


 景紀と宵が通された部屋には、畳の上に絨毯が敷かれ、机と椅子が置かれていた。庭園に面している応接間は、落ち着きのある趣の内装となっている。

 景紀の従者である冬花は、別室で待機して貰っていた。

 彼と宵が部屋に通された時、そこに佐薙伯の姿はなく、二人は十分ほど待たされることになった。どうやら佐薙成親は、景紀を待たせることで自分の優位性を誇示したいらしい。

 もっとも、その程度で自尊心を満たせるのならばお目出度いことだな、と待たされる景紀は思っているのだが。

 やがて、部屋に佐薙伯が現れた。

 景紀は一度、椅子から立ち上がって挨拶をした。


「さて、佐薙伯。この度、会談を受入れてくれたことに感謝いたします」


「我が輩としても、貴殿との会談は望むところであった。今後とも、こうした機会は設けたいものであるな」


 そう言って佐薙伯が席に着く。それを受けてから、景紀と宵も席に腰を下ろした。


「さて、列侯会議の開催も今月末に迫っていることでもありますし、その前に我が結城家と御家との間に一つの合意を形成させるのが、会議上得策かと思いまして、今回、会談の機会を頂いた次第となります」


「ふむ、嶺州鉄道の建設について、であったな」


「はい。これの建設について我が家と御家で合意が形成出来るならば、我々の繋がりはより強固なものとなりましょう」


 景紀はそうしたことを強調するために、この会談に宵を同席させているのである。結城家が佐薙家の領地経営に介入する政治的正統性は、宵という存在があるからこそ担保されるものなのである。

 一方の佐薙成親としても、自家と結城家との繋がりが強固であることを周囲、特に長尾家に示すことで、かの家への牽制と出来るので、宵の同席を認めていた。

 つまり二人とも、宵を政治の道具としてしか考えていないのである。そしてそれは、宵自身も同じことであった。


「千代―鷹前、鷹前―岩森の路線とのことであったが、我が輩と執政の間では内陸経由の路線を検討しているところである。しかし一方で、議員や領民からは海岸沿いの路線を希望する声も大きい。その点について、景紀殿の存念如何?」


「内陸経由の路線は兵部省の主張とも合致します。しかし一方で、逓信省や大蔵省は経済の観点から海岸沿いの路線を主張していましたな。内陸路線で逓信省、あるいは民間を納得させられましょうや?」


「兵部省の主張は海防の観点から見て合理的であり、また我が嶺州を脅威する長尾家への対抗上、不可欠の路線であると考える」


「先日、六家会議の後、長尾公と会談いたしましたが、長尾公は大陸の植民地経営に注力したいご様子でした。御家が内陸路線に固執すれば、長尾公を徒に警戒させるだけと思われますが?」


「貴殿は長尾の者どもの陰湿さを理解しておらぬようであるな」佐薙成親は、出来の悪い生徒を咎める教師のような口調で言った。「妙州の連中が陰に日向に我が嶺州の民を圧迫しておることは、嶺州領主である我が佐薙家が最も知悉しているところである。貴殿は若い故、長尾公の本質を見抜けていないのだ」


「なるほど。ご忠告、痛み入ります」


 景紀は心にもない返答をする。


「とはいえ、海岸沿いの路線が経済的に有利であることは明白。我が結城家家臣たちもそう申しております」


「貴殿は兵学寮首席であったと記憶している。ならば、内陸経由の路線の軍事的重要性は理解出来るはずであろう。家臣の言うことではなく、当主代理であるならば、貴殿自らの判断を下すべきであろう」


 景紀があえて家臣の傀儡となっているような印象を与えるために放った言葉に、佐薙は食い付いてきた。

 佐薙成親は、ここでこの若い当主代理の自尊心をくすぐることで自主的な判断を下すように仕向けているのである。もっとも、その“自主的な判断”とは、こちらの誘導の下に成り立つものと北国の領主自身は考えていたが。


「はい。私も、内陸の路線の重要性は理解しております」


「ならば、何も迷うことはなかろう」たたみ掛けるように、佐薙は言った。「我々の間には、基本的な合意が形成出来そうではないか」


「ええ、私もそれを嬉しく思います」


 景紀の横で、いつも通り人形のような無表情を浮かべている宵は、自身の夫と父親のやり取りを聞いていた。婚礼の儀の時と同じく、どこか高圧的な口調の父親と、慇懃な調子の景紀。

 会話の主導権は父親が握っているように思えるが、結城家側の事情を知っている宵にしてみれば、父が景紀に良いように誘導されているようにしか見えなかった。

 とはいえ、それで自分の溜飲が下がるというわけでもない。自分と母親を冷遇してきた父に対して、宵はほとんど感情らしい感情を抱いてはない。無関心な対象に対して、怒りも怨みも湧かないのだ。

 だから彼女が思うのは、景紀の慇懃な演技ぶりであった。

 確かに冬花の言う通り、横で聞いていてあまり気持ち良いものではない。自分の夫であるならば、もう少し堂々としていて欲しいという思いもある。

 確かにこれは、女の見栄であった。

 とはいえ、政治の世界は腹芸なく渡っていけるほど、甘いものではない。景紀がそうした演技をすることに納得しているのであれば、宵もこの場ではそれに合わせるしかない。

 もっとも、後で冬花と共に景紀に対して愚痴は言ってやろうかと思ってはいるが。


「それで、そちらとしてはどのような契約の形態を考えているのであろうか?」


 佐薙成親が、合意形成がほとんど確定事項であると信じ切っている口調で言った。

 それに対して、景紀の答えは決まっていた。


「我が結城家は、これまでのような借款契約ではなく、鉄道建設請負方式による契約を提案させていただきます」

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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