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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十一章 流血の皇都編

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218 「令旨」

 刑部宮(おさかべのみや)熙融(ひろあきら)王が伊丹・一色両公に向けて言った、皇軍相撃と皇都の焦土化を憂える言葉は、そのまま両公によって「刑部宮令旨(りょうじ)」として、未だ蹶起に参加していない諸部隊を恭順させるための説得材料として利用された。

 「令旨」とは本来、律令制度の下で皇太子、三后(太皇太后、皇太后、皇后)の命令を指す言葉であるが、時代が下るにつれて皇族一般の発する命令を「令旨」と呼ぶようになった。

 当然、すでに皇国において律令制度は廃止されて久しいのであるから、令旨という命令の形式も過去のものとなっている。しかし、やはり「令旨」という言葉には、相応の権威が存在する。

 だからこそ、伊丹・一色両公は刑部宮の言葉を「令旨」という形で喧伝したのである。

 この喧伝された「刑部宮令旨」には、宮が皇軍相撃と皇都の焦土化を憂えていると共に、事態の収拾を伊丹・一色両公に委ねたという内容が存在していた。刑部宮熙融王は、正確には六家による事態の収拾を望んだのであるから、この「刑部宮令旨」は明らかに伊丹・一色両公にとって都合の良い内容に書き換えられていた。

 もちろん、それは両公が意図して行ったことであり、それによる皇都衛戍部隊の恭順を狙っていたわけである。

 皇都鎮台司令部の下には、第一師団、第一龍兵集団、皇湾要塞司令部という三つの部隊が存在している。

 この内、第一師団所属部隊で皇都衛戍部隊であるのは、歩兵第一、第三連隊、騎兵第一連隊、野砲兵第一連隊、工兵第一大隊、輜重兵第一連隊の七部隊であった。第一師団にはまだ他に二個歩兵連隊が所属しているのであるが、この二つの部隊は皇都近隣の中央政府直轄県を衛戍地としている。

 他方、第一龍兵集団は龍兵中心の部隊であり、皇都郊外の立原(たちはら)を衛戍地としている。「龍兵集団」は龍兵独自の部隊単位であり、師団に相当する。

 そして、皇湾要塞司令部は、湾内の台場(海堡)などの沿岸要塞を隷下に収める部隊である。

 この中で、伊丹・一色両公が特に蹶起部隊への参加を強く求めていたのは、第一龍兵集団であった。

 一色公直は結城家を牽制ないしは恭順させるために龍兵部隊による河越城突入を企図しており、だからこそ第一龍兵集団を早期に蹶起部隊に合流させることが必要だったのである。


  ◇◇◇


「伊丹・一色両公は、閣下のお言葉を都合良く利用しているようです」


 苦々しさと憤りを混ぜ込んだ声で、刑部宮熙融王陸軍大将の副官は報告した。


「このようなことが予想されましたので、私は殿下が両公にお会いになることは反対だったのです」


「貴官の進言を無碍にして申し訳ないとは思うが、それも含めて私は覚悟の上だ」


 皇都鎮台司令部に軟禁されたままの刑部宮は、窓の外を見下ろしながらそう言った。そこには、司令部の敷地を取り囲む蹶起部隊の将兵がいる。

 外部との連絡をほとんど遮断されている皇都鎮台司令部であったが、宮内省御霊部との呪術通信だけは辛うじて維持されていた。

 その御霊部から、「刑部宮令旨」の真偽について(ただ)されたのである。御霊部が把握しているということは、恐らく「刑部宮令旨」の存在は皇主の耳にも入っているだろう。

 ただ、皇主も刑部宮熙融王の置かれた皇族としての苦しい立場を理解しているのか、御霊部からの通信は単に「令旨」の真偽を問い合わせるだけの内容であった。それに対して刑部宮は、あくまでも六家による事態の収拾を望む旨を伊丹・一色両公に伝えただけであると、回答した。

 皇都鎮台司令官という立場からすれば、司令官として麾下部隊を統制するという責任の放棄も甚だしかったが、今この時、彼は皇族としての立場を優先していた。

 刑部宮としては、今の段階で蹶起部隊の統制を皇都鎮台司令部が回復するのは不可能だと考えていたのである。蹶起した者たちは、その時点ですでに皇都鎮台司令官であり皇族である自身の存在を軽んじているのだ。

 ここで刑部宮が軍の統制回復に乗り出したとしても、容易に蹶起部隊が原隊に復帰するとは思えない。そうなれば、皇都鎮台司令官としてだけではなく、皇族としての権威に傷が付くことになってしまう。

 刑部宮は、それがひいては皇主の権威まで損なってしまうことを恐れていたのである。

 皇都が戦禍に巻き込まれるのを憂い、六家の者たちに事態の収拾を委ねるような発言をしたのも、結局のところ皇族の権威を守るためであった。

 伊丹・一色両公が事態を収拾出来ずに皇都が戦禍に晒されたとしても、それは皇族から事態の収拾を託されながらも果たせなかった両公の責任。皇主・皇族にまで今回の事態の政治的責任が及ぶことを、刑部宮は徹底的に避けようとしていたのである。

 そして一方で、もし仮に皇主が両公による皇都占拠という既成事実を追認し、新政権樹立の大命を降下したとすれば、それはそれで刑部宮としては構わなかった。

 六家による集団指導体制に固執しているのはあくまでも六家の者たち自身であり、皇主・皇族としては自らの権威が守られていれば、どのような政治体制であろうとも構わなかったのである。


「しかし、こうも殿下のお言葉が良いように利用されますと、この変事が収まった後、殿下のお立場が危うくなる可能性もあるのでは?」


 副官は、そうした刑部宮の考えを理解しつつも、憂慮の表情を浮かべざるを得なかった。要するに刑部宮は、皇都鎮台司令官という地位に就いているがために、軍人としての立場と皇族としての立場、どちらを優先すべきかという板挟みの状況に置かれてしまっているわけである。

 皇族としては、自ら政治的に動くことなく、実際の対処はあくまでも臣下の者たちに委ねるというのは正しい対応だろう。しかし一方で、軍司令官としては麾下部隊の統制を万全にする義務がある。

 その義務を実質的に放棄している以上、この変事がどのような結果に終わろうと、皇都鎮台司令部としての責任は追及されざるを得ないだろう。

 そうなれば結局、皇室の権威をどこまで守ることが出来るのか、この副官には疑問であった。


「なに、伊丹・一色両公が新政権を確立出来ればそれで問題なし。もし結城家などの巻き返しによって両公が敗れようとも、私から皇都衛戍部隊の指揮権を奪い大権を私議したという形で二人の責任を追及すれば良いだけの話だ。その場合、私も陛下からお叱りを受けるだろうが、累を陛下や他の皇族に及ぼさないのならば、それで構わん」


「……」


 それは結局、皇族の中で刑部宮熙融王だけが今回の事態で貧乏くじを引かされることになっているだけではないか。

 副官は納得出来ない思いを抱えつつも、この上官がそのような覚悟であるならば、もう何も言うことは出来なかった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 第一龍兵集団を早期に説得し、蹶起部隊に合流させるという一色公直の目論見は、その部分だけを見れば失敗していた。

 もともと、龍兵降下作戦によって河越城にいる宵姫を捕えることで、皇都を脱出して河越に向かうであろう結城景紀のその後の動きを封じることを狙っていたのであるが、その結城景紀を取り逃がしたことが確定的となった段階でも、第一龍兵集団はその去就を明らかにしていなかったからである。

 しかし、それで伊丹・一色両公がこの部隊の説得を諦めたわけではなかった。

 もちろん、第一龍兵集団も十七日の段階で、皇都市内の変事が起こり自らと同じく皇都鎮台麾下の第一師団の一部が蹶起したという情報は掴んでいた。

 彼らに恭順を促す蹶起部隊からの最初の使者が、第一龍兵集団の衛戍地である皇都市外、皇京府内の立原飛行場に到着したのは、まだ日付が十八日に変わる前のことであった。使者はこの蹶起が義挙であるとして、自分たちの側に付くように熱の籠った言葉で伝えてきたのである。

 とはいえ、その時点では、集団司令官(階級は中将)は皇都の事態を静観する構えであった。

 蹶起を主導しているのが伊丹正信公女婿の歩兵第一連隊長・渋川清綱大佐であった以上、第一龍兵集団司令部はこの事態の背後に伊丹正信公と、彼と攘夷という志を同じくする一色公直公がいると見ていた。

 そうなれば、結局、この事態は六家同士による権力闘争の一環に過ぎないのではないか、というのが第一龍兵集団に所属する多くの将校たちの考え方であった。

 そもそも、今回の変事以前に皇都では攘夷派による事件が続発していたこともあり、一連の事件を伊丹・一色両公が攘夷派浪士を使嗾して起こしているのではないかという疑いは一部の者たちの間に根強く存在していた。歩兵第一連隊に伊丹正信公女婿で攘夷派の渋川清綱大佐が就いていたことも、何か不穏なものを第一龍兵集団の者たちは感じていた。

 そうした六家同士の私戦ともいえる戦いに巻き込まれたくないというのが、龍兵たちの本音であった。

 第一龍兵集団の下士卒の多くが皇都やその周辺の中央政府直轄県出身者で占められていたことも、そうした考えに拍車をかけた。彼らは六家領の領民ではないため、必然的に特定の六家当主に対して忠誠を誓おうという意識が希薄なのだ。

 だが、そうして最初の使者からの言葉に曖昧な返答を告げてやり過ごした司令部も、皇都鎮台司令官である刑部宮大将が蹶起趣意書を聞き届け、「令旨」を下したことを伝えてきた第二の使者がやってくると、静観を貫こうとする態度に揺らぎが生じ始めた。

 皇都鎮台の司令官は代々、皇族軍人が務めており、だからこそ逆に第一龍兵集団の将兵には皇室への忠誠心はそれなりに存在していた。皇族軍人であり皇都鎮台司令官である刑部宮が蹶起趣意書を受け取り、「令旨」を下したということは、宮が歩兵第一連隊を中心とする部隊の行動を追認したとも受け取れるのだ。

 第一龍兵集団は皇都市内に駐屯していないため、皇都中心部の状況が十分に把握出来ていないことも、司令官を始めとする将兵たちの動揺を誘った。

 特にそれは、家族が皇都市内に住んでいる将兵たちに顕著であった。このまま静観を続けて宮殿下のご意向を無視するようなことをすれば、家族が逆賊として伊丹・一色両公によって処断されてしまうのではないか。

 そのような不安に駆られる者たちが現れ出したのである。

 第二の使者が、これが義挙であり国論の統一を乱す逆徒どもを討滅すればその功績は大であるとして、龍兵たちの功名心などに訴えかけようとしたことも、将兵たちの心を揺さぶった。

 第一龍兵集団の中に、不安と功名心が奇妙に入り混じった雰囲気が流れ始めたのである。

 これ以上、部下たちの動揺を押さえ込むことは不可能であると感じた司令官は、葛藤を抱えながらも蹶起部隊側への合流を決意した。第一師団のように、一部の部隊が司令部の命令なく動き出せば、部隊としての統制は完全に崩壊すると考えたからである。

 第一龍兵集団司令官とその幕僚たちは、軍の命令系統にない「令旨」という曖昧な言葉、そして蹶起そのもの正統性を吟味するよりも、部隊全体としての統制を優先させてしまったのである。

 皇都の事態を静観したままでいることによって生じる部隊内の軋轢を回避するために、六家同士の私戦に加わるという、より賭博性の高い選択肢を選んだのだ。

 こうして、司令官は龍兵部隊の主要な隊長を集め、蹶起趣意書で奸賊と名指しされた結城家を討滅すべく、彼らに対して明朝の出撃を命じることとなったのである。

 第一龍兵集団の蹶起側への恭順という出来事は、ある意味で伊丹正信と一色公直に皇室の権威を利用しての権力掌握という方法に自信を与えることとなったといえよう。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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