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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十一章 流血の皇都編

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216 皇都への進軍

 結城家領総野国志野原に置かれている騎兵第一、第二旅団司令部には、動揺と困惑に近い雰囲気が漂っていた。

 彼らは河越城の宵姫から氷州鉄道皇都支店爆破事件に端を発する皇都の混乱について、逐次、通信を受けていた。

 しかし、十七日の午後六時を過ぎると河越からの通信量も減り、河越の方でも皇都の情報が十分に入手出来ていない事情が察せられた。当然、宵姫はその立場上、領軍に対する明確な命令権を持たないため、志野原に兵舎を構えている騎兵第一、第二旅団としても動きようがなかった。

 一応、景紀からの指示に従い、部隊には非常呼集をかけて休暇に出ていた者たちを呼び戻し、出動準備を整えてはいたが、そこまでであった。

 そのため、皇都での変事への対応を巡って、両旅団司令部の間で意見の相違が見られるようになってしまったのである。

 騎兵第一旅団司令部の側では、皇都での騒擾が結城家領にも波及するのを防ぐため皇都との国境に警戒用の部隊を派遣すべきと主張していた。この警戒部隊は、状況次第では皇都の状況についての情報を得るための斥候部隊の役目も負わせるつもりであった。

 しかし、こうした騎兵第一旅団の主張に異を唱えたのは、衛戍地を同じくする騎兵第二旅団司令部であった。彼らは、主家の命なく行動を起こせば謀反を疑われかねないとして慎重な姿勢を示していたのである。

 特に騎兵第二旅団には結城家の有力分家である小山子爵家嫡男・朝康がいる。下手な行動は累を小山子爵家にまで及ぼしかねないという司令部側の配慮もあり、騎兵第二旅団側はより一層、自重の必要性を感じていたのである。

 そうした中、両旅団の上級司令部である河越の第二師団司令部より、皇都の反乱部隊鎮定のための出撃命令が正式に下されたことで、司令部間の意見対立に終止符が打たれることとなった。

 これまで慎重な姿勢を崩していなかった騎兵第二旅団に比べ、騎兵第一旅団の行動は早かった。即座に皇都との国境に向けて警戒・斥候部隊を向かわせて、皇都での変事についての情報収集を開始したのである。

 騎兵第一旅団は先の対斉戦役に参加した部隊であり、歴戦の将兵たちの行動は迅速であった。

 そうした中、日付が十八日に変わった午前三時過ぎ、翼龍に乗った景紀と貴通が志野原に到着した。






「このような状況で、また若と轡を並べることになるとは思いませんでした」


 騎兵第一旅団長・島田富造少将は皮肉交じりに景紀を出迎えた。


「まったくだ、島田少将」


 景紀もまた、苦笑を以て応じる。そして彼は、騎兵第一旅団司令部に両旅団の主要な者たちを集合させた。


「それで、旅団の状況はどうなっている?」


 司令部会議室で、景紀は集まった者たちを見回した。その背後に、貴通が控えている。


「騎兵第一、第二旅団ともに非常呼集をかけまして、おおむね将兵・下士卒ともに衛戍地に集結しています」


 二つの旅団中、最先任である騎兵第一旅団の島田少将が説明した。彼はこの次期当主の側に陰陽師の少女が控えていないことを怪訝に思いつつも、言葉を続ける。


「将兵への弾薬の配給も済ませており、軍馬、野砲、多銃身砲なども使用可能です。主計科の者どもを叩き起こして、将兵には飯を食わせておきました。また、私の判断で皇都との国境に斥候部隊を差し向けております」


「行動が早いな、島田少将」


 次期当主としての鷹揚な態度で、景紀は家臣たる将官の判断を追認した。


「これでも若と共に遼河戦線を経験しておりますからな」にやりと、島田少将は笑って見せる。「それで、皇都を占拠しておる反乱部隊の鎮定ということですが、端的に言えば宮城に突っ込むという理解でよろしいですか?」


「有り体に言ってしまえばその通りだ」


 少しだけ厳粛な面持ちに改めて、景紀は続ける。


「我々は反乱軍によって占拠された皇都を奪還し、宮城におわす皇主陛下を解放する。我々は皇室第一の藩屏たる六家としての義務を果たさねばならない」


 もちろん、景紀の言葉に欺瞞が含まれていることは、結城家家臣団出身者を中心に構成される騎兵第一、第二旅団司令部の者たちには判っていた。

 要するに皇主陛下を解放するという大義名分を掲げて、結城家は将家としての生き残りを図ろうとしているだけなのだ。

 長尾公爆殺事件の首謀者は未だ判明していないが、歩兵第一、第三連隊を中心とする攘夷派が皇都を占拠しているとなれば、どうしても一連の変事を裏で操っているのは伊丹・一色両公ではないかと勘ぐってしまう。

 そして、攘夷派による皇都占拠が既成事実として皇主に認められてしまえば、六家による集団指導体制は崩壊し、結城家は単なる一諸侯に転落し、その封土は伊丹・一色両公を中心とした新政権によって大きく削られてしまうだろう。

 当然、主家の衰退は家臣団にとっても牢人に転落する可能性を生じさせることになる。軍人であっても、予備役編入などで出世の道を断たれることに繋がる。実際、結城家は佐薙家に対して同じことをしているのだ。

 しかし一方で、皇都への進撃は一歩間違えれば皇都を占拠している攘夷派に、結城家を逆賊として討伐する大義名分を与えかねない行動でもあった。

 だからこそ景紀は、自身の言葉が欺瞞であると知りつつも皇主の名を出すことで行動の正統性を強調しなければならなかったのである。

 それは、騎兵第一、第二旅団の将兵の士気にも関わる深刻な問題であった。誰も逆賊になることが判っている命令になど従いたくはないだろう。


「まずは皇都への進撃路を啓開するため、迅速に橋を確保しなければならない」


 景紀は机の上に広げられた皇都を中心とする地図を指でなぞりながら言った。

 皇都と総野国との間には、三本の川が存在している。その内、最も東側の川が国境となっていた。


「反乱軍どもに確保されるより前に、ですか?」


「いや、避難民に埋め尽くされる前に、だ」


 皇都で大規模な軍事衝突が起こる可能性に皇都市民たちが恐慌状態に陥れば、皇都から脱出しようとする者たちが続出するだろう。家財道具を大八車に乗せて移動しようとする者が多ければ多いほど、道は通行が困難となる。

 それが橋となれば、なおさらであった。


「もうすでに手遅れになっている可能性もあるが、とにかく橋を確保する。その際、京総線の橋も確保することとする」


 京総線とは、皇都と総州を結ぶ官営鉄道の路線である。


「最悪、鉄道路線さえ確保出来れば、鉄道で一気に皇都に乗り込むことが出来る」


「宮城への翼龍による降下は目指さないので?」


 対斉戦役を共に戦った島田少将が、疑念を口にした。だが、景紀は首を振って否定した。


「宮城上空は飛行禁止区域だ。最終手段として考えていないわけではないが、恐らく宮内省御霊部長・浦部伊任殿あたりに阻止される危険性が高い」


「ああ、翼龍に言うことを聞かせられるというあの術者ですか?」


「そういうことだ」


 正直、景紀としても浦部伊任の動きについては読めない部分があった。皇都での変事が発生すると即座に鉄之介を結城家に向かわせ、宵の元にも皇都の情報を次々と届けてくれたことから結城家寄りの態度をとっているようにも受け取れるが、彼の忠誠心が皇主と皇室に向かっていることを知っている景紀は懐疑的であった。

 恐らく、浦部伊任としては六家同士が私闘を演じている機会を狙って、皇主と皇室の権威を高める時機を窺っているというあたりが妥当なのではないかと思っている。

 そのために、むしろ結城家と伊丹・一色両家との対立を激化させるために、あえて不利な状況に置かれつつある結城家側に情報を流しているとも見ることが出来た。

 六家同士の緊張状態が最高潮に達したところで、皇主に和衷協同の詔勅を出させる。そうすれば皇都は戦禍を免れ、皇室の権威を万民に示すことが出来る。そうしたことを浦部伊任が狙っていたとしても、おかしくはない。


「その代わり、橋が確保出来なかった場合などに備えて、周辺から船を徴発しておけ」


 今でこそ皇都と関東一円は鉄道網で結ばれているが、それ以前は河川交通による舟運が物資の運搬手段の中心であった。

 特に河越は北関東や中部地方からもたらされる物資の一大集積地でもあり、皇都に至る水運網は鉄道が発達した現在でも重要な物資の運搬手段であった。陸運よりも水運の方が、運べる物資の量、費用ともに優れているからだ。

 蒸気船の発達によって、「川蒸気」と呼ばれる河川航行用の小型蒸気船も多数が河越―皇都間で就役している。そして当然、その蒸気船を運航しているのは結城家領の商人が中心であった。

 だからこそ、景紀の名を出せば徴発は容易であった(もちろん、商人からの反発を受けないというわけではないが)。


「橋を確保するための先遣部隊の選抜は、両旅団長に任せる。その際、先遣部隊の指揮は俺自身がとることとする。そのことを、将兵たちに徹底させろ」


 景紀は、最初に皇都に侵入することになる部隊については、士気向上の観点から自身が直率すべきだと考えていた。

 逆賊になるかもしれないという将兵の疑念や不信を払拭するために、次期当主自らが軍を率いる必要性を感じていたのである。

 実際、二人の旅団長は景紀自らが先遣部隊を率いて皇都一番乗りを果たそうとしていることについて、異議を唱えようとする様子はなかった。彼らも、この状況で結城家の者が後方に留まっていては士気が十分に上がらないだろうことを理解していたのだ。

 最後に景紀は時計を確認した。

 時刻は、十八日午前三時半を回ろうとしている。


「出撃は〇四三〇時とする。それまでに部隊の選抜を終えるように。命令は以上。何か質問は?」


 景紀は島田騎兵第一旅団長を始めとする者たちの顔を見回した。だが、誰も口を開こうとする者はいない。


「ならばよろしい。ただちに行動を開始せよ」


  ◇◇◇


「……」


「……」


 騎兵第一、第二旅団の司令部要員たちが急くような調子で退出した部屋に、景紀と貴通は残っていた。


「……これで、皇軍相撃は決定的になったな」


 先ほどまで騎兵第一、第二旅団を率いる者たちを前に鷹揚で堂々たる態度を見せいてた景紀は、打って変わってぽつりとした口調で言った。

 上座の席についたまま、誰もいなくなった机を見つめている。


「匪賊討伐なんかじゃない、本当の皇国軍同士の撃ち合いだ。しかも、六家同士の。ははっ、まるで戦国時代に逆戻りしちまったみたいじゃないか」


 その笑い声は、乾ききった虚ろな響きが宿っていた。


「なあ、貴通」


「何でしょう?」


「これで、良かったと思うか?」


「景くん……?」


 兵学寮を共にした同期生の声には、どこか縋るような響きがあった。そんな彼の姿は、貴通は今まで見たことがなかった。この人は冬花のために、そして兵学寮では自分のために、弱さを見せないようにしていた。


「母上を皇都に置き去りにして、冬花の想いまでダシにして、失敗すれば宵や生まれてくるはずの子供だって巻き添えになることを判っていて……、本当に、これで良かったのか?」


 父の景忠は、最後まで伊丹・一色両公との妥協の道を探ろうとしていた。そんな父の弱腰ともとれる姿勢に景紀は反発を覚えていたが、いざ土壇場まで来てみると父の気持ちも理解出来た。

 逆賊となるかもしれないという可能性は、想像以上に重苦しいものであった。それでも、景紀は結城家次期当主として家臣や部下たちの前では毅然と振る舞っていなければならない。

 その重圧が、十九の少年の双肩にのし掛かっていた。

 不意に、景紀の視界が塞がれる。


「大丈夫ですよ、景くん」


 隣に控えていた貴通が、景紀の頭を抱えるように抱きしめていた。


「僕らなら、必ず勝てます」


 ぎゅっと己の胸に引き寄せるように、貴通は少年を抱きしめる。普段は男として振る舞っている少女の、女としての行動。しかし、今はそうすべきだと、彼女は思ったのだ。


「だから、大丈夫です」


 根拠も何もない言葉。それでも景紀は、少しだけ安堵した気分になる。男装していてもこうして抱きしめられれば感じられる少女特有の柔らかさと温かさに、縋り付きたくなってしまう。


「満……」


 その温もりから離れることが出来ずに、景紀は少女の本当の名を呼ぶ。


「大丈夫ですよ、景くん」


 満子という名を失った少女は、それでも少女としての慈しみを言葉に込める。


「景くんの気が晴れるまで、僕はこうしていますから」


「……ああ、すまない」


 建物の外と違って静まりかえった一室で、少女は少年に温もりを分け与えるように、少年は少女から温もりを受け取ろうとするかのように、しばしの間、その影を重ね合わせていた。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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