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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十一章 流血の皇都編

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215 乱の中の御霊部

 皇主の御所のある宮城は、日付が変わる前後になっても依然として緊迫した状況が続いていた。

 蹶起に加わった一部近衛将兵と皇宮警察との衝突は収まったものの、双方共に武装したまま対峙を続けている状況には変わりがない。さらに陸軍側蹶起部隊の一部が宮城の各門を封鎖しようとするに及んで、宮中に詰める者たちの緊張度は一気に高まった。

 攘夷派の者たちが、宮城を占拠しようとするのではないかと恐れたからである。

 しかし、陸軍側蹶起部隊は門を封鎖するだけで宮城の敷地内に部隊を引き入れるようなことはしなかった。

 少なくとも、武力で宮城を占拠してしまうことには、蹶起部隊の側でも及び腰になっているようであった。

 ただし、有馬閥に属していた内大臣が殺害されたことにより、宮中勢力では伊丹・一色閥の者たちが優勢になりつつある。その意味では、伊丹・一色両公があえて宮城占拠という暴挙に及ばずとも宮中を掌握する道筋はひらけつつあったといえよう。

 そのような宮中を巡る情勢下において、唯一、独立した勢力として宮中内で存在感を放っていたのが、宮内省御霊部であった。

 御霊部長・浦部伊任の指揮の下、彼らは学士院・女子学士院の警備のための人員を派遣し、さらには独自の情報収集に当たると共に伊丹・一色両家の術者による霊力波妨害にも対抗しようとしていたのである。

 当然ながら、伊丹・一色両公としても御霊部のこうした動きを牽制しないわけにはいかなかった。

 結城景紀の側近中の側近である葛葉冬花の危機にも駆け付けようとしなかったところを見ると、御霊部が明確に結城閥の勢力であるとは言えない。それでも、伊任の娘・八重がその冬花の弟・鉄之介と婚儀を挙げていたのだから、両公の対応は当然といえよう。






 兵相・坂東友三郎海軍大将と共に皇主への拝謁を終えた浦部伊任であったが、それで彼の役割が終わったわけではない。むしろ、宮城の各門を陸軍側蹶起部隊が掌握・封鎖したことで、御霊部は流れ弾などが本丸にある御所や宮中三殿(賢所、皇霊殿、神殿)に飛び込まぬよう、宮城本丸の結界を強化する必要に迫られていた。

 そして日付が変わろうとする頃、御霊部の者たちに今までにない緊張が走ることとなる。

 突如として、異様なまでに膨れ上がった霊的な圧力が宮中に詰める呪術師たちを襲ったのである。

前触れは、何もなかった。

 あえて御霊部の術者たちを挑発するかのように、肌を刺すような殺気がその霊力には込められていた。書陵部庁舎に詰める者たちの肌が、一気に泡立つ。


「部長!」


 半ば悲鳴じみた切迫した声で、一人の部員が叫んだ。


「判っている」


 龍王の血を引く術者は、ただ重々しい調子で頷いた。そこに、狼狽の色はない。


「手空きの者は、御所や宮中三殿の結界の強化に回せ」


 浦部伊任が冷厳に命じた直後のことであった。


「なっ!?」


 部員が窓の外を見て、驚愕と畏怖の籠った叫びを上げた。

 忽然として現れた膨大な数の“魑魅魍魎”が、宮城を守護する結界の起点たる書陵部庁舎を取り囲み始めたのである。その一体一体からは、相当な霊力が感じられた。

 いや、霊力というよりは邪気と言うべきかもしれない。


「ふむ」


 だが、部長たる伊任の態度に動揺はなかった。静かに椅子から立ち上がり、庁舎の出入り口に向かう。

 庁舎の外に出れば、むせかえるような()()()()と邪気が充満していた。


「東海の神、名は阿明(あめい)、西海の神、名は祝良(しゅくりょう)、南海の神、名は巨乗(きょじょう)、北海の神、名は禺強、四海の大神、百鬼を(しりぞ)け、凶災を(はら)う、急々如律令!」


 百鬼夜行を退ける、陰陽術の呪文を伊任は一息に唱える。途端、彼の体から発せられる強力な霊力と共に、庁舎を取り囲んでいた“魑魅魍魎”たちの姿が風に吹かれた砂のように消滅していく。


「―――ふむ、こんながらくたでは遊びにもならないか」


 不意に、少女らしき鈴の鳴るような声が聞こえた。


「はぁっ!」


 伊任は裂帛の叫びと共に、腕を振るって雷を飛ばす。


「東方、阿迦陀(あかだ)、西方、須多光(しゅたこう)、南方、殺帝魯(さっていろ)、北方、蘇陀摩抳(そだまに)


 だが、相手もそれを予期していたのだろう。伊任の体から雷が発せられるのと、雷除けの呪文が早口で唱えられるのは同時であった。

 そして、その呪文だけで龍王の末裔たる術者の強力な雷は防がれてしまった。


「やれやれ、妖狐の娘に龍王の末裔、そして鬼狩りの一族。皇都はなかなか楽しいことになっているが、こう短時間の内に何度も呪術戦に駆り出されるのは、いささか老人には辛いものだ。今代の我が主も、なかなか人使いの荒いお方だと思わんかね?」


 まるで知人に愚痴を零すかのような気安い口調と共に、夜の闇の中から一人の少女らしき背格好の女が出てきた。その人物を、浦部伊任は知っていた。


八束(やつか)いさな、か」


 それは、一色家に仕える術者の名であった。


「貴様が皇都に出てきていることは知っていたが……」普段から厳めしい伊任の顔が、さらに険しくなる。「貴様、先ほど皇都の龍脈に干渉したな?」


「ああ、妖狐の娘を調伏するために、な」


 宮内省御霊部長の追及に、八束いさなという名の少女の姿をした呪術師は悪びれずに答える。


「あの小娘、なかなかやるものでね。何せ、伊丹のところの鬼狩り親子を相手にして、父親の方を討ち取ったのだから。私が介入しなければ、恐らくあの小娘は深手を負いながらも、鬼狩り二人を退けていただろうな。私もあれと直接対決すれば、危ないかもしれないよ。今回は龍脈まで利用した封印の術を構築するだけの余裕がこちらにあったから、まあ何とかなったがね」


 八束いさなは、楽しげに葛葉冬花との戦いを語る。だが、口調とは裏腹にその目には、油断の色はなかった。

 言葉自体も結城家の術者を自ら降したと誇示するもので、言霊による相手術者への威圧が込められていた。もちろん、浦部伊任はその程度の言霊で萎縮するような術者ではなかったが、相応の緊張感は覚える。

 何せ、八束いさなは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 いかに伊任が龍王の血を引いているとは言え、油断は出来ない相手であった。


「ふん、よく言う。大江綱道が討ち取られたのは、貴様の失態であったろうに」


 八束いさなから放たれる霊的な重圧をはね除けるように、浦部伊任は言う。


「なるほど。君も、あの戦いを観察していたわけか」


 葛葉冬花との戦いの様相を知っているということは、つまりはそういうことである。


「葛葉冬花の構築した結界が解けた後ではあるがな」


 浦部伊任の答えに、八束いさなは意地悪く嗤った。


「酷い人間だな。葛葉冬花はお前の娘婿の姉だろう? その気になれば介入することも出来ただろうに、わざと見殺しにしたということか」


「私が気にしているのは、あの娘が妖狐の血を暴走させないかどうかだ。六家の私闘じみた戦いに、直接的に介入するつもりはない」


「やれやれ、娘婿の姉に対して何とも冷たいことだね」


 八束いさなは、葛葉冬花に同情するように首を振った。


「とはいえ、別に私は鬼狩り親子の父親の方が討たれたことを、失態とは思っていないのだがね」


 続けて、彼女は平然として語った。


「今はうちの主家と伊丹家は蜜月状態にあるといえるが、いずれ権力を掌握すれば、今度は新政権の中で主導権争いを繰り広げることになるだろう。今のうちに伊丹家の力を削っておくことは、別に悪いことでも何でもないと思うがね。それにあの状況ならば、鬼狩り親子の父親が討たれたことはあの妖狐の小娘の所為に出来るし、鬼狩り親子の息子の方の敵愾心を結城家と葛葉冬花の方に向けることも出来る。まさに一石三鳥じゃないか」


 八束いさなは、にぃという嗤いと共にそううそぶいた。


「それは、一色公の判断か?」


「いいや、私の独断だよ。今代の我が主は、なかなか思い切りの良い人間のようでね。ここまで何代か、六家としての馴れ合いに慣れきって、天下を取ろうなんていう大それたことをしようという当主が現れていなかったものだからね。ついつい、老婆心ながらお節介を焼いてしまいたくなるのさ」


 少女の姿でそうしたことを言うのは傍から見ればかなり異様な光景ではあったが、呪術というものが持つ深淵を龍王の血を引くが故に理解している浦部伊任は、ただ先ほどと同じく険しい表情を浮かべたまま応じた。


「ふん、相変わらず若い人間への干渉趣味は治っていないようだな、人魚の死肉を喰らいし者よ。長生きをし過ぎるというのも、考えものだな」


「歳を取ると、どうしても若い人間のやることが気になってしまうのでね。それに、何も私は好きこのんでそんな気味の悪いものを食べたわけではないのだが」


 皮肉げとも、寂しげともとれる淡い笑みを、少女の姿をした術者は浮かべていた。掴みどころのない飄々とした態度を取り続けるこの女術者が、初めて見せたそれ以外の表情であった。

 人魚の肉は、不老長寿の効能があると言い伝えられている。それを喰らい、体の成長が止まってしまうことで長い時を生きることになってしまったことに、彼女としても何か思うところがあるらしい。

 しかし、そのような姿を八束いさなが見せたのは、ほんの一瞬のことであった。すぐに表情を、余裕のあるものに戻す。


「さて、何にしてもこの“百鬼夜行絵巻”では、君相手に小手調べにもならなかったようだ」


 言葉ほどには残念でもなさそうな口調で呟いて、少女の姿をした女術者は無造作に一幅の巻物を放り投げた。放り投げられた衝撃で広がった巻物には、水墨画で数多の妖が描かれていた。

 いわゆる、“百鬼夜行絵巻”と呼ばれる絵巻物であった。

 百鬼夜行絵巻とは、文字通り百鬼夜行が描かれた絵巻物のことである。その水墨画に霊力を吹き込み、実体化させたのが、先ほど書陵部庁舎を取り囲んでいた“魑魅魍魎”の正体であった。

 それは同時に、絵巻物に描かれた存在に実体を与えて操れるほどに、八束いさなの呪術師としての能力が優れていることの証左でもある。だからこそ、この女術者は水墨画の百鬼夜行を実体化させることで、御霊部の術師たちに己の力量を誇示したのだ。

 だが、そのような相手を前にしても、浦部伊任の態度はいささかも揺らいではいなかった。


「ここは宮中。陛下のおわす場所。そして、皇都の龍脈は我ら御霊部の管轄下にある。いかに六家の術者とはいえ、狼藉は許さぬ」


 今度は、伊任が言霊に威圧を込める。しかし、やはり八束いさなの方もその程度で動揺するような術者ではない。


「なぁに、私が今宵、お前たちを訪ねたのは我が主からお前たちを牽制するように言われたからだ。この場でやり合うつもりはないよ。ただ、出来れば君たち御霊部の術者たちには大人しくしていてもらいたいというのが我が主の意向でね。君の娘があの葛葉の家に嫁いでいるとなれば、我が主たちの警戒は当然のものさ」


「我らはあくまで陛下と皇室にお仕えする身。結城閥と見られるのは甚だ不本意だ」


「であれば、呪術通信の霊力波を頻繁に飛ばすのは止めることだね。君たちの通信を解読出来ているわけじゃあないが、流石にこうも頻繁に呪術通信を飛ばされては、我が主や今代の伊丹公も君たちの動向を気にしないわけにはいかない。確かに妖狐の小娘の窮地に何もしなかったりと、直接的な介入はしてはいないが、どこまで君が結城家寄りの態度を取るのかなかなか見極めが付かないものでね」


 にたり、と八束いさなという女術者は意地の悪い笑みを浮かべる。


「ならば、我らの身動きを封じるために両公は早々に宮中を抑えるが良かろう。それが出来ないのならば、我ら御霊部はこの乱を鎮め、陛下の御宸襟を安んじ奉るための行動をとるのみ」


「ははっ、これは痛いところを突いてくる」


 浦部伊任の挑発じみた厳しい言葉に、思わずといった調子で八束いさなは笑い声を漏らした。そうして先ほど放り投げた百鬼夜行絵巻を回収しながら、少女の背格好をした女術者は言う。


「では、そのように我が主たちに伝えるとしよう」


 その声には、弾むような響きが混じっていた。まるで面白い見世物を見ているかのような笑みを浦部伊任に見せつけて、小柄な女術者は彼の視界から消えていった。

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