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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十一章 流血の皇都編

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209 主命に殉ず

 人通りの絶えた夜の街道で、呪術師たちの攻防は続いていた。


「オン・ビシビシ・カラカラ・シバリ・ソワカ!」


「オン・アビラウンケン・ソワカ!」


 大江綱道から放たれる不動金縛りの真言を、冬花はそれを解除する真言で対抗する。そして、父親が注意を引き付けている隙に、息子の綱章が斬りかかってきた。


「くっ……!」


 その刀を自身の刀で受け止めながら、冬花は小さく呻いた。すでに、自身の刀は何度も相手の刀を受け止めた所為で刃こぼれが酷い。対して、大江綱章が持つ刀は刃こぼれ一つない鋭利なままだ。

 明らかに、普通の刀ではない。霊刀か妖刀の類。

 大江家はかつて鬼を退治して功を成した術者の家系だと、冬花は聞いている。その家では、実際に鬼を討った刀が霊刀として代々の当主に受け継がれているとも。

 恐らくは大江綱章が持つ刀が“鬼切丸”と呼ばれているという、その霊刀なのだろう。

 だとしたら、妖狐の血を引く自分とはひどく相性が悪い。

 冬花は後ろに跳び、綱章から距離を取ろうとする。だが、彼もまた前に跳んで突きを放ってきた。

呪術で己の身体能力を強化しての突きを、冬花は片手を刀身に添えて辛うじて受け止める。そして、さらに踏み込もうとした青年の腹に強烈な蹴りを入れて突き飛ばす。こちらも呪術と妖狐の血で強化した脚力。

 蹴鞠のように青年の体が吹き飛び、地面を何度か跳ねる。


「ごふっ……!」


 刀を地面に突き立てながら立ち上がろうとした大江綱章は、咳き込みながら血を吐いた。

 今の突きを防いだ所為で、冬花の刀は完全に駄目になっていた。次に相手の刀身を受け止めようとすれば、間違いなく折れるだろう。冬花は刀を捨て、両の手の爪を鋭く伸した。


「何をやっている、綱章」


 と、冬花の目の前で叱責が飛ぶ。


「術者とはいえ、たった一人の小娘相手にもう一時間は経っているぞ」


 大江綱道の声には、隠しきれない苛立ちが混じっていた。二対一という状況、そして鬼を退治した一族であるにも関わらず、妖狐一匹降すことが出来ない状況に家としての矜持を傷付けられた思いなのかもしれない。

 冬花は己の体に流れる霊力を確認する。まだまだ、霊力は体内を盛んに巡っている。まだまだ、やれる。


「ナウマク・サンマンダ・バサラ・ダン・カン!」


 刀を手放し自由になった両手で独鈷印(どっこいん)を組み、冬花は不動明王の小咒(しょうしゅ)を一気に詠唱した。ぶわりと生じた炎が大江親子を包み込もうとする。


「ナウマク・サンマンダ・ボダナン・バロダヤ・ソワカ!」


 だが、それを大江綱道が水天の真言で迎え撃った。五行相克。炎の術式が水の術式に打ち消されていく。


「臨兵闘者皆陣列在前!」


 さらにそこに大江綱章の九字が冬花に襲いかかる。冬花は即座に袖から呪符を放って防護結界を展開。


「……」


「……」


「……」


 冬花と大江親子が、相手の次の出方を窺うように対峙する。


「親父、いいか?」


 口の血を拭いながら大江綱章が確認するように言い、刀を構えた。


「ああ、よかろう」


 意味の判らない親子の会話に、警戒と共に冬花は伸した爪を構えながら低く腰を落とす。

 その瞬間、冬花の意識は大江綱章に向いていた。大江綱道は、それを見逃さなかった。


「オン・キリキリ・バサラ・バシリ・ホラマンダ・マンダ・ウン・ハッタ!」


「臨兵闘者皆陣列在前!」


 大江綱道の破邪の呪文を唱え、一瞬遅れて冬花はそれを九字で相殺しようとする。刹那、彼女の背に悪寒が走った。


「―――っ!?」


 この一瞬、冬花の意識は最初に警戒していた綱章から綱道に移ってしまったのだ。


「ぐぁっ……!」


 次の瞬間、彼女の左肩に灼熱の痛みが駆け抜けた。だが同時に、咄嗟に突き出した己の爪が肉を裂く感触もあった。


「くそ、がっ……」


 ほとんど体が密着するような形で、大江綱章が冬花の体に刀を突き立てていた。

 だが、咄嗟に身を捻った冬花の所為で、心臓を貫くことは叶わなかったらしい。思わず、綱章の口から罵声が漏れていた。その口からは、さらなる血が流れている。冬花の突き出した爪が、青年の腹部を背中まで貫いていたからだ。

 それ以外にも、大江綱章は目や鼻、耳などからも血を流し、満身創痍の(てい)であった。

 縮地。

 冬花が彼から意識を逸らした一瞬で、大江綱章が彼女に刀を突き立てられた理由。空間を跳躍することの出来る、道教系呪術の一つである。

 だが、本来であれば仙人が用いるとされる術を術者とはいえ人間でしかない存在が使ったことによる代償か、肉体の負荷は相当なものであるようだった。恐らくは体中の毛細血管が切れ、筋肉も裂断してしまっているのだろう。


「ぐっ……」


 冬花は青年の腹部を再び蹴り飛ばした。刀が引き抜かれる際の苦痛に、思わず呻きが漏れる。だが、地面を転がった大江綱章が再び起き上がる気配はない。どうやら、縮地術の反動と冬花の負わせた傷で気を失ってしまったようだ。

 これで、残る相手は父親である大江綱道のみ。

 だが当然、彼は息子の捨て身の攻撃を無にするようなことはしなかった。


「玉帝有勅、霊宝符命、斬妖伏邪、万魔拱服、急々如律令!」


 即座に妖を調伏する呪文を詠唱し、意識が息子に向かっている冬花の隙を突く。


「うっ……」


 己の身にのし掛かる圧力に、堪らずに冬花は膝を付いた。


「まだ、こんなもので……っ!」


 冬花はそんな中でも手をかざして空中に術式を展開し、大江綱道の術式を破ろうとする。互いの霊力がぶつかり合う攻防の末、綱道の術式は破壊された。

 まだ、冬花には妖狐の血を引くが故の豊富な霊力が残されていたのだ。ふらつきながらも、何とか立ち上がる。


「この、化け物め……」


 そして一方の大江綱道は、流石に息が上がっていた。霊力の消耗が激しく、それに比例するように体力も奪われてしまっていたのだ。


「……だが、貴様も相応に消耗しているらしいな」


 荒い息をつきながら、大江綱道が言う。その指摘で、冬花は気付いた。先ほど負った左肩の傷が、一向に回復しないのだ。左腕は垂れ下がったまま、血を流し続けている。

 妖狐の血が色濃く発現したために、冬花の自然治癒力は高い。以前、丞鎮と名乗る怪僧と牢人に捕らわれて人の耳を削ぎ落とされながらも回復したように、人ならざる回復力を誇っている。

 だが、鬼を斬ったとされる霊刀によって付けられた傷は、なかなか塞がらない。恐らく、逆に妖狐の血を引くが故に、妖魔を切り裂いた霊刀によって付けられた傷の治りが遅くなっているのだろう。


「っ!?」


 そして、いつの間にか己の張った結界が解けていることに気付いた。連続した呪術戦の結果、結界を維持出来なくなってしまったのだ。

 それに気付いた大江綱道が、懐から取り出した呪符を北の空に向けて放とうとする。今ならば、逃走中の景紀を見つけ出すことが出来ると考えているのだろう。

 冬花という呪術師の護衛がいなければ、式だけで足止めが可能と思ったに違いない。


「させない」


 だが、もちろん冬花はそれを許さない。狐火で、今まさに飛び立とうとした式を残らず燃やし尽くす。


「この、小娘が……!」


 なけなしの霊力を振り絞って放とうとした式を全滅させられて、大江綱道の顔が憤怒に歪む。

 冬花は無事な右手で左肩の傷を抑えながら、凄絶に笑った。


「誰も、若様のところには行かせない」


「くっ……」


 大江綱道は、彼女が傷を負いながらもなお自分よりも霊力に余力を残していることを悟らざるを得なかった。


「……まったく、小娘相手に随分と苦労しているようじゃないか、伊丹のところの鬼狩り一族は」


 刹那、その場に四人目の声が響き渡った。


「皇都をあっちに行ったりこっちに行ったり、今日は随分とせわしない。もう少し老人を労ってもらいものだね」


 その声は、言葉の内容とは裏腹に年若い少女の玲瓏さが宿っていた。


「……」


 冬花はその赤い瞳を、通りの向こうへと遣った。暗がりの中からガス灯の明かりの下に、小柄な影が進み出てきた。


「いやあ、葛葉のところが妖狐の血を引いているとは聞いていたが、ここまではっきりと妖狐の血が現れている者を見たのは、私も初めてだよ。長生きをしていると、いろいろと面白いものが見られるものだね」


 水干姿の、十代前半としか言いようのない容姿の少女が、爛々と目を光らせながらガス灯の明かりに浮かび上がっている。宵姫よりも小柄かもしれないと、冬花は思う。

 だが、油断は出来ない。

 状況からして、一色家の術者だろう。そういえば以前、鉄之介たちが一色家の術者・八束(やつか)いさなという人物に接触されたと言っていたか。


「だが、私にも主命があってね」


 そう言って、水干姿の女術者はぱちんと指を鳴らした。


「っ―――!?」


 途端、これまでにない重圧が冬花を襲う。


「なっ、何を……!?」


 だが、その重圧に襲われたのは冬花だけではなかったらしい。困惑と抗議の混じった声のした方を見れば、大江綱道も地面に膝をつき手で上体を支えていた。


「この周辺の龍脈を一時的に掌握して封印の陣を構築したのだがね、念のため妖魔と術者、両方とも封印出来る術式にした。葛葉冬花は妖狐にして陰陽師だからね。巻き添えを喰らわしてしまって悪いが、許してくれたまえよ」


 まったく悪びれた様子もなく、その術者は言った。

 そして、霊的な重圧に屈するのは、すでに消耗の著しかった大江綱道の方が早かった。力尽きたように、地面へと倒れ込んでしまったのだ。


「ぐっ……!」


 残る冬花は片膝をつきながらも何とか上体を起こして腕を上げる。その手に狐火を宿し、新たに現れた術者に放とうとする。


「まったく、小娘ながら大した根性だ」


 だが、女術者がもう一度指を鳴らすと、冬花の手から今まさに放たれようとしていた狐火が消滅する。鋭く伸ばした爪も、人のそれに戻ってしまっていた。


「うっ……」


 苦痛混じりの吐息が、冬花の口から漏れる。それでもシキガミの少女は、地面に這いつくばるような姿勢になりながら大江綱章が取り落とした刀に手を伸し、抵抗の意思を見せた。


「まだ抵抗するつもりかい?」


 そんなシキガミの少女の姿を見て、呆れとも賞賛ともとれぬ口調で女術者は言う。


「だが、もう遅い。ここまで大規模な封印の術式の構築は骨が折れたが、一度構築されてしまえば抜け出すことは困難だよ」


「―――っ!」


 冬花はその言葉に付き合わず、のし掛かる不可視の重圧に耐えながら渾身の力を込めて掴んだ刀を投擲した。回転を加えられて放たれた刀の目標は、少女の容姿をした術者ではない。

 冬花よりも早く霊的な重圧の前に身動きを封じられていた、大江綱道であった。


「んあ?」


 一瞬、女術者の間の抜けた声が冬花の耳に届く。

 冬花の投擲した刀が、鬼狩りの末裔の術者の首を刎ね飛ばしたのだ。すでに意識を失っていたのか、術式で防御することもない、呆気ない最期であった。


「―――おや、まあ」


 自分の封印の術式に囚われながらもなおも一矢報いた妖狐の少女に、その女術師は目をぱちくりとさせていた。

 すでに消耗していたとはいえ大江綱道の動きまで封じてしまい、その死の原因を作ったにしてはこの女術者の表情や口調にも己の失態を悔やむ色はなかった。


「何ともまあ、思い切ったことをするものだ。今の状態でそのようなことをすれば―――」


 その術者が言い終わる前に、冬花の全身を重圧とは別種の悪寒が襲い、体を内側から刺し貫かれるような激痛が走った。


「いっ、ぐっ、っあぁぁぁぁぁ―――!」


 堪らずに、冬花は悲鳴を上げてしまった。


「ほら、防御など何も出来ないままに、呪詛を喰らうことになるだろうに」


 むしろ面白いものを見るように、少女の姿をした女術者は霊的な重圧の下で激痛にのたうつ妖狐の少女を見下ろしていた。

 術者は自らの身を守り、命を狙われることへの対策として、自らを殺した相手に対し発動する呪詛を自身の体に仕込んでおくことがある。当然、呪術師を殺すときには、そうした術式を必ず警戒する。

 しかし冬花は術者としての自らの力が封じられようとしている中で、それでも敵術者を殺すことを選んだ。

 殿として、一人でも多くの敵を道連れに景紀が河越へ落ち延びる時間を稼ぐ。

 呪詛が自身を襲うだろうことも覚悟の上で、鬼狩りの末裔たる術者一人を討ち取ったのだ。


「まったく、大したものだよ」


 激痛と重圧に苛まれる冬花を見下ろして、その術者は独り言のように呟く。


「お前のお陰で結城景紀は取り逃がしてしまったようだ。だがひとまず、あの結城の小僧から片腕に等しいお前をもぎ取れたのは、まあ、成果と言えば成果か」


 霊的な重圧と呪詛の激痛に意識が薄れゆく中で、その言葉はシキガミの少女の脳裏にはっきりと響いた。

 景紀は、無事に逃げ延びることが出来たらしい。

 女の口調に嘘はなく、言霊による惑わしもない。

 ならば、自分は主命を果たせたことになる。

 冬花は重圧に身を委ねるように、首を垂れた。


「……若様、冬花はあなた様のご武運をお祈りしております」


 最後にそれだけを満足げに呟いて、シキガミの少女の意識は闇に染まった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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