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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十章 未完の新秩序編

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200 未完の新秩序

 十月に入ると、戦後利権を巡る六家同士の対立を何とか妥協に持ち込むことに成功した景紀は、父から六家会議に関わらないようにと言われていたこともあり、領軍の再編と河越での政務に専念するようになった。それでも一週間に一度は皇都の父の元に報告に出向き、また皇都の政局についての情報を収集しているが、基本的には河越城を拠点にして動いている。

 この間、有馬貞朋公は “不逞浪士”取り締りの件について六家と政府双方への根回しを行っていた。

 もちろん、景紀が父・景忠に提案し、そこから貞朋公を中心に動いてもらうことにしたのであるが、表向きは有馬家が独自の判断で動いていることになっている。

 意外であったのは、貞朋公が真っ先に六家会議での協力を取り付けようとしたのは、結城景忠でも長尾憲隆でもなく、斯波兼経であった。

 斯波家現当主・兼経は政治に対する関心は極めて薄く、六家会議でも積極的な発言をしない人物ではあったが、一方で芸術・美術の分野については六家の誰よりも強い関心を持っていた。

 そしてこの将家の当主というよりは文化人といったきらいのある六家当主は、芸術・美術に東洋や西洋といった区別をつけていなかった。たとえば、画家の中には西洋式の画法を取り入れている者たちもおり、そうした者たちの中で才能があると見込んだ者たちに斯波兼経は積極的な支援をしていたのである。

 急進攘夷派によって西洋史学者が殺害されたことで、兼経公は学問と芸術の危機を感じ取っていたという。

 そうした彼の心理に、貞朋公は目を付けたらしい。そしてさらに結城家、長尾家からの賛同も得た上で、六家会議にて“不逞浪士”取り締りを提議したのである。

 少なくとも、貞朋公は六家会議における過半数をまとめ上げることに成功したのだ。

 父親が頼朋翁だけあって、貞朋公も政治的に積極的に動こうとすれば辣腕を発揮出来るようであった。とはいえ、父親と違って彼単独ではなく、周囲に同調者を集めてから動く方が得意そうではあったが。

 伊丹正信公と一色公直公も自身の統制の及ばない急進攘夷派は切り捨てる方針であったようで、六家会議では表向き攘夷派浪士を志士として擁護する姿勢を示しながらも、水面下では側用人などを介して“不逞浪士”取り締りに関する妥協点を探そうとしていたようである。

 政府側では皇都周辺から警察や憲兵の増援を得ることで治安維持体制を強化することを望んでいたが、その増援となる警察・憲兵が主に結城家領出身者になってしまうことから、伊丹・一色両公はこの案に否定的姿勢を崩さなかった。

 そのため妥協案として、それぞれの領地から一定数の警察官を派遣することで警視庁の体制を強化するという案が出され、これが六家会議を通して具体化される運びとなった。

 ただ、それでも伊丹・一色両公は皇都に近い結城家領の動向を警戒していたようで、治安維持に牢人も参加させることを六家会議にて提議した。

 牢人とはいえ単に仕官先を求めて皇都に滞在しているだけの者もおり、そうした者たちを六家直属の私的治安維持組織として警視庁、憲兵隊に協力させることを伊丹・一色両公は求めたのである。

 その指揮統制および給金については、伊丹正信公自らが負担することを申し出た。急進攘夷派の浪士が独自の過激な行動に出ているとはいえ、すべての浪士が過激化しているわけではない。

 そうした者たちを体制側が取り込むことで、“不逞浪士”に限らず皇都における牢人問題を解決することを、伊丹正信は提案したのである。

 とはいえ、いわば皇都にいる牢人を伊丹家の私兵として雇うようなものであって、そうした者たちを治安維持に協力させることは警視庁、ひいては中央政府の権限を犯す行為でもあった。

 しかし、警視庁は三月の宵姫襲撃事件と大寿丸逃亡を許したことで、六家からそれまで以上に政治的干渉を受けるようになっていた。これまで急進攘夷派の取り締りが十分に行えていなかったのは、こうしたことが原因の一つであった。

 当然ながら、父親から中央集権による国家構想を聞かされて育ってきた有馬貞朋公は良い顔をしなかった。しかし、伊丹・一色公との妥協を優先したい結城景紀が伊丹正信の、いわゆる“浪士組”構想を容認し、封建的価値観の強い長尾憲隆も正信公の構想を特に問題視しなかったことで、“浪士組”構想は六家会議で認められることとなった。

 結局、六家会議で承認されてしまった以上、中央政府としても追認する他なく、伊丹正信公主導の下、“浪士組”の徴募が始まった。

 また、各六家領地からの警察官の応援は十月二十五日に皇都に到着させる予定で、それぞれの領地で選抜が行われることとなった。

 少なくとも、十二月に議会常会が開始される前までに皇都の治安を回復することで六家間の合意が成立したのである。






 一方、海外情勢に目を向けると、ルーシー帝国とマフムート朝との対立は最早開戦が避けられない状況にまで陥っていた。

 皇国も含めた国際会議による調停も不調のまま九月を迎えると、ルーシー帝国のパーヴェル三世は焦りを深めていた。

 東方問題では、三国干渉に参加した帝政フランクも完全にはルーシー帝国の味方とは言えず、ヴィンランド合衆国に至っては不干渉主義を貫いている上に国内の分裂が加速していた。

 国際的に孤立していると感じたツァーリは、九月二十六日からエステルライヒ皇帝、プルーゼン皇帝と相次いで直接会談に臨んで緊張の緩和を目論んだのである。この結果、エステルライヒ帝国外相による、パーヴェル三世がかなりの譲歩をする形での調停案が作成された。

 エステルライヒ、プルーゼン、フランクは新たな調停案に賛同、このままマフムート朝を巡る緊張は緩和されるのではないかと期待された。

 秋津皇国においても、伊丹・一色両公ですら国内での権力闘争を優先して、ルーシー帝国と即時開戦する決意を固めていなかったため、この調停案に賛同する旨の訓令が外務大臣から発せられている。

 しかし、唯一残るアルビオン連合王国の姿勢は頑なであった。依然としてルーシー帝国が南下政策を企てている以上、パーヴェル三世が作成に関わった調停案は信用出来ないと拒絶したのである。

 実際、斉朝回疆に侵攻したルーシー帝国軍は、依然として進撃を停止する気配を見せていなかった。中央アジアでのルーシー帝国の勢力拡大は、連合王国のシンドゥ植民地の安全保障にとって脅威となる。

 こうしたルーシー帝国の姿勢が、アルビオン連合王国政府の不信感を呼び起こしていたのである。

 結果、秋津皇国、エステルライヒ、プルーゼン、フランク四ヶ国の説得にもかかわらず、アルビオン連合王国は明確にエステルライヒ帝国外相案を拒絶する声明を発表してしまった。

 これが、十月八日のことであった。

 そしてマフムート朝のスルタン・アブデュルカーディル一世もまた皇国からの武器援助と牢人を中心とする傭兵団の到着、そしてアルビオン連合王国の強硬姿勢に影響されてか、非妥協的態度を取り続けていた。

 十月四日、マフムート朝はルーシー帝国に対し進駐した地域からの十五日以内の撤兵を求める最後通告を発するに至ったのである。

 つまり、十月十九日には両国間の戦争が勃発する可能性が極めて高くなっていた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 十月十五日、この日、景紀や宵はいつも通りの朝を迎えていた。

 かつて当主代理を務めていた時と同じように、景紀は城の広間に彩城国政庁の主要な幹部を集めて朝食をとることにしている。

 そうすることによって、景紀と幹部、あるいは幹部同士の交流を深めて意思疎通や意見交換を活発にすることは、かつての重臣・参与相手に景紀が行っていた朝食会議の趣旨と同じであった。

 そろそろ彩城国でも秋の収穫を迎える時期であり、朝食会議の話題も今年の収穫量のことが中心となっていた。

 宵の提案に始まった農業用蒸気機関の開発・導入についても話が進んでいる。

 それを上座で見守りながら、景紀はどこか気楽な気分であった。

 彩城国は、皇都のように攘夷派による騒擾事件は起こっていない。多少、そうした兆候がないでもなかったが、警察や憲兵隊によって抑えられている。

 皇都ではようやく治安維持に関する六家間の合意が形成されたようで、各六家領の警察までもを動員した大規模治安維持計画の策定が進んでいるという。

 十日後の十月二十五日には、“不逞浪士”の一斉検挙に乗り出すことが出来るだろう。

 六家が合意に至って、ようやく警視庁も本格的に動くことが出来るようになったわけである。

 その点、彩城国の警察組織は景紀たち結城家の統制下にあるから、彼が気楽な気分になるのも当然であった。

 と、景紀は隣で同じように朝食をとっている宵の箸がほとんど進んでいないことに気付いた。


「……大丈夫か、宵」


 景紀が声をかければ、宵は少しだけ気怠そうな動きで見上げてきた。


「……いえ、ちょっと食欲が湧かないものでして」


 出された食事を食べ切れないことに罪悪感を抱いているのか、あるいは体調が悪いのか、宵の口調はか細いものであった。


「体調が悪かったら無理するなよ。後で典医に見てもらえ」


「はい、そうさせていただきます」


 宵は少し恥じ入るように顔を伏せながら、景紀の言葉に小さく頷いてみせた。






 結局、その日一日、宵は景紀と共に政務をすることは叶わなかった。

 途中、典医から冬花も呼び出されたため、景紀は一人で政務を続けることとなった。冬花まで呼び出されたことで多少、宵の体調に不安を覚えないでもなかったが、一方である予感もあった。

 そんな感情の狭間で政務を続けていると、領軍の再編業務に当たっていた貴通が景紀を訪ねてきた。


「六家間での合意が形成されたことで、お(もう)様たちが何やら動き出したようです。近衛師団に所属していた時の知己が、書簡をくれました」


 もたらされたその報告に、景紀は眉をしかめることとなった。

 かつて近衛師団に所属していた貴通が、自らの持つ伝手から届いた書簡の内容を景紀に示す。そこに書かれていたのは、五摂家が政治的復権を目指して六家の政治的地位を低下させることを狙ったと思われる策動の内容であった。

 五摂家の当主たちは、一部の急進攘夷派が自分たちの声を直接皇主に届けるべきと主張していることを知り、六家による安易な取り締りの強化は陛下の御心に背くものであると考えているということだ。

 曰く、尊皇思想を持つ者たちの声を陛下に届けずに弾圧することは陛下に対する不忠である、と。

 皇主を盟主とする盟約を結んでいる六家にとって、“皇室第一の藩屏”の名を汚されることは自らの権力基盤を危うくされるに等しいことである。


「お父様たちの活動の影響かは判りませんが、近衛師団の一部でも攘夷論が広がりを見せつつあるようです」


「近衛師団でも、か」景紀は思わず呻いた。「あそこは公家出身の将校が多いからな。自分たちの頂点にいる五摂家が攘夷論に流れたことで、引き摺られたか」


「恐らくは、その通りかと」


「五摂家がこの調子じゃあ、攘夷派を抑えるどころじゃなくなっちまうぞ」


「はい」


 すでにマフムート朝とルーシー帝国が一触即発の事態に陥っていることは、二人にも知らされていた。実際に開戦となれば、皇国国内にてさらなる反ルーシー感情が盛り上がりかねない。

 急進攘夷派の取り締り強化を目前にして、国内政局は新たな混沌の予兆を抱えることになってしまったのである。

 景紀と貴通が難しい顔で思案していると、執務室の扉が控え目に叩かれた。


「入れ」


 扉を開けて入ってきたのは、冬花に付き添われた宵であった。二人の姿を見て、景紀も先ほどまでの険しい顔を緩めた。


「体調はもう大丈夫なのか?」


 景紀がそう言うと、宵は恥じらうように顔を赤らめながら視線を逸らした。一方で、冬花の顔はどこか穏やかであった。


「宵姫様」


 白髪の少女が、そっと姫君の背中を押す。


「景紀様」


 すると、意を決したように顔を上げた少女が改まった口調でその名を呼んだ。


「ややこを、授かったようです」


 がたん、と一際部屋に響き渡る音がした。景紀が、椅子を背後に倒して立ち上がった音であった。


「典医だけじゃなくて、私も宵姫様の“気”を確認したから確実よ。ほんのかすかだけど、お体の中にもう一つの“気”の気配があるの。典医の診断結果も合せると、だいたい六週間目ってところね」


 未だ衝撃が抜けきっていない主君に苦笑しながら、従者たる少女がそう説明した。


「……そう、か。宵が、ややこを、な……」


 ある程度、予感していたこととはいえ、いざ告げられるとどう受け止めて良いものか、景紀は驚きと戸惑いの中にあった。

 少しぎこちない足取りで机を回り込んで、景紀はそっと壊れ物を扱うような手付きで宵の両手を包み込む。


「……ありがとうな、宵」


 何かを宵に伝えなければと思って景紀の口を突いて出たのは、そんな言葉であった。


「ふふっ、景紀様、まだ早いですよ」


 そんな景紀に笑みを向けた宵の瞳に、薄らと涙が滲んでいた。

 彼女自身は、望まれて生まれた子供とは言えなかった。だからこそ、まだややこを授かったことが判っただけなのに感謝の言葉を告げてくれたことが嬉しかったのだ。


「ああ、楽しみだな、宵」


「はい」


 両手を取り合って喜びを分かち合う二人の姿を、冬花と貴通はそっと見守っていた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 十月十七日。

 この日、皇都にある氷州鉄道株式会社皇都支社の大会議室において、長尾憲隆公主催の下、北満洲経営委員会の発足式が行われた。

 氷州鉄道株式会社は、長尾家が植民地利権を持つ氷州を走る鉄道を経営している御用会社・国策会社である。

 九月末になってようやく六家による戦後利権の分配が正式に決定したことを受けて、六家代表として伊丹正信公がその内容を皇主に奏上、その上で六家の各当主に対してそれぞれの担当する地域の植民地経営を行うようにという勅命が下された。

 これにより、六家は斉から割譲された地域、獲得した利権を経営する政治的正統性を得たわけである。

 長尾家は満洲横断鉄道および松花江の利権を得、これらを氷州・沿海州の植民地利権と連動させる必要性が生まれた。

 そこで組織されたのが、北満洲経営委員会であった。

 長尾家現当主・長尾憲隆を委員長として、委員には嫡男・憲実、有力分家の千坂家当主、長尾家の重臣や憲隆公側近、氷州鉄道株式会社の社長、その他長尾家御用会社の幹部たちが名を連ねている。

 いよいよ長尾家にとって氷州・沿海州の植民地経営を安定化させるための悲願であった満洲経営に乗り出せるということもあり、全体的に楽観的な雰囲気の下に委員会の運営方針などの討議が続けられていく。


「ついに、我らは悲願であった満洲進出を果たした」


 会の最後、憲隆は上座から立ち上がって締めくくりの挨拶を始めた。


「これにより、我が氷州・沿海州植民地の隆盛はますます盛んとなるであろう」


 この瞬間、長尾憲隆は得意の絶頂にあったと言えよう。


「依然として国際情勢が予断を許さない中、皇主陛下より勅命を受けて大陸植民地の経営にあたる我らの使命は重大である。その使命を背負い、諸君らが満洲の経営に全力で邁進せんことを私は期待している」


 憲隆は、乾杯のための杯を手に取った。


「それでは、我らに重大なる使命を授けて下さった皇室の弥栄(いやさか)と、委員会前途の発展を願い、乾杯!」


 彼が杯を掲げた、その刹那のことだった。

 轟音と共に、大会議室の中を爆風と爆炎が駆け巡った。窓硝子が割れて飛び散り、机の上の書類がまき上げられる。

 怒号と悲鳴、そして呻き。

 長尾憲隆公や出席した多くの委員の姿は、大会議室を覆う炎と黒煙の中に消えていった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
― 新着の感想 ―
[一言] ええ!?暗殺!?しかも爆殺!?
[一言] あっ、デカイ衝撃になるやつではと身構えてます。 例えるなら巨大な停止している歯車に挟まっていた石が圧によって砕け回り始めるような、結果どうなるのかは分からないけど今まで通りにはならない事だ…
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