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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十章 未完の新秩序編

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199 不逞浪士取り締り

「攘夷派も、ついに内部分裂を始めたか」


 皇都で攘夷派に対する隠密活動を続けていた朝比奈新八からの報告に、景紀は冷め切った声で応じた。


「まあ、攘夷を掲げていようと所詮は政党やからな。汚職に手を染める人間は一人や二人、おるもんや」


 夜、河越城の庭園の影から身を覗かせている元牢人の忍は、特に嘲るでもなくそう言う。忍として、他者の弱みの一つや二つ握ることには慣れているからだろう。


「これで、若の望み通りの展開やね」


 これまで新八は、景紀の指示で攘夷派の内部分裂を誘発するための情報収集と工作を行ってきた。

 姉が葦原の娼妓であり葦原での用心棒も務めている新八には、彼独自の情報網がある。葦原の遊郭を利用する男たちから、遊女などを通して情報を抜き取るなどしたのだろう。

 その結果が、党内資金の横領疑惑が出た攘夷派政党・蓬莱倶楽部の幹部暗殺に繋がったのである。実際、殺害された蓬莱倶楽部の幹部は、葦原で不自然なほど羽振りが良かったという。

 その点を、景紀と新八は突いたのである。

 自分がそうした後ろ暗い工作を指示したことに、景紀は特に後ろめたさもやましさも覚えなかった。

 攘夷派浪士が、自分たちの主義主張にそぐわないという理由だけで人斬りを繰り返すくらいならば、同じ攘夷を叫んでいる連中同士で殺し合えばこちらに被害が及ばなくていい、とすら思ってしまう。

 景紀自身も攘夷派である伊丹・一色両公と政治的に敵対している以上、急進攘夷派から狙われる危険性は十分にあった。当然、彼の正室である宵にも彼らの手が伸びてくる恐れがある。

 皇都で攘夷派が過激な行動を繰り返している以上、早々に攘夷派の権威を失墜させて民衆の支持を失わせる必要があった。


「今回の報酬だ」


 景紀は金子(きんす)の入った袋を投げる。放物線を描いていくそれを、新八は危なげなく受け取った。


「毎度おおきに」


 ずしりと重い袋を懐に仕舞いつつ、忍の青年はどこかおどけたように景紀に礼を言った。


「で、若からの次の指令は何なん?」


「一応、変装して今回の工作に当たったんだよな?」


「そりゃあ、勿論」


 新八は忍の術の中でも、特に変装を得意としている。特徴的な西方弁も、結局のところ彼の演技の一つに過ぎない。


「じゃあしばらくは、河越で菖蒲たちと共に宵の身辺警護にでも当たっていてくれ。変装していたとはいえ、蓬莱倶楽部やその背後にいる伊丹・一色両公のところの隠密衆も噂の出所、そして横領の事実がどうして明るみになったのかっていう点について調査しているだろうからな」


「まあ、要するに身を隠しておけ、ってことやな?」


「端的に言えばそういうことだ。新八さんの足取りが辿れなければ、連中は内部の密告者の存在を考えて疑心暗鬼になる可能性もある。犯人捜しの中でさらに内部粛清を繰り返してくれるのならば、俺としては御の字だ」


「若もなかなかえげつないなぁ」


 呆れとも感心ともつなく口調で新八が景紀を評した。


「皇都の平穏を脅かすような連中だ」一方、景紀は攘夷派に対する同情を見せなかった。「陛下に西洋史を進講しただけで殺されるとか、この国の学問の発展に悪い影響しか与えん」


 対斉戦役を通して騎兵戦術の転換する必要性を感じ取っているこの六家次期当主の少年は、だからこそ自由な発想を抑圧するような動きに否定的であった。

 もちろん、景紀としてもありとあらゆる思想信条を許容するわけではなかったが、少なくとも学術や技術の発展なくして国家の発展はあり得ないだろうと考えている。

 攘夷派が西洋列強との対決を考えているというのならば、なおさら国力を増強するために国家を発展させることは必須だろう。その意味では、急進攘夷派が学者まで標的にしてしまったのは、国家の発展という目標とは相容れない。


「陛下も、攘夷派の凶行には心を痛めておられるという。そろそろ、攘夷派の取り締りを六家会議で本気で議論してもらわなきゃあ困る」


「じゃあ、若はまた皇都に行くん?」


「ああ、父上や貞朋公にいろいろ動いてもらいたいからな」


「忙しいことやな」


 細い目の奥で、新八は純粋に同情の視線を雇い主に向けた。


「まあ、若の不在中、お姫様んことは僕と菖蒲の嬢ちゃんらに任しとき」


「ああ、頼んだ」


 そうして、忍の青年と雇い主の次期当主は、それぞれの闇の中へと消えていった。


  ◇◇◇


 九月もほとんど終わりに差し掛かった頃、景紀は再び河越から皇都に出てきた。


「先日は長尾家との交渉、ご苦労だったな」


 自分の息子が無事に調停役の務めを果たせたからか、父・景忠の声には喜色が込められていた。


「父上も、伊丹・一色両公への根回し、ありがとうございます」


「これでお前がもう少し、他の六家との協調を重んじてくれれば、言うことはないのであるがな」


「……」


 父からの苦言じみた言葉に、景紀は曖昧な笑みを返すだけであった。そして、本題に入ることにした。


「ところで、皇都ではいろいろと不穏な噂が飛び交っていると聞きますが、父上の元に何か情報が入ってきておりませんか?」


「主に、急進攘夷派の次の標的が誰か、という噂が多いようだな。当然、私の名も出ておるし、他の六家当主についても同様だ。まあ、六家当主の暗殺計画があるという噂は、時々出回るのでいちいち気にしておってもしかたがないがな。しかし、この調子では今年の議会常会は開けるのか、懸念しておる者もいるようだ。それには、私も同感だ」


「議会を開けぬ場合、六家としての鼎の軽重を問われかねません。それは伊丹・一色両公にとっても痛手となるはずです」


「判っておるが、先日、長尾家との妥協を成立させたばかりだ。ここで再び、六家内部での対立を起こさせるのも、な」


 景紀の追及するような口調に、父である六家当主はどこか及び腰であった。

 せっかく六家間で戦後利権を巡る問題が解決した以上、新たな対立の火種を作りたくないのだろう。だからこそ、六家会議で攘夷派である伊丹・一色両公の態度を批判することに消極的なのだ。


「今は六家が協調して皇都の混乱を収め、陛下の御宸襟を安んじ奉ることこそが六家当主としての本分であろう」


「陛下の御為と言うのであれば、なおさら過激派どもの取り締りが必要かと思いますが?」


「そうは言っても、六家同士が対立していれば、かえって陛下のご心労はつのるばかりであろう」


「……」


 皇主の名を出されてしまっては、景紀としてもそれ以上、父に対して強く出ることは出来なかった。

 しかし、一部攘夷派の過激化によって伊丹・一色両公は彼らへの影響力を低下させつつあり、かといって警察や憲兵を使って攘夷派を取り締ることにも両公が消極的である以上、事態が父の望むように沈静化するとは思えなかった。

 むしろ、伊丹・一色両公の曖昧な態度が、かえって急進攘夷派を勢いづかせているという一面もあるようにも感じられるのだ。

 急進攘夷派からすれば、二人が自分たちの行動(彼らはそれを義挙だと言うのだろうが)を黙認しているように見えるだろう。

 伊丹・一色両公にとってもこれまで攘夷を唱えてきた以上、自分たちの対外観の上からも、また面子の上からも軽々しく宗旨替えは出来ない。

 ここは、“攘夷派”という言葉を使わず、“不逞浪士”という言葉を使って伊丹・一色両公に逃げ道を与え、皇都の治安維持強化に乗り出すべきではないだろうかと景紀は思う。

 こちらも、あえて攘夷派の取り締り強化を主張せず、不逞浪士の取り締りを強化するのだと主張すればいい。

 伊丹・一色両公にとっても自分たちの影響力が及びづらくなっている急進攘夷派の存在は持て余しているはずだから、“不逞浪士の取り締り”という大義名分を与えれば皇都の治安維持強化のための六家間の妥協を成立させることは可能なはずだ。

 とはいえ、と景紀は思う。

 父がこの調子では、六家会議で積極的に動くことはないだろう。有馬貞朋公あたりに動いてもらうか、と考える。


「それでは父上、俺の方でも少し皇都の情勢を知っておきたいと思いますので、失礼させて頂きます」


 結局、景紀は父の曖昧な態度への不満を胸の内に抱えたまま、執務室を後にしたのであった。


  ◇◇◇


 次に景紀が向かったのは、兵部省軍監本部であった。川上荘吉少将に対して、面会を申し込む。


「皇都に駐屯する部隊についての情報、ですか」


 景紀が面会の趣旨を説明すると、川上少将は嘆息気味に応じた。先任の少将としての態度と結城家家臣団としての態度の狭間で、彼は主家次期当主に説明する。


「それについてですが、憲兵隊の方ですでに探りを入れつつあります。現在のところ、歩一(歩兵第一連隊)の将校たちには攘夷的言動が見受けられますし、その急先鋒が連隊長の伊丹公女婿・渋川清綱大佐であることも事実です。しかし、具体的に行動を起こそうという気配となりますと、何とも判断し難い面があります。急進的な攘夷派浪士と違って、少なくとも軍内部には伊丹公の統制は及んでいるようですから」


「攘夷派浪士の凶行に引き摺られて、皇都の部隊が蜂起するような事態にはならない、と?」


「流石にそれは状況次第としか申し上げようがありませんな、若」


 川上少将も、軍内部の思想的動向には頭を抱えているようであった。


「一応、現場の憲兵からは万が一に備えて近隣の部隊から憲兵の応援を呼ぶべきという上申が憲兵司令部の方に上げられているようなのですが……」


 そこから先を言い辛そうに、川上は言葉を切った。


「ああ、判りました。その近隣の憲兵というのが結城家領軍になるので、それを皇都に入れると結城家が皇都を占拠したような形になり、六家間の対立を尖鋭化させかねないと言いたいのですね?」


「若に対して不敬を承知で申し上げるならば。これは、警察に関しても同じことが言えます」


 事実上、八方塞がりの状況であった。

 伊丹・一色両公は攘夷派の取り締りに消極的であり、警視庁も憲兵司令部も応援部隊を皇都に引き入れることに及び腰となっている。それが、さらなる六家間の対立を引き起こしかねないからだ。

 皇都の情勢を鎮静化させるために警察や憲兵を増強すべきだが、それをするとかえって六家間に流血の事態を招きかねないというのは皮肉であった。

 やはりここは有馬貞朋公に頼って、“攘夷派浪士”ではなく“不逞浪士”を取り締るという形で事態の沈静化を狙うしかないのか。

 だがひとまずは、父である景忠に話を通しておくべきだろう。景紀はそう考えた。

 六家会議で結城、有馬、長尾の三家が連帯して“不逞浪士”の取り締りを主張することが出来れば、少なくとも有馬頼朋翁不在の状況下でも、伊丹・一色両公から政治的主導権を奪うことが出来るかもしれない。

 あるいは、単なる景紀の希望的観測に過ぎなかったかもしれなかったが。


  ◇◇◇


 帰宅した景紀は川上荘吉少将から聞いた話などを父に報告する中で、皇都で人斬りを繰り返す攘夷派浪士を“不逞浪士”という形で取り締る策を提案した。

 だが、景忠は新たな六家の対立を生みかねないとして消極的な姿勢を崩さなかった。

 親子の会話の中で、景忠は攘夷派浪士を取り締る必要性は認めつつも、むしろ伊丹・一色両公の側から話を持ちかけてくるのを待っている気配すらあった。攘夷派である二人が現在の皇都の治安を回復する必要性を認めれば、逆に対立は生じないからだ。

 しかし、景紀は伊丹・一色両公の側から治安維持の強化を言い出してくるとは思えなかった。二人にも面子はある。その面子を潰さないようにして、いかに攘夷派浪士を取り締るのかが問題であると、景紀は考えていた。

 だからこそ、“陛下の御宸襟を悩ませる不逞浪士”という形で、あくまでも皇都の治安を悪化させている牢人たちを取り締るという体裁をとる。攘夷派を取り締ろうとすれば壮士などの院外団を持つ攘夷派政党の扱いについても話が及ぶ可能性があり、さらに壮士はどの政党・会派も多かれ少なかれ所属している以上、その取り締りは大きな政治的問題となりかねない。

 壮士まで取り締ろうとすると攘夷派だけでなく民権派からの反発も予測されるため、取り締りの対象はあくまで“不逞浪士”に限定することで、皇都の治安問題を大きな政治問題化させることなく六家間で妥協を成立させる。

 それが、景紀の狙いであった。

 先日、長尾家との妥協を成立させた時と同じように、景紀は夕食後も粘り強く父を説得した。

 そうしてついに、景忠も折れざるを得なかった。

 自分ではなく有馬貞朋公が言い出すのであれば、結城家が伊丹・一色両家と対立せずに済むと考えたのだろう。

 ただし、景紀の策の有用性は認めつつも、景忠は景紀自らがこの件に関してこれ以上動き回ることを許さなかった。

 六家会議の場で有馬貞朋公に“不逞浪士”取り締りの件を提議してもらうにしても、それ以前に景紀と貞朋公が頻繁に会合していては、これが景紀の策であると伊丹・一色両公が受け取りかねない。

 景紀のことを快く思っていない二人が景紀の策だと知れば、感情的な反発を呼び起こしかねないと景忠は懸念したのである。

 もちろん、伊丹・一色両公としても景紀の発案かもしれないと薄々勘付く可能性はあったが、少なくとも表向き貞朋公からの提議にしてしまえば、二人の反発もある程度は抑えられるだろと景忠は考えた。

 景紀はあくまでも六家会議での対立を避けようとする父の消極的姿勢に不満を覚えないでもなかったが、ひとまず自分の提案を受け入れてくれたことで満足することにした。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


「“不逞浪士”取り締りの件、上手く妥協にこぎ着けられると良いわね」


 河越へと向かう京越線の一等客車の個室で揺られながら、冬花がどこか悔いを滲ませた口調で言った。

 車窓から見える風景は、徐々に皇都郊外に差し掛かっていた。

 彼女にとって景紀自らが動くことを景忠に禁じられたことが不本意なのだろう。

 六家会議の進展を見極めることなく皇都から離れざるを得ないことに、景紀としてもどこか後ろ髪を引かれる思いであった。せめて、貞朋公の意見くらいは聞いておきたかった。


「まあ、当分は河越で大人しく領政に専念しているしかないだろうな」


 窓枠に肘をついて頬杖をつきながら、景紀は去ってゆく皇都の街並みを眺めていた。


「宵が農業機械の件でいろいろ動いてくれたから、それがこの秋、どこまで使えるのか試してみたり、いろいろと領内でもやることには事欠かない。俺の手を離れた問題については、別に思うところがないわけじゃないが、とりあえず頭の外に追いやっておくさ」


 どこか突き放すように、景紀は言った。

 皇都の街並みは、列車の速度に合わせてどんどんと遠くなっていった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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