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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十章 未完の新秩序編

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195 ひねくれた味方

 九月の初旬ではあったが、本州最北の嶺奥国は秋の入り口を感じさせるような気候になりつつあった。とはいえ、まだ流石に紅葉は見られないので翼龍から見える山の景色は緑一色だ。

 旧嶺州軍である第二十八旅団の旅団司令部は国府・鷹前に置かれており、同時に歩兵第五十七連隊の衛戍地でもあった(同じく第二十八旅団所属の歩兵第五十八連隊の衛戍地は花岡)。


「昇進を果たせたようで、何よりだ。柴田少将」


 かつて第二十八旅団の久慈宗行少将が戦死したために旅団の指揮を継承した歩兵第五十七連隊の柴田平九郎は、今は少将に昇進して正式に第二十八旅団の旅団長に就任していた。


「ふん、よく言う。他に人がいないから私にお鉢が回ってきただけだろうに」


 相変わらず、柴田平九郎の景紀に対する態度はぞんざいなものであった。

 思えば小山朝康、結城景保、それに柴田平九郎と、自分よりも階級が下であるにもかかわらず不遜な態度をとる人間が多いな、と景紀は内心で苦笑した。

 とはいえ、柴田少将に関しては他家の領軍出身者であり、また姉たちが娼妓になったという過去から何不自由なく育ってきた景紀に対する態度が悪くなってしまうのはやむを得ないと思っている。

 柴田少将の冬花に対する態度も、容姿の所為で虐められるだけならばまだまし、とでも思っていそうな節があった。少なくとも、家族のために身売りをするような目には遭っていないのだから。


「まったく、佐薙家家臣団出身の将校の多くが予備役に編入されてしまった所為で、こちらは苦労しているんだ」


 早速、柴田少将は景紀に恨み言じみた愚痴を放ってきた。

 結城家によって反六家感情の強い佐薙家家臣団の多くが隠居・退役に追い込まれ、特に嶺州軍においては将校の不足が起きていた。

 今年の四月に兵学寮を卒業した嶺州・花岡県出身者を軒並み第二十八旅団に配属したが、あくまでも新米少尉であって即戦力にはなり得ない。


「まあ、佐薙家も馬鹿なことをしたものだと、私も思っているがな」


 柴田少将の与り知らぬところで発生した宵姫襲撃事件とその影響は、彼自身の耳にも入っている。


「現状、領軍内部では行方不明となった大寿丸様よりも宵姫様に対する支持の方が強い。貴殿らは嶺州における士族反乱を警戒しているようだが、少なくとも領軍全体がそれに呼応するような事態は起こらんだろうよ」


「そうであることを、俺も願っているよ」


「当たり前だ」


 景紀と同意見になったことに、かすかに不愉快そうな表情を柴田少将は浮かべた。とはいえ、彼も心の底から景紀のことを嫌悪しているわけではないだろう。

 単に、どうにも好きになれないものを感じているだけなのだ。

 それは六家とその他中小諸侯との間にある支配・被支配の関係であったり、自分自身と景紀の生まれの違いからくる境遇の差だったりと、格差に基づく複雑な感情に由来するものだ。一朝一夕に柴田少将が景紀という二十歳にならずして少将へと昇進した人間を受け入れることは出来ない。


「宵姫様がせっかくご尽力して下さった領内の振興政策、ここで旧佐薙家家臣団が台無しにするわけにはいかんだろう」


 だが、そのような柴田少将であっても、宵に対しては敬意を持っている。

 政略結婚の結果生まれ、そして彼女自身もまた政略結婚の道具とされてしまったことが、彼の中で家族のために身売りをした姉たちの姿に重なっているのだろう。

 だからこそ、逆に景紀は柴田平九郎という人物を認めていた。そうした考え方が六家としての傲慢だと彼には指摘されてしまいそうではあるが、少なくとも下手な旧佐薙家家臣団出身将校に嶺州軍を任せるよりも安心出来る。

 柴田平九郎は佐薙家に対しても、結城家に対しても、平等に厳しい視線を向けているからだ。そして、それでいながら領主不在の嶺州で軍を握っているにもかかわらず、下克上のような野心を覗かせないだけの理性も持ち合わせている。

 要するに、多少ひねくれた性格の持ち主だったとしても、軍人としての本分に忠実であり、嶺州という故郷に対する郷土愛が一定程度あるのだ。

 だからこそ、未だに結城家によって軍を追われていないといえる。


「それで、宵姫様はお元気にされているか?」


「ああ、元気にしている。この間まで南洋を見て回ったり、彩州の長瀞に連れて行ってやったりもした」


「意外にも、姫様を大事にしているのだな」


 柴田少将の視線がちらりと冬花に向かったのを、景紀は見逃さなかった。


「当たり前だろ」少しだけ、むっとした口調で景紀は反論した。「正直なところ、俺には勿体ないくらいによく出来た嫁さんだよ。だから嶺州の城にずっと閉じ込められていた分、あいつには色んな景色を見せてやりたいと思っている」


「ふん、貴殿のそれは立派な惚気だな」


 少し鼻白んだ態度を隠すように、嘲るような口調で柴田少将は言う。一方、惚気を指摘された方の景紀は特に羞恥を見せるでもなく平然としていた。宵の夫として当然と言わんばかりの態度であった。


「で、そんな貴殿に少し尋ねたいことがある」


「何だ」


「今、嶺州には代官はいるが正式な領主は不在だ。その領主に、貴殿と宵姫様の子を就けるという話があるそうだが、真実なのか?」


 その質問に、景紀はわざとらしく溜息をついた。


「それは、気の早い連中が言っていることだ。宵も特に自分の子に佐薙家を継がせたいというようなことは言っていない。そもそも、俺も宵もまだ結城家を継がせるべき子すら生まれていないんだぞ?」


「そうであっても、噂や憶測というのは無責任に広がっていくものだ。三月の宵姫様襲撃事件も、そうしたことが原因だと聞いている」


「つまり、少将の方で何か不穏な噂を耳にしている、ってことか?」


「まあ、有り体に言ってしまえばそんなところだな」


 柴田少将は、若干の疲れを見せて椅子の背もたれに身を預けた。


「私が第二十八旅団の旅団長に就任したことで、旧佐薙家家臣団の内、御家再興を諦め切れぬ者たちから何度か接触を受けてな」


 つまり、旧佐薙家家臣団が第二十八旅団に蹶起を呼びかけているということか。景紀の顔が、自然と険しくなる。


「貴殿は私の経歴について知っているはずだ。私は佐薙家家臣団出身だが、だからといって主家に対して恩義を感じたことはない」


 下級士族である柴田家は佐薙家からの俸禄が十分ではなく、姉たちが身売りせざるを得ないほどに困窮していた。


「だというのに、私に対して佐薙家からの御恩を思い出せなどと言ってくる。正直、不愉快で堪らん」


 吐き捨てるように、柴田少将は言った。


「佐薙家重臣の家系・大堀家の嫡男・史高(ふみたか)という男を知っているか」


「ああ」


 景紀は固い声で頷いた。それは、宵姫襲撃事件を計画した人間の一人であり、大寿丸を北溟道に落ち延びさせた張本人でもあった。

 景紀はそうした報告を鉄之介や新八から受けていた。

 襲撃事件後、佐薙家皇都屋敷は屋敷を管理するための最低限度の人員を除き、ほとんどの佐薙家家臣団が皇都からの退去を政府から命じられていた。実質的に、佐薙家は皇都で活動することを禁じられたわけである。

 二度も皇都に騒擾事件を引き起こしたのであるから、当然といえた。

 しかし、そのために逆に嶺州に佐薙家家臣団が集結することとなり、今度は嶺州に不穏な空気が流れ始めているということか。


「私に一番多く接触してきたのは、あの男だ。今、領内では大寿丸様のことについて色々な噂が流れていてな。どれも根拠の乏しい無責任なものだとは思うが、皇都で病死されたというものから、結城家の刺客からの逃れて他の六家の領地に落ち延びたというものまで様々だ」


 徐々に、柴田少将の視線が険しいものとなっていく。まるで、景紀を追及しているかのようだった。


「で、大堀史高が言うには、大寿丸様はご健在であり、自分はその居場所を知っている、というものだ」


 そこで、柴田少将は景紀を睨んだ。


「もし本当に大寿丸様が生きておられるとして、結城家がそれについて何の情報も得ていないというはずがなかろう。で、結局のところどうなのだ?」


「端的に言えば、俺も宵も報告を受けている、だ」


「やはり、な」


 柴田少将は、妙に納得したようであった。


「流石に九歳児を殺害すれば結城家の名を泥で汚すようなものだ。それはせんだろうとは思っていた。どこかに幽閉でもしているのか?」


「北溟道に落ち延びやがった」


 景紀のうんざりとした言葉に、一瞬柴田少将が絶句する。


「……それは、いや、それでいいのか……?」


 彼自身も、何と返したら良いのか迷っているようであった。そんな柴田少将に対して、景紀は続けた。


「はっきり言って、下らん理由だぞ? 大寿丸を逃亡させて皇都警視庁の不手際を追及、皇都の治安維持に六家の意向を反映させやすくする、っていう政治的判断で落ち延びるのをあえて見逃したらしい」


 父・景忠らの目論見では、北溟道に落ち延びたところで何も出来ないだろうということであった。しかし、宵の方はかえって嶺州に火種を残す結果になるのではないかと懸念していた。

 景紀としては宵の意見に賛成であったが、かといって大寿丸を亡き者にすることも出来なかった。

 その意味では、多くの領民にとって生死不明となっている現在の状況の方が結城家にとって都合が良いと言える。

 一度生死不明になってしまえば、たとえ御家再興を望む家臣団が大寿丸を担ぎ上げるような事態になっても、その大寿丸を偽物であると喧伝することが出来る。

 実際、歴史上には、いったいどこから現れたのかと問いたくなるほど怪しい自称「正統な後継者」による乱などが存在する。大寿丸が一般の領民にとって生死不明となってくれたのは、ある意味で有り難かった。

 ただし問題は、それが確実に死んだという噂に変わった時だろう。その死が結城家による謀殺だという噂に発展すれば、結城家による嶺州の統治が揺らぎかねない。

 その意味では、大寿丸の存在は依然として嶺州における火種であり続けていた。

 もっとも、一般の領民たちにとっては二度も皇都で騒擾事件を起こした佐薙家に対する失望の色は濃いという。宵が結城家に嫁ぎ、それによって嶺州領民の生活に向上の兆しが見えているとなればなおさらだろう。

 その意味では、大寿丸謀殺の噂が流れても対処は可能と考えられた。多少、景紀の中に楽観論があることは否定出来ないが。

 それと、景紀にはもう一つ、気になる点があった。


「柴田少将、大堀史高らが少将に接触しているということだが、それは佐薙家再興のための蹶起を呼びかけたものと考えていいのか?」


「連中は明言しなかったが、私は暗にそういう呼びかけだと感じた」


「だとしたら、少し妙だな」


「何が妙なのだ?」


「例えば今、旧佐薙家家臣団で御家再興を望む連中が、大寿丸を北溟道から連れ戻して正統な領主の座を取り戻すという大義名分で乱を引き起こしたとする。いったい、どれだけの領民がそれに付いてくる?」


「まあ、宵姫様を襲撃するような事件を起こしたような連中だぞ? そういう世の中の情勢をよく理解していないだけではないのか?」


「……」


 景紀は未だどこか引っ掛かるものを感じていた。


「柴田少将、少将はこうして素直に俺にその話を伝えてくれたが、警察や憲兵の中にも佐薙家家臣団出身者は多い。そういう連中は、主家に対する忠誠心に程度の差があるだろうとはいえ、御家再興を目指す者たちが不穏な動きを見せても、あえて見逃してしまうんじゃないか? やっぱり、同僚だった連中、それも同じ主君を仰いでいた連中を密告したり取り締ったりすることに、戸惑いや躊躇い、葛藤が生まれるはずだ」


「可能性はあるだろうな」


 柴田少将は、景紀の懸念に頷いた。


「つまり貴殿は、旧佐薙家家臣団による反乱を警戒しておくべき、と言いたいのだな?」


「ああ、そういうことだ」


 実際問題、結城家の持つ密偵も、皇国全土を網羅出来るほどの数は存在していない。むしろ今は皇都の政局、そして結城家内部の分裂に対応を集中させねばならない状態だ。

 嶺州と北溟道にも多少の数は配置しているが、それで嶺州や北溟道の情報のすべてを手に入れられるわけでもない。どうしても、現地の者たちの中に協力者を作らねばならないのだ。

 特に結城家直属の忍・風間家は、宵の護衛、そして景秀・景保親子の監視に集中させておきたかった。

 その意味では、柴田少将の存在は景紀にとって有り難いものであった。


「まったく、面倒事が次から次へと襲ってくるな」


「俺よりは、少将の方が幾分かましだとは思うけどな」


「貴殿は六家次期当主。相応の苦労を背負うのが、生まれた時からの義務だろう」


 景紀の言葉を、柴田少将は冷たく切って捨てた。


「まあいい。貴殿に恩義は感じぬが、宵姫様については一嶺州人としての恩義がある。その点は、安心しておけ」


 やはり将家に対する複雑な感情を滲ませた声でそう言った柴田平九郎に、景紀はかすかな笑みで応じた。

 こんなところにも宵の味方がいてくれて、何となく嬉しいものを感じてしまったのだ。

 その後、景紀たちは第二十八旅団の再編状況などを見て回り、鷹前城にいる宵の母・(とし)に挨拶をして再び河越へと帰るのであった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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