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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十章 未完の新秩序編

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194 従兄弟の確執

 長尾家皇都屋敷を後にした景紀は一度河越に帰って貴通と合流すると、そのまま冬花も含めた三人で翼龍を駆って北へと向かった。

 父・景忠から領軍の再編についても任されていたため、東北鎮台と第十四師団の状況を確認するためであった。鉄道で向かえば苦労は少ないのだが、皇都の情勢なども気掛かりなため、短期間で往復が可能な翼龍を使うことにしたのである。

 東北鎮台の司令部が置かれている岩背県首府・千代では、領軍を再編する責任者として訓練統監に任じられている百武好古中将に出迎えられた。

 なお、東北鎮台司令官は景紀の祖父(つまりは現当主・景忠の父。すでに故人)の弟が任じられているが、老齢ということもあって、領軍を結城家自らが統率していることを示すためだけの名目上の存在に過ぎないといえた。

 実質的な領軍の采配は、現状では百武中将がとっていると言っても過言ではない。


「お久しぶりです、将軍」


「若も、お元気そうで何よりですな」


 顔に刻まれた皺ほどには老いを感じさせない口調で、百武中将は言った。


「独混第一旅団は、今次戦役では随分と活躍されたそうですな。創設に関わった一人として、また臣下の一人として嬉しい限りです」


 景紀たちは鎮台司令部で司令官に挨拶した後、百武中将から第十四師団の現在の状況について説明を受けることになった。


「戦地帰りの者たちと、再編のために南洋独立守備隊から引き抜かれてきた者たちの間で、いささか対立じみたものが生じています」


 陸軍中将ではなく、あくまでも結城家の一家臣としての口調で百武将軍は語る。


「特に戦地帰りの者たちは、その精神的重圧から解放された故か、飲み屋や花街で騒動を起こす者もおりましてな。そうした規律の緩みが、新任の者たちには軍人にあるまじき態度と映っているようです」


 後世の表現を使うのならば、それは戦争によるPTSD(心的外傷後ストレス障害)といえるものであったが、この時代では未だ医学的に未解明なものであった。それ故に、周囲の者たちからは理解されない。

 第十四師団は、遼河平原を巡る戦闘で斉軍の大反攻に際して瘴気による攻撃を受けて大きな損害を受けた部隊である。戦友たちが瘴気によってもがき苦しみ、死んでいく様を見た将兵たちが心に変調を来していても、おかしくはなかった。

 第十四師団は、独混第一旅団や騎兵第一旅団と比べ、より激しい戦闘を潜り抜けていたのだ。


「戦地での出来事を酒と女で紛らわせようとして、出来ていない奴がいるってことでしょうか?」


「まあ、有り体に言ってしまえばそういうことですな。酒と女で気を紛らわせようとする者たちも、どうかと思いますが」


 結局、同時代的な反応としてはこうしたものになってしまう。

 戦場での精神の変調は、あくまで個人の問題。その将兵が臆病だからなってしまうのだという理解が、長年続いてきた。


「とりあえず、あまり酷い奴は結城家が治癒の術式の得意な呪術師を雇って、病棟でも作って療養に当たらせるべきでしょう」


 この時代、世界的に精神科医療は未発達であっても、皇国においてはある程度、呪術を使った療養方法が存在してはいた。

 古くから皇国では「物の怪憑き」、「狐憑き」といった考えがあり、そうした者たちへの対応は呪術師や僧侶の役割であった。もちろん、実際に妖に憑かれていた者たちもいるだろうし、古い書物に現れる「物の怪憑き」、「狐憑き」のすべてが精神疾患を抱えていたわけではないだろうが、少なくとも皇暦八〇〇年代当時、この分野では医療面よりも呪術面での理解の方が発達していた。


「冬花」


「はい」


「河越に帰ったら、民間にいる呪術師の登録名簿から適当な能力を持っている奴を一覧表にまとめておいてくれ」


「かしこまりました」


 冬花が従者然として一礼する。


「それと若、もう一点気になる、というよりも一番気にしておりますのが景保(かげもり)様の動向です」


「隠密衆や風間家からその動向については報告を受けています」


 辺りを憚るように声を潜めた百武将軍に合せるように、景紀の声も険しいものになる。


「若。私は結城家領軍という軍閥の中に、さらに細かな軍閥が生じることを憂えております」


 それは、景紀が独混第一旅団、旧教導兵団を創設する過程でも聞かされた言葉であった。


「景保様の周囲には、結城家家臣団出身の青年将校たちが集まってきており、第十四師団の中で小さくない派閥を形成するにいたっています」


「転属させるとなると結城家内部の混乱を他の諸侯に証明してしまうことになるし、父上と景秀叔父上との対立が激化する。何よりも領軍の再編にさらなる時間がかかってしまう。八方塞がりですね」


「景秀様も、何を考えておられるのやら……」


 皇国陸軍に、そして結城家領軍のために尽くしてきた老将軍は、憂えた表情を隠すことをしなかった。

 景秀の伊丹・一色両公への接近、そして景保が家臣団出身の青年将校を自身の周囲に集めているということは、結城家内部の分裂がかなり深刻化していることを意味する。

 現状で決定的な対立に至っていないのは、景紀が対斉戦役で挙げた戦功、そして新海諸島部族長たちとの交渉成果があるからだ。

 頼朋翁不在の今、伊丹・一色両公が六家内部の主導権を完全に握る事態になれば、景忠・景紀親子と景秀・景保親子の力関係は完全に逆転するだろう。

 幼い頃には冬花を虐め、青年となってからは彼女に自分たちの讒言を景紀に吹き込まれることを恐れている家臣団出身の将校たちが景保の下に集まりつつあるというのであれば、なおさらであった。

 御家騒動が、武力を用いた衝突に発展しかねない。

 あるいは、伊丹・一色両公はそれを狙っているのかもしれない。そうなれば六家としての結城家の権威は決定的に低下するだろう。


「第十四師団の内、第二十八旅団は嶺州軍です。景保たちが領軍を掌握しようとしたところで、せいぜいが一個旅団。対してこちらは第二師団、騎兵第一、第二旅団、独混第一旅団と二個師団規模の兵力がある。現状で景保たちが行動を起こすとは考えにくいかと」


 景紀は楽観論を述べてみたが、それも皇都の政局次第だろうと思っている。


「私の方でも、景保様たちに対しては軽率な言動はせぬよう申し上げる所存です。しかし、若の方でも彼らの動向については注視しておかれますよう」


「ええ、判っています。この際です。多少、結城家の権威に傷がついても構いません。景保らの第十四師団内での不穏な言動が目立つようでしたら、結城家当主に対する叛意ありとして、処罰の対象にします。多少強引でも、結城家を割るよりは良いでしょう」


「承知いたしました。私および師団長、鎮台司令官も含めて注意を怠らぬようにいたしましょう」


「ええ、頼みました、百武将軍」


  ◇◇◇


 第十四師団の再編において、最も困難であるのが騎兵連隊の再編であった。

 もともと第十四師団には騎兵第十八連隊が所属していたのであるが、独混第一旅団の編成に伴って引き抜かれていた。

 第十四師団は、師団直轄の騎兵連隊を欠いた状態で対斉戦役を迎えたのである。

 遼河戦線で大きな打撃を受けた第十四師団の再編に当たっては、この騎兵連隊も再編することとなった。実質的に、新たに一個騎兵連隊を創設することとなったのである。

 基本的に、皇国陸軍の歩兵連隊および騎兵連隊は三個大隊からなっている。三個大隊という数字は、前線に二個大隊を配置し、残り一個大隊を予備兵力として控置出来る柔軟性のあるものであった。

 しかし、第十四師団の騎兵連隊再建に当たっては二個大隊と決定された。

 これは単純に予算と人員の問題から、三個大隊の騎兵連隊を再建することが困難であったからである。

 そしてその二個大隊にしても、内一個大隊は第二師団所属の第二騎兵連隊から一個大隊を引き抜いていた。このため、結城家の管轄する東北鎮台隷下の第二、第十四師団に所属する騎兵連隊は共に二個大隊編成となってしまった。

 しかし、結城家は他に領軍として騎兵第一、第二旅団を持っている。たとえ二個大隊編成の騎兵連隊であったとしても、領軍全体の戦術的柔軟性は失われないと判断されたのだ。

 一方、景紀個人の意見としては騎兵連隊の増設はかえって予算の無駄遣いではないかと考えている。

 それに、騎兵連隊の再編のために南洋群島から騎兵科将校である景保を呼び戻したのだから、景紀にとってはかえって厄介事を増やされたようにしか感じていない。


「しかも、従来通りの教範に沿った再編だからなぁ……」


 馬の嘶きの響き渡る騎兵連隊の練兵場の隅に立ちながら、景紀はぼやいた。

 対斉戦役の戦訓も踏まえて騎兵部隊の戦術を改めるべきと景紀と貴通は主張しているが、ほとんど一から再建することになった第十四師団の新設騎兵連隊ではそこまでの余裕はないようであった。

 とにかく、騎兵連隊としての体裁を整えることを優先しているらしい。


「おや、見知った顔が見えると思えば、景紀に葛葉の娘、それに穂積生徒ではないか」


 蹄鉄の音と共に、一人の青年が練兵場の隅にいる景紀たちを目敏く見つけたようだ。もっとも、火鼠の赤い衣を羽織った短洋袴(ショートパンツ)姿の白髪の少女がいれば嫌でも目立つが。


「……景保か」


 騎兵科の軍服を着こなして馬上から景紀たちを見下ろしてきたのは、先程まで百武中将との会話に出ていた結城景保であった。

 景紀にとっては三歳年上の従兄(いとこ)であり、貴通にとっては兵学寮の先輩でもある。

 第十四師団の騎兵連隊に所属する二個大隊の内、第二騎兵連隊から引き抜かれた方ではない新設の騎兵大隊の大隊長が、結城景保であった。現在の階級は騎兵中佐。

 しかし、今の景保の態度は、景紀に対しては結城家一門として、貴通に対しては兵学寮先輩としてのそれであった。

 階級が下の景保が敬礼しないので、景紀たちの方も答礼しない。


「どうだ、新設の我が連隊もだいぶ仕上がってきただろう?」


 馬から降りた景保は、自慢気にそう言った。どことなく、景紀への対抗心が見え隠れする口調であった。

 景紀が旅団を創設したことに、彼なりの対抗意識があるのだろう。


「ああ。だが、最新の戦訓を取り込んでいるようには思えないな」


 確かに景保の言う通り、従来の騎兵連隊という意味でならば相応の練度にはなってきているようだ。騎兵科将校に、幼少期から馬に慣れ親しんできた武家出身者たちが多いからだろう。

 しかし、景紀としてはそれにどこまで意味があるのかが疑問であった。


「お前たちの書いた論文や戦訓特報は読ませてもらった。だが、俺に言わせればお前たちの主張は極論に過ぎる」


 景保の言葉には、従兄として、兵学寮先輩として、年上であることを誇示するような響きがあった。ただ一方で、口調には淀みがなく彼なりの自信があることを感じさせるものであった。


「そもそも、陣地として整えられた場所に突撃をかけたからこそ、斉軍の騎馬部隊は多銃身砲によって撃ち倒されることになったのだ。純粋な野戦であれば、やはり整然たる騎兵部隊の突撃によって敵歩兵を蹂躙することが可能だ。実際、お前の指揮していた独混第一旅団の騎兵第十八連隊は、夜襲時の突撃によって敵歩兵を蹂躙しているではないか。確かに小銃の射撃速度も過去に比べれば上がっているが、それはあくまで理論上のこと。歩兵の横隊による一斉射撃で騎兵突撃は阻止することも可能とお前は主張しているようだが、歩兵もまた一人の人間であることを忘れているのではないか? いったい、蹄鉄の音を響かせて大挙して襲ってくる騎兵の集団に、統制を保っていられる歩兵がどれほどいると思う?」


 結城景保という青年は、小山朝康のように直情的な人間ではない。むしろ、景忠の子供たちが次々と夭折してしまったことで一時は結城家の後継者となる可能性もあったことから、相応の教育を施された有能の部類に入る人間であった。

 実際、兵学寮では首席卒業は出来なかったものの、一時は次席の成績を取り、常に五位以内の成績は維持していた。

 だからこそ、余計に自身から結城家後継者の地位を奪った景紀の存在が疎ましいのかもしれない。それが幼少期、景紀の乳兄妹(きょうだい)であった冬花への虐めに繋がったともいえる。

 結城景保は、景紀が無事に成長出来てしまったために人生を歪められてしまった青年であったのだ。

 とはいえ景紀は、自分のために生まれることになってしまった冬花と違い、景保に対しては自身の責任を感じてはいなかったが、


「そもそも、歩兵にせよ騎兵にせよ、重要なのは旺盛な攻撃精神だ。お前たちは騎兵を偵察、後方攪乱のために使うべきと主張しているようだが、そのような運用方針で騎兵の士気が上がると思っているのか? 騎兵の士気を維持し、精強を保つためにも、突撃戦法はこれからも騎兵科にとって重要な要素となる」


 小山朝康の感情的な反論よりも、騎兵科将兵の心理面にまで踏み込んだ反論は、確かに一定の説得力を持つ。

 しかし、それは騎兵科という兵科がこれからも永続していくことを前提にした理論だと景紀は考えている。鉄道という新たな交通手段が生まれ、蒸気自動車も一部では実用化されている現在、騎兵科という兵科がいつまでも存続出来るとは、景紀は思えなかった。

 ただ、それをこの場で言うのは憚られた。ただでさえ、結城家家臣団の青年将校たちが景保の下に集いつつあるのである。

 ここで景紀が騎兵無用論を強く主張すれば、かえってそれに反発した者たちが景保との結びつきをさらに強める結果を生み出しかねない。


「そうだな。確かに、傾聴に値する意見だ」


 だから、景紀は消極的な肯定の言葉を返す。それでこの次期当主たる少年を論破出来たと感じたのか、景保はかすかに優越感を滲ませた表情になる。

 幼少期や兵学寮の頃と違い、最早表立って景紀や冬花、貴通を虐めることは出来ないと理解しているからこそ、言葉によって景紀を打ち負かしたかったのだろう。


「しかし景紀、いい加減、そこの葛葉の娘は何とかならんのか?」


 たが、景紀があっさりと己の意見を肯定したためにかえって言い足りなかったのか、今度はその矛先を冬花に向けた。


「そのような妖とも人間ともとれぬ者を側に侍らせるなど、結城家の人間としての資質を問われよう。俺も、そのような女を侍らせる人間の従兄であるとは思われたくない。お前は騎兵無用論といい、徒に周囲の反発を買うような言動ばかりが目立つ。景紀、お前には結城家の次代を担う人間としての自覚が欠けているのではないか?」


「……」


 景紀の中で、目の前の青年が子供の頃、冬花に行った仕打ちの数々が蘇ってくる。

 白髪赤眼を不吉の証だの、狐耳と尻尾を上手く封印出来ていなかった頃の冬花に獣臭いだのと、言葉で傷付けただけではない。

 妖退治と称して家臣団の子供たちと共に冬花を木刀で叩いたり突いたり、城の堀に突き落としたり、さらには数人がかりで彼女を押さえ込んで髪に泥を塗りつけたりもした。

 他にも、挙げ出せば切りがない。

 そして今もなお、自分の冬花に対する仕打ちの方が結城家の者として正しいのだと言わんばかりの態度が腹立たしい。


「まったく、愛妾として侍らすにしてもお前は女の趣味が悪すぎる」


 今この場で目の前の従兄を斬り捨てられたらばどれだけ良いだろうか、と景紀は半ば本気で考えてしまった。

 だが、そんな主君の沸騰する内心に気付いたのだろう。冬花が景紀の袖口を手で掴んでいた。

 一瞬、景紀は己のシキガミの顔を見る。その瞳に、主君を諫めるような色があった。


「……お前に、俺のシキガミを理解してもらう必要はない。いや、お前なんかに俺のシキガミを理解されることの方が不愉快だ」


 手を出しそうになる内心を抑えながら、景紀は冷たくそう告げた。

 これ以上、この従兄と顔を合せているとどうなるか判らないので、彼はその場を後にしようと踵を返す。それに冬花と貴通が続こうとしたところで、また景保は口を開いた。


「穂積生徒、お前も五摂家の人間ならば、もう少し政治の時流を見極めねば泣きを見ることになるぞ」


 それは暗に、景紀が次期当主の座を追われれば貴通の居場所も失われることを意味していた。同時に、自分たち親子が伊丹・一色両公と繋がることで結城家当主の座を狙っていることも、隠そうとはしていないようであった。


「お前のその容姿、そして血筋ならば、欲しいと思う人間はいくらでもいる。それを上手く利用することだな」


 相変わらず自分と景紀との関係を“念友”と捉えている景保の発言に、貴通も反射的に感情が沸点を越えそうになる。


「……少なくとも、あなたに取り入ろうとは思いませんね。それほど未来がありそうには思えませんから」


 だが結局、そう嫌味を言うに留めておいた。それでも、彼女は景保の心に最も不愉快に刺さる言葉を選んでいた。景保が結城家当主になることはないと、暗に告げたのだ。

 兵学寮後輩の言葉に含まれた侮蔑を即座に理解した景保の顔にどす黒い感情が表れるのをどこか満足げに見遣って、貴通は景紀と冬花の背を追った。






「若様」


 周囲に人気のない厩舎の影に入った途端、冬花がかしこまった口調で景紀に呼びかけた。


「あの男、消しますか?」


 先ほどは景紀の激発を抑えていた少女は、今度は一転して真剣な口調でそう進言した。


「おいっ!?」


 自身のシキガミのあまりの豹変ぶりに、かえって景紀の方が狼狽える。


「そうですね。あの男が消えれば、今僕たちの頭を悩ませている問題の一つが一気に解決します」


 貴通の方も、いっそ朗らかな口調で冬花の言葉に同意した。


「呪術師である私にとって、呪術師の庇護下にない人間一人を消すことなど造作もありませんが?」


 呪詛なり何なりを掛けて景保を暗殺することに、一切の躊躇いを覚えていない口調であった。


「あの男は若様を侮辱しました。これまでの言動および最近の動向を思えば、消されて当然では?」


 冬花は自身が侮蔑されたことよりも、主君である景紀を侮辱されたことの方に大きな怒りを抱いているようであった。

 その表情には、呪術師という存在の闇を感じさせるものが宿っていた。


「今この状況で呪殺は拙いだろう」


 どこか必死さを感じさせる口調で、景紀は己のシキガミを宥めた。


「あれでも景保は結城家の人間だ。不審な死を遂げればすぐに暗殺か呪殺を疑われる。お前があいつを呪詛で殺したりなんかすれば、確実に英市郎の奴にバレるぞ」


 ただでさえ、冬花の父である英市郎は彼女が戦場で大規模破壊術式を使ったことを快く思っていない。その上、景紀の政敵を排除するために呪詛を行ったとなれば、親子の対立は最早決定的になるだろう。

 当然、禁術である呪詛を使った冬花の主君である景紀も無事では済まない。


「……景紀が、そう言うのなら」


 ようやく冬花が、真剣さと剣呑さの混じった雰囲気を引っ込める。


「……ったく、ここに長居していると碌なことがなさそうだな」


「ええ、そうですね」


 貴通が舌打ちでもしそうな調子で応じる。


「とっとと嶺州の方に行くか?」


「ええ、そうしましょう」


 兵学寮同期生二人の意見が一致したことで、景紀ら三名は百武中将らに挨拶をし、翼龍を駆ってさらに北を目指すことにしたのであった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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