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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十章 未完の新秩序編

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189 新たなる門出

「伊丹・一色両公も攘夷派をまとめきれなくなっているのでしょうね」


 夜、河越城の寝所にて景紀からの話を聞いた宵はそう感想を漏らした。


「だろうな」


 自身の片腕を枕にしている宵の髪をもう一方の手でそっと梳きながら、景紀は溜息をついた。


「伊丹・一色両公と攘夷派が同一勢力なら対峙しやすいんだが、なんかもうわけの判らない状態になりつつあるしなぁ……」


「まあ恐らく、伊丹・一色両公にとっても一部急進派の独走に頭を悩ませているとは思いますが」


「それは自業自得。迷惑をこうむっているのは俺たちの方」


 景紀は投げやり気味に答える。


「攘夷派の大弾圧でも出来たら苦労しないんだろうが、そうなった時の急進派連中の反発がまた厄介だろうし……」


 結局、頼朋翁の言うように、攘夷派内部での方針対立が起こるように工作しつつ、民衆からの支持を失わせる方向に世論を誘導するという地道で時間のかかる工作を行わなければならない。


「ご心労、お察しします」


「ああ……」


 宵はそっと労るように、少年の体を抱きしめた。景紀も、少女の背中に腕を回す。

 昼間に比べれば涼しくなっている夏の夜、心地よい互いの体温が直に感じられる。淡く光が灯された寝所で、二人は戯れのように相手を抱きしめ合っていた。

 景紀はしばらく、少女の柔らかな肢体の感触に癒されていた。


「……景紀様、一つ、提案があるのですがよろしいですか?」


「ん、何だ?」


 宵は景紀の腕の中でもぞりと動いて顔を上げた。


「この際です。女子学士院が夏休みの間に、鉄之介殿と八重殿の祝言を挙げてしまいましょう」


「ああ、宮中への繋がりを太くしておくわけか」


 鉄之介と八重が互いを憎からず思っていることは、傍で見ていても明らかだ。今はまだ陰陽師としての互いの対抗心が勝っているようだが、八重などは自分の子を景紀と宵の子の“シキガミ”にするのだと言っているくらいである。

 とはいえ、その背後にはそれぞれの所属する集団の思惑があることは厳然たる事実であった。

 八重の父・浦部伊任は冬花という妖狐の血を暴走させかねない存在への切り札として、結城家の側は宮中への足掛かりとして、それぞれが相手との繋がりを欲していた。

 実際、宵は徴傭船舶問題に対応するに際して、その宮中との繋がりを存分に利用していた。事実上、結城家における宮中情報網は宵の元に集約されていると言って良い。


「本来であれば五摂家出身の貴通様を景紀様のお側に迎え入れてしまうことが一番なのですが、性別を偽っておられるのと、穂積通敏公との親子関係を考えると難しいものがありますので」


 閨房の中で、宵はさして気にしたふうでもなく景紀に近しい別の女の名を出していた。

 景紀は少しだけ、宵を抱きしめる力を強めた。


「鉄之介と八重、ねぇ」


 景紀の方は、貴通の名を出さない。


「もう少し互いが成長するのを待ってやれれば良いんだが、そういうわけにもいかなくなってきたか」


 伊丹・一色両公と五摂家が接近しているという情報もある。恐らくは互いが互いを利用し、出し抜く機会を窺っているのだろうが、厄介であることに変わりはない。

 皇主に働きかけを行い、彼らの望む詔勅を引き出すことが出来れば、国内政局は一気に伊丹・一色両公有利に傾く。当然、結城家においても二人との関わりを深めているという景秀・景保父子の発言力が増す結果となり、景紀の次期当主としての地位も危ぶまれる。


「じゃあ、その方向で動くとするか」


 自分と宵、そしていずれ生まれてくるかもしれない我が子のためにも、対抗措置はとらなければならなかった。


「でもまあ、それは明日以降な」


 そう言って景紀は、滑らかな少女の肌へと唇を滑らせるのだった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 鉄之介と八重との婚儀を女子学士院の夏季休暇中に行うことへの根回しは、意外にも簡単であった。

 もともと二人の婚約に反対している者はいなかったのだから当然というべきなのだが、女学生が在学中に結婚・妊娠して寿退学をすることもあるというこの当時の風習も、そうしたことに一役買っていた。

 鉄之介の方は実際に八重と夫婦になることについてまだどこか覚悟が定まっていないようで、若干、臆するような反応を見せたが、主家の意向となれば否とは言えない。

 八重の方は完全に婚儀に前向きな態度であり、むしろ煮え切らない鉄之介の態度に不満そうにしていた。

 こうした根回しの最中、結婚によって学院を寿退学出来ると喜ぶような発言をした八重が兄・伊季(これすえ)から拳骨を喰らわされるという騒動があったものの、婚儀の準備自体はそれぞれの実家の方で円滑に進められていった。

 ある意味で一番の問題となったのは、八重の今後についてであった。

 結婚を機に寿退学させてしまうのか、あるいはあと半年で卒業なのだから最後まで在学させるのか。


「まあ、冬花が女子学士院を卒業しているからな。将来、子供たちに伯母と比較されたら八重だって気まずいだろう?」


 景紀は在学賛成派のため、そう言って八重を説得した。


「まあ、そうではあるけど……」


 夏休みもあと半月を切りつつある暑い日、結城家次期当主が家臣の婚約者の夏休みの宿題を手伝うという、よく判らない状況に陥っていた。去年の夏と同じく、教養系の科目に対応するため、宵も一緒である。


「冬花だって、いろいろ努力して俺の補佐官になったんだ。子供をシキガミにしたいんだったら、まず八重がしっかりとした学歴を持っていないと、子供に示しが付かないだろう?」


「若様がそう言うんだったら、それに従うけど……」


 やはり、呪術以外の学問に対する苦手意識が激しいようだった。


「まったく、即断即決、見敵必殺を信条としてそうなお前が、学校の課題の前じゃ形無しじゃないか」


「むぅ……」


 揶揄された八重は、睨み付けるように机の上の課題を見た。


「……まあ確かに、勉学から逃げ出したなんて言われるのも癪だし、卒業しないと鉄之介の奴に負けた感じになるわね」


 ほとんど敵と対峙するような鋭さを、八重は言葉に乗せていた。


「判ったわ。若様の言うとおり、あと半年、何とか頑張ってみるわ」


 八重からそうした反応を引き出せたことに、景紀と宵はほっと顔を見合わせた。


  ◇◇◇


 鉄之介と八重との婚儀は、八月下旬の吉日に行われた。

 河越にある葛葉家の実家において、双方の家の両親、兄弟、それに知人などが集合し、二人の新たな門出を祝った。

 ただし、景紀と宵は婚儀の席に参加していない。

 確かに景紀は葛葉家の冬花を重用しているが、それはあくまでも個人として重用しているのであって、家としてはまた別である。葛葉家は代々、結城家の霊的守護を務めてきた家系であるとはいえ、重臣に比べれば家格は劣るのだ。

 そこに次期当主とその正室が参加するとなれば、葛葉家よりも家格の高い家臣団から不満の声が上がり、かえって冬花の立場を悪くしてしまうだろう。

 そうした配慮から、二人は婚儀の様子を後で冬花から聞くことにしたのだ。

 もちろん結城家家臣の婚儀であるから、鉄之介と八重には景忠・景紀父子から祝辞が届けられ、祝いの品として鉄之介には刀が、八重には反物が贈られた。

 少なくとも、婚儀は和やかな雰囲気のもとでつつがなく行われたのであった。






「なんつぅか、俺たちの手の届かないところでいろいろ突き進んでいる感じがするな……」


 一通りの式が終わり初夜を迎えた実家の寝室で、鉄之介はいまいち釈然としない思いを抱いていた。

 宮内省御霊部で働き始めたからか、結城家とは違った視点で政治に触れる機会も多くなった。当然、伊丹・一色両公や五摂家など他の将家や公家の情報も、宮内省に勤めていれば自然と耳に入ってくる。

 八月十二日の軍監本部長暗殺未遂事件もあり、何となくきな臭い雰囲気を鉄之介は感じ取っていた。

 性急にも感じられた今回の婚儀にも恐らくは景紀や宵姫が宮中との繋がりを確固たるものにしておきたいという思惑があるのだろう、ということが理解出来る程度にはこの少年も成長していた。


「何うじうじ悩んでいるのよ」


 一方、初夜を迎えたにもかかわらず、どこかめでたい雰囲気を遠くから眺めているような姿勢の鉄之介に、八重は不満の色を示す。


「いや、だってなぁ……」


 別に、自分が将来的に八重と結ばれることについては鉄之介も納得していた。しかし、どこかでまだ競い合う同年代の術師という八重との関係を続けていたかった、という思いもある。

 婚儀によってそれが断ち切られるというわけではないのだが、少なくとも一つの区切りを付けてしまった。

 これからは、本格的に国内政局に自分たちも巻き込まれていくのだろう。

 姉が結城家次期当主の側近中の側近となれば、なおさらだ。

 だから何となく、八重と出逢ってからの日々に変化が訪れてしまうことへの寂寥感を抱いているのかもしれない。


「別に、私たちがこうなることなんて二年前から決まっていたんだから、今さら悩んだって仕方ないじゃない」


「その割り切りが羨ましいぜ……」


「何、あんたは私との婚儀が嫌だったわけ?」


「そんなわけねぇよ」


 じとっとした視線で見つめられて、思わず鉄之介はたじろいだ。


「だいたい、どうせいろいろ決めるのは若様とは宵姫様でしょう? 私たちは陰陽師として、冬花義姉(ねぇ)様と一緒にあの二人を守っていけばいいだけの話よ」


「まあ、そりゃそうだが……って、おいっ!」


 未だに釈然とした思いが収まらない鉄之介の体が、八重に押し倒された。抗議の声を上げる少年に、少女が覆い被さる。


「ああもうっ、うじうじ焦れったいわね。まるで出逢ったばかりの鉄之介に戻ったみたいよ」


 強引とも言える動作で、龍王の血を引く少女は組み敷いた妖狐の血を引く少年の寝巻の合わせ目に手をかけた。


「いや、待て、少し落ち着けって八重」


 流石に鉄之介が慌て出す。


「俺たちは婚儀を挙げたばっかなんだ。だからもっとこう、雰囲気というか何と言うか、なあ」


「さっき自分で雰囲気ぶち壊しておいて今さら何言ってんのよ」


 だが、八重は聞かなかった。


「私は自分の子供を若様と姫様の子供のシキガミにするって決めてんの。ごちゃごちゃ悩んでいる暇があったら、行動あるのみよ」


「判った、判ったから!」


 狼狽える鉄之介に対して、八重は完全に覚悟と決意を固めてしまっているらしい。


「じゃあ、覚悟はいいわね?」


 まるで術比べをするときのような鋭さで、八重が問うてくる。薄明かりに照らされた瞳も、獲物を捕えようとする肉食獣のそれであった。


「ったく、わぁったよ!」


 鉄之介が自棄(やけ)っぱちに観念すると、自身に覆い被さる八重の肩を掴んでくるりと体勢を入れ替えた。


「お前こそ、本当に覚悟はいいんだろうな?」


 八重を組み敷いて、鉄之介もやはり術比べにでも臨もうとするかのような口調で問う。それに対する八重の答えは、挑発的な笑みだった。


「はっ! 誰にもの訊いてんのよ?」


 そうして二人の陰陽師の少年少女は、ちょっとばかり乱暴な夫婦としての初めての夜を迎えたのだった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 鉄之介と八重が婚儀を挙げたからといって、それで景紀や宵を取り巻く政治状況が劇的に変化するわけでもない。


「一年、早かったな」


 河越城の執務室で、景紀はぽつりとそう零した。


「そうですね」


 今は執務の合間の休憩ということで、宵と共に茶を飲んでいるところだった。


「先日は豊島沖海戦戦捷一周年ということで城下で祝祭の行事があったそうですから、もうそんなに経ったのか、と思いましたよ」


「だな。いい加減、平穏が欲しいが」


 父・景忠が病で倒れたあたりから、景紀の日常は平穏とはほど遠かった。その最中に嫁いできた宵も、当然、平穏とはいかない日々を過ごしてきた。

 東北巡遊や一ヶ月ほど前の南洋視察など、多少、穏やかな時間が存在していたが、それも長続きしなかった。

 と、執務室の扉が叩かれた。

 従者として待機していた冬花が、部屋の外に出て対応する。主君たちの休息を邪魔しないようにという配慮だろう。

 少しして、白髪の少女は電報の紙片らしきものを片手に部屋に戻ってきた。


「景紀、ちょっと良くない報せよ」


 冬花は固い声で主君たる少年に報告する。


「有馬頼朋翁が倒れたそうよ、庭での作業中に。恐らくは暑気あたり(熱中症)でしょうけど」


「……」


「……」


 景紀と宵は、互いに顔を見合わせた。それぞれの瞳に映る相手の表情が、硬くなっている。

 最大の実力者がいなくなった国内政局がどう動くのか、いよいよ判らなくなってきていた。

 本話に関連するノクターン版番外編(十八歳未満閲覧禁止)

冒頭URL:https://novel18.syosetu.com/

Nコード:n7033hg/5/

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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