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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十章 未完の新秩序編

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188 急進攘夷派

 八月十二日の軍監本部長暗殺未遂事件を受けて、伊丹正信と一色公直は料亭にて緊急の会合を開いていた。


「単刀直入にお尋ねいたしますが、今回の件について伊丹公はどの程度まで関与されておられたのですか?」


 一色公がそう問うと、伊丹正信は渋い顔をして腕を組んだ。


「まったく何も関与しておらん。怪文書の件も含めて、儂にとっては寝耳に水だ」


「怪文書ですか。あれは当初、兵部省内の結城閥を排除するのに使えるかと思っていましたが、こうなると少し難しいかと考えます」


「出所については、心当たりはないのか?」


「私もまったく」一色は首を振った。「ただむしろ、我々としては心当たりが多過ぎると言うべきかもしれません。冬季攻勢の妨害に不満を持っているのは、私や伊丹公だけではありませんから。長尾家にしてもそうですし、あるいは我々の家臣団にも」


「急進的な人間が勝手に動き出していると、卿は言いたいのか?」


「その可能性は、今回の件を見れば否定出来ないかと存じます」


 一色の言葉に、伊丹は不快の唸りを発した。攘夷派から盟主のように見られている伊丹正信は、そうであるが故に自分の知らないところで行動を起こす攘夷派の存在が不愉快であった。しかも今回の軍監本部長暗殺未遂事件は、自分のところの家臣が起こしたものであるからなおさらである。

 一色公直にしても、国家の意思決定過程の分裂状態を改善すべきという意見の持ち主であり、独自の行動を試みている一部の急進攘夷派の存在は厄介であった。

 彼らは、あくまでも自分たちの下で権力は一元化されるべきと考えていたのである。それは、二人と志を同じくする攘夷派といえど例外ではない。


「攘夷派の手綱を、上手く握る必要があるか」


「はい、領軍の人事異動、攘夷派政党・会派の院外団などを通しての民間への働きかけ、あるいは資金提供の額などを調整することで、攘夷派を我らの下で統制すべきでしょう」


「攘夷派といえば、五摂家の連中の動きも気になるところだな」


「はい。これまで不偏不党を謳ってきた連中は、時流に乗ることで自らの政治生命の延命を図っているのでしょう」


「ならば、五摂家の連中を使って宮中を動かすことも考えるべきであろうな」


「はい、私もそう考えます。皇主陛下より攘夷の詔勅を得ることが出来れば、我らの政治的正統性は確立させられます。民間の攘夷派への統制も容易になるでしょう。また、積極的な攘夷を行おうとしない他の六家や諸侯を皇主陛下の名の下に糺弾することも出来ましょう」


「では、五摂家および宮中への働きかけが重要か」


 少し面倒そうに、伊丹公は言った。

 現状、伊丹・一色両公は長尾家との満洲利権を巡る対立を抱え、結城家内の内紛を起こすべく結城景秀卿との接触を続けている。

 その上、これまで自分たちが使嗾する側であったはずの攘夷派に対する統制を強め、さらには宮中にも工作を行わなければならない。

 あまりに多くの政治工作を抱えすぎているとも言えた。

 しかし、それは政敵を排除し、自分たち攘夷派による挙国一致政権を樹立するためには必要な工作でもあった。


  ◇◇◇


 しかし、八月十七日、さらなる事件が起こった。

 攘夷派による、大審院判事暗殺事件が発生したのである。

 大審院は皇国における最上級審を担当する裁判所であり、殺害された判事はかつて、外国との貿易で利益を上げていた大店の店主を暗殺した攘夷派浪士を裁いた経歴を有する者であった。

 斬奸状には、夷狄におもねり憂国の志士を刑死に追いやった国賊、という批難の言葉が書き連ねられていたという。また、暗殺が軍監本部長暗殺未遂事件に触発されて決行したという主旨のことが書かれており、八月十二日に発生した事件が攘夷派に与えた衝撃と影響の大きさを物語っていた。

 犯人は後日、警視庁によって逮捕されたが、取り調べの中でも自分の行いが義挙であることを主張し続けたという。

 宵姫襲撃事件からおよそ五ヶ月。

 皇都には、またしても不穏な気配が漂い始めていた。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 一方、軍監本部長暗殺未遂事件直後の八月十三日、景紀もまた有馬頼朋翁との面会を行っていた。


「頼朋翁、あなたは以前、貴通に攘夷派内部での分裂を起こさせるべき、との意見を披瀝(ひれき)したそうですね?」


「うむ、言った。それが何か?」


「今回の怪文書事件について、頼朋翁の見解をお伺いしたい」


 結城家次期当主の言葉を、六家長老は鼻で笑い飛ばした。


「貴様、怪文書の下手人が儂という可能性も考えているわけだな?」


「あくまで可能性の一つとして」


 景紀は老人の鋭い眼光を平然と受け止めた。


「ふん、儂が目指しておるのは攘夷派の内部分裂だ。我らに飛び火するような、不確定要素の強い工作など行うわけがあるまい」


「……」


 景紀は、頼朋翁の真意を見定めるようにじっとその顔を見つめていた。


「儂が行うとすれば、例の秋津・アルビオン協約だ。あれを利用する。伊丹・一色両公が西洋列強に妥協して腰砕けになったと、急進攘夷派の怒りの矛先が連中に向かうように仕向ける。実際、儂の手の者にそういう噂を流させている。まだ例の怪文書ほど劇的な反応は現れておらんがな」


 皮肉そうに、有馬家の大御所はそう言った。

 景紀はなおもしばらく頼朋翁の顔を見つめ続け、やがて諦めたように息をついた。


「判りました。その言葉、信じましょう」


「ふん、若造が生意気を言いおるわな」


 景紀から疑いの視線を向けられたことに、この老人は若干の不快感を見せていた。しかし、景紀は気にしない。別に、景紀は頼朋翁と祖父と孫のような親密な関係を築きたいわけではないのだ。

 あくまでも、政治的に連帯しているに過ぎない。この老人が使える間は、自身の後ろ盾として利用させてもらうだけだと思っている。

 そしてそれは、頼朋翁も同じだろう。


「とはいえ、翁の工作は少し弱いような気がしますね。連合王国との勢力圏協定は、逆の見方をすれば西洋列強に東亜新秩序を認めさせたとも喧伝することが出来ます」


「その程度、判っておる。今回の事件を奇貨として、攘夷派が治安を乱す不逞の輩であるとの話も流す。民衆の支持を得られなければ、連中も政治勢力を維持出来んだろう」


「だと良いのですがね」


 景紀は懐疑的な反応を示す。

 攘夷派が民衆から一定程度の支持を受けていることは事実であるが、一方で伊丹・一色両公が後ろ盾となっていることもまた事実であった。

 最終的に伊丹・一色両公の権威を失墜させない限り、政治勢力としての攘夷派は一定程度、残り続けるだろう。

 あるいは、急進攘夷派が民権政治家のように一定程度の独自の政治勢力を築いてしまうか。

 何とも判断しづらい部分であった。

 警察による攘夷派への弾圧は、伊丹・一色両公の存在がある限り不可能。そうでなくとも、急進攘夷派の過激な反応を引き起こしかねない。

 やはり民衆の支持を失わせるように新聞操縦などを行い、徐々に攘夷派の政治的影響力を削っていかなくてはならないのだろう。

 世論の誘導には時間がかかるであろうし、また根気強い工作が必要であろうから、それまでは急進攘夷派による騒擾事件を警戒する必要があるだろう。

 結城家における父の政治的指導力・求心力の低下している現状では、景紀にとって頭の痛い話であった。

 景秀・景保父子が攘夷派国学者などを通して伊丹・一色両公と接触していると隠密衆や風間家から報告を受けており、結城家は内憂外患とでも言うべき状況にある。

 これでまた父が倒れて政務がとれない状況になり、伊丹・一色両公の支持を受けた景秀卿が政務を代行すると言い出せば、次期当主である景紀との間で御家騒動じみた政争が発生するだろう。

 景紀は、泥沼にはまり込んでいるような気分であった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 一方、こうした急進攘夷派によって引き起こされた事件を政治的に利用する契機と捉えていたのは、五摂家の者たちであった。

 軍監本部長暗殺未遂事件、大審院判事暗殺事件が立て続けに発生した八月中旬は、時期的には七月三十日に調印された「秋津・アルビオン協約」に関する皇主の勅語を発表するため、その内容について六家と政府の間で議論が交わされていた頃に当たる。

 この協約は秋津皇国とアルビオン連合王国によるアジア地域の勢力圏を互いに画定したものであったが、その部分は秘密協約となっていた。

 公表された条文は、両国間の親善友好と貿易を促進するという抽象的な部分のみであった。

 表向きには対斉戦役の終結を受けて結ばれた協約ということになっているが、諸外国からはルーシー帝国に対抗するために両国が接近している証拠と見られていた。秘密協定の存在も列強各国はあると見ていたが、その内容はマフムート朝における勢力均衡、ルーシー帝国に対する共同防衛というものであろうと推測していた。

 逆にそのために協約の本来の目的であるアジア分割という部分が隠せているとも言えたが、いずれにせよ、東洋と西洋の一大海軍国が手を結んだという外交的な衝撃は大きいものであった。


「過激派どもによる騒擾事件が起きた今こそ、我々は政治的に大なる声を上げるべきだ」


 集まった五摂家当主の中でそう主張したのは、佐伯経香(つねよし)公爵であった。

 以前、五摂家の中で真っ先に攘夷論に乗じて政治的復権を目指すべき、と主張した人物である。

 彼は当初、六家が戦後の利権獲得問題を巡って対立している状況と攘夷論を利用して、六家当主たちを利権あさりに夢中になる武士としての本分を忘れた者どもと喧伝することを目指していた。

 実際、五摂家として影響力を行使しつつ、五人の当主たちは今日まで主に公家華族の中の攘夷派を自分たちの賛同者に引き入れようと接触を続けていた。

 国民世論への働きかけは公家華族であるが故の経済的影響力の限界もあってほとんど行えていないが、公家華族や宮中を動かしつつ自分たちの影響力を拡大していく肚であった。

 しかし一方で、三国干渉に始まる対ルーシー外交では六家が一致した姿勢を見せていたこともあり、国民たちは依然として六家をこの国の支配勢力と見ていることも、五摂家の当主たちは理解していた。

 未だ国民は六家が戦後の利権分配を巡って対立しているという内部事情を知らない。彼らは六家を中心とする将家に率いられた軍が中華帝国たる斉を打ち破り、不遜なる三国干渉を峻拒したことに快哉を叫んでいる。

 皇国の多くの国民たちが、無邪気に戦勝と「東亜新秩序建設」という美名に踊らされていたのである。

 まさしく、かつて九重基煕(もとひろ)公爵が懸念していたように、戦勝によって六家の権威は上昇しているといえた。

 しかし、ここに来て綻びが見え始めた。

 それが、軍監本部長暗殺未遂事件、そして大審院判事暗殺事件だったのである。


「攘夷派の伊丹公も一色公も過激派どもへの統制には苦労していると見える。伊丹公などは孫の婚約者の父親である桜園子爵を通して我らへの接触を図りたがっておるようだ。この好機を逃すべきではなかろう」


「つまり連中は、皇主陛下の御稜威(みいつ)を以て攘夷派をまとめ上げようとしているわけか」九重基煕公爵が言う。「そして、そのために我ら五摂家の影響力を利用しようとしているということか」


「何とも虫の良い連中であることよ」


 嘲るように応じたのは、常磐師信(もろのぶ)公爵である。


「しかし、確かに経香殿が言うようにこれは好機であろう」


 穂積通敏が、佐伯経香の言葉に賛意を示す。

 彼は文部大臣として、六家から五摂家の権威を良いように使われているという実感があった。五摂家の当主として、ただ自分たちの持つ権威がただ利用されるだけという状況に、我慢ならないものを感じている。そしてそれは、残りの四名の当主たちも同じであった。


「とはいえ問題もあろう」


 千倉輔孝(すけたか)公爵が、佐伯経香の言葉に疑問を呈す。


「一部とはいえ、六家の連中と手を結ぶということは、連中による支配体制を我ら五摂家の権威が支えていると受け取られかねん。そうなれば、六家から政治的実権を取り戻す際の障害となろう」


「我ら五摂家の復権が、一朝一夕に成し得るとは思っていない」佐伯経香は言った。「この機会に、六家の切り崩しを行うのも手であろう。六家は戦後利権を巡って対立しつつある。ここで我らが伊丹・一色両公の側に付けば、六家の分裂をさらに加速させることが出来よう。まずは伊丹・一色両公を利用して残りの四家を追い落とす。そして伊丹・一色両公は急進攘夷派を統制するために皇主陛下の御稜威に縋らざるを得ない。その時こそ、皇室の藩屏として五摂家が復権を果たす機会が巡ってこよう」


「私も、現状で伊丹・一色両公に接近するという経香殿の意見に賛成だ」


 穂積通敏は、真っ先に佐伯経香の言葉に追従した。


「我が子・貴通が結城家への接近を強めている。景忠公が息子・景紀の後ろ盾を得るために、貴通めを穂積家次期当主に据えようと目論んでいるという話も聞く。このまま政治的に受け身でいるままでは、五摂家内部の決定権まで六家の連中に犯されかねない」


 それは、穂積家の後継者問題に六家が介入してくること、特に最近では結城家を危険視しているが故の発言であったが、同様な懸念は他の四当主も抱いていることであった。


「うむ、通敏殿の言う通り、国内情勢・国際情勢ともに急転の刻を迎えつつある今、受動的な政治姿勢では五摂家を生き残らせることは出来まい」


 五摂家筆頭の九重基煕が、宣言するように言った。


「今こそ五摂家としての、公家華族としての真価を発揮し、我らは皇室の真の藩屏として皇運を扶翼し奉る立場へと還るべきであろう」


 その言葉に、残り四人の五摂家当主たちは決然と頷きを返すのであった。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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