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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十章 未完の新秩序編

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185 南洋からの帰還

 景紀たちが内地ヘと到着したのは、八月二日のことであった。

 六月八日に出発して以来、約二ヶ月ぶりの富士山に何となく安心感を覚える。

 そのまま、船は無事に横浦へと到着した。


「無事のお帰り、何よりです」


 港で景紀たちを出迎えてくれたのは、私服姿の貴通であった。


「案外、皆さん焼けていないのですね。出発前に言っていた、冬花さんの術式ですか?」


 宵、冬花の姿を順に見つめて、貴通は不思議そうにする。景紀については多少、肌が浅黒くなっているものの、宵や冬花、それに宵の世話役である済などの肌にはそれほど日焼けの跡がない。


「はい、流石に肌を黒くするのには抵抗がありましたので」


 答えたのは、宵であった。この時代、皇国では「痩身白皙」が美人の条件である。だから日に焼けないようにする冬花の術式は、一行の女性陣の中で重宝した。

 唯一、冬花と確執があるという忍の少女・風間菖蒲だけは日焼けの跡が目立っていたが。


「それで、景くんはこれから、景忠公閣下の下に帰還の報告に行かれるのですよね?」


「ああ、そのつもりだ」


「では、ご不在中の内地の情勢については、汽車の中でお話ししましょう」






「国際情勢について言えば、先日、アルビオン連合王国との間でアジアにおける勢力圏を画定した協約が締結されました」


「ああ、俺たちが出発する前から構想が出ていた、っていうあれか」


「はい。我が国も連合王国もルーシー帝国の南下政策を脅威に思っていますからね。例のルーシー帝国のマフムート領進駐で急速に両国間の距離が近付いている形です。我が国の南瀛諸島、新海諸島領有を見越して南泰平洋での漁業協定交渉も進んでいます」


 一等客車に揺られながら、貴通は景紀たちに説明していた。


「伊丹公や一色公は特に反対しなかったのか? あの二人、連合王国のことをアヘン戦争を起こした国として唾棄していたと思うんだが?」


「渋々、一時的な協約、として受け入れてはいるようですね。今、連合王国まで敵に回すわけにはいきませんから。それに、西洋列強の中でも最も勢いのある国家に皇国の勢力圏を認めさせたという見方も出来ます。攘夷を掲げる彼らにとっても、自らを納得させやすかったのでしょう」


「満洲利権の方はどうだ?」


「そちらは相変わらず対立が続いています。対外政策ではルーシー帝国に対抗するためのアルビオン連合王国との提携、マフムート朝への支援という形で六家は一致しているようですが、これは思想的な面以外では利害が絡まない点が大きいのかもしれませんね。利害関係の絡む戦後の満洲利権問題は、長尾家側が相変わらず頑なと言うか、ルーシー帝国の問題があって以降、より主張を尖鋭化させているとも言えます」


「ルーシー帝国との対立を口実に、氷州・沿海州利権に他の六家が口を出してくることを恐れているんだろうな」


「はい、僕もそう思います。満洲縦断鉄道については、六家の共同資本による国策会社の設立案に長尾家以外は賛同しているのですが、長尾家は満洲の鉄道利権すべてを自家の支配下に置きたいようで」


 貴通の言葉を聞いて、景紀は頭の痛そうな表情を見せた。対斉戦役中から、長尾家との政治的連帯は崩れかけていたが、最早それは決定的であるようだ。

 宵が長尾家現当主・憲隆公の姪であり、幼少期からの多喜子の関係もあって、調停には景紀あたりが駆り出されそうな気もするが、いずれにせよ、面倒な政治情勢であることには変わりがない。


「まあ、その辺りは父上と、あとは頼朋翁あたりと相談か」


「そうなるでしょうね。景くんのご活躍、期待していますよ」


 にこりと微笑んで貴通は言う。彼女は、混迷する政治情勢で景紀が政治的指導力を発揮することを望んでいるのだろう。


「ったく、気軽に言ってくれるぜ」


 そんな同期生に苦笑を浮かべながら、景紀は軽口めいた口調でそう抗議するのだった。


  ◇◇◇


 結城家皇都屋敷に帰還した景紀は、早速父・景忠に新海諸島部族長代表団との交渉経過やその結果を報告する。

 もちろん、すでに電信を通じて父の元には交渉顛末の報告が届いているだろうが、父としては景紀が結城家次期当主として実績を挙げたことを家臣団に示すためにも景紀自身から報告を受けたかったのだろう。

 報告の後は南洋植民地を視察した時の様子など、ある種の土産話を両親に聞かせることになった。


「景紀よ、私は当分、皇都を離れられそうにない。その間、お前に我が家直轄領の彩城国を任せても良いか?」


 最後に、父・景忠はそう言った。

 連日、六家会議が開かれている状況では、確かに六家当主が皇都を離れることは出来ないだろう。

 ただ、景紀自ら中央の政局に関わることが出来ない点は、彼自身にとってもどかしい部分ではあった。とはいえ、本来であれば数ヶ月は南洋群島を視察して回っていたはずである。そうなっていれば、どの道、中央の政局に関わることは出来なかっただろう。

 やむを得ないことと、景紀は受け入れた。


「判りました。ただ、定期的に俺も皇都に出てきて政情について把握するように努めます」


 それで、景紀は父の言葉に妥協することにした。


「うむ。それともう一つ、お前はしばらく貴通殿と共に査閲官として領軍の再編にも当たるように」景忠は加えて景紀にそう指示を下した。「ルーシー帝国とマフムート朝に対する調停工作がこの先、どうなるか判らん。兵部省の中では、両国が年内に開戦するとの情勢判断も出ておる」


「我が国も参戦する可能性はあるのでしょうか?」


 景紀は貴通から、今は対ルーシー宣戦布告を主張していない伊丹公や一色公も実際にルーシー・マフムート両帝国間の戦争が勃発すれば、どのような意見を言い出すか予測し難い部分があると言っていた。

 貴通自身の予想では、一色公あたりは国内の産業振興と重要資源の確保による国力の底上げを構想しているようだと聞かされてはいたが、伊丹公については予測し難い部分がある。


「そこは判らん」


 実際、六家会議に出席している父も伊丹・一色両公の出方を推察出来ていないようであった。


「俺としては、対斉戦役で国力を消耗した現状での参戦には絶対反対です」


「う、うむ」


 断固とした息子の口調に、景忠は少しだけ気圧されたようだった。正直、景紀としては父がまた伊丹・一色両公に安易な妥協をしてしまわないかと心配な面があった。


「まあ、父上のご指示は判りました。父上も、くれぐれも健康には気を付けて下さいよ」


「はぁ、お前も久や善光、典医と同じことを言うのだな」


 どこかうんざりとした口調で、景忠は言った。


「そりゃあ、俺はあなたの息子ですからね」


 景紀の目から見ても、父にはかつて六家当主として放っていた光彩はない。未だ、病み上がりの印象が色濃く残っている。


「判った判った。せめて孫の顔くらいは見たいのでな。気を付けるとしよう」


  ◇◇◇


 父の前から辞した景紀は自室で荷物を整理してから、貴通に与えられた部屋へと向かった。


「貴通、今いいか?」


「ええ、いいですよ」


 部屋の中で貴通は査閲官としての報告書をまとめていたようであった。


「俺が内地にいない間、いろいろとありがとうな」


「いえ、僕は景くんの軍師ですから、お安い御用ですよ」


 景紀から労われたことが嬉しくて、男装の少女は笑みを浮かべていた。


「これ、お前だけ南洋に連れていってやれなかったからな、土産」


 景紀は持っていた包みを貴通に手渡した。


「ああ、ありがとうございます」


 貴通はちょっと驚いたように包みを受け取った。今の今まで、景紀が土産を渡すような素振りを見せていなかったからだ。


「港だと家臣の目があるし、汽車の中で渡すのもちょっとと思っていたからな。渡すのが遅くなって、すまん」


「いっ、いえ、僕は気にしていませんよ」


 少し慌てて、貴通が首を振る。


「開けてもいいですか?」


「ああ、気に入ると良いんだが」


 貴通が丁寧に包みを解くと、そこには黒い革帯(ベルト)があった。


「新南嶺島には鰐がいるからな。鰐皮の革帯。軍服を着るときに使えるかと思って」


「ふふっ、ありがとうございます」


 鰐皮独特の質感と光沢を持つ革帯を、貴通は両手で広げてみた。


「早速、次の軍務から使ってみます」


 貴通は革帯を脇に置くと、他の土産にも手を伸した。他に小箱が二つほどあった。その一つに手を伸し、中を開けてみる。


「そいつは宝石珊瑚で作ったカフスボタンだ。普段着でシャツを着ているからな」


 鮮やかな紅色の珊瑚がはめ込まれた一対のボタンが、小箱の中に収められていた。珊瑚もまた、新南嶺島の特産品の一つである。


「最後のこちらは?」


 貴通は最後に残った小箱を手に取り、蓋を開けた。


「真珠の髪飾り。まあ、お前はその、女だからな」


 景紀は少し気まずそうに、貴通から視線を外した。


「全部男物ばかりだと、どうかと思って。……嫌だったか?」


 景紀から女扱いされることについて、貴通が複雑な感情を抱えていることを知っている。あえて女物の装飾品を土産に選んだことについては、景紀の中でも葛藤と不安があった。


「いえ、まさか」


 だが、男装の少女は同期生のそんな不安を取り去るように微笑んで見せた。


「とても嬉しいです。僕は今まで、こういうのとは無縁でしたから。やっぱりどこか、心の奥底で割り切れない、女としての感情もあるんですよ」


 貴通はそう言って、真珠の髪飾りをかざして見せた。

 綺麗な球形をした、乳白色に輝く宝石。


「ねぇ、せっかくですから景くんに付けてもらっても良いですか?」


 彼女は、髪飾りを景紀の方へと差し出した。


「表立ってこれを髪に付ける機会なんてないでしょうから、せめて景くんにだけはこれを付けた姿を見てもらいたいです」


「満……」


 思わず景紀は、彼女の本名を呼んでいた。微笑みつつも、満子という名を隠している少女の表情はどこか寂しそうにも見えた。

 景紀が真珠の髪飾りを受け取ると、彼女は自らが女であることを認識させないお守りを外した。

 彼女が女性であると知ってしまっている景紀にはあまり認識阻害の効果は現れないが、それでも“貴通”の雰囲気が満子へと変わったような、どこか女としての艶っぽさを感じさせる雰囲気になったように思えた。

 景紀はそっと、少女の頭に髪飾りを付ける。

 お守りの効果が消えたからか、短い髪ながらも真珠の髪飾りは彼女によく似合っていた。思わず感嘆の吐息が、景紀から漏れた。


「ふふっ、景くんと共有出来る秘密が、また増えましたね」


 貴通が女であること、本名が満子であること、二人の間で共有されている秘密に髪飾りを付けた己の姿を付け加えられたことを、彼女は悪戯っぽく微笑んでみせた。

 普段は男装と呪術的なお守りによって女であることを隠している彼女の、抑圧されていない心からの笑み。

 景紀はそんな貴通を見守るように、静かな笑みを浮かべるのだった。


  ◇◇◇


「貴通様は、喜んでおられましたか?」


「まあな」


 夜、寝所で景紀と宵はそんな会話を交わしていた。


「それは良かったです」宵は純粋な感情でそう言った。「私は景紀様と南洋の思い出を作れたのに、貴通様だけが仲間外れでは気の毒でしたから」


 宵も貴通が内地に残らざるを得なかったことは理解しているので、景紀を責めるような口調ではない。しかし、やはり同じ殿方を慕う者として、そして後からやって来た者としての負い目は感じてしまうのだ。


「ほんと、お前は良い奴だよな」


 貴通に土産の品を買って帰ろうと思ったのは景紀自身であるが、やはり宵の正室としての立場も慮らないといけない身である。

 しかし、宵はあの男装の少女に景紀が土産を買っていくことについて、嫉妬の言葉一つ漏らさなかった(もちろん、景紀は宵や冬花にも現地で土産を買ってやっていたが)。そのことを、景紀は素直にありがたいと思う。

 同時に、宵が冬花や貴通に対して、負い目を抱いていることも理解している。そうしたある種の卑屈さは、彼女が生まれ育ってきた環境に由来するものだろう。

 結城家次期当主の正室として景紀不在中、立派にその務めを果たしてみせた少女の、歪な一面であった。


「だけど、少しくらい嫉妬して見せてくれた方が、俺としては安心するんだがなぁ」


 白い寝巻姿の少女の腕を取ってその体を引き寄せながら、景紀は冗談めかして言った。

 冬花や貴通への負い目と景紀への思慕との間で揺れ動く宵にとって、景紀がそう言ってくれるだけで気持ちが楽になる。この人が、冬花や貴通と同じように自分を大切にしてくれているのだと実感することが出来る。

 だから思わず、宵も笑みがこぼれた。


「ふふっ、夜の時間は私が景紀様を独占出来ているので良いのです」


 宵はそっと、自らの身を委ねるように景紀にもたれかかった。それに応ずるように景紀の腕が背中へと回り、宵の体が引き締まった少年の腕の中にすっぽりと収まる。


「じゃあ、好きなように独占するといいさ」


 少し挑発するように景紀が言えば、宵もまた己の腕を景紀の背に回した。


「では、景紀様も、私を独占して下さい」


 腕の中で顔を上げて、少女はそう乞う。


「ああ」


 景紀は自身の腕の中に収めた少女の唇に、そっと己のそれを重ねた。

 戯れのような、啄むような口付けを交わし合う。






 ―――この日ようやく、二人は互いの体を直に感じ合うことが出来たのであった。

 本話に関連するノクターン版番外編(十八歳未満閲覧禁止)

冒頭URL:https://novel18.syosetu.com/

Nコード:n7033hg/4/

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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