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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第十章 未完の新秩序編

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183 東方問題と皇国への影響

 燕京講和条約締結以来、六家会議の場では獲得した満洲利権の分配を巡っての対立が続いていた。

 遼東半島については有馬家が総督の任免権を皇主から委任されるよう奏上することで合意が形成された一方、それ以外の鉄道敷設権、鉱山開発権、河川航行権などの問題については七月にいたっても未解決のままに残されていたのである。

 しかも六月末以降は、ルーシー帝国の回疆侵攻、マフムート朝領内の十字教徒自治領への進駐などの問題もあったため、戦後利権の分配を巡る議論は再開と中断と繰り返していた。

 そのルーシー帝国、マフムート朝を中心とする東方問題は七月初旬以来、依然として列強諸国による調停案の模索が続いている。

 そしてこの調停案作成問題が、戦後利権を巡る六家間の対立をさらに先延ばしにしていた。

 アルビオン連合王国、帝政フランク、プルーゼン帝国、エステルライヒ帝国という、五国海峡協定に参加している四ヶ国に加えて秋津皇国を加えた五ヶ国は、エステルライヒ帝国の首都に大使を集めて協議を続けていた。

 しかし、三国干渉でルーシー帝国との繋がりを深めていた帝政フランクは、ルーシー帝国寄りの発言に終始して調停案の作成を妨害していた。

 特に七月初旬段階では未だ皇国がマフムート朝に売却した巡洋艦二隻がイスティンボリスに到着していなかったことから、帝政フランクは二隻のマフムート朝への引渡はルーシー帝国―マフムート朝間の対立をさらに尖鋭化させるだけであるとして中止を求めていたのである。

 しかし、勢力均衡によるマフムート朝領土の安定こそが重要だと考える残りの西洋列強三ヶ国は、皇国による巡洋艦二隻の売却は、かえってルーシー帝国への牽制として役立つとして皇国側を支持する立場にあった。

 逆に言えば、それだけ列強各国はマフムート朝の軍事力に不安を抱いていたということである。ルーシー帝国とマフムート朝が開戦すれば、これまでの両国間の戦争と同じくマフムート朝の敗北に終わると考えていたのだ。

 だからこそ、ルーシー帝国にこれ以上の武力南進、そしてマフムート朝への宣戦布告を思いとどまらせるための抑止力として、皇国の最新鋭巡洋艦の存在に期待していたのである。

 調停案を巡る国際会議は、マフムート朝領土の現状維持を盛り込んだ案、マフムート朝の領土を変更する場合には五国海峡協定に参加している五ヶ国の承認を必要とする案、五国海峡協定の参加国すべてにマフムート朝領内の十字教徒を保護する権利を認めるという案、五国海峡協定に秋津皇国も加えるという案など、様々な案が出されては消えていくという状態に陥っていた。

 結局、調停案を巡る五ヶ国の議論は、帝政フランクと残りの四ヶ国で並行線を辿っていたのである。

 一方、一向に進まない五ヶ国の国際会議とは対照的に、秋津皇国とアルビオン連合王国との間ではアジア地域の勢力圏分割協定の交渉が順調に進んでいた。

 ある意味で、この両国は調停案の成立に見切りを付け始めていたといえる。だからこそ、対ルーシー戦役を見据えてアジア方面の安全を確保することを急いでいたのである。

 そしてこの協定交渉の結果、七月三十日、「秋津・アルビオン協約」の名で正式な条約として締結されることとなった。

 斉を除くアジア地域を、シンドゥ―アラカン王国間の国境線(境界線)で分割してそれぞれの勢力圏として認めるという内容は、ほぼ構想段階のまま条文として盛り込まれた。

 また、南瀛諸島の領有を皇国が宣言したことを受けて、南泰平洋における皇国の優越権を承認する代わりにアルビオン連合王国の南泰平洋での漁業権について皇国側が保証を与える、という内容の南泰平洋漁業協定についても、両国間で交渉が始められていた。

 この時代、領海を三浬とする国際慣習法は確立しつつあったが、それより外側の海域の権益についての概念は未だ確立していなかった。そうした海域で活動する自国の漁船・漁民を保護するために列強各国は海軍艦艇を派遣しており、漁業権益を巡っての対立もしばしば発生していたのである。

 特に南泰平洋では捕鯨を目的に秋津皇国、アルビオン連合王国、ヴィンランド合衆国の漁船、漁船団が入り乱れており、その中でも最大の海軍力を展開しているのが秋津皇国であった。

 また、皇国の植民地である新南嶺島南岸とそこに付属する島嶼では他国に先駆けて真珠の養殖が行われており、距離的に近い連合王国植民地のアウストラリスからの密航者、密漁者に悩まされてもいた。

 こうした問題を解決するために、秋津皇国とアルビオン連合王国は南泰平洋における漁業協定の交渉を進めようとしていたのである。

 そしてこの漁業協定も、九月九日に成立することとなる。

 さらには、地中海と紅海とを結ぶ大運河の建設が以前から西洋列強では構想されていたが、アルビオン連合王国はこの運河の建設を皇国との共同資本で行うという提案を持ちかけてきた。

 この運河の建設構想は帝政フランクの技師を中心として進められていたが、アルビオン連合王国は帝政フランクとルーシー帝国が提携している現状で、帝政フランクの資本によって運河が建設されることを警戒していたのである。

 これまで連合王国はこの大運河の建設を、ありとあらゆる外交手段を駆使して妨害していた。

 当然ながら、秋津皇国もアルビオン連合王国もルーシー帝国の南下を阻止する点では利害が一致している。連合王国としては、地中海―紅海間運河が帝政フランク、そしてルーシー帝国資本の手に渡るのは何としても避けなければならなかった。

 しかし、連合王国一国では運河を建設するための資金を賄えない。

 また、秋津皇国を運河建設に引き込むことが出来れば、五国海峡協定を結んだにもかかわらずルーシー帝国の武力南進によって崩れかけているマフムート朝とその周辺地域における勢力均衡を、新たに皇国を加えることによって立て直しが可能となるかもしれない。

 だからこそ、連合王国は皇国に共同出資を呼びかけてきたのである。

 一方、皇国側も新鋭巡洋艦のマフムート朝売却などにより、自国艦艇・船舶をエウローパ方面に回航する際の航路短縮の必要性を痛感していた。

 なお、アルビオン連合王国が運河建設の共同出資を持ちかけてきた段階において、未だ二隻の巡洋艦は航海の途上にあった。だからこそ、なおさら皇国側にとって大運河建設に関わる意義は大きく感じられたのである。

 連日の六家会議などでは、対マフムート朝政策、対ルーシー帝国政策の他、対アルビオン連合王国政策もまた重要な議題となった。

 幸い、皇国は斉から莫大な賠償金を得ることに成功している。

 この賠償金の用途については、戦時国債の償還に充てることがすでに決定されていたが、それでもまだ十分な額が残る計算であった。

 地中海と紅海を結ぶ大運河建設への出資は、皇国の勢力を西洋方面にも伸長させる好機であるとして、六家も好意的な反応を見せていた。

 傍から見ると実に奇妙なことではあったが、満洲利権を巡って対立し、国内振興か攘夷かで意見を異にしていた六家は、ルーシー帝国のマフムート領内進駐に関する一連の外交政策については、意見の一致を見ていたのである。


  ◇◇◇


 七月二十五日、六家内の意見がまとまり、「秋津・アルビオン協約」の締結に向けた大詰めの外交交渉が進んでいる中、穂積貴通は有馬頼朋翁からそうした政局の情報を伝えられた。


「結局、現状での対ルーシー出兵を主張している人間はいないというわけですね?」


「うむ、そうだな」


 貴通が庭の手入れを自ら行っている六家長老に確認すれば、そういう答えが返ってきた。

 そのことに、男装の少女は安堵する。

 ルーシー帝国が回疆だけでなくマフムート朝に対しても武力南進を行ったことで、伊丹・一色両公あたりが意見を変えやしないかと懸念していたのであるが、杞憂であったようである。

 最近の貴通は対ルーシー情勢の緊迫化に伴って結城家領軍の再編に追われていたことと、景忠公自身も連日の六家会議での疲労が溜まっているのか屋敷に招かれる機会も減っていたことから、頼朋翁から六家会議の情報が得られたことは素直に有り難かった。

 景忠公からは先日、景紀を内地に呼び戻すことにしたと伝えられた程度である。


「とはいえ、未だマフムート朝とルーシー帝国は戦争状態に突入しておらんからな。実際に戦争となれば、伊丹、一色のあたりはマフムート朝と共に東西からルーシー帝国を挟撃すべし、と言い出さないとも限らん」


「伊丹公はともかく、一色公はどうなのでしょうね?」


「何?」


 若造の反論じみた言葉に、頼朋翁が眼光鋭く振り返る。


「いえ、最近の一色公の動向を見てみますと、少し別の見方も出来るのではないかと」


 その視線に怯まずに、貴通は答えた。


「今回の戦役で、国内の産業基盤の強化、そして資源獲得の重要性がかなり顕著な形で浮き彫りになりました。まるで、領内のすべてを合戦のために費やした戦国時代のように。一色公は、どうもその辺りに気付いて、国家体制の変革を狙っているようにも見受けられます」


 貴通は、最近の一色公直の最近の動向を安易な攘夷思想と片付けることは出来ないと感じるようになっていた。

 また、景忠公が六家会議以外の場で一色公から言われた話なども貴通の耳には入ってきている。

 確かにあの若き公爵の対外思想は攘夷なのだろうが、その攘夷とは国力を蓄えた上で実行に移すべきものと考えているのではないか、そういう印象を受けているのだ。

 そして、攘夷思想云々についてはともかく、国内産業の振興と重要資源の獲得という二点は、今後の皇国の国策として重要な要素だろう。

 貴通自身も、戦場での弾薬の大量消費の実態を知る一人である。

 こうして見てみると、一色公は作戦屋というよるも兵站屋、戦術家というよりも軍政家に向いた人間であるのかもしれない。

 彼と長尾憲隆公が強引に推進した冬季攻勢は失敗したものの、一方で緒戦における平寧進撃は困難な兵站状況の中で成功させている。

 そして、だからこそ一色公は国家単位での戦争遂行能力の強化する必要性を痛感したのだろう。

 もっとも、新海諸島の早期併合を主張するなど結城家の南泰平洋利権への干渉も行ってきている以上、依然として彼の政治的主張には警戒する必要があったが。

 さらに言えば、貴通自身の実家である穂積公爵家も含めた、五摂家の動向も不気味であった。

 あれほど不偏不党を謳って特定の政治勢力と結び付こうとしていなかった父・通敏が、最近、屋敷に攘夷思想を持つ公家たちを招いているというのである。

 今、国内では三国干渉やルーシー帝国の武力南進に反発して、反ルーシー感情、反ヴィンランド感情が高まっている(一度、皇国によってアジア進出を阻止された帝政フランクについては、どちらかといえば侮る声が強い)。

 そうした時流に乗ることで、公家としての政治生命を維持しようとしているのだろうか。

 貴通には父の真意を知るすべはなかったが、当然、父が屋敷に招いている攘夷派の公家たちの中は伊丹、一色両公と関係が深い者たちも混じっている。

 軍事力を持つ六家と、宮中に影響力を持つ五摂家。この二つが結び付いて皇主を動かし、攘夷派による権力掌握を狙っているのではないか。

 頼朋翁に対して口にはしないが、そういう警戒感も貴通の中にはあった。

 そして、六家長老である目の前の人物がそうした国内の不穏な政治情勢に気付いていないはずもない。あえて貴通に断片的な情報や自身の政治的判断力が衰えているように見せかけているという可能性もある。

 景紀にとっても貴通にとっても、有馬頼朋という人物は完全な味方ではないのだ。


「だが、いずれにせよ、奴らが攘夷派であることには変わりあるまい」


 そうした貴通の内心を知ってか知らずか、頼朋翁は伊丹・一色両公をそう評した。


「そうですね。しかし、攘夷をどのように実行しようとしているのか、その目的によって自ずと手段も変わってくるはずです」


「ならば、上手く連中の分裂を狙うだけよ。どのような派閥にも、穏健派と過激派・急進派はおる」


 こともなげに、頼朋翁は言った。


「過激な連中は妥協を自らの敗北と捉えがちだ。だからこそ、過激派の中でもより急進的な者と、それに比べればまだ穏健な者とに分かれ、内部抗争を繰り返す。攘夷派もその例に漏れぬであろうよ」


「まあ、内部抗争で自滅してくれるのならば僕や景くんとしても御の字ですがね」


 逆に、そうした派閥対立を乗り越えて攘夷派が一致団結する可能性もある。

 攘夷派から盟主のように見られている伊丹正信、そして今次対斉戦役で華々しい戦功を挙げた(と、報道された)一色公直。

 彼らは攘夷派をまとめ得る人物であるし、五摂家と結び付いて皇主を動かすことが出来れば、攘夷派の団結はより強固なものになるだろう。

 とはいえ、一色公にとって目の前の目標が攘夷や権力の掌握ではなく国力の増強であるならば、どこかで一昨年の予算問題のように妥協の余地は生まれるだろう。

 別に自分や景紀は攘夷思想を抱いているわけではないが、国防の重要性は理解している。今次戦役で国内の産業基盤の強化と重要資源獲得の必要性が増したというのならば、それを実現するための国策を立案すべきだろう。

 貴通自身としては、出来ればそれは景紀が主導し、自分がそれを補佐する形であることが望みではあったが、かといって一色公がそうした政策を推進することを妨害するわけにもいかない。

 国力の強化と資源の獲得は、将来の国防のためにも絶対に必要な国策であると思うからだ。

 このあたりは景紀が南洋植民地から帰還したら改めて相談だろう、と貴通は考えた。

 もっとも、六家の間で国防国策をまとめる前に、戦後利権を巡る対立が未だ続いているので、それをどうにか妥協に持ち込む方が先決かもしれなかったが。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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