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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第九章 混迷の戦後編

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180 南進論の結末

 桜浜での交渉が妥結に向かいつつあることを、景紀は電信にて皇都の父・景忠の元へと報告していた。

 七月三日、景忠公は再び貴通を皇都屋敷に招き、景紀たちの交渉結果を彼女(景忠公は“彼”だと思っているが)に伝えた。


「景紀たちは上手く南洋の生蕃どもを懐柔することに成功したようだ」


「交渉の成立、誠におめでとうございます」


 どうやら自分はこの六家当主に気に入られてしまったようだと思いながら、貴通はそう述べた。

 恐らく景忠公には、五摂家の男子(表向きは)である自分を囲い込んでおきたいという思惑があるのだろうと見ている。

 どれほど父親である穂積通敏公との関係が悪くとも、そして貴通自身に家を継ぐ意思がなくとも(正確には継ぐことが出来ないのだが)、貴通は五摂家の人間なのだ。そんな人物が景紀と親しくしているとなれば、相応の政治的意義は生まれてくる。

 自分と父の所為で景紀を余計な政争に巻き込んでしまうかもしれなかったが、彼に迷惑を掛けてしまっているのは兵学寮の頃から変わらない。

 自分から景紀の側を離れようとは思っていない以上、もう自分の存在はそういうものなのだと受け入れるしかない。

 この身に流れる血が景紀の助けになることもあれば、そうでない場合もある。そういうことなのだ。


「とはいえ、正式に併合となるのはもう少し先の話になろう」


 秋津皇国・ニューゼーランディア部族連合国間の条約は、交渉に参加しなかった部族長たちからも署名を集めて正式な調印ということになっている。

 中には条約への署名を拒む部族長たちも出てくるであろうから、当面、新海諸島では部族間抗争が継続することになるだろう。


「対斉戦役を終え、今は国力の回復に努める時期です。新海諸島の部族間抗争への不用意な軍事的介入は、避けて当然であったかと」


 貴通には、景紀の交渉方針が手に取るように理解出来ていた。あの同期生は性急な併合を避け、部族間抗争を上手く利用することで皇国側が大きな血を流さずに新海諸島を併合することを目論んでいるのだ。

 それは、ルーシー帝国との対立を尖鋭化させつつある現在、正しい方針であると思う。

 南泰平洋に数個師団規模の兵力を派遣して新海諸島を平定することになれば、国力をさらに消耗するだけでなく、ルーシー帝国に対する外交的・軍事的圧力の低下にも繋がる。

 皇国は北半球と南半球に同時に大兵力を展開出来るほど、国力や兵力に余裕があるわけではないのだ。

 また、対斉戦役中に明らかになった船舶量の不足も、一朝一夕には解決しない問題である。この問題が解決しない以上、泰平洋を越えて新海諸島に大兵力を送り込むことは現実的とは言えなかった。

 ただし問題は、結城家内に早期併合を望む声が上がっていないかどうかである。下手をすれば、景紀の交渉姿勢が弱腰であるという批難が生まれかねない。

 特に景秀・景保父子の存在がある以上、警戒は必要であった。


「景忠公閣下としては、正式な併合まで少し時間がかかる点についてどのようにお考えですか?」


 だから貴通は軽く探りを入れてみることにした。


「私としても、景紀たちの交渉結果は満足いくものであると考えている。貴殿も関わっているから判っていようが、我が領軍は未だ再建途上にある。早急な併合のために兵を用いようとしても、その兵が存在しないのだ。帰国して早々に景紀を南泰平洋に向かわせてしまったが、あやつは領軍の状況をよく理解しているようだ」


 景忠公は、息子の挙げた成果に満足そうであった。


「善光らによれば、家臣どもも概ね、この結果に満足しているようだ。景紀からは軍事顧問や経済顧問を送るように言ってきたが、適任な者たちの選定も進めている。すでに領有を宣言した南瀛諸島にも、人を送り込む準備は進めている」


 つまり結城家は着々と南泰平洋の植民地化を進めているというわけである。二つの諸島へ植民地支配が完全に及ぶまでには五年、十年という長い期間が必要であろうが、皇国は南泰平洋をもその勢力圏下に収めつつあるのだ。


「だが、少し気になる話もあってな」


 と、景忠公の表情がどこか憂いを帯びたものへと変わる。


「一色公が、新海諸島の早期併合の必要性を六家会議の後で私に言ってきてな」


「……」


 一瞬、貴通の目に剣呑な光が宿る。満洲の利権はともかく、南泰平洋の利権については結城家が獲得することで六家間の合意が形成されているにもかかわらず、どうして干渉してくるのか。


「一色公は、いったい何と?」


「新海諸島の気候や風土は羊毛の生産に適しているのではないかということで、羊毛の自給自足体制を早期に確立するためにも新海諸島併合は急ぐべきだと、な」


 羊毛は、皇国が自給出来ていない資源の一つである。軍需物資としても重要で、陸軍でも寒冷地での被服は毛織物である羅紗と定められている。

 対ルーシー戦役となれば氷州が主戦場となるであろうから、将来を見越して羊毛の確実な供給路を確保しておきたいというのが一色公の考えなのだろう。

 輸入するとなれば国内の金銀が海外に流出することになるので、出来れば皇国勢力圏内で自給自足出来ることが攘夷論を唱える彼にとっては望ましいのだ。

 一応、筋は通っているが、どこか景紀を政治的に攻撃するための口実にしているのではないかと勘ぐってしまうのは、貴通の偏見故か。

 見れば、景忠公も困惑した顔付きであった。

 彼も一色公の意見に一理あると思いつつも、結城家の利権に介入しようとしていること、そして現実的に早期併合が難しいことから、どう対応すべきか判らないのだろう。

 もう少し景忠公が強気であれば結城家への干渉として一色公の意見を退けられたのだろうが、出来るだけ伊丹・一色両公との政治的摩擦を避けようとしている景忠公には無理だろう。

 かといって、一色公の意見をそのまま受け入れることも出来ない。

 その狭間で、景忠公は苦悩しているように見えた。

 相変わらずどこか頼りなく思える公の態度に内心で溜息をつきつつも、貴通も対応策が思い浮かばない。

 とりあえず、新海諸島においてすでに皇国が獲得している土地での羊の飼育を始める、あるいは新海諸島の部族長たちに武器の支援をする代わりに羊毛を生産するように取引を持ちかけるか、その程度の案があるくらいであった。

 両者ともに解決策が見当たらずに沈黙が降りる中、廊下から騒がしい足音が聞こえてきた。


「ご歓談中、失礼いたします!」


 襖を開けてきたのは、景忠公側用人・里見善光であった。


「外務省より緊急の使者が参りました!」


「いったい、どうしたのだ?」


 緊迫した様子の己の側近の姿に、景忠公は怪訝そうに尋ねた。


「はっ、申し上げます! 本月一日、ルーシー帝国は―――」


 それは、皇国を取り巻く国際関係が一層緊迫化したことを報せるものであった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 新海諸島の部族長代表団たちとの交渉は、七月五日まで続けられた。

 景紀は各部族長たちに対して結城家としての軍事支援を約束し、条約が無事に締結された暁には新海諸島統一に貢献した部族に対して有利な価格で様々な物資を融通するとも付け加えた。

 戦乱の後には、復興が必要である。そこに、南海興発(あるいは結城家にとって)の新たな商機が生まれる。

 それを、景紀は見越していたのだ。

 武士というよりは商人の気分であったが、軍事的感覚と経済的感覚の両方を持っていなければ六家次期当主などやっていられない。

 他者が血を流すことで自分たちが利益を得ることに対する疚しさも覚えなかった。結局、為政者とはそういうものだと割り切っている。

 将家が国民を戦争に駆り出しているとなれば、なおさらであった。

 宵の方もそこは将家の姫というべきか、割り切るべき部分はしっかりと割り切っている。夜、寝所で景紀のやり方に苦言を呈するようなこともなかった。

 彼女は彼女で、自分が南泰平洋進出を後押ししてしまったことで皇国を新たな国際的な対立に巻き込んでしまったのではないかという負い目がある。

 そのため、むしろ長引けば他国の干渉を招きかねない新海諸島での部族抗争を早期に終結させる方針には積極的ですらあった。

 新海諸島の併合が成功すれば、皇国は北泰平洋の日高州、中部泰平洋の同盟国ペレ王国、そして南泰平洋の新海諸島を結ぶ、西漸を続けるヴィンランド合衆国に対する海の防衛線を築くことが出来る。

 宵は彼女なりの大局観を以て、新海諸島部族長たちと交渉を続ける景紀を支えていた。

 この間、景紀たちの元にはルーシー帝国の回疆侵攻の情報がもたらされていたが、特に交渉の妥結を急ぐようにとの外務省からの訓令や父・景忠からの指示はなかった。三国干渉を行ったルーシー帝国、ヴィンランド合衆国、帝政フランクの足並みの乱れ、そして六家会議で対ルーシー即時開戦論が出ていないことから、新海諸島部族長たちとの交渉に与える影響は小さいと判断されたのだろう。

 景紀や宵もルーシー帝国の回疆侵攻の第一報を受けた時には衝撃を受けたものの、その後はこれといって重大な情勢の変化を報せる電信が届いていなかったこともあり、どこか対岸の火事を眺めているような気分になっていた。

 斉の弱体化を考えれば将軍府のある伊犁(イリ)の陥落にさほど時間はかからないと思われていたが、ルーシー帝国軍は砂漠や山脈という回疆の地形に苦戦しているのかもしれない。

 鉄道も十分に整備出来ていないルーシー帝国では回疆・中央アジア侵攻は国力と兵站に相当の負荷がかかるはずであるから、このまま勝手に国力を消耗していけばいいとすら景紀は考えていた。

 内地と違い、世論を騒がせる攘夷的言説が桜浜では見られなかったことも影響しているのだろう。

 内地との距離は、それだけ情勢に対する認識の違いにも表れてくる。景紀たちにとって重要であったのは、今、自分たちの目の前で行われている新海諸島部族長たちとの交渉の方であったのだ。

 そして七月五日、未だ部族同士の抗争が続いているため、皇国と交渉を行った部族長たちも長く新海諸島を留守に出来ないという事情で、交渉は一応の終結を見た。

 少なくとも、皇国側は新海諸島併合への道筋を付け、新海諸島部族長側も皇国からの支援を取り付けることが出来たので、双方の思惑は達成出来たといえる。

 もちろん、それぞれの思惑が相手側の思惑と噛み合っているかといえばそうではない部分が多かったのだが、少なくともこの時点では皇国側、新海諸島部族長側ともに、自らの目的を果たせたことに満足していた。


「今回は波乱なく終わったな」


 五日の夕刻、新海諸島の部族長たちを乗せた南海興発の貨客船を見送った景紀は、夕日を受けて茜色に輝く珊瑚海を見つめながら呟いた。

 声には、どこか安堵の響きが混じっていた。


「三度目の正直、ってやつね」


 一度目は新南嶺島での牢人たちの反乱、二度目は陽鮮王都・帯城での軍乱。内地を出るたびに波乱に巻き込まれてきた景紀たちであったが、三度目の今回は特に大きな騒動もなく終わりを迎えることが出来た。

 景紀の警護役でもある冬花も、肩の荷を降ろしたようにほっとしている。


「もっとも、まだ宵姫様を連れての南洋植民地視察が残っているから何とも言えないけど」


「冬花、お前、陰陽師なんだからもう少し言霊ってやつに気を遣ってくれ」


 どこか主君をからかうようなシキガミの少女に、景紀が恨めしげな視線を向ける。


「……まあ、それはそれとして」


 景紀は気を取り直して傍らの宵を見た。


「宵の方で、どこか見ておきたいところとかあるか?」


「そうですね……」


 鮮やかな茜色の海を見つめながら、宵は考える素振りを見せる。


「……桜浜を中心とする新南嶺島の南海岸では、真珠の養殖が行われていると聞きますから、少し見てみたいですね」


「おっ、それは良いな」景紀は軽い笑みを浮かべた。「俺も冬花も、前回は牢人の蜂起の所為で桜浜の視察を最後まで行えなかったからな。ちょうど良い機会だ」


「あとは、南洋群島にあるという巨石建造物遺跡(ナンマドール)なども、見てみたいと思っています」


「じゃあ、そういう予定で今後の視察旅行の日程を組んでみるか」


 我が儘というには些細な宵の希望を、景紀は叶えてやりたいと思う。今までずっと内地で自分たちの不在を一人、守ってきた少女には、それくらいの報酬があって然るべきであった。






 だが結局のところ、宵の希望の内、巨石建造物遺跡(ナンマドール)を見ることは叶わなかった。

 桜浜での視察を終え、遺跡のある島へ向かうための船に乗った後、景紀ら結城家一行は寄港地の羅江で三年前の士族反乱で犠牲となった者たちの慰霊碑に祈りを捧げ、七月十九日、四季島諸島に到着した。

 乗っていた船は桜浜―氷川島間の定期船であったため、ここから別の船に乗り換える予定だったのである。

 しかし、補給のために四季島諸島に到着したところで、船に現地の知事からの使者が訪れた。

 景紀たちが到着するのを待っていたというその使者は、内地からの重大情報を伝えてきた。

 曰く、本月一日、ルーシー帝国軍がマフムート帝国領内の十字教徒自治領に進駐を開始した、と。

 この事態を受けて列強諸国による調停工作が進められているものの、ルーシー帝国とマフムート帝国との緊張関係は一挙に高まったと判断した景忠は、息子たちに対し南洋植民地の視察を切り上げて内地に帰還するように言ってきたのである。

 最悪の場合、皇国もルーシー帝国に対して宣戦布告をし、マフムート朝と共に東西からルーシー帝国を挟撃することもあり得るかもしれない。

 国際情勢の変転は、対斉戦役を終結して間もない秋津皇国をも、容赦なく巻き込もうとしていたのである。

 本話をもちまして、第九章「混迷の戦後」編を終わります。

 累計の話数はすでに200話を越え、次の第十章では本編200話を達成することになります。拙作がここまでこられましたのも、皆様の応援の賜物と存じます。

 ここまでのお付き合い、誠にありがとうございました。

 ご意見・ご感想等ございましたらば、お気軽にお寄せ下さい。


 さて、本章にて物語の舞台となっている秋津皇国は、大陸と泰平洋に新たな植民地を広げることになりました。

 植民地支配の是非というのは今日的な議論であり、作中の時代背景からくる描写と現代の読者の感覚との齟齬がどうしても生じてしまう点については、ご容赦頂けると幸いに存じます。

 第二次大戦期までは「植民地政策学」という、植民地をどう統治するかという学問分野が列強諸国に存在していたことからも、同時代的には植民地支配は政策の一つとして数えられていたと言えましょう。

 ただ、この第九章連載中の2023年2月15日、加藤聖文『満蒙開拓団 国策の虜囚』が岩波現代文庫として文庫化され(原版は2017年)、筆者自身、改めて対外膨張を目指す国策とは何なのかを考えざるを得なくなりました。

 加藤聖文氏は『満鉄全史 「国策会社」の全貌』(講談社、2019年。原版は2006年)などでも国策とそれに翻弄される人々の姿を対比的に描いており、加藤氏の研究を読んでおりますと拙作が国策に関してかなり一面的な描写しか出来ていないことを痛感させられます。

 果たして、作中世界の後世で景紀や冬花、宵や貴通はどう語られることになるのか、それは筆者自身にも現段階でははっきりとは判っておりません。


 次回は第十章「未完の新秩序」として、また計20話の予定です。

 ただし、その前に3話ほど番外編を挟みます。

 ちなみに、当初書き上げた第九章は第十章を含めた形でした。しかし、過去編を除いても18万字に達してしまったことから、外国情勢の描写をより詳細にするなどして字数を増やし、二章に分割して、「混迷の戦後」編、「未完の新秩序」編としてそれぞれ掲載することといたしました。


 それでは、今後とも拙作を宜しくお願いいたします。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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[気になる点] ロシア、トルコ因縁の対決。この世界では何回目くらいの露土戦争になるんでしょうね? [一言] 本編200話到達おめでとうございます!
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