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【書籍化】秋津皇国興亡記  作者: 三笠 陣@第5回一二三書房WEB小説大賞銀賞受賞
第九章 混迷の戦後編

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173 次なる戦役に備えて

 今次戦役の戦訓を分析して次なる戦役に備えようという動きは、戦略的な次元では兵部省軍監本部が中心となって行っていた。

 特に軍監本部長・川上荘吉少将は戦役中、徴傭船舶問題に直面した経験から、対ルーシー、対ヴィンランド戦役が勃発した場合にはより深刻な事態が発生すると考えていた。

 国力・軍事力において皇国に遙かに劣る斉を相手にした今次戦役でも、皇国は国力の限界に達しかけていたのである。

 戦時経済体制が崩壊しなかったのは、単に戦役が一年未満で講和に導けたからに過ぎない。もし紫禁城降下作戦とそれに伴う天津上陸作戦がなければ、斉を屈服に追い込むのにさらに時間がかかったであろう。

 これが近代国家たるルーシー帝国やヴィンランド合衆国相手であれば、戦争は確実に長期化したに違いない。

 六家の人間は戦国時代の経験から兵站を重視する傾向にあり、実際に兵站関係の部署を経験しているか否かによって昇進速度に差が出てくることも事実であったが、一方で川上少将の見るところ、その兵站というのは戦術次元のものに留まっているのではないかと思う面があった。

 戦略次元での兵站、つまり戦時経済体制という点ではどこか疎い面があるように感じられるのだ。

 結局のところ、六家というのは国家単位ではなく領国・家単位でしか政治・経済・軍事を理解出来ない人間たちの集まりなのではないか、という懸念が彼の中に生じつつあった。

 これからの戦争は、そうした封建制度を色濃く残す国家体制では耐え切れないのではないか。

 戦国時代、大名たちが領内のすべてを合戦につぎ込めるようにしたように、六家という隔たりをなくして真に統一された国家体制の下での戦争指導体制を構築しない限り、将来の戦争に対する万全の備えをすることは出来ない。

 もし主家の人間たちに知られれば叛意ありとも受け取られかねない考えが、川上の中で首をもたげていた。

 そして同時に、自分の力だけではそうした国家体制の構築が不可能であることも自覚していた。

 戦後利権を巡って六家が対立を見せている現在、真に統一された国家体制など空想の産物以外の何ものでもない。

 彼は、軍監本部長という己の地位に限界と無力感を感じていた。

 しかし、軍人としての(さが)故か、やはりどうしても将来の戦争に対して国家・軍としてどうあるべきかという点を考えてしまう。

 徴傭船舶、あるいは徴傭船員の問題については宵姫が宮中に働きかけてくれたお陰で、皇家の御下賜金に追従するように六家を始めとする諸侯が補償を行うようになりつつあった。この問題については、ある程度の解決を見たと考えて良いだろう。

 次なる問題は、弾薬消費量の増大である。生産力を大幅に拡充しない限り、戦時中に深刻な弾薬不足を招きかねない。

 弾薬の生産のためには、広汎な資源が必要となってくる。

 工場の蒸気機関を動かし、製鉄のためにも必要な石炭。銃砲の生産のために必要な鉄鉱石、銅鉱石。銃弾の生産には銅合金が必要で、そのために必要なのが亜鉛と錫。そして弾芯に用いられるのが鉛とアンチモン。

 現在は研究開発の途上にあるが、次世代の銃は紙薬莢ではなく金属薬莢となるであろうから、今後も銅の消費量は増大していくだろう。

 鉄もまた、強力な合金とするために各国で研究が進められている。錬金術、錬丹術など魔術・呪術の知識を科学的に応用した結果、ニッケルという金属が靱性を持つ合金鋼生産に適しているという研究成果が出ている。

 このニッケルについては皇国が領有を宣言した南瀛諸島にあるのではないかという調査結果も出ており、川上としては南瀛諸島・新海諸島への進出を景忠公に進言したという宵姫の慧眼には驚かされるばかりである(宵本人が聞いたら否定するに違いないだろうが)。

 そして、銃弾・砲弾を発射し、炸裂させるための火薬の生産もまた必須である。これに必要なのが硝石。

 そう考えると、簡単に列挙しただけでも石炭、鉄鉱石、銅鉱石、亜鉛、錫、鉛、アンチモン、ニッケル、硝石といった資源が必要となってくる。

 もちろん、これらの資源だけで戦争が遂行出来るわけでも、国民生活が成り立つわけでもない。

 鉱産資源だけでも他に水銀、ボーキサイト、マグネシウムなどが必要である。工業塩の存在も重要だ。他に、被服の材料となる綿花、羊毛、牛皮、艦船建造に必要な木材など、必要な資源は多岐にわたる。

 問題は、これら多くの資源を皇国は植民地からの移入、外国からの輸入に頼っていることであった。

 その意味では、攘夷論など川上にとって論外であった。

 特にアルビオン連合王国の勢力圏から輸入される資源は皇国の戦時経済体制を確立する上でも重要で、かの国との関係悪化は極力避けなければならないと考えていた。

 資源の輸入という観点からすれば、出来ればルーシー帝国、ヴィンランド合衆国との対立も避けるべきではあったが、特にルーシー帝国との対立は避けられない状況になりつつある。

 だからこそ、せめてアルビオン連合王国との提携だけは続けておくべきだと川上は考えていた。

 現在、皇国と連合王国の間ではアジアにおける相互の勢力圏を画定するための協定に関する交渉が続けられているが、彼としてもこの協定には賛成であった。

 皇国は自らの勢力圏である東南アジアおよびアルビオン連合王国の勢力圏から得ている資源が多いのだ。

 皇国本土でも金銀銅に石炭、石油などを産出するが、もともとが火山列島であるために硫黄の含有率が高く、そのために純度が低いことが以前から問題となっていた。

 川上荘吉少将はそうした点を踏まえつつ、部員に対して今次戦役の戦訓から考えられる将来の戦争形態についての研究を命じるのだった。


◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆


 一方、六家当主の一角を占める一色公直もまた、対斉戦役で得られた戦訓を今後の国策にどう反映させるかという問題に取り組んでいた。

 特に彼は、自らが長尾憲隆とともに強力に推進した冬季攻勢が失敗に終わってしまったという苦い経験をしている。

 さらには今次戦役における戦功において結城景紀に劣っていると感じていることが、彼の六家当主としての自尊心を刺激していた。

 一色公直が戦地で痛感した戦争指導体制の分裂状態。

 これを次なる対外戦争に向けて改善していかなければならないと考えていたのである。

 内地に帰還して以来、一色公は遼東半島の割譲地以北の満洲利権を巡る長尾家との対立を抱えつつ、次期戦役に向けての国家体制の変革について独自に研究を進めていた。


「やはり、満洲の資源は今後の皇国の戦時体制を強固なものにするために必要か」


 彼は自らの皇都屋敷で東アジアの地図を見下ろしつつ、そう呟いた。

 戦争指導体制の分裂と共に問題なのが、生産力の問題であった。

 弾薬消費量の増大は、一色公直も戦地で体感している。まさしく、鉄砲が皇国に入ってきた戦国時代に大名たちが領内産業の強化に乗り出したのと同じように、国内産業の強化が必要となっているのだ。

 そして、産業基盤を強固なものとするためには、技術力だけではなく資源も重要である。

 皇国本土は、金銀銅と石炭を多量に産出するものの、その他鉱産資源に乏しい。


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 蒸気機関を稼働させるための石炭は、北溟道や南嶺、氷州、沿海州で産出する。特に氷州炭は良質な瀝青炭であり、コークスの原料として最適である。

 そして、コークスは製鉄のために必須であるが、一方の鉄鉱石については海外輸入に頼る割合が非常に大きい。主要な輸入先は、皇国南洋特殊権益が存在する東南アジアである。

 銃弾の原料として必須な鉛、亜鉛、アンチモンの輸入先もまた、東南アジア。

 旋条(ライフリング)式の銃や砲が主流となっている今、軍需産業における銅の存在はこれまで以上に重要となっている。そして、電信の普及によって平時においても銅の需要は世界的に高まっていた。

 内地にも銅鉱山は多数存在し、特に斯波家領内の銅山は純度の高い銅鉱石を産出することで有名だった。結城家が権益を持つ新南嶺島などの南洋植民地でも銅鉱石は産出する。

 戦略資源として重要になりつつある銅の産出量については、この当時、皇国はヴィンランド合衆国に次ぐ世界第二位を誇っていた。銅については、将来的にはともかく現状では問題ない。

 そして火薬の原料として欠かせない硝石。これはアルビオン連合王国の植民地シンドゥおよび南ヴィンランド大陸からの輸入に頼っている。天然硝石が国内では産出されないためだ。


「これは、連合王国との勢力圏協定は認めざるを得んな」


 アルビオン連合王国の植民地であるシンドゥとその東に隣接するアラカン王国との境界線を以て、斉を除くアジア地域を東西に分割して、それぞれを秋津皇国、アルビオン連合王国の勢力圏として相互に承認するという協定。

 少なくとも、東アジア一帯に存在する秋津人町や皇国南洋特殊権益を擁護するために、アルビオン連合王国との協定は必要であった。

 現在、東南アジア地域に進出出来る軍事力を持った西洋列強はアルビオン連合王国のみ。

 戦国時代以降の皇国の海洋進出や十数年前の広南出兵によって、それ以外の西洋列強の勢力はほとんどが東南アジアから駆逐されていた。わずかに、フェリペニアにヒスパニア王国の植民都市が残る程度である。

 今後、警戒すべきはルーシー帝国とヴィンランド合衆国。

 協定案では、斉の領土の分割については現在、両国が獲得している勢力圏を尊重するとのみ定められており、それ以外の地域については明確化されていない。

 斉にはアヘン戦争後、ヴィンランド合衆国など他の西洋諸国も進出しており、上海には租界が形成されている。

 そのため、秋津皇国・アルビオン連合王国の二国間だけで斉の分割を目論むことは出来なかった。

 今後、斉の市場が諸外国に解放されれば、また新たな問題が生じることになるだろうが、ひとまずは今、皇国が保持している権益を擁護することが重要だろう。

 その意味でも、三国干渉を受け、特にルーシー帝国との対立が深まりつつある以上、背後ともいえる東南アジア地域の安全を確保するためにも、秋津皇国・アルビオン連合王国間の勢力圏協定の締結は重要であった。

 それは、攘夷思想を持つ一色公直でも認めざるを得ないことであった。

 ただし、依然として彼の中には過度な西洋列強との提携を忌避する感情が残っていた。アルビオン連合王国と提携し、その資源に頼れば頼るほど、皇国は国策決定に際する柔軟性・自主性を失っていくだろう。

 あくまでも、一色公直はアルビオン連合王国との提携をルーシー帝国に対抗するための一時的なものと考えていた。

 将来的には、各植民地と南洋特殊権益、そしてこれから進出しようとする満洲と南泰平洋を中心とした自給自足(アウタルキー)圏を形成することで、皇国は自存自衛をまっとうすることが出来るだろう。

 そして、皇国の勢力圏内の資源を用いてさらなる国内産業の振興を図る。それには当然、今次戦役の賠償金を予算として充てることになるだろう。

 国内の産業基盤を強固なもの出来れば、残る問題は戦争指導体制そのものである。

 戦国時代以来、六家による集団指導体制によって国家を運営してきたが、その限界が今次戦役で判明しつつあると一色公直は感じていた。

 皇主に対する盟約の下、六家は互いに対等とされているが、それが戦国時代の清算が未だにつけられていない要因ともなっている。

 もちろん、他の六家を完全に滅亡させるとなれば戦国時代の再来となり、かえって西洋列強に付け入る隙を与えてしまうだろう。

 まずは政治的実権の剥奪による、国策の意思決定過程からの排除。

 そして強大な一つの将家の下に諸侯や国家をまとめる、幕府的存在の必要性。

 そのためにも、皇主より攘夷の詔勅を引き出す必要がある。それにより、攘夷思想を持たない有馬家、結城家、長尾家、斯波家に盟約に名を連ねる資格なしとして政治の場から排除するのだ。

 六家といえど、皇主の権威に抗えば“逆賊”の汚名は免れない。

 そもそも、六家自体が皇主の権威を利用することで成り立っているのだ。ならば自分たち攘夷派もまた、戦国時代末期に皇主を盟主とした盟約を結んだ当時の六家当主たちのように、皇主の権威を利用することで諸侯を統制出来る地位を手に入れれば良い。

 六家体制の成立や内閣制度の確立によって久しく任命されることのなくなってしまった武家の統領の地位・征夷大将軍。この地位を伊丹公や自分が得ることが出来れば、六家同士は皇主の下に対等だとする盟約を空文化させ、その他諸侯の統制も容易となる。

 そして、征夷大将軍と内閣総理大臣の地位を兼任することで、諸侯・軍・政府のすべてを統制下に置くことが出来る。

 最終的に攘夷派政権を確立するためには、そのくらい徹底しなければ分権的な皇国の国家体制を一つにまとめることは出来ないだろう。

 そこでふと、一色公直は結城景紀の腹心となっている穂積通敏公の妾腹の子の存在を思い出した。

 穂積公は、妾腹の子が六家次期当主との関係性を深めることで、穂積家の次期当主の地位を狙っているのではないかと警戒しているという話も聞く。

 皇主から攘夷の詔勅を引き出すためにも、宮中への工作は不可欠。

 ならば、五摂家内部のそうした問題も上手く利用して、戦後の皇国における政治的主導権を奪取する。

 それに、何やら五摂家を中心とする公家連中の中でも攘夷論へと傾斜しつつある者が出てきているという。攘夷という時流に乗ることで、自らの政治生命の延命を図ろうとしているというわけか。

 公家には公家の思惑があるのだろうが、自分としてはそれを利用するだけだ。

 一色公直はそのように考えを巡らせていた。

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『秋津皇国興亡記』第1巻
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